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2.私は何をやっているのだろう?

 彼女、セルビア・クリムソンは、インヒレイン山岳地帯の険しい山道を登りながら、

 “私は何をやっているのだろう?”

 と、煩悶していた。

 

 “――娘は、私にとってのハンデではなかったのか?”

 

 インヒレイン山岳地帯は彼女が想像していた以上に険しかった。それで彼女は、“本当にこんな場所に子供が住んでいるのか?”と訝しく思う。この山岳地帯を根城にしているランカ山賊団には、まだ子供と呼べる年齢の者もいると聞いていたからだ。

 ところがそこで彼女は空を仰ぎ見て驚く。

 “え? グライダー?”

 空を悠然と進むグライダーの姿がある事に気が付いたからだ。乗っているのは当にその子供のように思える。ランカ山賊団の団員だろうか? しかも、そのグライダーには見覚えがあった。

 “あれ、絶対にうちの新商品よね? まだ売りに出していないはずよ。どうして、こんな山の中で乗っている人がいるのよ? いったい、管理責任者は……”

 しかし、そう思いかけて、つい最近、製造技術部門が独立して子会社化した事を彼女は思い出した。子会社にはある程度の独自の判断が認められているから、彼女が知らなくても不思議ではない。それに、モニターを探していると確か技術責任者が言っていたはずだから、あのグライダーの乗り手は、そのモニターなのかもしれない。そう思うと彼女は落ち着きを取り戻し、逆にスムーズに空を滑空しているグライダーの姿に機嫌を良くしたのだった。

 “なかなか、良い感じじゃない。あれなら、充分に売れそうね”

 実はグライダーは彼女の会社が普段扱っている商品ではない。他の技術を開発するついでに生まれた副産物のようなものだ。だから彼女にとっても専門外で、その価値の判断がつかず、商品化する事に彼女には多少の抵抗があったのだが、これで彼女は安心感を得ることができた。

 或いは乗り手の腕の良さもあるのかもしれないが、見事にグライダーは空を泳いでいる。担当した技術者の腕の良さには感嘆するしかない。専門外でこれなのだ。名前はチニックという。変わった男だが、間違いなく天才である。

 「ねぇ、ママ。あれ鳥?」

 不意にまだ幼い自分の娘がそう話しかけて来た。

 「違うわ。グライダーね。人が乗っているのよ。風に乗って空を滑る乗り物」

 「へぇ、面白そう。乗ってみたいなぁ」

 そう応える娘は、無邪気にグライダーを面白がっているようにも思えたが、その顔にははっきりと疲れの色が浮かんでいた。このままでは、ただでさえ遅いその足が疲労の所為で更に遅くなるかもしれない。大丈夫かと心配になる。夕刻になるまでには、ランカ山賊団のアジトに辿り着きたいとセルビアはそう思っていたのだ。

 それからしばらくが経過した。やはり娘の足は遅くなった。

 やや急いで、彼女は自分の娘の手を引いて、相変わらずに険しい山道を登っている。娘の足が遅い事に、彼女は少しばかりの苛立ちを覚え、つい「何をやっているの? もっと、速く歩きなさい!」とそう怒鳴ってしまった。しかし、そう怒鳴った後で、それが八つ当たりである事に彼女は直ぐに気が付いた。

 その苛立ちの根にあるのは、予定していたよりも進むのが遅いという焦りだけではない。自分の行動の理由が自分で理解できず、それによりアイデンティティが揺らぐような葛藤を、ランカ山賊団に向かうと決めてからずっと彼女は感じていて、それが苛立ちとなって表面化してしまっているのだ。彼女はそう自省しながらも、解決方法を見い出せないでいた。

