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猫はツンデレ主はデレデレ

 ボロ屋敷に住み始めてから三日が経過した。


 まだそれだけしか経っていないものの、俺は意外と順応力が優れた人間だったようで、元々家事はできる男なので、学校に通いながらも何不自由なく平和的に日常を送れていた。


 食材やお金といった最低限必要なものは仕送りで送られてくるし、食材が切れてもここは自然に囲まれているド田舎。食物回収など俺にとっては朝飯前だ。


 そして今はその真っ最中。一度ボロ屋敷に帰ってキサナと合流した後で、背中に背負っている籠に二人で山菜を放り込んでいた。


「凄いねこの辺。いくらでも取り放題じゃないか」


 ボロ屋敷からそう遠くない林の奥。そこに大きな畑があったのだが、使用されてないはずなのにいくつもの食物が確保できていた。キャベツに南瓜に枝豆と、種類は見る限りで様々だ。


「ここは畑怨霊(はたけおんりょう)が管理していての。(わら)は食物が切れたら、決まってここの野菜や果物を貰っているのじゃ」


 畑怨霊……簡単に説明すれば、確か凶作の影響で死んだ人が怨霊化したって話だったはず。


「シロの言う通り、ここは取っても取っても次の日には全て元通りになっておるのじゃ。いやはや毎日豊作とは便利なものじゃよ」


 全世界の農家が見たら度肝を抜かれる土地だ。生きてる者より死んだ者の方がより豊作に恵まれるなんて、実際皮肉な話ではあるが。


「しかしながら毎度毎度、野菜と果物と米ばかりで流石に飽きとったが、シロのお陰で最近は食事が楽しみの一つじゃ。まさかあれほどの料理スキルがあったとは、お主は良い女房になりそうじゃの」


「フッ……淑女の嗜みってやつさぁ」


 ガッツリ男なんだけどね。


「うむ、これだけあれば暫くは大丈夫そうじゃの」


 納得のいく量を確保できたのか、自分の籠を一旦降ろして中身を確認した。


 というか、中身が溢れてタワーのようになっていた。強情というか器用というか、型破りな積み具合だ。ピサの斜塔に類似した何かを感じる。


 こっちはこっちで入れられるだけ入れたし、そろそろ切り上げるとしよう。帰ったら早速夕飯の支度始めないと。


「よ〜し、そろそろ帰ろうか」


「うむ、シロよ。今日の(わら)は天ぷらを食べたい気分じゃ」


「良いね、塩付けて食べよっか。俺もそんな気分になってきた」


 キサナは的を得て食べたい物を言ってくれるから助かる。料理人にとって「任せる」と言われるのが一番困るから。だったらまだストレートに料理名を言ってくれた方がマシだ。夏に焼うどんではなく、冬にカキ氷食べた方がマシと同じくらいマシだ。


