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対面せし鬼の隠れ家とファミリー 当日

 桜華さんと温羅兄の家にしばらく居候することになった俺達。荷物を入れ込んだ荷車を鬼の二人に引いてもらい、残りの俺達は荷車に乗せてもらって優雅に進む。


 本当は一緒に引いて行きたかったのだけれど、それを言ったら桜華さんに「絶対駄目です!」と強く釘を刺されてしまった。この左腕さえ無事なら断られなかったのに、この身体の脆さが忌々しい。


 そんなこんなで林道を進み続け、更に森を抜けて奥へと進む。


 それから一時間くらい経った頃、ようやく俺達は鬼の住処へと到着した。


「ふぅ……無事到着致しましたよ皆さん」


「ほう……鬼の住処には初めて来たが、これはまた壮大じゃの」


 険しい道を超えた先にあったのは、向かい合うように建てられている大きな二つの屋敷。そして中央にそびえ立つ鳥居に、立派な神社が見えた。


 住処と言うよりは豪邸と言った方が正しいんじゃないかというくらい、敷地がかなり広い。まさかこんな森の奥にこんな場所があるなんて誰も思わないんだろうなぁ。


 流石は三大妖怪が住む場所だ。他の妖怪と違ってスケールが違い過ぎる。そんじゃそこらの人より良い生活していること間違いなしだよこれ。


「俺はもう駄目だ……先に部屋戻ってっからな……そいつらの案内はテメェ一人でしとけ」


「言われなくてもそうするつもりよ。あんたはとっとと皆を引き連れて屋敷の方に仕事しに行きなさい」


「鬼畜かテメェ! こんな重い荷物背負ってここまで歩いて来て、またすぐ向こうに戻れってか!?」


「鬼なんだからまだ体力有り余ってるでしょ。つべこべ言ってないで行きなさい」


「カッ、嫌だね! 俺が仕事すんのは明日だ! そもそもテメェの言うことを聞く義理はねぇよ!」


 温羅兄は唾を吐き捨てると、桜華さんに構わず左の屋敷の方へ逃げるように去って行った。


「あのゲスは……も、申し訳ありません主様! あのカス野郎がとんだ醜態を……」


「謝らなくていいってば。別に俺達は急いでないんだし、こっちは頼んでる側なんだからさ。明日からでも全然構わないよ」


「……ハァ」


 何故かため息をつかれてしまった。


「あ、あれ? 俺今変なこと言ったかな?」


「何言ってるの弥白。貴方は元々変じゃない」


 そんな横槍は求めてないです雪羅さん。


「あぁいえ、違うんです主様。あのゲスも主様の懐の広さを見習ってくれないものかと思いまして……」


「なるほどね。ならごめん、それは絶対に無理だから諦めた方が賢明だと思う」


「じゃの。(わら)も同意見じゃ」


「言うまでもにゃいことだと思うわよ」


「まぁ……そうですよねぇ……」


 満場一致だった。特に雪羅なんて、「あの人は一度生まれ変わった方が良いと思う」と呟いていた。存在することすら否定されて可哀想な兄貴鬼(ゲス)だなぁ。


「それではまずお部屋に案内致しますので、私に付いて来てください。あっ、荷物の方は後で私の方で運んでおきますので、一旦外に置いておいても良いですか?」


「いやいや桜華さん、流石にそこまで甘えるわけにはいかないよ。後で俺が自分で――」


「怪我人は黙って人に甘えていなさい。これは命令だからね」


貴方(あにゃた)は周りに気遣う前に、まず自分の怪我を治癒することだけ考えてにゃさい」


 俺の周りが良い子ばかりで取り付く島もない。この分だと個人的な私生活すら口を出されてしまい兼ねない。


 しばらくは皆の目を盗んで行動するスキルを駆使しないと駄目っぽいね。でも果たしてそれが通用する相手なのか……。


 左の屋敷に入って行った温羅兄とは逆に、右の屋敷の方へと案内される。


 しかし右の屋敷に入る途中、俺は近くに立てられていた看板を見て足を止めた。


「男子禁制……」


 看板には『男勢がこの屋敷に入ることを禁ずる』と書いてあった。つまり俺はここで待ち惚けしていれば良いわけだ。


 俺は荷物の側でちょこんと体育座りする。


(にゃに)してるのよシロ君。荷物運びは駄目って言ったでしょ。言うこと聞かにゃいと無理矢理引き摺って行くわよ」


