対面せし鬼の隠れ家とファミリー 前日/与太話
熊風を見事撃退し、約束を果たしに雪羅がやって来たことにより、俺達はボロ屋敷にて昨晩宴会を催した。
敵対していた変態勢と女勢が入り乱れる中、俺は酔いどれキサナのお陰で雪羅との関係を散々弄られた。おまけに雪羅本人も俺を弄って来るので、俺の羞恥心は破裂寸前まで刺激された。
そして後日。変態勢は各々住処に帰って行き、厠姉さん達も俺の身を案じながら帰って行った。
このままお開きして今日は一日中ダラけて過ごそう。そんなことを考えながら俺の部屋にて雪羅と一緒にゴロゴロしていると、急遽桜華さんにリビング集合と言われて、俺達は言われるがままにリビングに集った。
揃っていたメンバーは、俺、雪羅、キサナ、猫さん、そして鬼の二人。何やら積もる話がありそうだけど、はてさて何が議論されるんだろうか。
「皆さん揃ってくれましたね。少し大事な話と提案があるので、こうして集まってもらいました」
皆が円になるように座布団に座っている中、集合を持ち掛けた張本人の桜華さんが先んじて話を始めた。
「んだよ脳筋、俺ぁ昨日の今日で疲れてんだ。手短に話せよ手短に」
「あんたに声を掛けたつもりはないわよ、寝ゲロで溺れて死んでなさい」
「あァ? 朝っぱらから喧嘩売るってか? やんのかコラァ?」
話を始めるつもりが、温羅兄が水を差したことによって鬼兄妹が一触触発してしまう。この二人絡ませたら進む話も進まないよ。
「静粛にだよ温羅兄。余計な口挟まなくて良いから、今は黙って桜華さんの話を聞かせてってば」
「うっせぇ黙ってろぃ坊。あの化け物のせいで結局この野郎と決着つけられてねぇんだ。何なら、さり気無く女軍に組みしてたテメェを先に粛清してやっても構わな――」
そこまで言い切った直後、温羅兄の顔の横に一本の氷柱が通り過ぎた。
異様に大きい氷柱は壁際に突き刺さり、壁に大きな亀裂が生じた後に溶けて消えた。お陰で壁には大きな風穴がぽっかりと。
投げた人物は言うまでもない。次に投げようとしているつもりの氷柱を片手持ちで手遊びしながら、目を点にして硬直している温羅兄に笑い掛けた。
「次弥白に暴言吐いたら……分かるよね?」
「…………はい」
辺り一帯が沈黙し、温羅兄は大量の冷や汗をかきながら隅っこで縮まって大人しくなった。
「す、凄いわね。あのゲスを一瞬で黙らせるにゃんて……」
「というか我の屋敷に傷が……我の屋敷……」
雪羅に対して少し引いた様子を見せるキサナと猫さん。
「あうっ」
問答無用で実力行使に出た雪羅に向けて、俺は頭の上にチョップを叩き込んだ。
「暴力禁止って言ったでしょうに。罰として壊した壁を修復しながら大人しくしてなさい」
「……ごめんなさい」
素直に頭を下げると、何処からか修理器具を持ってきて壁の修復を始めた。本当は優しいはずなんだけど、俺以外の男に対しては極端に棘を感じるなぁ。
「そしてあの雪羅ちゃんを飼い慣らすシロ君て……相変わらず底知れにゃいわね」
「なんじゃ? ひょっとしてお主も飼い慣らされたいのか? 猫も何だかんだでM属性じゃの」
「人を勝手にマゾ呼ばわりしにゃいでくれにゃいかしら? お望みとあらば貴女相手にサドににゃっても良いのよ?」
「ほぅ……自発的に我にご褒美を与えてくれるとな? なら今晩にでも我の部屋で熱い夜を……」
「斬り刻む意味で言ってるのよ、このエロ荒!」
「あ、あの〜……誰か話を聞いてくれませんでしょうか〜……?」
各自騒ぎ立てるせいで話もクソも無くなってしまった。桜華さんは涙目になりながら俯いてしまう。
「あ〜……これはもうどうしようもないから、俺だけでも話を聞くよ桜華さん。ごめんね、統一性が全然無くて」
「うぅ……ありがとうございます主様。やはり主様はお優しいです」
俺の手を握って眉を伏せながら笑う桜華さん。その背後には、俺達を見ながら頬袋を膨らませる雪羅の姿が。可愛い反応はご馳走様だけど、これくらいは黙認して欲しい。
「それで、大切な話って何かな?」
