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女妖怪vs変態妖怪の宴 後編

「え〜、それでは改めてルールを説明します。審判はこの私、何故か主様と敬られてる弥白が務めさせていただきます」


「おいちょっと待て! 本当にサバゲーやる前提で話進めるつもりかテメェ!?」


「当然です。以後、私のことはゲームマスターと呼ぶように。もし逆らうというのであれば……」


 ガチャリと音を立ててハンドガンの銃口を温羅兄に向ける。


「殺します」


「えらく非情だなおい!? らしくねぇ発言すんなよ怖いわ!」


「ハハハッ、今のはほんのジョークですよ。とにかく、ここから先は皆私に従っていただきます。文句はないですね?」


「主様……じゃない、ゲームマスター様が言うのなら私は従いますけど……その口調の変化に何か意図が?」


「あっ、駄目? 似合わない? なら普通に進行するよ。はいまずルール聞いてね皆」


「キャラ立てが雑っ! そこは貫き通せよ自我を!」


 温羅兄の発言をガン無視して、猿でも理解できるように勤めるつもりで解説を始める。


「まずサバゲーとは、模造の銃とBB弾を使ってどんぱちする遊びです。しかしこれは仮にも本気の戦なので、少し仕様を変えて皆に挑んでもらうね」


「仕様とな? それは一体?」


「まぁそれは追い追い説明するとして……まず皆にはこの中から好きな装備を一つ選んで欲しいんだよね」


 そう言って俺は、庭の隅に置いておいた三種類の銃の束を箱ごと持ってきて、皆に見えるように地面に置いた。何処でこんなものを用意したのかは……大人の理由である。


「一丁目はハンドガン。見た目通り小型で軽いから、動き回ったり接近戦が得意な人に向いてる銃だよ。デメリットは火力の低さと命中率が低いってことかな」


「ふーん……にゃら私これにしよっと」


「フフフッ……美しい(わたくし)に相応しい武器ですね……」


 身軽さを売りとした猫さんと身の毛立ちが目を付けて、他の銃に目もくれずにハンドガンを選び取った。


「二丁目はアサルトライフル。少し重いけど動き回る分にはあまり邪魔にはならなくて、この中で一番弾数が多いのがメリットだね。動きと力の調和が取れてる人にオススメの武器だよ。デメリットは仕様でリロードに時間が掛かるようにしてるから、弾切れになった時の隙が大きいってことかな」


「つまり、これが一番実用的な銃ってことですね。迷う必要がなくなりました」


「ケッ、上等だぜ。弾の補充の隙なんざ、俺にゃどうってことないっつの」


 大将の二人がニヤリと笑い、アサルトライフルを手にする。他にも女勢のサトリと厠姉さんが。男勢は尻目と山地乳が選び取った。


「三丁目はロケットランチャー。見た目通り重量感があって移動が困難になるけど、その分威力は凄まじいよ。半径十メートルの円形と範囲も広くて、ほぼ高確率で相手を吹き飛ばせる優れもの。ただし弾数がニ発と限定されてるから、ここぞと言う時の切り札に使うと吉かな」


「それはまた好奇心燻(くすぶ)られる代物じゃの。(わら)はこれにするかの」


「おいどんは動くの苦手だす。他に合いそうなものが無いし、

これにするだす」


 残りのキサナとべくわ太郎が切り札となるランチャーを装備する。これにてメイン武器の厳選は終了だ。


「あぁそれと、もし弾が切れた時はこの特別性模造サバイバルナイフを使ってね。プラスチック製だから切れる心配はないので安心してね」


 最後に全員にナイフを配布し、皆いつでも実践に移れる状態となった。後は具体的な勝負の説明だけだ。


「あの……ゲームマスターさん? 一つ質問したいことがあるんですけど」


 厠姉さんが一つの疑問を抱いて手を上げ、問いを投げ掛けてくる。俺は「どうぞ」と了承した。


「これって本物の銃じゃないにせよ、当たるとやっぱり痛いんですよね? それだと剣や槍で戦うのとあまり変わらないと思うんですけど……」


「良い質問だね厠姉さん。そう、それがまさに仕様変更した部分なんだよ」


「えぇ? 一体どういうことですか?」


「うん、それじゃ今からその説明も含めて、このゲームで戦闘不能と判定される基準を教えるね」


 手に持つハンドガンをとんとんと小突き、皆を見据えながら話を続ける。


「本来のサバゲーはBB弾を使ってるってさっき説明したばかりだけど、これは俺の改造によって実は弾が変更されててさ。当たっても痛みは全然ないんだけど……その代わりに、とある部分が強く刺激されるようになってます。その部分とは……(ちょう)です」


