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真夜中の醜い争いジジ・ババ・ゲス

 それは、世に生きとし生ける者達の殆どが寝静まっているであろう、真夜中の時間帯の出来事であった。


「断ざぁぁぁい!! ピーポー皆殺デストロォォォイ!!」


 外から聞こえてきた世にも物騒な大音量の奇声に当てられ、俺の意識の布団がひっくり返されて強制的に(うつつ)へと呼び覚まされた。


「なんじゃこんな夜更けに……。近所迷惑も良いところじゃの」


 むくりと身体を起こそうとすると、いつの間にか俺の布団の中に紛れて眠り込んでいたキサナも目を覚まし、目を擦りながら青虫のように布団から這い出た。


「絶望闘争大滑走ォ!! 荒ぶる妖怪人を没っ!! 激情激昂滅茶頑固ォォォ!!」


 聞こえてきていたのは、どうやら歌声のようだった。しかしその声色は眠りを妨げしデスボイスで、聞いてるだけで胸辺りが苦しくなる呪言のようだ。


 更に楽器も用いて演奏しているようだが、音質がまるで噛み合っていない。上手いとか下手とか、最早そういう次元じゃない。音を鳴らせば演奏になるだろうと思っているかのようなバラつき具合だ。ど素人にも程がある。


「うるっさいの……。意識だけでなく殺意も覚醒してしまいそうじゃ。(わら)の至福の時を邪魔しおって、何処のどいつじゃ戯け者めが……」


 心地良い睡眠を邪魔されたことにより、キサナの機嫌が一層に悪くなる。その影響で屋敷内の壁がボロボロに朽ち始め、周囲がガタガタと揺れ出した。


「どうどうキサナ、深呼吸して怒りを鎮めて。はい、ヒッヒッフ〜、ヒッヒッフ〜」


 自分で言っておいてなんか違う気がするが、後ろからキサナを緩い力で抱き締めながら合図を送る。


 それによって次第にキサナの機嫌は鎮火していき、やっと平常心を取り戻してくれるとボロ屋敷の荒廃化が止まって、元のあるべき屋敷の姿へ戻った。


 やれやれ、こんなことで家がピンチに落とされるとは。キサナほどではないけど、こっちも若干苛立ってきた。我ながら本気でブチ切れないのが不思議で堪らない。


「ちょっと確認してくるよ。キサナも行く?」


「うむ。じゃがもう少し人肌の温もりを感じていたいの。おぶっとくれシロ」


「ほいさ」


 屈んで背中にキサナを背負い、ゆっくり歩きながら玄関へと向かう。


 何気に初めてキサナをおんぶしたが、幼子を背負っているかのような軽さに内心驚いた。それとおっぱいの感触はご馳走様モノで、敬意を持って心の中で合掌した。


 サンダルを履いて外に出ると、より一層騒がしい演奏が聞こえて来るようになる。どうやら庭の方から聞こえてきているようだが、一体何のつもりなのかと神経を疑う。


 声と爆音の元凶に疑問を持ちつつ庭までやって来る。するとそこには、知らぬ間に小さなステージが設置されていて、その上に四人の妖怪達がどんちゃん騒ぎで荒ぶっていた。


「よう坊! テメェノリに乗ってるかっシャァァァ!!」


 その内の一人は、ベストゲスで賞を受賞された伝説のゲス鬼、温羅兄だった。しかしその格好はいかにもチャラついたロック魂溢れる若々しい姿で、舌をべろんべろんに出しながら激しくギターを掻き鳴らしている。あれじゃまるで謎の発作によって暴走している薬漬けの狂人だ。


 俺は庭の隅に予め溜め込んでおいた『温羅兄専用』と刻んである漬物石を片手で持ち上げ、醜い顔面に向けて全力投球。何時ぞやの時のように石が温羅兄の顔にめり込み、ステージの後ろに吹っ飛んで行った。