「いや、違うんだよ猫さん。どうも俺にはこの屋敷に入る資格がないみたいでさ」


「またそうやって妙にゃ屁理屈を……って、(にゃに)よこれ」


 猫さんも入り口近くの看板に気付いて目を細めた。


「桜華ちゃん。こっちの屋敷って男が入っちゃ駄目にゃの?」


「あぁ〜、それですか。ちょっと色々と訳がありまして……。でも主様には関係無いので、気にしないでください」


「……ふむ」


 なるほど分かった。つまりはそういうことだ。ならば余計に俺が入る余地はない。


「駄目だよ桜華さん。俺はまだ自制できるから良いけど、それでも水着の女の子が満ちた屋敷に俺を入れるのはいけない。俺に下心が無いって言ったら嘘になるからね。少なからず胸に目がいっちゃう自信があるからね」


「なぬっ? なら(わら)も駄目じゃの。水着の女子(おなご)のハーレムを(わら)に見せてしまえば、(わら)は自我を失う可能性があるからの。ここでおっぱいハンターになるのは勘弁じゃ。なるならネオン街のやらしい店でじゃ」


「……この二人が何を考えているのか分からないよ私」


「大丈夫よ雪羅ちゃん。私も(おにゃ)じだから」


 俺に次いでキサナも隣に体育座りし、俺達を見て眉間を摘む雪羅と猫さん。今から天国に行けるあの二人が心底羨ましい。俺も水着の女の子に触れ合いたいよ。


「あ、あの〜、主様? 何か勘違いなされてるようですけど、水着の女の子はいないので安心してください」


「え? そ、そんな……酷いよ桜華さん! 俺達の楽園を奪い取るだなんて!」


「桜華よ、お主は(わら)達に罪を犯した。罰としてお主が水着姿で(わら)達にご奉仕せい。オプションとして常に声は猫撫で声での」


「え、えぇ? 水着……ですか? でもそれには色々と準備と言いますか、もう少し痩せてからその……」


 恥じらいを見せる桜華さんにじりじりと詰め寄って行く俺達。


 しかしその直後、俺は雪羅に、キサナは猫さんに後頭部を殴られて、首根っこを摘まれてしまった。


「ごめんね桜華。この人は私が管理しておくから気にしないで」


「変態共の(はにゃし)は今後間に受けにゃくていいからね。桜華ちゃんはそのままでいてくれれば良いから」


「は、はぁ……分かりました」


 常人二人に諭された桜華さんは苦笑しながらも納得して、俺達を連れて屋敷の中へと入って行く。


 ……つまり、俺達は桜華さんの許可を得てこの場所に入っても良い身になったわけだ。ならば遠慮せずに行かせてもらおうじゃないか。


 猫さんに摘まれているキサナと目を合わせる。心を通わせ合いながら、お互いの意志を通じて頷き合った。


「……今っ!」


 そして雪羅達が油断しているところを見計らい、俺とキサナは二人の指先から脱出して距離を取った。


「馬鹿め、隙を見せるとは浅はかなり! ()くぞシロ!」


「ハッハッハッ〜! 水着の女の子を愛でるのは俺達だ〜! 誰にも手柄は譲らな〜い!」


「ちょっ!? 待ちにゃさい変態共! だからそんにゃ人はいにゃいって言ってるじゃにゃいのよ!」


「そのような虚言をを鵜呑みにする程、我達(わらたち)は戯け者ではな〜い!」


 ギャーギャーと喚いている猫さんを尻目に、キサナと共に屋敷の奥へと姿を消す。


 いくらすばしっこい猫さんと言えども、敏捷さと柔軟さを携えた俺達には追い付けまい。現にこうして、容易く三人の元から離れることができた。


「ぬふふっ、さてさて何処から巡るとしようかの?」


「やたら広い屋敷だし、大広間みたいな場所に行ってみるのが良いんじゃないかな? 人がいっぱいいそうじゃない?」


「ふむ……有りじゃの。ならば二手に分かれるとしようかの。(わら)は下の階から探るから、シロは上から探っとくれ」


「了解。楽園を見つけ次第、キサナの霊感を追って伝えに行くよ」


 親指を立てて誓いを果たし、丁度よく前方に見えた階段を軽快に登って行く。


 最上階まで登り詰めたところで、この屋敷は五階立てということが分かった。一階一階がかなり広いし、これは時間が掛かりそうだ。だからこそ燃える……いや、萌えるものがあるんだけどね!