「は、はい。そのことなんですけど……まずは先に謝らせてください。昨日の熊風の件、主様をお守りできずにその左腕を傷付ける結果となってしまいました……。不甲斐ない私で本当に申し訳ありません!」
すると桜華さんは、三つ指を立てて唐突な土下座をしてきた。女の子に土下座させてしまった罪悪感が半端無い。
「ちょ、ちょっとちょっと!? 土下座なんて止めてよ桜華さん! 俺が怪我したのは俺のミスなんだし、むしろ桜華さんは俺を助けてくれてたじゃんか。本当は俺が桜華さんにお礼を言うべきなのに、逆に謝られるのはおかしいってば」
「し、しかし主様! 私は常日頃から主様に救われてばかりです! なのにその恩義を返すどころか、仇で返すような形になってしまいました! 実のところ、今こうして主様の前で発言することすら烏滸がましいと思っているのに、また一方的に主様に救われてしまっては……情けない私自身を嫌いになってしまいそうです」
桜華さんの頭の中の俺はどれだけ神々しい人物になってるんだろうか。喋ることにまで気を遣われるのは流石に困る。いくら何でも大袈裟だろう。
「救うだなんて、俺はそんな大層なことしてないよ。深く考えないで桜華さん。俺達は友達同士なんだし、友達を助けるのに理由も理屈もいらないよ。持ちつ持たれずの関係なんて俺は望んで無いしさ。気を張らずに肩の荷を軽くしてよ」
「…………ゴフッ」
桜華さんが吐血した。
「ここに来て昨日の傷の影響が!? だ、大丈夫桜華さん?」
「す……すいません主様。私は昔から感極まり過ぎると吐血してしまうことがあるんです。体質なのでお気に為さらずにいてください」
それは体質と言うより病気なのでは? でも地雷っぽいから深くは聞かないでおこう。
「で、では改めまして……先日の熊風の件で発覚したのですが、最近この土地一帯は不確定要素が多くなってしまっています。本当ならこの土地を管理している人が危険因子となる存在を追い払っているはずなのに、何故か熊風はこの場所に突如として現れていました。それは恐らく、土地の管理者が責務を疎かにしていることに相違ありません」
「土地の管理者って……そんな人がいたの?」
「はい。一応この辺は様々な妖怪が住処を作っていますから、必然的に皆を統率する役目を担わなくちゃいけない存在が必要になるんです。もし統率者がいなければ、タチの悪い妖怪達は人間に対して好き勝手に悪戯してしまいますから」
「なるほどね。でもいつかにキサナが妖怪は皆平等だって言ってたけど、統率者がいる時点でなんか矛盾してない?」
「確かにそうかもしれませんけど……統率者と言っても、それはあくまで建前上の名前です。妖怪の皆さんに対して、人に迷惑を掛けないように注意を促すというのが本当の目的ですから。要はブレーキ役のようなものです」
「そういうことかぁ。で、ちなみに桜華さんはその統率者が誰なのか知ってるの?」
「えっと……大変話難くて恥ずかしいことなのですが……実は私のお父さんがその役目を担っているんです」
桜華さんの父親というと、あの三大妖怪と言われた酒呑童子だったっけ。妖怪の中でも特に偉業な存在だし、確かに統率者としては相応しい人物だ。
「ですが前にも話した通り、今のあの人はただの酒豪です。つまり、自分の果たすべき責務すら放棄して酒を飲んで……いや、酒に飲まれている可能性があるんです」
「つーか絶対サボってんだろあのクソ親父」
ずっと隅っこで大人しくしていた温羅兄が横から入って来た。雪羅さんの牽制が余程効いたのか、桜華さんと目を合わせても敵対心を向けることはなかった。
「やっぱりあんたもそう思う?」
「そりゃぁ、日頃ずっとあんな感じだからなあの野郎は。むしろそうとしか考えられねぇだろ」
「ハァ……我が父親ながらなんて情けない……」
どんだけ怠惰な親父さんなんだろう? 俺の理想の三大妖怪のイメージが段々悪い方へと傾いてしまうよ……。