 お互いにまた籠を背負って立ち上がり、ボロ屋敷のある方角へと歩いて行く。


「……」


 どんどん歩く。


「…………」


 まだまだ歩く。


「………………」


 更に更に歩く。歩いて歩いて歩き続ける。


「……いや、おかしいよね?」


 流石に異変に気付き、一旦足を止めた。


 異変というのは他でもない、一向にボロ屋敷が見えてこないことにある。ここは数分もあれば帰り着ける近くの林。しかも一本道なので迷子になることはまずあり得ない。


 それなのに、さっきから十分以上も歩き続けているというのに、全くゴールが見えてこない。これが耐久戦マラソンだったらガチ切れして講義を申し出ているところだ。


 だが、ここで勝手に怒り狂ってもしょうがない。原因は何となく分かったし、ここは素直にキサナの手を借りるとしよう。


「ねぇキサナ。これって妖怪の仕業ってことで判断して良いんだよね?」


「そうじゃの。間違いなく迷わし神の仕業じゃろうし」


「迷わし神……か」


 その名の通り、人を道に迷わせる神様のこと。俺からしたら神様という肩書きをひっぺ剥がしてやりたい妖怪だ。


 全く……こっちはお腹ペコペコだというのに、どうしてこのタイミングで悪戯を仕掛けてくるのだろうか。こっちはそんな余興に付き合うほど暇じゃないのだよ。


「こういう時はどうしたら良いの?」


「う〜む、実は(わら)も迷わし神に会うのは初めてでの。(わら)の記憶によれば、確か近くから身を潜めて(わら)達を監視しているはずなのじゃが……」


 二人で辺りを見回してみるが、林のせいで隠れられる箇所が多過ぎる。迷わし神も嫌な場所で迷わせてくれたものだ。


「仕方ないなぁ……ここは俺に任せてキサナ」


「むっ、何か妙案があるのかの?」


「妙案というか……まぁ見ててよ」


 そう言って俺は両手の人差し指を立てて、頭から二本のツノを生やしたポーズを取る。そうして目を瞑り、指先から伝わってくる念に集中する。


「……なんじゃそれ?」


「俺のルーチンってやつさ。集中するからちょい静かにしててね」


 暫くそのポーズを取ったまま固まっていると、徐々に指先から相手の気配が伝わって来る。


 俺の目の前にいるキサナの気配。それともう一人の気配が――


「そこだっ!」


 東の方角の斜め上辺りに向けて、道端に落ちている石をスローイング。謎の存在が足場に使っていた太い木の枝にクリティカルヒットし、ぽっきりとへし折れた。


「にゃぁぁ!?」


 すると、女性の悲鳴が上がったと思いきや、ぽとんと何かが木の根元に落ちた。見たところ犬か猫くらいの大きさに見えたけど……。


「あの声は……恐らく迷わし神ではないの」


「え? マジで?」


「うむ。あれはきっと(わら)の友人じゃ」


「うっそーん……」


 まずいと思いつつ、キサナを引き連れて落下現場へと走った。


 そしてすぐに辿り着くと、そこには横になってビクビク震えている白い猫がいた。


 尻尾が二本あるところを見ると、恐らくこの人は猫又だろう。定番中の定番妖怪だ。


「あの〜、大丈夫ですか?」


「これが大丈夫に見えるかしら? 本気で死ぬかと思ったじゃにゃい!」


 すると否や、猫又は大きな煙に身を包まれ、完全に煙が晴れると姿形が人型になっていた。


 ミニスカートのような裾が目立つ赤い着物を着こなし、白髪のセミロングに頭から白い猫耳を生やしている。足は素足の上に草履しか履いておらず、仮に今が冬なら悶絶しているであろう格好をしていた。