 足でブレーキを掛けて一度走るのを止める。ここまでくれば猫さん達にはそう簡単に見つけられないだろうし、ゆっくりとこの屋敷内を物色させてもらおう、


 大広間っぽい大きな襖が何処かにないかと、辺りをきょろきょろ見回しながらのんびりと歩いて行く。


「……おっと」


 アテも無いまま彷徨い歩いていると、十字路の道に差し掛かった。前も右も左も長い廊下が続いていて、まるで迷宮区にいるかのような感覚を覚える。


 下手したら迷子になりそうだ。こんなことなら階段の所から道標になる物を置いてくれば良かった。


 まぁ今更後悔したところで遅い。水着の女の子に出会うために、俺はただ突き進むだけだ。故に俺は前を行こう。


 我が覇道に迷い無し。俺は左右に曲がらず前を突き進んだ。


 突き当たりまでやって来ると、左右にいくつもの襖が見えた。もしかしたらこの辺りに俺とキサナの夢や希望が詰まっているのやもしれない。


 期待を胸に抱きながら、右に曲がって一番近くの襖を躊躇なく開けてみた。


「「……え?」」


 襖を開けた先には、狐の耳と尻尾を生やした二人の女の子達がいた。


 それだけなら普通に挨拶できた。でもこれはどうやら、ものの見事にやらかしてしまったらしい。


「きゃぁぁぁ!?」


「侵入者〜!! 男勢の侵入者よ〜!!」


 妖狐っぽい二人は絶賛着替え中だった。そのせいでバッチリ二人の下着姿を見てしまった俺は、一目で変態扱いされてしまった。


「いやぁ、まさか着替え中だったなんて思わなかったなぁ。とんだ失礼してしまい申し訳ありませんでした〜」


 内心ご馳走様ですと冷静に合掌しつつ、ゆっくりと襖を閉める。


 ここからはすぐに立ち去った方が賢明かと思い、踵を返して後ろを振り向く。


 するとあら不思議。いつの間にか周りには、巫女服姿の妖狐の女の子達が俺を取り囲んでいた。


「えっと……ほ、本当にごめんなさい。他意はなかったんです。俺はただ水着の女の子に出会いたくてほっつき歩いていただけで――」


「確保ぉぉぉ!!」


 言い訳など聞いてくれるわけもなく、大人数で一気に攻め立てられてしまう。結果、俺は呆気なく取り押さえられて現行犯逮捕されてしまった。


「いつの間に不法侵入したのかは知らないけど、捕まった以上はタダで済むと思わないことね男勢」


「えっと……あのさ、その男勢ってどういうことなの? もしかして入り口にあった看板が何か関係してたりするのかな?」


「何しらばっくれてるのよ男勢。どういう方法で鬼の角を外して来たのかは知らないけど、着替えを覗いた時点で貴方はもう終わり。死んだ方がマシだと思えるくらいのお仕置きはもう免れないわよ」


 お仕置きという言葉に反応を示す俺。思わず髪の毛の一本が逆立った。


「お仕置き……むしろそれはご褒美なのでは?」


「何こいつキモいんですけど」


「はははっ、その言葉久し振りに言われたなぁ」


 そう言えば最近は本気で罵倒されたことがなかったなぁ。周りの皆が良い人ばっかりだからだよねきっと。そう考えると今の俺って今世紀一番恵まれた環境で生きているのかもしれない。