「あっ、申し訳ありません主様。話が逸れましたが……私の父親のせいで、今この土地一帯では何が起こってもおかしくないんです。それこそ、熊風のような悪しき存在がまた襲って来る可能性があるんです。なので一つ提案があるのですが……」
桜華さんは自分の胸に手を添えて、少し緊張した様子で口を開いた。
「その……もし主様が宜しければですが、今一度この土地一帯の管理が正常に機能するまで私達の元に移住しませんか?」
「移住って……つまり、桜華さん達の家にしばらく居候しないかってこと?」
「はい。主様が私達の元に入れば、いつ何が起ころうとも主様をお守りすることができますから。それに私達の家にはお母さんがいますし、例え閻魔様であろうともお母さんがいるあの家に手を出すようなことはまずありません。仮に手を出すような者がいれば、その人は自殺志願者という無謀な愚か者です」
「だな。玉さんがいる時点であの家は絶対防壁も良いところだ。何せ、この俺ですら玉さんを怒らせるような真似は自重してっからな」
「それは絶大な説得力だね温羅兄」
あの温羅兄がゲス発言を控える程の人だとは……桜華さんのお母さん半端ないッス。
さて、どうしようか。正直桜華さんの話は俺にとってありがたい話だ。この通り俺の左腕は使い物にならなくなってるし、桜華さんや温羅兄、雪羅が居ない状態でまた凶暴な妖怪に襲われたりでもしたら……うん、間違いなく死ぬよね。
でも俺が桜華さんの元に行ったら行ったで、今度はキサナの問題が出てくる。以前キサナに聞いたことがあったのだけれど、何でもキサナはあまりこの屋敷から離れられなくなってしまっているらしい。
というのも、このボロ屋敷は座敷荒というキサナの存在によって成り立っている。つまり、ここからキサナが離れると、元々ボロ屋敷だったこの屋敷が元のあるべき姿に戻ってしまうらしい。
キサナはこの屋敷に愛着を持っている。故に、自分の身のためにこのボロ屋敷を手放すとは思えない。
どうしようかと唸りながら考え込んでいると、猫さんの身体に巻き付いたキサナが俺の眼前にどアップで割り込んで来た。
「迷っとるようじゃの。じゃが別に我のことは気にしなくても良い。元は我一人でここに住んで居たのじゃし、不覚を取るような心配は皆無じゃよ」
「いやいや、貴女昨日危にゃくにゃかった? 桜華ちゃんに庇ってもらわにゃかったらキサが大怪我してたじゃにゃい」
「……それはそれ、これはこれじゃ」
「屁理屈押し通そうとするのは頂けにゃいわよキサ」
「そうだよキサナ。屁理屈良くないですよ」
珍しく俺達に意地を張るキサナの頰をぷにぷにと揉みしだく。やっぱり、キサナを一人だけ残して自分だけ安全な場所に避難するのは気が引ける。
「ん〜……ごめん桜華さん。その申し出はありがたいけど、キサナを一人にするわけにもいかないからさ。悪いけど遠慮させてもらうよ」
「えっと……それはつまり、キサナ様が一緒に来れるのであれば大丈夫ということですよね?」
「それはそうだけど、でもキサナがここから離れたらボロ屋敷が本当にボロ屋敷になって壊れちゃうかもしれないからさ。どうしようもないんだよ」
「そういうことでしたら、私にもう一つの提案があります」
そう言いながら桜華さんは横目で温羅兄を見た。温羅兄は嫌な顔をしながら頭を掻く。
「……ったく、わ〜ったよ。以前この屋敷を壊した貸しをまだ返してねぇしな。坊、そこは俺に任せときな」
「任せとけって、何が?」
「決まってんだろ。改装すんだよこの屋敷を」
「なぬっ? 改装じゃと?」
屋敷のことにキサナがピクリと反応を示す。また唐突な提案を持ち掛けられたなぁ。
「以前からこの野郎が言っててな。キサ坊の屋敷を直してやったら喜んでくれるんじゃないかな〜ってよ。俺は面倒臭ぇからパスしてたんだが、状況が状況だ。坊に貸しを返すために一肌脱いでやるよ」
「ハァ……お主が脱いだところで何の需要もない。我をがっかりさせるようなことを言うでない温羅」
「いやそう言う意味じゃねーよ。つーか舐めんなよテメェ? 俺の逸物は天下一品の――」