「おぉう!? 大丈夫かのぅ温羅さんヒャッハー!?」


 ベースを弾いていた見覚えのある爺さんが演奏を取り止め、温羅兄の元へと駆け寄る。めり込んだ漬物石が取り除かれ、鼻血を垂らしながらも復活を遂げて立ち上がって来た。


「出会い頭に漬物石投げるたぁ、どういう神経してんだテメェ!? 天丼ネタの武器にでもするつもりかっつの!」


「温羅兄に神経どうこう言われたくないよコンニャロ〜。そっちこそこんな時間に何のつもりなのさ? 危うく我がボロ屋敷が崩壊するところだったよ」


 そう言いながら二発目の漬物石を用意して身構える。


「もういいもういい! それはもういいから話を聞け! これ以上は俺のイケてる顔が崩壊するっての! 事情は今からリーダーに話させっから少し落ち着け!」


「リーダーとな?」


 どうせ事の元凶は温羅兄だと思ったが、どうやらそうではないらしい。温羅兄が「リーダーお願いしやす!」と呼び掛けると、これまた奇抜なファッションに身を包み、右手にマイク、左脇に小豆の入った籠を持った婆さんが一歩前に出て来た。


「ご機嫌麗っしゅ〜う!! アタシがこのデスバンド『ぐらんどまざ〜』のリーダーを張ってる小豆ババァだってばねっシェェェ!!」


 籠をギターに見立ててしゃかしゃかと小豆を掻き鳴らす狂人婆さん。この人達はいちいち最後に奇声上げなきゃ生きられないんだろうか?


「ギター担当はイケメン鬼こと、この俺温羅様! ドラム担当はラップを得意とする危険な野郎、ジェットババァ! ベース担当は重量感のあるパフォーマンスを武器にしたヤベェ野郎、子泣き爺! そしてボーカル担当は、妖怪人間分け隔てなく地獄に叩き落したいと常日頃願いを乞うデンジャラスな野郎、小豆リーダー! この四人が今宵、妖生の生き様を表現した衝動をお送りするぜベラボォォォ!!」


 要は全員危険な奴ってわけだ。しかも何時ぞやの山登りの時に遭遇した爺さん婆さんもいるし。山の底に沈んでいったはずだったけど、どうやってあの後復活したんだろう……。


「騒々しい奴らじゃの……。むしろお主らが帰るべき場所へと仕送りされるべきじゃ。暴れたいなら他所へ行け戯け者共」


「テメェは馬鹿ですかぁ!? 帰れと言われて帰るような柄じゃねぇんだよこちとらなぁっキェェェ!!」


「……やれやれ、狂人をまともな人語で説得できるわけもないの。彼奴(あやつ)殺っちゃってシロ」


「ほいさ」


 ずっと持ち続けておいた二発目の漬物石を再び投擲。狙いは勿論温羅兄の顔で、風を切りながら一直線に飛んで行く。


「防衛! 歓迎! 二刀フォォォ!!」


 だが温羅兄に当たる直前、二本の鉢を持ったジェットババァが立ち塞がるや否や、投げ飛ばした漬物石を二刀流でこちらに弾き飛ばしてきた。


 咄嗟に背後に飛んで退き、漬物石が地面に減り込む。あんな細い鉢でどうやったらこんな芸当できるの? まさかあの婆さん覇気使いだったり?


「ハッハァ! 残念だったなぁ坊!? 例え弾丸ロケットのような投擲ができるテメェだとしても、もう俺達を止められる奴はいねぇぜっヒェェェ!!」


 かなり腹が立つけど、確かに俺の決定打が無効になってしまったのは事実。只者じゃないとは思っていたけど、あの婆さんがここまでの実力を持っていたとは思わなんだ。


「くっそ〜……こうなったら特攻仕掛けて一撃入れてやるしかないよね。キサナは危ないからここで待ってて」


「むぅ……ついに(わら)からシロの柔肌まで一時的に奪うとな。許し難し狂人バンド!」


 メラメラと怒りの闘志を燃やすキサナを背に、その辺に落ちていた木の棒を手にステージへと駆けて行く。


 さっきは石を一発お見舞いできたけど、それで足りないと言うのであれば、違う方法でいくらでも叩き込んでやろうではないか。


「馬鹿が! その手を打ってくるのも計算内だっつの! お願いしやすリーダー!」


 温羅兄(ゲス)の呼び掛けに応じて、俺を見て鼻で笑う小豆婆さんが立ちはだかる。


 妖怪と人間関係無しに、老人に対して暴力を振るうのは若者としてご法度。籠に手を突っ込んでいるということは、きっと小豆でも投げ付けてくるに違いない。それくらいで怯むほど、俺は落ちぶれてはいない。