「無事か猫よ? 乙女の純潔はまだ潔白かの?」


「思わず今さっきのでブチ抜かれるところ……って、(にゃに)言わせるのよ! 馬鹿! 阿保! あんぽんたん!」


 捲し立てて怒りながら何故か俺を叩いてくる。悪いのは全般的に俺だから何も言い返せないし、反撃もできない。ここは黙ってか弱いその力に殴られ続けるとしよう。


「ブチ抜かれる……激しさ溢れるエロスを感じるの。きっとお主が下なんじゃろうて」


「ば、ばば馬鹿じゃにゃいの!? いつもいつも思うけど、よくそんにゃ破廉恥にゃ言葉を平然と言って退けれるわよね!?」


(わら)はオープンスケベじゃからの。正直エロは大好物じゃ」


「聞いてにゃいわよそんなこと! それよりこいつ! このミサイルを手動で放つ危険人物は誰にゃのよ!?」


 キサナの発言に恥じらって顔を真っ赤にしながら、何度も俺を指差してくる。何から何までリアクションが楽しい猫ですこと。


「そやつはのぅ……(わら)の初めてを奪った男子(おのこ)じゃよ……」


「初めてぇ!?」


 ポッと頬を赤らめてそっぽ向くキサナ。間違いなくこの子をからかうための演技だろう。


 猫又は猫又で見事に騙されていて、顔から火が出そうになるくらい取り乱している。


 ふむ、ここはキサナに乗った方が面白そうだ。どれどれ、一興演じてみせようか。


「そうなの貴方(あにゃた)!? どうにゃのよ!? 言いさにゃいよ今すぐ!」


「……子供の君には分かるまい。初めてを奪うとはどういうことなのかを……ね」


 ちなみにキサナの初めてを奪ったというのは強ち間違っていない。俺はキサナの初めての“主”なのだから。


「にゃにゃ、にゃ、にゃにゃにゃ……」


 面白いくらいにテンパる猫又。純情であり、処女であるという何よりの証拠だ。


 これ以上は可哀想なので、後少しだけからかってからネタバレすることにしよう。


「ちなみに(わら)はどっちだと思う? 上? 下?」


「知らにゃいわよそんな生々しい事情! まだ夕方にゃのに止めにゃさいよそういう話は!」


「つまり夜なら良いと言うわけじゃな? 猫もムッツリよの。ちなみに(わら)は下じゃ」


「だから聞いてにゃいって言ってるでしょーが! (にゃに)!? 今日はいつも以上にやらしいわね!?」


「やらしい? はて、何のことやら? (わら)は此奴と主従関係になったという話をしているだけなんじゃがの」


「…………へ?」


 ポカーンと目を丸くして固まる猫又。


 ヤバい、笑いのツボが決壊しそうだ。まだ耐えるんだ俺、今はまだ笑う時ではない。


「そうそう、三日前にボロ屋敷の方に俺が引っ越して来た時に、初めてキサナと出会ったんだよね。その時に俺がこの屋敷の主になるから、キサナは俺の女中さんポジション……つまり下に付いてくれと頼んだわけ。そういうわけで、俺はキサナの初めての主になったんだよ」


「…………んにゃぁ!?」


 話の全てを理解したのか、猫又は顔を真っ赤にさせたまま涙目になり、キサナの襟首を強めに掴んだ。


「騙したわねキサ!?」


「騙す? お主が勝手に勘違いしただけじゃろ? やれやれ、恥じらいながらもそういうことばっかり考えて……(わら)はお主の行先が心配じゃよ」


「キサだけには言われたくにゃいわよその台詞! いつか座敷荒からエロ荒に進化してもおかしくにゃいんじゃにゃいかしら!?」


「それはそれで(そそ)られるものがあるの」


「あぁ……既に救う余地が(にゃ)い……」


 このやり取りから見て、随分と仲が宜しいお二人らしい。


 猫又はツンデレっぽいから否定するだろうけど。できたら俺もその輪の中に交じれるようになりたいものだ。


「微笑ましい光景ですなぁ、うんうん」


貴方(あにゃた)貴方(あにゃた)(にゃに)呑気に傍観者気取ってるのよ! 余裕あるにゃら助けにゃさいよ!」


「というかさ、さっきからにゃ〜にゃ〜言ってるけど、それってわざとなの? あぞとい口調だよねそれ。猫感出すのに必死な感じがしてついつい哀れんでしまうよ」


「わざとにゃわけにゃいでしょ!? 何故か『にゃ』を言えにゃいのよ生まれつき!」


「え? 何?『にゃ』が言えない? ちゃんと言えてるじゃないか」


「だからそうじゃにゃくて『にゃ』が言えにゃいの! にゃが!」


「だから言えてるじゃん。『にゃ』って」


「だ〜か〜ら〜!!」


 涙目になり続けたまま、またポカポカと俺の頭を小突いてくる。うんうん、キサナが弄りたくなる気持ちがよく分かる。


「キサナ、超可愛いねこの子」


「じゃろう?」


「にゃ!? にゃ、にゃにを言い出すのよ貴方(あにゃた)!?」


 純情で初心な猫又。素直に褒められたことが恥ずかしいようで、俺から少し距離を取って目を逸らした。


 なんていうか、滅茶苦茶守りたくなる猫だ。愛猫にしたら籠絡すること間違い無しであることは否めない。


「そういう冗談は止めにゃさいよ!」


「いや、至って本心なんだけど」


「うぐっ……別に私は可愛くにゃんてにゃいわよ! 性格悪いし! いつもキサに対してガミガミうるさいし!」


「そうなのキサナ?」


「いや、性格が悪いのは偽りじゃの。ガミガミうるさいのは本当じゃが、それはマブダチの(わら)のためを思ってるという意味があるからの。故に猫はパネェくらい優しい妖怪じゃよ」