「どうせシャープペンシルの芯のような逸物なのじゃろう? 見るに耐えん」
「でも取り替えが効くんでしょ? シャーペンの芯だから。ある意味便利……でも無いね。すぐ折れるし。そんな脆さじゃ子供を作るなんて夢のまた夢だよ」
「ぶっ……そ、その通りじゃの。温羅よ、故に我達はシャープペンシルより鉛筆をお勧めするが?」
「テメェら人が良心的に接したらそれか!?」
強く足踏みをして苛立ちを見せる温羅兄。
「あんたが天下一品とか訳のわからないことを言うからでしょ。実際あんたの股間は見るに耐えないわよ」
「え? 桜華ちゃん見たことあるの?」
「色々ありまして……ね。猫又ちゃんも気を付けてください。男は皆、性に飢えた獣ですから。あっ、勿論主様は別ですけどね? むしろ主様には狼になってもらった方が私としてみゃぁぁぁ……」
壁の修理を終えた雪羅が桜華さんの両頰を引っ張る。抜け目ない女の子ですな。
「俺の逸物はともかく、テメェも大概だっつの脳筋が。で、また話が脱線してっから戻させてもらうが、テメェらが俺達の家にいる間に鬼の一味総動員でこの屋敷を改装しといてやるよ。こう見えて俺らは昔に建築業を営んでたからよ。無論、対象者は妖怪限定だがな」
これまた意外な事実が発覚。温羅兄が鳶職かぁ……うん、見た目的にも様になってる。
「だってさ。どうするキサナ? 俺的にはアリだと思うよ?」
「ふ〜む……温羅よ。お主鳶職と言うからには、この屋敷を浮かすことができるというわけじゃな?」
キサナの鳶職に対する偏見よ。そりゃ誰もが一度は憧れるであろうことだけども。
「馬鹿か、できるわけねぇだろ。せいぜい絡繰屋敷にできる程度だっつの。夢の見過ぎだファンタジー脳馬鹿」
いやそれはそれで十分過ぎる手腕だと思うんだけど? むしろ浮遊城よりも憧れを感じるんだけど?
「なんじゃつまらん。大工を名乗るならそれくらいのこと成して欲しいものじゃの」
「無茶振り言うんじゃねぇよ! 無料で屋敷改装してやるっつってんだから、むしろありがたいと思えよ!」
「ほほほっ、頼んだ覚えはない。我は現状で十分満足しとるしの」
「長年の愛着故ってか。面倒臭ぇしがらみに捕われやがってよ」
きっとキサナはここで数十、数百年という時を過ごしていたんだろう。だから改装することをあまり良く思ってないのかもしれない。キサナは新しい物好きだから乗ってくれると思ったんだけどなぁ。
「そもそもじゃ。この屋敷は我の存在によって保たれているのじゃ。そんな屋敷を改装すればどうなるか……分からぬか?」
「テメェの考えてることなんざ分かるわけねぇだろ」
「ならば教えてやろう。屋敷を改装するということは即ち、我の幸を成す力が無意味になるということ。しかし我の機嫌が悪くなった時に発動する不運は変わらず発揮されるじゃろ。つまり、この屋敷に不運しか齎すことしかできなくなる我って……なんか疫病神っぽくね?」
「大雑把に見えてちまちましたこと考えてんなぁ!?」
要は幸運と不運を両立させていたものが一方に傾くことになるから嫌だったと言うわけだ。そういうところは意外とピュアらしい。
「でもキサの幸運って屋敷に反映させるものばかりじゃにゃいでしょ? 別に気にすることにゃいわよ」
「そうですよキサナ様。今までだってキサナ様が機嫌を損ねた時は、主様がフォローしていたとお聞きしました。屋敷が変わろうとキサナ様はキサナ様ですよ」
「そうか、ならば良し。我も同行するぞシロよ」
「いや気分屋かテメェ! 散々振り回しといて即落ちかよ! テメェの屋敷愛はそんなもんだったのか!?」
「頷いてくれたんだから良いでしょ。あんたはさっさと屋敷改装のために動いてればいいのよ」
「ちっ、納得いかねぇが……わーったよ」
これで俺とキサナの居候が決定した。
ということは、だ。ついにあの酒呑童子と玉藻前とご対面できる時が来たということ。酒呑童子については桜華さん達の評価で少し思うところがあるけれど、三大妖怪ということには決して変わりない。ん~、今から浮足立って来たぞ俺!