「シャァッ!!」


 そして俺の想像通り、小豆婆さんの攻撃手段は案の定小豆投げ。俺は全弾当たる覚悟でその砲撃に向かって駆け続ける。


 ――しかしその途中、俺の霊感センサーが危険信号を察知。無意識の反射神経で咄嗟に横に避けた。


 俺に当たる直前、バラバラに散らばるように飛んでいた小豆が何の原理か、一つに固まって真空の刃のような形に変化し、横を通り過ぎて地面に炸裂した。


 瞬間、着弾点に亀裂が生じ、あり得ない大きさの切れ目が入った。


「何これ本当に小豆!?」


「ヒャッハッハッ! 見たか坊!? それが小豆という次元を越えた最強の必殺技! その名も『レッドビーンズスラッシュ』だっプォォォ!!」


 いや小豆(レッドビーンズ)じゃん。次元も何も越えてないじゃん。でも小豆が刃化してるから馬鹿にもできないじゃん。ていうか、今の当たってたら死んでたような気がするんだけど俺……。


「遠距離が駄目なら近距離でしばくっつーのは浅い考えだぜぇ坊! 次迂闊に近付いたら、今度は数え切れない量の小豆がテメェを襲うことになるぜっキョォォォ!!」


 手柄は全部小豆婆さんのものなのに、あたかも自分の力のように自慢してきて、同時に俺という人間の無能さを罵ってくる。マジでぶっ飛ばしたいあの憎たらしい顔。


 とは言え、止める手段がなくなってしまったことにより、どれだけムカついても俺にはもう何もできない。これはもう皆が満足するまで付き合う他ないや。


「ハァ……キサナ。俺の部屋の箪笥の一番下に耳栓とアイマスク入ってるから、今日はそれを装備して二度寝してて」


「ほぅ、そんな便利なものがあったとはの。しかしそれでシロはどうするつもりじゃ?」


「俺は……仕方無いから温羅兄に付き合うことにするよ。一回だけ好きな様にやらせたら満足するかもしれないしね」


 それでも満足せずに同じことを繰り返せば、その時はまぁ……然るべき“報い”を与えるまでだ。無論、手段は選ばずに。


 明日……というか今日は普通に学校があるけど、こうなっては致し方無し。今日だけ早寝早起きという健全スタイルの型を破ろう。今日の三文の徳はどうやら期待出来そうにもない。


「仏も三度までと言うのに、シロの心は寛大過ぎるの。でも本当に良いのかの? (わら)だけ眠るのはちと悪い気がするのじゃが……」


「女性にとって夜更かしは美容の大敵なんでしょ? このぴちぴちお肌を無下に扱っちゃいけないよ。ほら、俺のサンダル履いて戻って良いからさ」


 裸足のキサナに俺のサンダルを履かせてやり、小規模ステージの前にどさりと腰を下ろす。キサナは少しだけ物思いに耽ると、踵を返してボロ屋敷の方へと戻って行った。


 しかし何故か、すぐにまたこちらに戻って来た。アイマスクと耳栓を持参して。


 有無を言わさず俺の前までやって来ると、胡座をかいている俺の上に座り、持参している睡眠グッズを装備して鼻提灯を膨らませた。


 せめて一人にはすまいと言ったところか。最近の夜更けは気温が低くなってきたから、こうして湯たんぽ代わりの人肌抱き枕があると正直助かる。


 お礼代わりに頭を撫でてあげると、キサナは心地良さそうにむにゃむにゃと口を動かしてニヤけていた。こういう顔は猫さんが一番見ていて萌えるものだけれど、キサナはキサナでグッとくるものがあるなぁ。