 「だって、足が痛いんだもん。ママー!」

 自分の娘、メリル・クリムソンはその理不尽な母親の叱責にそう口答えをしてから、そのまま駄々をこねるように座り込んでしまった。大声で泣き出す。

 「あたし、こんな高い山、登った事もないもん! 珍しく山に連れて行ってくれるって言うから楽しみにしていたのに! もう疲れたぁ!」

 泣きながら、そんな文句を言って来る娘に対し“いったい、誰の為にこんな苦労をしていると思っているの?”と、彼女は更に怒りを覚えたが、それからほとんど街育ちの自分の娘が、大人でも大変な険しい山道を登っているのだから、疲れてしまうのも無理はないと考え直すと、ため息をついてこう言った。

 「分かったわ、少し休みましょう」

 自分の娘には一切、何の罪もない。

 それを彼女はよく分かっていたのだ。

 それから辺りを見渡し、腰掛けるのにちょうど良さそうな木の根を見つけると、飲み物と果物をリュックの中から取り出し、そこに座った。

 「ほら、あなたも来なさい」

 彼女がそう言うと、メリルは出された美味しそうな果物に機嫌を良くしたのか、直ぐに表情を変えて「うん」と素直に返事をしてから言われた通りに彼女の傍に座った。現金なものだとセルビアは思う。

 果物と飲み物を直ぐに平らげてしまうと、メリルは無垢な表情で、セルビアにこう訊いてきた。

 「それにしても、どうして突然山に登るなんて言い出したの? ママ?」

 それを聞いて、彼女は返答に窮した。万が一にも誰かに聞かれたらまずいと思い、彼女はインヒレイン山岳地帯に登る本当の理由を娘に説明してはいなかったのだ。

 「それはね、メリル……」

 少し迷った。

 しかし、“いずれは言わなくてはならない事だ”と、そう意を決すると彼女は口を開く。

 「この山に住んでいる、ランカ山賊団に会う為よ。そのボスのランカ・ライカさんにお願いがあるの」

 「お願い?」

 「そう。あなたをしばらく預かって欲しいってお願いするのよ。あなたはここでしばらく暮らすの」

 その言葉を聞いてメリルは固まった。驚いた目のまま動かない。

 「どうして?」

 セルビアは仕事の為に家を空けがちだ。だからメリルはいつも寂しい思いをしている。メリルはその所為で分離不安を強く抱えていて、その裏返しとしてなのか、甘えたがりの一面がある。だからこそ、メリルは普通の子供以上に、その言葉にショックを受けたのかもれない。母親と別れ、一人で山賊に預けられるなど、彼女にとっては“恐怖と絶望”以外の何ものでもない。

 「冗談でしょう? ママ」

 震えた声でそう問いかける。セルビアはそれに何も返さない。その沈黙が、メリルの不安を更に加速させ、遂にはそれは焦燥感に似た感情となった。

 「いや! どうして? あたし、ママから離れたくない!」

 「どうしても、そうしないといけない訳があるのよ」

 「なんでよ? ちゃんとその訳を言って!」

 その時だった。

 

 「わたしも、その訳とやらを聞きたいね」

 

 メリルの涙声の訴えに対し、セルビアが口を開こうとするのに被せるようにして、そんな声が響いたのだ。それは斜面の上の方、緑が繁茂した木々で薄暗くなった岩の上から聞こえて来ているようだった。

 セルビアもメリルもその声の方に目を向ける。岩の上には一人の女性が座っていた。恐らくは彼女がその声の主だろうと思われた。華奢な身体。しかし、その身体に似つかわしくない大きな金棒を平気で持っている。粗野な服を身にまとい、髪の毛は荒っぽく短めに切られてあった。自信に満ちたその表情からはどことなく頼もしさを感じる。この山に彼女はよく馴染んでいるように思えた。まるで風景の一部のような。どう見ても、普段、街で暮らしている人間の出で立ちではない。

 「まさか、あなたがランカ・ライカさんですか?」

 セルビアがそう声を上げる。彼女はオリバー・セルフリッジから、ランカ・ライカの特徴を聞き知っていたのだ。

 「その通りだ。わたしがランカ・ライカだよ。子供の泣き声がするから来てみたら、なんだか訳ありそうな親子がいるじゃないか。ちょっと気になってね。それに、わたしの所でその子を預かるというのなら、ちゃんとその理由を聞いておきたいし」

 そう言うと、ランカは岩の上から飛び降りて来た。メリルが不思議そうな声で「この人は誰?」とセルビアに尋ねたが、彼女はそれには答えなかった。彼女は考えていた。

 “泣き声を聞いた?