「ね、ねぇ桜華ちゃん。私も桜華ちゃん達の家にしばらく居候しちゃ駄目かしら?」
「猫又さんもですか? 勿論良いですよ。お部屋の数には余裕がありますから」
なんと、猫さんまで付いて来てくれるらしい。もしかして心配してくれてたりするのかな? いや、猫さんのことだから心配してくれてるんだろう。
猫さんの様子を伺ってみると、何処か浮かない顔をしていた。そういえば今更気付いたけど、キサナに絡みつかれてるのに何も抵抗してない。
そうして猫さんをジッと見続けていると、偶然目が合った。しかしすぐに目を逸らされてしまい、下に俯いて暗い顔をされた。
「雪羅ちゃん。一つお願いがあるんだけど……良い?」
「え? 私?」
すると猫さんが今度は、何故か雪羅に申し出を出していた。
一体何をと思ったけど……何を言い出すつもりなのか検討がついた。そしてその予想は、想像通りの内容だった。
「シロ君の怪我のことにゃんだけど……私に管理させてもらえにゃいかにゃ」
「っ!」
雪羅が少し驚いた反応を見せる。
「実はシロ君が怪我をしたのは私のせいにゃの。私が熊風から逃げる時に転んじゃって、シロ君は私を助けようとして熊風に……だ、だから私に看病させて欲しいの!」
それが猫さんの様子が変わっていた原因。自分のせいで俺が傷を負ってしまったと、自責の念を抱いていた。その責任を果たしたいがための申し出ということだ。
雪羅に向かって頭を下げる猫さん。対する雪羅は、無表情になって猫さんを見つめていた。
「猫ちゃん。もし貴方が弥白に対して責任を感じていると言うのなら、私はその申し出を受け入れないわ」
冷たくあしらわれてしまったと思い、泣きそうな顔になって更に下に俯く猫さん。
「ただ……純粋に弥白の怪我を案じてくれているという意味なら話は別」
でも雪羅には、冷たくあしらうつもりなんて毛頭ない。それは今の雪羅の笑顔を見れば一目瞭然だった。
「あのね猫ちゃん。弥白は貴女に責任を感じて欲しくて助けたわけじゃないの。じゃあなんで助けてくれたのかは……分かるよね?」
「……うん」
猫さんが俺にとって大事な存在だから。至極単純な話だ。
「なら尚更謝るようなことをしちゃ駄目だよ。それに弥白は猫ちゃんに『ごめんなさい』じゃなくて、
『助けてくれてありがとう』って言って欲しいと思ってるんじゃないかな?」
チラリと俺を見る雪羅。何もかも全てお見通しらしい。
「全く……何処かの誰かさんは誰かさんで、世話の掛かる人だなぁ~? こうして女の子をまた悩ませちゃうんだから~?」
ペロリと舌を出して皮肉を言ってくる。ぐうの音も出ない。
「猫ちゃんも惚れる相手は選んだ方が良いよ? 私はこうして誑し込まれちゃったけどね」
「にゃっ!? べ、べべ別に私はそういうのじゃにゃいわよ!」
今度はガールズトークに花を咲かせ始めた。できればそういうのは本人のいないところで話してもらいたいんだけど……雪羅め、また俺を弄ろうとしてくるとは恐ろしい女よ。
「まぁ何にせよ、どっかの誰かさんには手を出しちゃ駄目だからね? いくら猫ちゃんのような優しい人でも、略奪愛に燃えるのはご法度よ」
「だ、だから私はシロ君のことなんて……」
「あれ? 私弥白の名前を口にした覚えはないんだけどな~?」
「……もしかして雪羅ちゃんって意外と性格悪い? 真面目ポジションだと思ってたけど、実は全然そうでもない?」
答えを俺に聞いてくる猫さんだが、敢えて目を合わせずにノーコメントしてみる。
「ふふっ、その反応はどういう意味かな?」