「けっ……リア充共がイチャつきやがってよぉ? 結婚は人生の墓場だって知らねえのか坊っボォォォ!!」


 癒される雰囲気に身を委ねていたところ、温羅兄の喧しい奇声によって再び意識を騒音の方へと持っていかれる。


 早く終わんないかなぁ、この無駄過ぎる時間。


「準備はできたみてぇだなぁ!? そんじゃぁ聴きやがれ! 俺達の魂の叫びっゲァァァ!!」


 スタンバイ整ったということで、下手糞集団による演奏が再開された。


 曲調が若干変わったように感じたが、根本的な騒音は何一つ変わってはくれない。気分を害する一方だが、今だけは我慢だ。


「ジェァァァ!!…………なぁちょっと待ってくれるか」


 統一性皆無の演奏途中、ポルノ画像のような狂人顔で演奏していた温羅兄が急に素に戻ると、一旦演奏を中止させた。


「どうしたのかのぅ温羅さんヒャッハー?」


「あのよ、今更思ったことがあるんだけどよ……。なんか思ってたのと違くね?」


「違う? 具体的に何がだってばね?」


「あ~……なんつーかさ。ぶっちゃけ荒くね?」


 本当に今更過ぎる感が半端ない。そこはバンド結成時に気付いておこうよ。


「俺のバンドイメージっつーのは、もっとこうきらめいた感じがしてたんだよ。だけど今の俺達はキラキラっつーより、何処かギトギトしてる感じがすんだよ。食い物で例えるなら、プルプルの豆腐と数日間放置したソースかけっぱのカツみたいな?」


 分かりやすいようなそうでないような、温羅兄らしい馬鹿っぽい例えだ。


「それこそ雑な例え方だわね。それに一番荒い奴に言われても説得力ないわ」


 ジェットババァがまさかの標準語で温羅兄をディスる。そこはラップ調で喋ってキャラを貫き通すところだろうに。別にどうだっていいんだけどさ。


「あァ? 誰が一番荒いだって?」


 さっきまで意気投合した様子だった『ぐらんどまざ~』に不穏の影が落ちる。まだバンド始めたばかりなのにいきなりつまづいちゃってるよ。


「俺の演奏のことを言ってんなら、テメェは相当見る目がねぇな。俺の演奏は常に魂の叫びを訴えてんだよ。俺の心のシャウトの魅力を理解できねぇババァが、上から物言ってんじゃねぇよ」


「あァ? 若造如きが何ほざいてんじゃ? 私のドラム捌きに比べたら、お前の演奏なぞごっこ遊びよ。お遊戯会をしたいなら他所でやりなさいね」


 温羅兄とジェットババァが衝突し、バチバチと稲妻の視線を交えて睨み合う。今にも乱闘になり兼ねない雰囲気だ。


「よせお前さんら。メンバー同士の仲違いは演奏に支障をきたすってばね。お互い頭を冷やしなさいってばね」


 仮にもリーダーを名乗る小豆婆さんなだけあって、大人の対応で二人の仲裁役に入った。


 しかし、その言葉を素直に鵜呑みにするほど、二人の思考回路は大人作りにできてはいなかった。


「は? 何を私は関係ないみたいな素振りしてんのテメェ? そもそも一番主戦力じゃないといけないテメェが、一番足引っ張ってんのが分からねぇのか? その無駄にでけぇ頭はお飾りってか?」


「頭でっかちはただひたすら頭振ってりゃ良いのよ。歌唱力には初めて聞いた時から微塵も期待してないし」


「……あァ?」


 ミイラ取りがミイラとなるように、小豆婆さんの表情が険しくなって二人を睨む。どうでもいいから早くバンド始めて欲しいんだけど……。


「デスボイスの良さも分からんど素人共が、一丁前に知ったような口を聞くんじゃないってばね。そもそもバンドというのは、演奏があって初めてボーカルが引き立てられるんだってばね。もし本当にアタシのデスボイスがダメダメに聞こえるって言うのなら、それはお前さんらの演奏がヒヨっ子同然ってことだってばね」