「だってさ。良かったね」


「べ、別に嬉しくにゃい!」


 と言いながら口元を緩めているところがマジ可愛い。あぁもうめっちゃ頭撫でてやりたい。ゴロゴロ言わせて癒してやりたい。


「凄いよキサナ……この子は俺の母性本能をいくらでも刺激してくるよ……」


「ほほほっ、なら屋敷で飼ってやってはどうじゃ? そしたら毎日愛で放題じゃ」


「ん〜、ベリーエクセレンツなアイデアだねキサナ。というわけで君、今日から屋敷で一緒に暮らさない?」


「暮らすわけにゃいでしょ馬鹿!」


 断られてしまった。けど、俺は諦めないぞ。今日から粘り強く勧誘していこう。


「そんにゃことより、今のこの状況のことを考えにゃさいよ」


「あっ、そういや忘れてた」


「ほほほっ、シロったらうっかりさん」


「テヘッ」


「……(にゃに)その意気投合率」


 猫又に気を取られ過ぎていて、すっかり迷わし神の存在を忘れていた。正直どうでも良い存在だけど、無視出来ないのがイラっとする。こんな気分良い時に迷わせてんじゃないよ全く。


「猫は何か知らんかの? 迷わせ神からの逃げ方」


「私が知ってるわけにゃいでしょ。キサの方が断然博識にゃんだから」


「それもそうじゃの。というか猫、結局お主は何故あんな木の上で待機してたのじゃ?」


「あぁそれは……屋敷に向かう途中に偶然キサを見つけて(はにゃ)し掛けようとしたんだけど、(とにゃり)に人間がいたから、一応様子見として警戒してたのよ」


「それで巻き込んでしまったと。すまんの猫よ」


「別に気にしてにゃいから良いわよ」


 ホントだ優しい。目を逸らしながら恥じらっているものの、根は本当に良い子だ。


「で、振り出しに戻るのじゃが、どうするのじゃシロよ。結局探知できてなかったのじゃろ?」


「う〜ん、この近くにいることだけは分かるんだよね。薄っすらと何処からか霊感伝わって来てるから」


 とは言え、このままじゃジリ貧だ。こうなった以上は何か策が欲しいところだが……うむ、物は試しだ。


「あのさ猫さん。あっちの方を向いてうつ伏せになってくれない?」


「うつ伏せに? (にゃに)か思い付いたってこと?」


「成功確率は分からないけどね。一先ず言うこと聞いてくれると助かるかな」


「むぅ、仕方にゃいわね」


 そう言ってくれると、猫さんは言われた通りうつ伏せになってくれた。


「それで、この後はどうするのじゃ?」


「そうだなぁ……取り敢えず俺達も猫さんと同じ方に向いてよっか」


「ふむ……意図が分からぬが、ここはシロの妙案を信じてみようかの」


 キサナも俺の言う通りに前を向き、俺は身体だけ向きを皆に揃えて目を瞑る。


 もしこれで俺の勘が当たっていたとしたら、奴は必ず息を潜めながらも近付いてくるはずだ。


 ひたすらジッと待ち続ける。一分一秒を無駄にせず、全神経を周りの気配を探る集中力に費やす。


「ねぇ、いつまでこんにゃことして――」


「静かに」


 それから数分後のことだった。俺の予想通りの方角から微かな気配が近付いて来ているのを感知した。


 やはりそうか。妖怪も人間も“本質”は変わらないんだ。


 もう少し、もう少しと粘り強く待つ。そしてようやく射程圏内にまで奴が近付いて来た。