「腸って……それが一体何(にゃん)の効果があるのよ?」


「まぁ分かりやすく言ってしまうと……この弾丸に当たった場合、何やかんやで腸が刺激されて、所構わず脱糞します。つまり、脱糞した人が戦闘不能者として判定されるってわけ。オーケーエブリバディ?」


「「「「「ノーセンキュー!!」」」」」


 こういう時だけ男女揃って満場一致だった。


「脱糞って何ですか!? シュール過ぎませんかその銃撃戦!? 一体いつそんな下剤みたいな弾丸を作ったんですか兄さん!?」


「その昔、薬品を弄る事にハマっていた時期があって、その時にこんなものが作れたら面白そうな予感がビンビンきて、三ヶ月掛けてようやく完成できたんだよね。はははっ、懐かしいなぁ。何回フラスコ爆発させたかことか覚えてないや」


「何処のマッドサイエンティストですか貴方は!?」


「まぁまぁ落ち着いてってサトリ。皆の不安も分かるけど、その点に関しては全く問題無いから」


 俺は親指を立てて、ちらりと厠姉さんの方を見つめる。


「今ここにはトイレの神様である厠姉さんがいるからね。漏らした時は百パーセント快便だから、下痢の心配をする必要はないよ!」


「誰もそんな心配してませんけど主様!? あっ、いや、ゲームマスター様!?」


「もういいっつのその呼び方……平常に戻しとけ桜華……」


 流石の温羅兄も桜華さんを名前呼びするくらい呆れていて、珍しく頭を抱えて唸っている。


 これでも納得してくれないとなると……しょうがない。男勢限定になってしまうけど、このゲームの意図を知ってもらってテンションを上げてもらうとしよう。


「まぁ冗談はさておき、この仕様を聞いて嫌だというなら辞退しても構わないよ。ただ……本当に良いのかな? 特に男勢の方々さん?」


「あァ? どういう意味だよそりゃ?」


「皆さん方は意識した事ないから知らないだろうけど、便意を堪えてる時の女の子って……もじもじしてて可愛いんだよ。その件については俺の義理妹が過去に立証してくれてます、ハイ」


「よっしゃぁ!! やる気出せよテメェらぁ!!」


 男勢の士気が再び有頂天に達し、各々が相棒となる銃のメンテナンスを始めた。その瞳の奥は、脱糞を我慢する少女の姿しか写っていない。


「……兄さん?」


 人殺しの目をしたサトリが俺の首に手を掛けてくる。こんな目をするようになってしまっただなんて、兄さんはとても悲しい。


「ごめんごめん、でもさっきのは本当のことなんだって。サトリの場合は大の方じゃなくて小の方だったけど、どっちも大して変わらなぐぇぇぇ……」


 思い切り首を絞められるが、途中で厠姉さんの救いの手が入って救助された。誰かに殺されかけたのはこれで二度目だ。


「お言葉ですが主様。これじゃ私達が勝ったとしても、男勢にしかメリットがないですよ。あの変態共への命令権なんて興味無いし、脱糞する姿を見たところで吐き気しかしません」


「えっと……そもそもあの変態達を滅ぼすのが目的だったんじゃ?」


「それはそれ、これはこれです」


「そ、そっか……」


 やっぱりそこを追及されてしまったか。ならばこちらも致し方無し。こういう条件はあまり宜しくないんだろうけど、相手が皆なら面倒事にはならないだろう。


「じゃあ仮に女勢が勝ったら、俺が一日万屋になるよ。返事のない屍になるまでこき使っていいから、それで勘弁してくれな――」


「敗北は死に直結するつもりで覚悟を持ち、死に物狂いで勝利を掴み取りましょう!!」


 すっかり冷めていた桜華さんに希望が満ち溢れ、瞳をキラキラと輝かせながら『女』の旗を掲げた。他の皆も餌に釣られた野獣のように雄叫びを上げて、女勢の士気もまた有頂天に達していた。


 何はともあれ、すっかりサバゲーをやる気になってくれたのは有り難い。この殺伐とした状況で、一体どんなシューティングゲームが行われるのか。ワクワクが胸の鼓動音となって高鳴り、水を浴びた魚の如く喜びの舞いを踊っていた。