「はいでました~、自分の責任を平気な顔で他人に押し付ける奴~! 意固地になって自分の汚点を決して認めないプライド高い奴~!」


「この小豆、絶対友達少ないわ~。そもそも今時の妖怪で小豆って何? 見た目も特徴も古くない? 時代に取り残されてる感ヤバくない? ひょっとして自覚あったり?」


 小豆婆さんのこめかみ辺りに血管が浮き出て、瞳の奥に殺気が映り込む。張り倒したくなる口調でこれだけ言いたい放題言われたら、そりゃカチンときても不思議じゃない。まぁ自業自得とも言えるんだろうけど、取り敢えずあの婆さんはバンドメンバーの人選を明らかに間違えたのは確実だ。


「あ、あの~……折角ステージも作ったんじゃし、そろそろ演奏始めないかのぅ? 初めてのお客様もジッと待ってくれてるんんだしヒャッハー?」


「テメェは黙ってろすだれハゲ」


「ジジィは隅っこで窓際族やってなさい」


「つーかヒャッハーって何だってばね? 馬鹿にしてんの?」


「ぐすっ……。語尾のやつは皆がやろうって言ってたのに……」


 まるで悪口の淡壺扱い。小泣き爺さんは間違いなく一番正しいことを言ったはずなのに、理不尽な罵詈雑言によって泣かされてしまう。唯一真面目であり、唯一妖怪の特徴を出している常識人の悲しき姿であった。


「そもそも老人バンドなのに、どうしてお前のような薄汚い下賤の鬼が混じってるわけ? ぶっちゃけ私達にとって一番不釣り合いじゃない?」


「最初に誘って来たのはテメェだろうが。バンドしてる奴は決まってモテるっつーから加わってやったってのに、そもそも他のメンバーがジジィとババァしかいねぇから、本来モテモテになるはずの俺もモテれねーんだよ。むしろテメェらが不釣り合いなんだろうがよ。身の程を弁えろよ年寄り共が」


「何? お前さんモテるとか幻想抱いちゃってんの? まずモテる以前にゲスなんだから、何をどうしたってモテるわけないってばね。そんな初歩的なことも理解してないとか、所詮はまだまだ浅い知恵の童子だわってばね」


「あ~出た出た年寄りの上から目線。こっちは歳取ってんだから色々知恵持ってんだよアピールっつーの? 腐ったババロアみてぇな脳みそのくせして、見栄張っても見苦しく見えるだけだっつの。見た目も中身も醜いとか見てられないわ~。つーか生理的に無理だわ~」


「ゲスに生理的に無理とか言われても……ねぇ?」


「それには同意ってばね」


「あァ!? さっきから調子に乗ってんじゃねぇぞババァ共が! ぐちゃぐちゃに磨り潰して漬物にしてやろうかァ!?」


「わ~、出ました暴力的発言。最近の若い人はこれだから嫌なんだってばね。都合が悪くなるとすぐ殺すとか恐喝してきて……理屈が駄々捏ねる子供と一緒ってばね」


「そういうお前も十分子供だけど。子供二人をあやすのも楽じゃないわ」


「「あァ!?」」


 み、醜い……。なんて醜い争いなんだろうか。気分を害させる騒音をひたすら聞かされるのも嫌だったけど、これはこれで見るに堪えられない。俺とキサナのようにもっと仲良くすればいいのに、どうして他人の悪口しか言えないんだろうか。ネットチャンネルで陰口叩いてる人達並みに今の彼、彼女らが痛々しく見えてしまう。


 思わず俺はキサナをお姫様抱っこして持ち上げ、何も告げずに去ろうと背を向けた。


「ま、待ってくだされ噂の主様! もう少しだけ! もう少しだけ時間をくだされ! ワシがどうにかするからもう少しだけお付き合いくだされ!」


「……色々と大変だね爺さん」


 メンバーの中で一番の被害者と言える小泣き爺さんに泣いて頼まれてはしょうがない。後もう少しだけ見ていてあげることにして、再び腰を下ろした。あの爺さんもなんであんな面倒臭いバンドメンバーに加入しちゃったんだか。