「なんでこんな余裕なのかしらこいつ……」


「さぁ? ヤケクソになってるんじゃない? 姉様のお仕置きはかなりエグいって聞いてるし」


 姉様? この子達の(おさ)的な人物だろうか? ひょっとしてその人物こそが他でもない、あの玉藻前だったりして。


「ねぇねぇ、その姉様ってもしかして玉藻前のこと?」


 別に深い意味はない、ただの好奇心による発言。


 だがしかし、この子達にとって今の発言は聞き捨てならないものだったようで、この場にいる全員が一瞬にして殺気立った。


「こ、こいつ玉様を呼び捨てするだなんて!?」


「命知らずな……。これでもう助かる道は完全に閉ざされたわね!」


「愚かな男勢……。せいぜい今世に後悔しながら死んでいくと良いわ!」


 彼女達は話に区切りを付けると否や、俺を取り押さえたまま何処かに運んで行こうとする。


 あちこち掴まれてしまっている中、俺を拘束している内の一人が俺の左腕を掴んで来た。


「いだだっ!? ちょ、ちょっと待ってちょっと待って! 他はいいけど左腕だけは勘弁して! まだ傷が完全に塞がってないんだよ! 骨も折れたままだし!」


「喧しいわよ男勢! これくらいの傷、鬼にとっては大したものじゃないでしょう! 下手な演技で誤魔化そうとしても無駄よ!」


 本気物(マジもの)の傷すら全く信用してもらえず、問答無用で左腕を思い切り引っ張られた。


「ギェアァアアア!?」


 引っ張られた瞬間に左腕から不吉な音が鳴り、洒落になっていない激痛に堪らず奇声を上げてしまう。


「うるっさいわね、鬼のくせに情け無……あ、あれ?」


 最悪なことに塞がりかけていた傷が開いてしまったのか、包帯の一部から血が滲み出た。黙って痛みに耐えることができず、彼女達の拘束から抜け出して辺り一帯をのたうち回った。


「ちょいちょい、この騒ぎは一体何事さ〜?」


 激痛に苦しむ俺を見て戸惑う妖狐の女の子達。そんな中、俺がさっき通って来た道の方から、一人の女の子がひょっこり顔を出して来た。


 外人のようなブロンドヘアーに、九つの狐の尾。胸元を大胆にはだけさせた巫女服に身に包み、気さくな雰囲気を漂わせるあっけらかんとした顔。


 出るとこ出て引っ込むところは引っ込んだナイスバディーな妖狐。普段の俺なら声を上げて興奮しているところだが、生憎今は自分の傷の痛みに悶え苦しむことしかできなかった。