〜※〜




 銃撃戦の範囲は、ボロ屋敷を中心とした半径百メートル以内のエリアに限定した。下手に広くすれば戦闘がいつまでも長引きそうだし、百メートル以内にも身を潜められる場所は沢山あるので、銃を打ち合うには十分過ぎる範囲だろう。


 俺一人だけ庭で待機していても何なので、雰囲気だけでも味わうために林の中に紛れ込んで、高めの木に登って様子を伺っている。ここならエリア全体を見渡せるし、何処で何が起きても状況判断できるだろう。


 戦闘開始は今より後一分後。既に皆はそれぞれの場所に身を潜めていて、いつでも始められる態勢になっているはず。誰一人気配を察知させないのは流石としか言い様がない。


 ……いや、違った。たった一人を除いて、隠れるつもりが全くない人がいた。というか、現在進行形で俺の隣にいるだけなのだけれど。


「ほぅ……これはまた粋な景色じゃの。木なんて登ろうとも思わんかったから、実際にこうしてみると中々乙なものじゃの木登りも」


「えらく余裕だねぇキサナ。全体を見渡せるってことは、格好の餌食にも成り得るってことだよ? ハチの巣にされる前に降りた方が良いと思うんだけど……」


「普通に考えれば確かにそうじゃの。既に何人かのやっこには目を付けられとるじゃろうし。じゃが、こういう遊びはスリルを楽しむものじゃろう? ハードルは高ければ高いほど燃えると、以前見たテレビ番組にて、プロのアスリートが言うとった。わらはそのコメントに胸打たれたのじゃよ」


 敢えてリスクを犯すことでゲームの難易度を難しいものとし、それすらもクリアしてやろうというキサナの自信の有り様よ。常にイージーモードに浸っていたい俺としては、自ら険しい道を歩もうとする相棒を素直に尊敬してしまう。


 背負っている銃は、弾数が二発分しか用意されていないランチャー。逃げ場は限定されてしまっているだろうし、逃げようにも銃の重さで縦横無尽に動くのは不可能。そんな絶望的な状況下にいるキサナの唯一の望みは、他の皆の存在なんだろうけど……おっと、そろそろ時間が迫ってきた。


 残り時間を告げるタイマーが刻々と秒数を刻んでいき――秒数が切れて戦闘開始のアラームが鳴り響いた。


「先手必勝じゃぁ!!」


 開始と同時にキサナが叫び声と共に奮起して、敵が潜んでいるであろう位置に向かっていきなりランチャーをぶっ放した。しかも左右の方向に二発全部。


 青白い球体の弾が轟音を響かせ、疾風の如く着弾地点まで飛んでいき――それぞれ桃色の煙を巻き上げて爆発した。


「ふむ……アテが外れたかの?」


「破天荒過ぎやしませんかマイバディ?」


 実にキサナらしい大胆な戦法だった。よくよくキサナの性格を考えれば、少ない弾数を渋ってジッと待つようなことをするわけがなかった。悪く言えば雑なんだろうけど、これはこれで敵の動揺を煽る結果になったのかもしれない。