 ただ、小泣き爺さんの責務はどうも果たされそうにない。少し目を離した隙に、温羅兄達の喧嘩が更にお粗末なものへとヒートアップしていた。


「痛って!? 肘痛って!? あ~折れたわこれ~、絶対折れてるわ~。若者は暴力ばかりに頼るどうこう言ってたくせに、年寄りは年寄りで暴力振ってんじゃ~ん? 自分のことは棚に上げるとかマジありえないんですけど~?年長者としてどうかと思うんですけど~?」


「少し腕がぶつかっただけでそれ? 見てくれはむさ苦しい汚い面なのに、中身は女子とかキモッ」


「入れ歯ボロボロで美容に手入れが行き届いてない老婆に言われたかねーよ。つーかそもそもジェットババァって何? 全然妖怪らしさ感じなくね? 妖怪なのにカタカナ呼びとか終わってね? 妖怪としての威厳とか無くね?」


「あ~、今の言葉この全世界のコロポックル敵に回したわ~。取り敢えずそのフケだらけの見るに堪えない頭下げようかってばね? 伝説の鬼なのに伝説らしさも感じさせない田舎のヤンキーみたいな風貌でごめんなさいって言おうかってばね?」


「うるせーよ時代遅れ妖怪。てゆーかよ、テメェのあの必殺技……レッドビーンズスラッシュだっけか? 何あれ、もしかしてテメェ自身で考えたとか? 技名を英語にすれば格好良く聞こえるだろう的な? 浅いわ~、重ねた歳は深いくせに考え方が浅いわ~」


 小豆という次元を越えた最強の必殺技とか、自慢げに賞賛してたのは何処の誰だったか。自分の発言の責任を放棄した瞬間を垣間見た。


「お前さんに知識が浅いとか言われたくないってばね。さっき魂の叫びがどうとか言ってたけど、そもそも魂の叫びって何? 頭部分に魂とか付ければイカしてるとか思ってたわけ? ならお前さんは常日頃の事柄に魂を付け加えてるわけ? 魂の起床? 魂の朝飯? 魂のゲス行為? ぷぷぷ~、超が付くほどダサいってばね~」


「小豆ババァとか、根本からダサい奴に言われても説得力に欠けない? 小豆という存在がまずセンスを感じさせないことに気付けない? あっ、老衰した脳みそに訴えても無駄な話ね。ごめんなさいねぇ空気読めなくて~」


「同じババァが言うなってばね(げしっ)」


 ついにババァがババァに物理的干渉を及ぼしてしまった。それが火に油を注いでしまったようで、より一層空気と状況が悪化した。


「うわ~、ついに意識的に暴力振ってきたんですけど~? 一回殴ってきたからこっち二回ね? 二倍返しね?(げしっげしっ)」


「は? 二倍返しって何? ならこっちは更に二倍返しね~?(げしっげしっげしっ)」


「おいおい、んなことしてたらキリねーだろ。仕方無ぇから俺が痛み分けになるようにしてやるよ(げしっ)」


「お前関係ないだろ引っ込んでなさいよ(げしっげしっげしっげしっペッ)」


「はぁ~!? 唾吐くとかテメェ何なん? 殴っちゃうよ俺? 本気で殴っちゃうよ俺?」


「あ~、もう鬱陶しいってばねこいつら~。出しちゃおっかな~? さっきの小豆のアレ出しちゃおっかな~?」


「だぁぁぁ!! もういい加減になされ~!!」


「「「あァ?」」」


 タイミングを見計らうつもりが、ついに痺れを切らした小泣き爺さんの堪忍の緒が切れた。大人気おとなげの欠片もない三人が不良のように首をへし曲げて爺さんを見るが、爺さんは怯まなかった。


「仲良くバンドをするはずが、この体たらくはなんじゃ! ねちねちねちねちと細かいことで言い争いおって、全員揃いも揃って小学生の喧嘩か! 恥ずかしくないのかそんなことで! 情けないとか思わんのかそんなことで!」