 確か、ランカ・ライカは子供の泣き声に敏感に反応すると聞いていたけど、まさか、あの程度の泣き声で?

 いや、違う。恐らく、偶々、近くにいただけだろう”

 彼女が黙っていると、ランカ・ライカは少しも警戒せずメリルに近寄って行った。大切な武器だろうに、金棒をその辺りに転がすとそのままメリルを抱き上げる。

 「可愛い、お嬢ちゃんだねぇ。こんな山の中を歩いて来て大変だったろう?」

 愛おしげに頭を撫でている。どうやら、子供好きという噂は本当だったようだと、それを見てセルビアは思った。

 「あなたは誰ですか?」

 メリルがそう尋ねるとランカは「この山で警護団のボスをやっているランカ・ライカだよ」とそう答えた。

 「つまり、これからお嬢ちゃんを預かることになる人間だ。お嬢ちゃんみたいな子は大歓迎だから安心するんだよ。ただ、もちろん、その訳は知らないから、今からお嬢ちゃんのお母さんが話すのを一緒に聞こうじゃないか」

 それからセルビアに視線を向けると、彼女はこう続ける。

 「……さて、あんた。その訳を説明しておくれ」

 それを受けると、軽く頷いてからセルビアは口を開いた……

 

 彼女、セルビア・クリムソンが、ランカ・ライカとランカ山賊団についての話をオリバー・セルフリッジから聞いたのは、もう随分と前の事で、その頃にはグローという大臣による王子暗殺未遂事件はまだ起こってはいなかった。その事件を切っ掛けとして、オリバー・セルフリッジの部下である魔女のアンナ・アンリが、首輪による魔力の制限を受けていない事が明るみになったのだが、だから、それまでは世間の誰もそれを知らないはずだった。

 ところが、彼女だけは別だったのだ。その時、セルビア・クリムソンはセルフリッジからその秘密を明かされたのだ。

 それは彼女が魔力の道具を扱う会社『ベルゼーブ・マジック・アイテム・カンパニー』の販売企画部門の部長で、オリバー・セルフリッジから、販売戦略の抜本的見直しを提案されていたからだった。そのプレゼンの一環として、彼女はセルフリッジからその秘密を打ち明けられたのだ。

 それは彼女の自宅で行われた。彼から「誰にも絶対に聞かれないという保証がある場所で、情報を知らせたい」とそう言われたので、彼女は自分の自宅を提案したのだ。男女関係が絡むような特別な意味はない。気軽に用意できる場所が思い付かなかっただけの話だ。そもそも彼は、魔女のアンナ・アンリをそこに連れて行くと言っていたのだから、そんな意味があるはずがない。

 二人に襲われるという危険については彼女は考えなかった。オリバー・セルフリッジという男は、信じられない程のお人好しで、およそ誰かを傷つけるなど考えらない人物なのである。セルビアは自分の人を見る目には自信を持っていた。

 「アンナさん。首輪を外してください」

 その日、自宅にて一通りの挨拶を済ませ、彼女が娘のメリルを子供部屋で大人しくさせると、セルフリッジは連れて来た魔女にそう言った。彼女は言われた通りに首輪を外す。それにセルビアは目を丸くした。

 「ちょっと、どうして彼女が自分で首輪を外せるのですか?」

 思わずそう言ってしまう。

 魔女を縛る為の首輪は、管理者である人間にしか、つまり彼女の場合は、オリバー・セルフリッジにしか、外す事はできないはずなのだ。

 ――それに、外してしまって大丈夫なのか? この魔女は暴れないのか?

