名工からの妙な依頼
数日後、ユーヤは近くにある喫茶店にいた。
ここは日中は軽食やランチもだしてくれる店なのだが、夜になると日中の雰囲気とは変わり、飲み屋へと変貌する。ちなみに、働いている者達も日中と夜で交代するという少しばかり変わった店だった。そういう店なもので、ここでは朝からアルコール類が口に出来たりするわけである。そういう訳でユーヤも朝からビールを片手に新聞に視線を落としていた。
先日の事件の詳細はここ数日の新聞には勿論だが、どんな情報機関でも報道はされていない。共和国政府の高官達が情報を隠蔽したのだろうと、ユーヤは思った。事実、他国の国宝級の代物を一国の悪党が所持していたなどと分かったら、共和国政府は色んな方向から叩かれていただろう。
ユーヤは鼻を鳴らすと新聞をテーブルに投げ置き、椅子に深く腰掛けた。そんなユーヤの元へ一人の老人が近づいてきた。白髪頭ではあるが、腰はまっすぐと伸び、身長もそこそこある。しかもかなり鍛えているらしく胸板も厚く感じた。
「失礼。ユーヤ殿ですかな?」
「ええ。貴方は?」
「私はドルフィス・トーエン。しがない武器職人です」
この名前が耳から入ってきて頭の中で理解されるまでにかかった時間は、約5秒。
ドルフィス・トーエン。
魔装騎兵隊が所持する魔装具を創造する共和国内最高峰の武器職人であり、まさに名人である。
トーエン家は代々武器職人の家柄で、特に稀代の名工と呼ばれるドルフィスは普通の人間には珍しく、魔力を備えていた。そのせいもあり、ドルフィスは十代の頃から魔装具の研究に時間を費やし、今の地位と名声を手にしたのである。今の魔装騎兵隊があるのは、この老人がいるからだと言っても過言でない。そんな名工がこんな朝から飲酒している、傍から見れば、人生の落伍者にも見えないユーヤを訪ねてきたのであった。
ドルフィスは近くを通りかかったウエイターにユーヤと同じ物と軽食を注文した。
「名工と呼ばれている貴方が、こんな朝っぱらから飲酒するとは、貴方を知っている人達が見たら、さぞ驚くでしょうね」
「ハハハ。私だって人間だ。飲酒くらいするし、羽目を外したいと思う事も多々あるさ」
アルコールと軽食がドルフィスの前に運ばれてくると二人はグラスを合わせた。
「それで、この俺に何の御用で? 貴方の身辺警護とかならば、悪いがお断りしますよ? それこそ魔装騎兵隊に頼めば済む話しですからね?」
グラスを一気に空にしてからユーヤは言った。
すると、ドルフィスも一気に空にしてグラスをテーブルに置き、
「ユーヤ殿。貴公の腕を見込んでの頼み。是非とも引き受けて頂きたい」
「内容次第です」
ユーヤは新しいビールを二つ頼みながらそう言った。
「倅を探し出して、殺してほしい」
この真剣で重みのある言葉にユーヤは一瞬動きを止めた。そしてこの言葉の意味を理解するために煙草をくわえた。
「私には一人息子がいる。妻は去年亡くなって、それから少しして倅は武器製造の修行に出ると言い、家を出た。何ヶ月かは、元気だと手紙を送ってきていたのだが、ある時を境にプツリと途絶えてしまった」
新しいビールのグラスを見つめながら、ドルフィスは淡々と語っていく。
「それから少しして、この共和国内で妙な事件が発生し出した」
顔を上げ、ユーヤに視線を向けた。
「知っているかな? 巷で魔道具紛いの道具が裏取引されておるのを」
煙草をくわえたままユーヤは首を横に振った。
「最初はどこぞの馬鹿者が小遣い稼ぎにしておるのだろうと思っておった。だが、ある日は私の元にそれを持ってきた者がおった。しかも私に直してくれと言う。私は一見してそれを倅が造った物だと分かった」
ドルフィスは再びビールを一気飲みして大きく息を吐き出した。
「私はな、ユーヤ殿。倅がこんな馬鹿げた事に、悪事に手を染めたと思うだけで、他人様には勿論、大神官様にも合わせる顔がない。この事件の真相を暴いて、倅が関与していた事が分かれば、私はこの職を辞退し、世間から消えようと考えているのだ。倅と共にな」
ドルフィスは恥も外聞も投げ捨て、噂だけしか知らない、全くの他人であるユーヤに身内の恥を語った。
普通の人にはこんな真似は出来ないだろう。
ユーヤは煙草を灰皿で押し消すと、
「承知した。その依頼、この妖神坊が引き受けた。ただ報酬は高いぜ?」
「構わない。何なら貴公に全財産を差し出しても構わない」
本気の言葉である。
「分かった。で、息子さんが最後に手紙を送ってきた場所はどこからだったんだ?」
「ガンドスという、共和国の北に位置する小国からが最後だった。あそこは魔装具に使える鉱物が採れるから駆け出しの職人が修行するには打って付けの場所だ」
「それじゃ最後に一つ。息子さんの名前は?」
「ヴァルフという。すまんが、宜しく頼む」
ドルフィスは頭を深々と下げて席を立った。
老人のいなくなった席に視線をやったままユーヤは動こうとはしなかった。
偽物の魔装具を使った事件は、この界隈では発生していない。まだ試作品の状態で取引されている可能性。ならば、どこかで使い物になるかの実験を行っているはずだ。だがそんな噂は耳にした事がない。誰かが情報を操作している可能性がある。だが、誰が何の為にそんな情報操作をする必要性があるのか。
「考えれば考える程、不可解な依頼だなぁ」
「そうですね」
独り言に突っ込まれたユーヤは本気で驚いた。
「レ、レイラ!! お前、こんな場所で何やってんだ!?」
後ろの席でお茶を啜っているのは茶髪の女性で、歳は十代半ばに見て取れる。しかも、どこかの学生らしく制服を着用していた。
「俺も居ますよ、師匠」
「ライド・・・・・・」
女子学生と同じ制服で同じ茶髪で同じ顔の男性がニコリと笑い、ユーヤを師匠と呼んだ。
この二人は十代半ばにして魔装騎兵隊の総司令官、ギガイアスの従者であり、通称『オルトロス』と呼ばれていた。そして何故か、この双子はユーヤの事を師匠と呼び懐いていた。
「お前ら、学校はどうした?」
「我々位になると、授業を受けなくても単位を頂けるのですよ、師匠」
レイラが茶器を片手にユーヤを見ながらそう言った。
ユーヤは内心、嘘臭いと思いながらも反論出来ないのが悔しかった。
「で、師匠。トーエン名人の依頼、受けたんですよね?」
「まぁな。とりあえず、明日にでもドルフィスへ行ってくる」
言って席を立とうとしたその時、両袖を双子に掴まれた。
「何だよ?」
「師匠」
とライドが言うと、
「我々も連れて行って下さい」
とレイラが言う。
ユーヤは双子の顔を交互に見ながら、
「学校は兎に角、お前らの飼い主には何て言うんだ?」
「心配には及びません」
「総司令官は心が広いお方ですからね」
と双子は顔を見合わせて言った。
ユーヤは大きく溜息を吐いて、
「分かったよ。明日の朝、ウチに来い。一緒に連れて行ってやるよ」
と半ば諦めのようにユーヤは二人に言った。