「いやだって……このゲスが荒いから……」


「デスボイスを売りにするバンドは激しさが重要と言ったのはお主じゃろぅ小豆婆さん! だから温羅さんは敢えて荒々しい感じを表現してたんじゃ! 全然上手くないけどのぅ!」


「んだとすだれハゲ。テメェ自身が地味なポジションだからって、ここぞという時にしゃしゃり出てきてんじゃねーよすだれハゲ」


「お主はお主で反省せい温羅さん! そもそもの発端、お主が演奏を止めて口喧嘩を始めなければこんなことにはならなかったのじゃ! 少しは母親代わりの玉さんのことを見習って大人にならんか!」


「ん、んだよ~……今は玉さん関係ねぇだろうがよ~……」


 小泣き爺さんの説教により、小豆婆さんと温羅兄が委縮して大人しくなった。しかしまだ熱が冷めていないジェット婆さんが爺さんにメンチを切った。


「さっきから偉そうにべらべらと……ドラムはただ黙って鉢をペチペチ叩いていればいい――」


 すると、ジェット婆さんには説教することもなく、老体とは思えない素早さで背後に回って婆さんの背中に飛び乗った。


 そして小泣き爺さんの効果発動。溜まったストレスの全てを吐き出すが如く、身体全体を石化させてこの前のように地面の底へと沈んでいった。


 数秒後、軽やかな身体能力で小泣き爺さん一人だけが穴から飛び出てきた。前もああやって抜け出していたわけだ。どんな身体の鍛え方したらあんな風になるんだろう……?


「バンドとは、皆の心を一つにして、それぞれの想いを音にして奏でるもの。意気投合するべきのはずが、支離滅裂していては本末転倒。相手の悪いところばかりを追及するのではなく、相手の長所を見極めることを考えるんじゃ。そしてその長所は、如何様に活かすことができるのか。その答えを導き出せれば、自ずとワシ達のバンドスタイルが形となってくれるじゃろぅ」


 ワシがどうにかすると言っていただけあって、今のぐらんどまざ~に必要なモノの的を得た。温羅兄達も納得した様子で俯いているし、もしかしたらもしかするかもしれない。


 ……と、思った俺は本当に浅はかだった。俺はまだちゃんと理解していなかったのだ。あの二人の性根の腐った本質を。


「はぁ~!? ちょっと何言ってるか分かんないんですけど~? 想いを音に奏でる? 素人にそれができたら苦労しなくね~?」


「意気都合? 支離滅裂? 本末転倒? それって本当は四字熟語を言いたいだけじゃない? 言語が豊富なんですアピールしたいだけじゃない?」


「悪いとこじゃなくて良いところを見極めろ? 無理無理、だってテメェら揃いも揃って短所の塊なんだも~ん。短所しかない奴らから長所を引き出せとか無理ゲ~じゃね~?」


「バンドスタイルに形とか何? それって実際に見えるものなの? 正方形? 長方形? それともひし形~?」


「つーかジジィがマジになって説教とか古臭いわ~」


「こんなお遊びに何本気になってんの~? マジ可愛いんですけど~」


「…………お主ら」


 逆にそのお遊びに付き合ってあげていたであろう小泣き爺さんに対し、正真正銘のゲス二人によるディスりの嵐。最早救う手立て無しと悟った爺さんは、鉢を置いて静かに皆の元から去っていった。


「ったく、手間掛けさせやがって。こういうのはやっぱ勢いが大事なんだっつーの! ヒャッハァァァ!!」


「小豆を洗うか人を食う!? 人を食うか人殺す!? 撲殺抹殺大虐さぁぁぁつ!! ボォォォ!!」


 結局、仲違いした状態のまま好き勝手に演奏を再開するゲス二人。俺もこれ以上は本当に無駄な時間だと判断し、今度こそ踵を返してボロ屋敷へと戻っていった。




〜※〜




 後日、デスボイスバンドぐらんどまざ~は、散り散りに分かれて解散を果たした。


 その解散原因は、音楽性の違い――ではなく、ゲス共による性格性の違いであったとさ。

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