 そんな疑問も浮かんだが、それが愚問である事は明らかだったので、彼女はそれを口にはしなかった。自分で首輪が外せる以上、もしアンナに危険があるのなら、既に問題を起こしているはずだろう。

 アンナは外した首輪を、セルビアに手渡した。彼女はその首輪をじっくりと観察する。そこで気が付いた。

 「これ、偽物だわ」

 本来ならあるはずの魔力抑制の為の部品がなかったのだ。よく似せてはあるが偽物だ。セルフリッジはそれに頷く。

 「はい。彼女が僕の所に来て以来、僕は彼女に首輪をつけた事はありません」

 それを聞くと、セルビアは腕を組み、アンナがしおらしくしている事を確認すると、それからこう尋ねた。

 「失礼ですが、どうしてそんな危険な真似をしたのでしょうか? 彼女は、確か反抗的な魔女の一人だったはずでしょう?」

 オリバー・セルフリッジの下に就くまでは、頻繁に魔女アンナ・アンリは、問題を起こしていたのだ。それを聞くと、セルフリッジは困ったように笑った。

 「ですが、誰かを傷つけた事は一度もなかったはずです」

 そして、そう応えてから続ける。

 「それに危険かどうかは、魔力があるかどうかに因るのではないと僕は思いますよ。意思さえあれば、誰だって危険な存在です。武器を持って暴れられたら、魔女であろうとなかろうと人を殺せます」

 「なるほど。つまり、魔法使いを危険視するのは、ただの偏見に過ぎないと言うのですね?」

 「その通りです。彼女を見れば明らかですが、別に危険ではありませんよ。普通の人と変わりありません」

 言い終えると、オリバー・セルフリッジはにこにこと笑いながら、用意されていたお茶を飲んだ。魔女の方は緊張しているらしく、まだ一度もお茶も飲んでいなければ、茶菓子も食べていない。そんな彼女の様子を見ると、セルビアは頬に手を当てた。

 “まさか、こんな手で来るとはね。このアンナって子が大人しくなるかどうか、賭けだったでしょうに……

 それとも、よっぽど自分の観察眼に自信があったのかしら?”

 オリバー・セルフリッジは、今の制度では実質的に奴隷として扱われている魔法使いの差別撤廃を訴えている。セルビアに彼が近付いたのも、どうやらその為だったらしい。

 彼女の会社『ベルゼーブ・マジック・アイテム・カンパニー』は、魔力に関わる道具を販売している。だからこそ、彼女は首輪が偽物である事を見抜けたのだ。魔法使いを危険視し、奴隷の対象としている今は、主には“首輪”などの魔法使いを支配する為の道具を彼女の会社は販売しているのだが、セルフリッジはその方針転換を彼女に促しているのである。自分も協力するから、と。例えば、もっと使い易い抗魔力の道具を普及させられれば、魔法使いを危険視する風潮を変えられるかもしれない。もっと魔力を便利に活用する為の道具を開発したなら、魔法使いの社会的価値を上げられるかもしれない。

 彼女の会社は、やや大きい程度だが、魔力を扱う技術力が高い為、“魔法使い”に対する社会の考え方に大きな影響を与えられるのだ。彼女の会社が「魔法使いは安全だ。魔力はコントロールできるし、非常に役に立つ」とキャンペーンをやれば、大きく社会を動かす事ができるだろう。奴隷制の撤廃に貢献する事はまず間違いない。もちろん、それに成功すれば大きなビジネスチャンスになるが、同時にリスクもある。奴隷の立場から解放された魔法使い達が、何か大規模な事件を起こせば、彼女の会社もその責任を追及される。だから、ベルゼーブ社がその方向に動き出す為には、魔法使いが安全だという確りとした証拠が必要だったのである。