「くそっ! いきなり全弾撃ってくるなんて、予想外にも程があるでっせ!」


 動揺を煽る結果だけに落ち着いたと思いきや、着弾地点近くの茂みの中から山地乳が焦りを見せて飛び出してきた。その顔色は非常に悪く、空いている左手を腹に当てていた。


「直撃は免れたみたいじゃが、爆発の被害には合ったようじゃの彼奴。ほほほっ、わらの勘も捨てたものじゃないの」


 使い物にならなくなった銃を捨てて、山地乳を見下ろしながら呑気に笑うキサナ。


「座敷荒め……集中砲火してやりまっせ!」


 キサナの挑発を買った山地乳は反撃の発砲をし始め、俺達がいる木の根元へと駆け出して来た。


 何発かこちらに飛んでくるものの、走りながらの発砲と遠く離れた距離による影響が重なり、全て明後日の方向へと外れていた。


「単純な奴じゃの。このような戦いにおいて、出る杭は打たれると相場が決まっておることを知らんのかの」


 キサナが意味深なことを呟いている間に、山地乳がついに木の根元までやって来る。アサルトライフルでこの距離ならば回避はまず不可能だ。


「終わりでっせ座敷荒!」


「あぁ積みじゃ。ただし、お主がの」


 山地乳がキサナ一人に集中することで、注意が散漫となる。そしてそのタイミングを見計らい、一人の影が別の木の影から姿を現した。


「し、しまっ――」


「隙だらけですよ」


 現れたのはサトリだった。マニュアルに載ってる標本のような構え方で銃を構え、どうぞ狙ってくださいと主張しているかのような背に向けて発砲した。


 何発もの弾が背中に命中し、山地乳の手元から銃が落ちる。直後、ただでさえ悪かった顔色が真っ青になり――すっきりした顔になって崩れるように倒れた。


「うっ……下剤弾は本当だったんですね。絶対やられたくないですよこれ……」


 人として、妖怪としての痴態を晒した山地乳を見て、やられてもいないのに顔を青くさせるサトリ。後にキサナが木から飛び降りて合流した。


「作戦成功じゃの。ブラコン覚にしては上出来じゃ」


「その呼び方いい加減止めてくれません? 何度も言っていますが、コンプレックスを引き摺っているのは私ではなくて兄さん――」


「じゃ、わらは適当に散開して逃げとるから、後は皆で上手くやっとくれ。ではの、ブラコン覚」


「せめて最後まで聞いてくださいよ話を!」


 聞く耳持たず、キサナは林の中へと姿を消した。それから入れ替わるように俺も木の下に降りて、脱糞に沈んだ山地乳の遺体を観察する。


「うわ臭っさ。快便でも臭いものは臭いんだねコレって」


「いたんですか兄さん。そして何を当たり前なこと言ってるんですか。腐臭が移る可能性も若干ありそうですし、あんまり近付き過ぎない方がいいですよ」


「でも俺は一人ひとりのコレの形を絵に残さないといけない義務が……」


「そんな不要な義務は水に流して捨ててください!」


「……コレだけに? 今上手いこと言ったって思ったでしょ」


 一発だけ発砲してきて、俺の頬を掠める弾丸。この反応からして図星だったらしい。顔を赤くさせているのが何よりの証拠だ。


「今度妙な発言したら脳天ぶち抜きますからね」


「おっかないなぁ。どうせぶち抜くなら脳天じゃなくて――冗談だから銃口を目に向けるのは勘弁してシスター。それと俺にかまけてないで、早く次の敵を仕留めにいかないと」


「言われなくても分かってますよそんなことは」


 俺とキサナとせいという影響もあるんだろうけど、最近のサトリは常時カリカリしている気がする。そんなイライラしてたらストレスで将来ハゲちゃうよと注意したいけど、余計なこと言って火に油を注ぐことにもなりそうだし、今はそっとしておこう。


「そもそも審判が特定の人物と接触していて良いんですか? 兄さんこそ私に感けてないで、早く他の人の元へ行った方がいいですよ」


「それもそうだね。それじゃ今度は向こう側の方に……」


 と、サトリに背を向けて移動し掛けた瞬間、何の前触れもなくサトリのすぐ背後に誰かの気配を感じ取った。


 同時にサトリも気付いたようで、ハッとしてすぐに後ろに振り向いた。だが、その行動の選択は決定的なミスとなった。


 サトリが振り返った刹那、視界に映り込んだのは――尻。そして、尻の穴に見える一つ目の眼球だった。


「えっ――」


「アディオス、小さき乙女よ」


 その言葉がサトリに対する最後の遺言。瞬間、実に不快な音が微かに聞こえると、サトリは白目を剥いて口から泡を吹き出しながら気を失い、無念にも死に場所をここに晒した。


 今、この目で、実際に見たから分かる。万が一あれをくらった時、その者がどれだけ強靭な精神力を持っていようとも、トラウマを免れるのは不可能だと。


 少し離れた場所から見ているのに、こっちにまで腐臭が漂ってきた。直撃を受けたサトリの嗅覚が心配でしょうがない。


 争いは何も残らないと言うが、それは紛れもない嘘だ。生き残った場合に限り、永遠に消え失せることがないであろう悍ましき記憶が刻まれることになるのだから。


 気絶したサトリに気を取られている内に、気付けばもう尻目の姿は何処にもなかった。次のターゲットを探しに身を潜めたんだろう。これは早々に他の皆の動向を確認する必要性が出てきたかもしれない。これ以上奴を野放しにするのは危険だ。


 ルール違反になってしまうが、どうせ相手は温羅兄ゲスの軍勢。桜華さん達には特に咎められないだろうし、むしろありがたいとすら思ってくれるだろうし、温羅兄本人にバレなきゃ妨害しても別に良いよね。