「ありゃりゃ? なんで男勢がこんなところに?」


「あ、姉様! こいつは侵入者です! どうやら私達の着替えを覗こうとやって来たようでして……」


「侵入者〜? でもこの子って何処からどう見ても人間でしょ」


「「「え゛っ……」」」


 どうやらこの人が彼女達の言う“姉様”らしい。話ができる人がやっと来てくれたようだけど、俺にまともな会話をする余裕もなかった。


 姉様妖狐が近付いて来て、すぐ目の前でしゃがみ込んで俺の傷を覗いて来る。


「うっひゃ〜、酷い傷だね〜それ。一体何にやられたらそんな傷負うんだか分からんね」


 俺の苦しみも知らずに、姉様妖狐は頬杖をつきながら呑気に笑う。状況が状況なだけに久し振りにイラっと来た。


「へ……ヘルプ……誰でも良いから俺の連れを呼んで来て……」


「連れ? あっ、もしかして君って桜ちゃんが最近よく話してる――」


「あっ!? いた! 見つけたわよシロ君!」


 すると、俺の奇声を聞いて駆け付けて来たのか、猫さん達が廊下の奥から走ってやって来た。


「あれ? や、弥白!?」


「え?……あぁぁぁ!? 主様ぁぁぁ!?」


 俺の異変に気付いた雪羅と桜華さんが一目散に駆け寄って来て、グロッキーな俺の身を二人掛かりで支えて持ち上げる。


「どうしたの!? 一体何があったの!? 余程無茶をしない限り、傷が開くはずないのに!」


「……無理矢理引っ張られました」


「だ、誰にですか!?」


 俺は痙攣している右手を動かして、妖狐の女の子達に指を差す。


 その瞬間、辺り一帯が急に静まり返った。妖狐の女の子達は一人残らず尋常じゃない汗を流し出し、俺の目の前にいる二人の後ろ姿を見つめていた。


 二人は俺の身を一度離すと、ゆっくりと立ち上がる。


 身が凍える程の冷気が突如として周辺を覆い、触れてもいないのに天井や床に亀裂が生じる。まるで天変地異が起こる前触れのようだ。


「……取り敢えず、話はゆっくり聞かせてもらおうかしら」


「全員大広間に集合してください。断るというのであれば……分かりますね?」


「おっほ、どうやらお二人さんの逆鱗に触れちゃったみたいだね〜。ま、頑張ってね〜皆の衆」


 この状況下でも姉様妖狐はからからと笑い、妖狐の彼女達に背を向けて立ち去ろうとする。


 しかし桜華さんがその背中を掴み取り、自然に逃げ出そうとした姉様妖狐を取り押さえた。


九姉(ここのねえ)さんも来てください。犯人探しはできるだけ目撃者が多い方が良いですから」


「い、いやぁ〜……。ほら、私って多忙じゃん? だからそんな暇ないみたいな? これから油揚げ食べるという大事な責務があるみたいな?」


「姉さん?」


「……あぃ」


 桜華さんが手に力を込めると、姉様妖狐は青白い顔になって頷いていた。




〜※〜




「あ、あの、本当に申し訳ありませんでした。私達知らなかったんです。桜華様が常日頃お話している主様がその方だったなんて初耳だったんです」


 皆で三階にあった大広間までやって来ると、妖狐の皆が桜華さんに向かって一斉に土下座した。


「そういう謝罪は求めていません。誰が主様の左腕に触れたのかだけ答えてください」


 桜華さんの背景には阿修羅が写り込んでいて、一向に殺気を解かぬままに仁王立ちしている。


 温羅兄と喧嘩してる時はいつも怒っている彼女だけど、今回は怒りのレベルが違って見える。いつもはもっとこう、コメディアンな部分が見え隠れしているけど、今の桜華さんは純度百パーセントの怒りを抱いていた。


「ち、違うんです桜華様。私達はその方が鬼だと思っていたんです。故にその怪我も本物だと思わなかったんです」


「角が生えていないのに、どう見たらそんな烏滸がましい勘違いができるんですか? そんな御託は求めてないです。早く名乗り出てください主犯格」


「じ、事故ですよ事故! そう! 今回の一件は事故なんです!」


「それにその方には、私達の仲間の着替えを覗いたという罪があります!」


「それって喧嘩両成敗ってやつじゃないでしょうか? 私達も悪ければその方も悪い。故に今回の件は誰も咎められることなく水に流すべきことであって――」


 その刹那、桜華さんが壁に握り拳を叩き込んだ。壁は一瞬で崩壊し、瓦礫が下に落下して大きな地鳴り音を響かせた。


「あ、あの〜……桜華ちゃん? 確かに今回の件はシロ君にも悪いところがあるし、もう許してあげたらどうか……にゃ?」


「猫ちゃんは静かにしていてください。これは私達だけの問題ですから」


「あっ……はい……」


 猫さんには笑顔を向けるが、目が全く笑っていなかった。言い方はオブラートだったけど、その裏には「黙っててください」という意味が込められていた。


「つまり、貴女達は連帯責任でしばき倒されたいというわけですね?」


「「「ひぃぃ!?」」」


 お互いを抱き合って怯える妖狐達。その内の何人かが大広間から逃げ出そうと立ち上がって、襖の方に駆け出した。


 瞬間、俺の怪我の治療を終えた雪羅が瞬間移動の如く飛び出し、逃げ出そうとした彼女達の前に立って襖に触れた。


 襖が一瞬で凍りつき、桜華さんが壊した壁以外の出入り口が完全に塞がれた。


「逃げ出そうだなんて良い度胸してるじゃない。人の男に手を出しておいて、タダで済むと思ってるの?」


 雪羅の半端ない威圧感に気圧されて、逃げ出そうとした妖狐達は白目を剥いて気絶した。暴力は駄目絶対とは言ったけど、ついには相手に触れることなく害を与える力を身に付けちゃってるよ。