 つまり、オリバー・セルフリッジは、その安全性の証拠として、魔力が制限されていないアンナ・アンリが、問題なく社会生活を送れている点を彼女に見せたのだ。反抗的な魔女として有名なアンナ・アンリを彼が選んだのもだからなのかもしれない。その方がより効果的になるだろう。

 「確かに、魔法使いが安全だという証拠の一つにはなるでしょうね」

 両手を握り合わせながら彼女はそう言った。

 「しかし、彼女が特例である可能性は否めません」

 セルビア・クリムソンは、極わずかな標本調査の結果で魔法使い一般を信頼するほど軽率でも愚かでもない。彼の提案を受け入れるのなら、もっと数多くの証拠が必要だ。それが統計的に有意と言えるほどのものでなければ信頼はできない。もっとも、魔法使いを奴隷として扱っている今は、その証拠を集める事は困難だろうが。

 「だから、もっと多くのサンプルが必要でしょうね」

 しかし、どうせ無理だろうと高をくくって彼女がそう冷たく言い放つと、セルフリッジは余裕の表情で、それにこう返すのだった。

 「そうですね。それは、ごもっともな意見だと思います。あなたが頭の良い方で良かった。そのうち、もっと多くの証拠を提示できると思いますよ。ですから、その可能性を考えておいてください」

 その言葉を彼女は訝しく思う。

 “ハッタリ? そんな証拠を簡単に提示できるとは思えないのだけど。それとも、何か策があるのかしら?”

 彼女は迷ったが、どうにも彼の真意が読み切れない。“食えない男だ”とそれで思う。そのうちに、アンナが彼にそっと耳打ちをしたのが分かった。なんだろう?と思っていると不意に彼は立ち上がった。

 「すいません。お手洗いをお借りしたいのですが」

 訝しげに思いつつも断る訳にもいかず、彼女はそれを許可した。その後で気が付く。魔女と二人切りになってしまった。まさか、これを狙って席を外した訳ではないだろうが、なんとなく居心地の悪さを感じた。

 そこで初めてセルビアは魔女アンナ・アンリをじっくりと観察してみた。反抗的と聞いていたが、少なくとも今はとてもそうは思えない。正直な感想を言うのなら、“男”に依存しているようにすら思える。あのセルフリッジに対して、彼女は従順に従っている。もちろん、“魔法使いに危険はない”という証明の為の演技でもあるのだろうか、それだけではないような気がする。

 男に従う女。

 それは彼女の嫌いなタイプの女だった。

 彼女は男にただ大人しく従う女も嫌いだし、女を見下し支配しようとする男はもっと嫌いだったのだ。男女平等が訴えられていても、まだまだ愚かな女性差別的な考えを捨て切れない男は多い。その所為で、彼女は今まで、仕事上でもプライベートでも何度も辛い体験をしてきた。セルフリッジは女性に対しても敬意を払っているので、比較的好印象を持っていたが、このアンナ・アンリという女は違う。