「そこだぁぁぁ!!」


「にゃっ!?」


 即座に後ろを振り向くと同時に右足を振って、履いていた靴を発射。履き慣れた靴はロケットの如く飛んでいき、目に見えない何かに直撃した。


「ひぃぃ!? おでこが凹むぅ!?」


 奇妙な声が聞こえてきたと思いきや、視線の先に透明化していた主犯格の妖怪が出現した。


 四足歩行で()(つくば)っていて、苔の色をした肌の髭面のおっさんが一人。


 なるほど、あれが迷わし神か。やはり神という名には似合わない妖怪ですこと。


 俺には分かる。奴はキサナと“同じ部類”の妖怪だ。


「す、凄い! どうして分かったの!?」


「それは後で説明するとして……まずは奴をとっちめないとね」


 別に殴り飛ばすつもりはないが、牽制としてパキポキと指の骨を鳴らしながらゆっくり近付いて行く。そんな俺を見る迷わし神の目は、それこそ初めて妖怪を見るかのように怯えていた。


「で、遺言だけ聞いてあげるけど、何か喋る?」


「お、お待ちくだせぇ殿方! あっしはただ――」


「うんうん、君が一体何をしようとしてたのかは分かるよ。でも現実って残酷なんだよね。女の子なら比較的許されるのに、男は“それ”をしたら全部ギルティにされるんだもの」


「……世知辛いでさぁねぇ」


 それから迷わし神と意気投合し、少々話をした後で去ってもらった。


 話の全てを聞き終えた俺は引き返していき、二人の元に戻って来た。


「これでもう大丈夫。さ、帰ろっか」


「ちょっと待ちにゃさいよ。(にゃに)も説明せずに終わるつもり?」


「それは晩御飯の時の摘み話ってことで。天ぷら食べるつもりなんだけど、猫さんも来るでしょ?」


「天ぷら……し、仕方にゃいわね。どうしてもって言うにゃら、行ってあげにゃくもにゃいというか……」


「ならいいや。帰ろキサナ」


「そうじゃの。じゃあの猫よ」


「えっ!? ちょ、ちょっと待ちにゃさいよ! 行く! 行くから! 私も天ぷら食べる〜!」


 また新たに親しくなった猫又を加え、俺達は迷わし世界を抜けてボロ屋敷へと帰って行った。




〜※〜




「ん〜、このパリパリ感が絶妙じゃの〜」


「あっ、ちょっとキサ! 海老ばっかり食べにゃいでよ!」


 夕飯の支度が完了したところで食事処(リビング)へと運び、一通り運び終えた頃には、既に二人共食事に有り付け中だった。食い意地の張った憎めない妖怪ガールズだ。


 ひと段落した俺も座布団の上に座り、箸を手に食事に有り付く。


 ……うむ、我ながら良い出来だ。とても美味なり。


「むぐむぐ……それで、さっきの話は?」


「あ〜、うん。それじゃ迷わし神の目的から話そうか」


「ほぅ、やはり迷わせたのは理由があるのか。して、その意図とは?」


「うん。あいつね、ド変態だったんだよ」


 冷たいお茶を飲んでいた猫さんが盛大に吹き出して蒸せ返った。


「全く意味が分からにゃい! つまりどういうことよ!?」


「えっとね、あいつが誰かを迷わせる目的って、迷ってうろうろたじろいでいる女の子を見てると興奮するらしくて、息をハァハァ荒げながら隠れて見るのが趣味なんだって。要はそれが目的だったってわけ」