「早く名乗り出てください。じゃないと後数秒で全員血祭りにしますよ」


「ご、ご慈悲を! どうかご慈悲を桜華様!」


「そ〜だよ桜ちゃん。いくらなんでも厳し過ぎないかね〜? 鬼と違ってこの子達の身体は華奢なんだし、万が一桜ちゃんに一発でも殴られたら洒落にならないって〜」


 姉様妖狐が空気を読まずにへらへらと笑いながら、桜華さんの肩に腕を回す。


「笑っていないで九姉さんも早く白状してください。一部始終を見ていたなら犯人を知ってるはずですよね?」


「生憎私は途中参加でねぇ〜。私が来た時にはもうこの子は瀕死状態だったよ〜」


 姉様妖狐は自由奔放に動き回り、小躍りしながら壁際に座り込んでいる俺に近付いて来た。


「いやぁ〜、私の部下が迷惑掛けてごめんね君〜? ぶっちゃけかなり痛かったでしょ〜?」


「ぶっちゃけかなり痛かったけど、俺はもう気にしてないから大丈夫だよ」


「ありゃ、心が広いね君〜。そういや名前はなんて〜の?」


「俺は弥白。君は確か……九姉さんって呼ばれてたっけ?」


「そ〜そ〜、私は九尾の(ここの)って〜の。九ちゃんって呼んでね〜」


 “九尾”……見た目通り九つの尾を持った妖怪で、妖狐の中でも一番地位が高い妖狐だったはず。確か尾の数によって位が決まってるんだったっけ。


 ……なるほど、確かに位が高い人だ。色んな意味で。


「そっか〜、なら君は白君(びゃっくん)だね。んじゃお詫びと言ってはなんだけど、この九姉さんのお胸にダイブして来て良いよ〜?」


「え? 本当に? それじゃ遠慮なく……」


 二つの柔っこい宝玉に顔から飛び込もうとする。しかしその寸前のところで、一本の氷柱が俺の頰を掠めていった。


 後ろを振り向くと、そこには次の氷柱を投げようとしている雪羅の姿が。


 両手を合わせて頭を下げると、拗ねた様子のまま氷柱を引っ込めた。雪羅の前じゃ大胆な行動はできんねぇ。


「まぁ冗談はここまでにしておいて……桜華さん。さっき猫さんが言ってた通り、今回の件は俺にも悪いところが……というか俺が悪いからさ。そんなに怒らないであげて」


「し、しかし主様! 事の発端がどうであれ、この子達が主様に無礼を働いたのは紛う事なき事実であって……」


「だから大袈裟なんだってば桜華さんは。俺にそこまで敬うだけの価値はないから。戦国時代じゃあるまいし、罰で暴力振るうのは駄目だって」


「うぐっ……し、しかし主様……」


「しかしも何もありません。皆もごめんね、俺のせいで騒がせちゃって。俺はこの通り大丈夫だから、もう怯えなくても大丈夫だよ」


「「「…………」」」


 ずっと怯えていた妖狐達が目を丸くさせて大人しくなった。


「おほんっ……主様がこう言ってるので、今回は特別にお咎め無しにします。今後は気を付けるようにしてください」


 桜華さんによって終止符が打たれたが、妖狐達は全く聞いていない様子。ただ俺一人を丸い目で見つめて来ていて、すると否や今度はひそひそと話をし始めた。


「あれが人間なの? 聞いてた話と違うみたいだけど……」


「なんて慈悲深い人なのかしら……あのクソ鬼共とは大違い……」


「わ、私ちょっとお話してみようかな……」


「ちょっ、抜け駆けは許さないわよ。試しに私がお話してみるから」


「貴女こそ抜け駆けしようとしてるじゃない! 先にお近付きになるのは私よ!」


 ひそひそ話が次第に大きくなっていき、やがて妖狐達が揉め出して喧嘩をおっ始めた。ある者は頰を引っ張り合い、ある者はキャットファイトで殴り合っている。


「なんていうか、逞しい人達だね」


「逞しいというか騒がしいだけじゃにゃい?」


「にゃっはは〜、私の部下は気が強い子ばかりだからね〜」


 九ちゃんがまたからからと笑うと、急に俺の右手を引いて来て立ち上がった。


「さて、この子達の紹介も済んだことだし、そろそろお母さんのとこに行こっか」


「お母さんって……ま、まさか!?」


「そのまさか、だよ。にゃっはは〜」


 待っていましたこの時を。ついにあの玉藻前とご対面だ。大丈夫、既に会う準備は万全だ。


「それじゃ桜ちゃん、私は白君(びゃっくん)連れてお母さんのとこ行くから、後の始末はしくよろね〜」


「あっ!? ちょ、ちょっと待ってください九姉さん! またそうやって面倒ごとを私に押し付けて――」


「よいしょっと!」


 九ちゃんは俺をお姫様抱っこで持ち上げると、桜華さんが開けた穴から逃げるように飛び降りた。


 九つの尾をクッション代わりに着地して、忍びのような身のこなしで一階の窓からまた屋敷内に入った。


「どんにゃ身体能力してるのよ貴女(あにゃた)……」


 すると、俺達に続いて猫さんも後を追って来た。


「ほっほぅ、よく付いて来れたね〜猫ちゃん。さ〜て、お母さんは今何してるかね〜?」


 次第に高鳴る胸の鼓動を抑えながら、俺は抱っこされたまま九ちゃんに運ばれて行った。

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