 ポケットに入れてあるハンドガンを取り出し、いつでも撃てるように弾丸をリロードしておく。それからこの場を離れて、一旦ボロ屋敷の方へと向かった。


 庭を抜けて縁側と繋がっている襖を開いて、靴を脱いでから中に入る。誰もいないだろうけど、一応屋敷内も戦闘領域になっているので、念の為に確認しておこう。


 ルールとして、屋敷内は土足厳禁。そして、もし仮に屋敷の中にて器物損害の罪を犯した場合、その者を徹底的に断罪すると伝えてある。わざわざそんなリスクを犯す阿呆がいると思っていないから、誰もいないだろうと判断していたけど……思った通り、俺の霊力探知レーダーには誰も引っ掛からなかった。


 だが、一通り屋敷内を巡回し終えたところ、何処からか約二名程の霊力を探知した。その内の一人は……これは厠姉さんだろうか。後の人達はよく分からないので、恐らく変態妖怪の誰かだろう。


 もしかしたら尻目の可能性がある。見つけたら即座にヘッドショットを狙えるように、銃を構えながら変態妖怪がいるであろう場所へと慎重に向かう。


 足音を立てないように抜き足と忍び足を駆使して、徐々に徐々にと距離が近付いていくのを感じる。そして、ついに変態妖怪の一人を姿に捉えた。


「ンッフッフッ、無駄無駄無駄です。美しいわたくしに掛かれば、素人が撃つ数多の弾丸を避ける事など、金魚掬いの金魚を二匹同時に掬い上げるくらい容易いのですよ」


「いやそれはかなり難易度が高いと思うのですが!?」


 変態妖怪の正体は、自意識過剰の美しさを売りにした身の毛立ちだった。更にその向こうには、銃を発砲して相対している厠姉さんの姿もあった。


 大体三十メートル程の距離しか離れていないというのに、身の毛立ちは無駄に鮮やかな動きで弾を全て避け切っている。妙なポージングを何度も取る余裕まであり、厠姉さんが完全に手のひらで踊らされていた。


「フフフッ、そろそろ弾が切れる頃合いでしょう。その時が貴女の最後です、麗しき厠のレディ」


「くっ……ま、まだ戦いは終わっていません! 最後に勝つのは私達ですよ!」


「否っ! この戦で勝利の美を勝ち取るのは我ら温羅軍! そしてその暁には、貴女を私の側近にしてあげましょう。わたくしの美しい身体を毎日洗浄させてもらえることになる貴女は、この世で最も幸運に恵まれたプリンセスになれるでしょう!」


「じょ、冗談じゃありません! そんなことをするくらいなら、シロちゃんやサトリちゃんが使用した後の便器をベロベロに舐める方がまだマシです! いやむしろ自ら進んで舐め回したいです!」