「本当にド変態じゃにゃい! どんにゃ性癖よ!?」


 猫さんの気持ちは分からんでもない。最初聞いた時は俺も内心ドン引きしていたし。


 でもそれもまた男に生まれた宿命なので、半分引いて半分同情してあげた。


「ふむ、中々やりおるの彼奴(あやつ)(わら)のドスケベ度と良い勝負じゃ」


「そんな馬鹿げたことで張り合うにゃ!」


「馬鹿げた? それは聞き捨てならんの」


 キサナが妙に迫力のある顔になり、猫さんにどアップで近付いた。


「良いか猫よ。(わら)達妖怪の殆どは人間の意志や想像から生まれた存在。つまり、妖怪の始まりは人間からということじゃ。そしてその人間もまた、人間から生まれるものじゃが……それは何を得て生まれる?」


「え? そ、それは……」


 うーんと唸り声を漏らしながら考え込む猫さんだったが、その問いの答えを導き出した瞬間に顔を真っ赤にさせた。


「そ、そんにゃの私の口からは言えにゃいわ!」


「何故じゃ? たった一言で言えるというのに、何をそんなに恥じらいでおる? ん? んん〜?」


「ち、近いわよキサ! ちょっと貴方(あにゃた)! こいつを止めにゃさいよ!」


 ズズズッと温かいお茶を飲む俺。飲むもの見るもの全てが暖かい。


「思いっきり(にゃご)んでるし! のんびり屋か!」


「いやぁ、俺って一人暮らしに憧れてたんだけど、こうして妖怪達と過ごす日々の方がやっぱり和むんだよね。だから俺に気にせずイチャついてて良いよ」


「何処がイチャ付いてるように見えるのよ!? 何処からどう見ても私がセクハラされてるだけにゃんだけど!?」


「ほ〜れ、(わら)を無視するでな〜い。無視するならおっぱいもみもみっちゃうぞ〜?」


「そう言いながら本当に揉んでくるにゃ馬鹿!」


 ベタベタデレデレしながら絡もうとするキサナに対し、ツンツンしながら全力で抵抗する猫さん。きっとこれが二人の日常風景なんだろう。


 いやぁ、食事が進むこと進むこと。こりゃ良い肴だね。


「ちなみにさっきの答えは愛じゃ。愛があって人間は人間から生まれるんじゃ」


「…………し、知ってるわよ」


「ほほほっ、見え透いた嘘を言うでない。お主が想像してた言語は◯◯◯◯じゃろ?」


「折角綺麗に表現してたのに、結局それ言っちゃうんかぃ!」


「まぁまぁ。で、人間は◯◯◯◯することで子を産むが……その行為の際に糧となるのが性欲じゃ。つまりエロスじゃ。即ちそれはドスケベ度。故にドスケベは世界を救うのじゃ。これぞ正しく世の神秘!」


「……馬鹿じゃにゃいの?」


「まだそれを言うか。何なら(わら)が直に◯◯◯◯の何たるかをご教授してやっても良いのじゃぞ?」


 手の指全てをクネらせながら気味悪く笑うキサナ。稀に見る中年のおっさんのようだ。


「い、嫌よキサとにゃんて! 私は普通に男の人の方が良いの!」


「そうか。良かったのシロ、猫はお主の方が好みらしい」


「本当? いやぁ照れるなぁ」


「べ、べべ、別に貴方(あにゃた)のことを言ったわけじゃにゃいわよ! 天ぷら美味しかったから信用はしてるけど!」


 ご馳走したお陰で信用はしてくれているらしい。それだけでもめっちゃ嬉しいけど。


「信用だけ? 信頼もしてくれると嬉しいんだけどなぁ」


「うっ……そ、それはまだちょっと……時間が欲しいと言いますか……」


「そっか。それで話を戻すんだけどさ」


「え!? 終わり!? この(はにゃし)終わりにゃの!? 切り替え早くにゃい!?」


「ごめんよ猫さん、このままだと話が一向に進まないと思ったから」


「むぅ……仕方にゃいわね」


 でも律儀に考えてくれているところ、近い内に猫さんとも信頼関係を結べるだろう。優しい妖怪とはできるだけ仲良くしたい。人が良い猫さんもきっとそう思ってくれてるだろう。