雪羅に黒い笑みを向けられた。理不尽な対応だ。でもしょうがないので、本当のことを言ってみる。
「猫さん。雪羅は見た目とは裏腹に、実は意外と神経が図太いんだよ」
喉元に氷柱を突きつけられた。
「俺なりに褒めたつもりだったんだけど……」
「個人的にその表現が気に入らないわ。もっと他に言い方があるとは思わない弥白?」
「……荒い、とか?」
凍えるような両手で軽く首を絞められる。苦しいというよりめっちゃ冷たい。文字通りに背筋が凍り付きそうだ。
「おい、まだ無駄話が終わらねぇのか。どいつもこいつも話脱線させ過ぎだっつの。少しは空気読めよ女勢」
数秒後、温羅兄の全身から真っ赤な氷柱が生える結果となった。
「ほら、そういうところが荒いんだよ雪羅は。何でも暴力で解決するのは良くないよ?」
「害虫駆除だから良いのよこれは」
まだ殆ど話も交わしてないのにこの処遇。温羅兄が不憫過ぎる。自業自得な部分があるから口出しするつもりはないけど。
「オチもついたことじゃし、我達は引っ越しの準備をするとしようかの。荷物をまとめるの手伝った方が良いじゃろシロ?」
「そだね、また荷車引くことになりそうだし。桜華さんも猫さんも良かったら手伝って欲しいかな」
「言われにゃくてもそうするつもりよ。むしろシロ君は大人しくしてにゃさい」
「そうですね。主様は怪我人ですので、ご無理を為さらないでください」
準備を始めようと立ち上がったところ、お人好しの二人によって制されてしまう。左腕が使えないだけなのに大袈裟な……。
「いや、やっぱり俺も手伝うよ。二人が処理に困るものとかあるし」
「それくらい何とかするわよ。ちなみにそれって何よ?」
「猫耳娘特集のエロ本だけど」
数分後、猫さんの手によって俺とキサナの秘蔵本全十巻が滅却され、俺達は悲しみの遠吠えに明け暮れるのであった。
~☆~
雪羅の手によって熊風が氷塊に封印され、弥白が気を失って部屋で寝ていた昼間の頃。外では、妖怪の皆が一つの問題に頭を抱えて集まっていた。
「えっと……どうすれば良いんでしょうか?」
「ふむ、面倒なことになったものじゃの」
厠神の問いに顎をしゃくるキサナ。
「ご、ごめんなさい。まさか丸呑みされた人がいるなんて思わなかったから……」
氷漬けになった熊風に触れながら頭を下げる雪羅。
そう、その問題とは、熊風に丸呑みされて姿を消したサトリの存在だった。
熊風に呑まれたままの状態で、サトリは諸共に氷漬けになってしまった。そんな彼女を如何様に救出すれば良いか、皆は頭を悩ませていた。
「丸呑みされたあのチビが悪いだろ。宿命だと思って諦めるこったな」
「情けない男ねあんたは本当に。女の子一人助け出すことすら考えられないの? まぁ元々ゲスには期待するつもりはないけど」
「考えることすらできねぇ脳みそ持ってる奴に頭の良さを否定されたかねぇよボケ」
いつもの憎まれ口の叩き合いにより、鬼の二人は皆から離れて喧嘩を始めてしまう。
皆は気取られることなく、熊風の中にいるサトリに意識を集中させた。
「あぁどうしましょう!? このままじゃサトリちゃんが一生胃の中で過ごすことになってしまいます! そんな妖生あんまりです!」
「……お主、確か名を雪羅と言ったか? シロが気絶する直前にそう言っておった気がするのじゃが」
「え? あっ、うん。確かに私は雪羅だけど……」
すると、ずっと考え込んでいたキサナが何かを思いついたような表情になり、初対面である雪羅に声を掛けた。
「一つ試したいことがあるのじゃが、お主の氷は一部分だけ溶かすという芸当は可能なのかの?」