 厠姉さんが取り憑いているトイレが使用されてもいないのに、急に本性を曝け出して高揚し、ハァハァと息を荒げて頬の色を赤く染めていく。はっきり言って凄くエロい。


 しかし気分が高まってきたこととは裏腹に、撃ち続けていた銃がついに弾切れを起こした。


「そのお命、貰い受けます! ヒャオッ!」


 急いでリロードしようとする厠姉さんだが、この状況では負い目の一手でしかない。身の毛立ちの動きは想像以上に速く、ほんの一瞬の間に厠姉さんの背後に回り込んだ。


 その手に持つのは銃ではなく、特別性サバイバルナイフ。逆手持ちに切り替えて、厠姉さんの首元目掛けて真横に振う。


 ――だが、この不利な状況を作ったのは、厠姉さんの失敗ミスではなかった。


「取っ――ぐはっ!?」


 厠姉さんがふと笑みを浮かべると、身の毛立ちの真上の天井が突如引っ繰り返り、そこからサバイバルナイフを手にした猫さんが現れ、奇襲の一撃を脳天に解き放った。


 厠姉さんにナイフの刃が当たる直前のところで身の毛立ちの動きがピタリと止まり、手からナイフが落ちてよたよたと壁側に足が動く。


 手応えを感じたらしい猫さん達は身の毛立ちから距離を取り、終わりの予感を察知して鼻を摘んだ。


「まさか……このわたくしが不意を突かれるなんて……敵ながら天晴でした。さて、敗北者は敗北者らしく、最後は夏の終わりに相応しく鮮やかに散るとしま――」


「いいから黙ってくたばりにゃさい汚物」


 容赦ない一言と共にハンドガンを一発。見事ヘッドショットを決められた身の毛立ちは、生々しい分泌音を尻の穴から奏でて、ポージングを取って立った状態のまま死絶えた。


「ふぅ……どうにか上手くいきましたね。流石猫又さん、身のこなしに関して右に出る者はいませんね」


「伊達に猫妖怪じゃにゃいからね。隠密行動はお手の物にゃのよ。それより厠神ちゃん、さっき一瞬だけ雰囲気がおかしくにゃってたようにゃ気がするんだけど……」


「あ、あはは……気のせいですよ気のせい。それより早く次のターゲットを探しに行きましょう。ついさっき座敷荒さんと遭遇したんですが、敵を一人削ったと言っていました」


「つまり、残る敵は後三人ってわけね。良い流れだし、意外と早めに決着がつくかもしれにゃいわね」


「いや、それはどうかな」


 タイミングを見計らい、背後を気にしながら猫さん達と合流した。


 ……そして何故か、猫さんに銃口を向けられた。


「出たわね悪の権現。大人しくお縄につきなさい変態太郎」


「そ、そんなに怒らないでよ猫さん。口では否定してるけど、何だかんだで楽しんでるでしょ実際?」


「にゃわけにゃいでしょ! むしろ早く終わらせたくて仕方がにゃいわよ!」


 ぐりぐりと銃口を頬に押し付けてきて目くじらを立てる猫さん。サトリと同じでイライラしてるなぁこれは。


「まさかとは思うけど、審判のフリして私達を暗殺しに来たわけじゃにゃいでしょうね? あのゲスに買収されて刺客ににゃったとか」


「ないない、それは無いって。猫さんのプロマイド写真でも売り付けられない限り、皆を裏切るような真似は――待って待って冗談だからそのナイフをしまってくださいお願いします」


 今冗談を言うのは得策ではないと自覚しているのに、どうも猫さんの前だと口が軽くなってしまう。これも猫さんの萌え信者になった者の定め……か。


「それでシロちゃんは結局何をしてるんですか? 審判なんだし、フィールド全体を見渡せるところにいた方が良いと思うんですが……」


「あぁそれなんだけど……実はちょっと訳ありでさ。とある変態妖怪を止めるために倒そうと思って、温羅兄にバレないように動いてたんだよね」


「男勢の方をですか? それは一体誰――」


「奴ね」


 猫さんは反射的に察したようで、一瞬肩を震わせて顔色を青白くさせた。


「奴って誰のことですか?」


「……名前にゃまえを言ってはいけにゃいあの人よ」


「すいません、全く分からないです……」


「分からにゃくてもいいわ。とにかく、その奴が向こうの軍勢のにゃかで一番危険にゃ存在にゃのよ」


 身を持って体験した人にしか分からない理屈なんだろうけど、犯行現場をこの目で見た俺にも、奴の存在という危険性がよく分かる。だからこうして違反を犯してでも、奴を止めようとしているのだから。


「残りの敵はべくわ太郎、温羅兄、そして奴。べくわ太郎はのろまそうだから、ランチャーに気を付けておけば対して問題ない。温羅兄はきっと桜華さんがどうにかしてくれるはず。つまり、次に皆が狙うべきなのは奴をおいて他にいないよ」


「そう……ね。気は進まにゃいけど、結局は戦うしかにゃいのよね。というか、本当に協力してくれるんでしょうねシロ君?」


「モチのロンだよ。実は奴のせいでサトリがやられちゃって、その仇討ちも含めてるんだよ。どんなに卑怯な手を使ってでも、これ以上犠牲者を出さないために仕留めないと……」


「にゃ、にゃるほどね。シロ君が本気だってことはよく伝わって来たわ」


 ようやく信用してくれたようで、信頼の証を確かめ合うように固い握手を交わす。


「あ、仇討ちって……サトリちゃんは死人扱いなんですか?」


「死んではいにゃいだろうけど、死んだようにゃものよ。奴にやられたのにゃら……ね」


「そんなに危険な人なんですか? それって一体どんな……」


「ごめんにゃさい厠神ちゃん。それを思い出すのは……うぅっ! 想像するだけで悪寒が!」


「だ、大丈夫ですか猫又さん!? 一体過去にその奴という方と何があったんですか!?」


 しかし猫さんはそれ以上語らず、顔色を悪くしたまま身体を抱いて震えるだけだった。


 奴の討伐対メンバーは、俺、猫さん、厠姉さんの三人。確実に倒すために、まずは遭遇した際のフォーメーションについてから話し合いを始めるのだった。

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