「と言っても、後残ってる話はあの作戦の詳細なんだけど……聞く?」


「今更にゃによ。聞くに決まってるじゃにゃい」


「うむ、(わら)も興味あるぞ」


「そっか。でも言ったら猫さん怒ると思うんだよね。それでも聞く?」


「ど、どんにゃ作戦だったのよ……逆に気ににゃるから聞くわよそれでも」


「そう? なら話すけど……」


 というわけで、俺は猫さんにまたポカポカ殴られる覚悟で詳細を話すことにする。


「おほん……あの作戦はね、実は俺とキサナの行動に意味はなくて、猫さん一人で成立した作戦だったんだよね」


「ふむ、どういうことじゃ?」


「言ってしまうと、猫さんが着てる着物って裾が凄く短いでしょ? だからローアングルで見たりしたら、間違い無く簡単にパンツが見えちゃうわけ。そんな猫さんがうつ伏せになって、誰かが後ろの方から見つめたらどうなると思う?」


「うむ、間違いなくパンツ見放題じゃの」


「つまり、俺は迷わし神にも下心はあると考えて、猫さんのパンチラで釣れるんじゃないかと思ったわけ。それでいざ実行してみたら、案の定ドスケベだった迷わし神は、猫さんのパンツを覗くために近付いて来ていた。そこを俺が叩いたってわけ」


「なるほどの。ドスケベの特徴を突いた策だったという訳か。ベリーエクセレンツな策じゃのシロ!」


「んにゃぁぁぁ!!」


 顔を真っ赤にして目を三角にする猫さん。俺の頭をポカポカと殴り続けてきて、こちらも案の定の反応であった。


「何処がベリーエクセレンツよ! 最低最低最低! 嫌いよ! 貴方(あにゃた)なんて大っ嫌い!」


「ごめんごめん。でも見られる前のところでギリギリ仕留めたからさ。本人も実際見えなかったって言ってたし、結果オーライってことで駄目?」


「駄目に決まってるでしょ! ふんっ!」


 冗談ではなく本当に怒ってしまったようで、いつの間にか食事も終えていた猫さんが横になってふて寝してしまった。これも全面的に俺が悪いから何も言えない。


「…………(ちらりっ)」


 いや、違った。ふて寝してると見せ掛けてチラチラ俺の方を見てきていた。あぁもう可愛いから駄目だってそういうのっ。


「拗ねてるだけじゃよあれは。あぁ見えて猫は極度の構ってさんなのじゃ」


「あぁ見えてというか、どう見てもじゃない?」


「ほほほっ、そうじゃの。何にせよ、今回はシロが構ってやっとくれ」


「ん、分かった」


 俺も食事を終えたところで、ゆっくりと四つん這いで近付いていく。それを見た猫さんはビクッと肩を跳ねさせて、すぐにそっぽ向いて俺達に背を向けた。


「ごめんよ猫さん、やって良いことと悪いことがあったよね」


「…………」


 返事がない。ただの屍……じゃなくて、単に返事を返すタイミングを失ってしまったように見えた。きっと「許してあげる」と言うのが恥ずかしいんだろう。


 ならばと思い、俺はある提案を企てた。


「ん〜、あのさ猫さん。もし俺の料理を気に入ってくれたなら、今度から好きな時に食べに来ない? 別に毎日でも良いし、その度にご馳走するからさ」


「……し、仕方にゃいわね。それなら許してあげにゃいこともにゃいわ」


「そっか。ありがとね猫さん」


「にゃっ!?」


 お礼に頭をそっと撫でてあげると、猫耳までほんのり赤くして二本の尻尾をバタつかせていた。猫は皆そうだろうけど、頭を撫でられるのが好きみたいだ。


「ほほほっ、懐いとる懐いとる。良かったのシロよ。猫もお主を気に入ったようじゃ」


「……別に気に入ってにゃいわよ」


 そう言う猫さんだったが、そのまま寝落ちするまで頭を撫で続けさせてくれた。




 ――昔に飼っていた猫がそうだったように。

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