「できないことはないけど、何をするつもりなの?」
「ほほほっ、それは見てのお楽しみじゃ」
キサナはからからと笑った後に林の方に向かい、サバゲーに使っていたアサルトライフルを持って戻って来た。
「よし、では早速この部分だけ溶かしてくれるかの?」
熊風の尻の部分に銃口を向けて言うキサナ。
「キサ……貴女まさか……」
猫又はキサナの思惑を察したのか、顔色を青白くさせていた。
「ま、その通りじゃ。それくらいしか安全な方法が思いつかぬからの。頼むぞ雪羅よ」
「何をするつもりなのか知らないけど……まぁいっか」
キサナの頼みを受けると、雪羅は熊風の尻の部分の氷に直接手で触れる。そして数秒後、熊風の尻の部分だけが顕わとなった。
キサナは唇を尖らせると、「ほいっ」という掛け声と共に、熊風の尻に向けて銃口を突き刺した。
そのままの状態で引き金を引き、残った弾数全てが熊風の尻の穴に注入された。
「さて、上手くいってくれるかの……?」
キサナは銃口を引き抜いて、その銃を無造作に投げ捨てた。
それから皆はしばらく熊風の変化を待ち、約五分が経過した。
「おっ……?」
キサナは何かを聞き取り、耳を澄ませるために聞き耳を立てた。
その音は次第に大きくなっていき、やがて皆に聞こえるようになるまでに至った。
「…………うわっ!?」
程なくして、熊風の尻から大量のう○こが抽出された。思わず猫は身を引いて鼻を塞いだ。
「あっ! サトリちゃん!」
ヘドロの塊のようなう○この中から、茶色に染まった奇妙な人影が這い出て来た。それは他でもない、熊風に丸呑みされたサトリだった。
厠神はサトリの姿を確認した瞬間に近寄った。
しかし数歩近付いた後、顔色を悪くさせてすぐさま退いた。
「うぐっ……何という刺激臭じゃ……」
キサナだけでなく、周囲の者は全員その臭さに鼻を摘んでいた。喧嘩中だった鬼の二人すらその刺激臭に当てられ、喧嘩の手を止めていた。
「んだぁこの臭っせぇ臭い!? うぉっ!? なんじゃこりゃ!?」
「な、なるほど……下剤の弾を使ったのですねキサナ様。うぷっ……」
感心しながら吐き気を訴える桜華。そのすぐ横ではゲロを吐く温羅が四つん這いになっていた。
「に……にぃさ~ん……兄さんはどこですか~……」
泥のモンスターもとい、う○このモンスターと化したサトリが皆に手を伸ばしながら近付いていく。
無論、サトリは腐臭の塊となっているために、皆から避けられた。
「兄さ~ん……どこですか兄さ~ん……へへっ……へへへへへっ……」
「ちょ、ちょっと!? う○こ塗れのせいで気が動転しちゃってるわよあの子!?」
「厠神よ。仮にもお主の妹なんじゃから、あれはお主が何とかせい」
「む、無茶言わないでくださいよ! 結構離れているのにこの臭さなんですよ!? どうしようもないですよあれじゃ!」
「厠姉さ~ん……そこにいるんですか~……厠姉さ~~~ん……」
まるでゾンビのように歩くサトリが、生贄として無理矢理前に出される厠神に目を付けた。
「グッドラックじゃ、トイレの化身よ」
「あぶっ!?」
キサナが厠神の尻を蹴飛ばして転ばせる。顔から転んでうつ伏せになった厠神の目の前には、う○この化身となったサトリの姿が。
一瞬の内に、厠神の顔色が真っ青に染まった。
「厠姉さ~ん……ふへへへへっ……」
「ま、待ってくださいサトリちゃん! 止めてください! その手で私に触るのだけは……や、止めっ!? いやぁぁぁ!?」
この日、う○この餌食となった二人に一生癒えないトラウマが刻まれることとなった。