 「もしも、魔法使いに対する実質的な奴隷制が撤廃されたら、あなたはそれからどうするつもりでいるの?」

 それでなのか、セルビアは気付くと、アンナに対しそんな意地悪な質問をしていた。アンナは緊張している所為かそれに答えない。

 「“魔法使いの解放”。それをあなたも望んでいるからこそ、彼に協力しているのでしょう? なら、その後のビジョンも考えておくべきよ」

 続けてそう言ったが、それにもアンナは答えない。怯えたようにしている。セルビアはそんな彼女の態度に嗜虐心を刺激され、更に加虐的な言葉を投げかけた。

 「奴隷制が撤廃されれば、あなたが彼の許にいる理由はなくなるわ。出て行っても良いのじゃない?」

 それを望むかどうかは別問題にして、セルフリッジなら彼女がそう言えば反対はしないだろう。悲しみはするかもしれないが、彼女の意思を尊重するはずだ。

 「別に、出て行く理由もありませんから」

 三度尋ねられて、ようやくアンナはそう答えた。その顔を見て、セルビアは笑う。“出て行くなんて、考えたこともなかったって顔ね”と、そう思う。

 「どうして? もしも、奴隷制がなくなれば、あなたの魔力は社会生活を送る上で強力な武器になるわよ。彼の下で働いているなんて、もったいないじゃない」

 「今だってちゃんと能力を活かして働いていますし、衣食住にも困っていません。スケールメリットを活かせるという意味でも、理に適っています」

 「上を目指す気はないっていうの? もっと、お金を貰えるわよ?」

 「お金なら、生活に困らない点を考えるのなら、彼から充分な額の報酬を受け取っています」

 「あら? そうなの? なら、資金だって貯めやすいでしょうに。充分に自立できるじゃない」

 能力がないのなら分かる。男を利用し、生活の力を得るというのも一つの選択肢だろう。しかし、能力的には恵まれているのに自立する気がないというのは彼女には許せなかった。依存的。アンナのそういった点が、彼女を苛立たせる。

 「彼はどういうつもりでいるのでしょうね? もし、奴隷制がなくなれば、あなたを部下として扱う正当性もなくなるのだし」

 セルビアが更にそんな意地悪を言ったタイミングだった。部屋のドアが開いて、セルフリッジが戻って来た。それで彼女は止まる。彼は部屋の中に流れる微妙な空気を察して、不思議そうな顔になった。アンナが少しだけ泣き出しそうな表情でいる点に気が付いたようで、心配するような顔になる。

 「今日の用件は、もうありませんわよね? では、夕食の準備もありますので、この辺りでお開きにしませんか?」

 誤魔化すようにセルビアはそう言った。セルフリッジは相変わらず不思議そうな顔をしていたが「それもそうですね」とそう言うと、素直にその言葉に従った。ところが、家を出る間際になって、彼は彼女に向かってこんな事を言って来たのだ。

 「ところで、セルビアさん。娘さんの事ですが……」

 「娘が何か?」

 “娘とは話してすらいないはずだ”と奇妙に思いながらも、彼女はそう尋ねた。彼は落ち着いた様子でこう返す。

 「はい。もしも、娘さんに魔法が使える兆候が表れたなら、今の制度では、娘さんは国の特別な施設に入れられ、それ以降はアンナさんのように実質的には奴隷として扱われてしまいます。

 ご存知だとは思いますがね。

 だから僕は、娘さんをランカ山賊団に預ける事を僕はお勧めします」

 「ランカ山賊団ですか?」

 彼女はランカ山賊団については、少し知っている程度だった。

 「はい。彼女らは山賊団を自称してはいませんし、実際良い人達です。少なくとも、絶対に子供を見捨てるような真似はしないので、子供に関しては安心ができます。だから、奴隷制が撤廃されるまでの間、匿ってもらうんです」

 それからオリバー・セルフリッジは、ランカ山賊団とランカ・ライカについて詳しく彼女に説明をしたのだった。それから、彼がランカ山賊団とは長い付き合いで、太いパイプを持っていると知って、彼女はその言葉を信頼しはした。ただ実は、彼女はこの時、彼の事を馬鹿にしていたのだが。

 “この男がどんな意図でこんな事を言っているのかは分からないが、魔力を持つようになる人間は少ない。娘がそうなる確率は低いだろう。それに、私はもし娘に魔力が宿ったなら、喜んで娘を施設に入れるつもりでいるのに……。

 恐らく、この男は、私もお人好しの自分と同じだと思っている。浅はかだ”

 しかし、それを表面には出さず、彼女はこう返した。

 「アドバイスをありがとうございます、セルフリッジさん。ご参考にさせていただきます」

 その後で、心の中でこう呟く。

 “娘は私にとってのハンデキャップでしかないのよ。仕事の邪魔になって仕方ない。もしいなくなったら、厄介払いができて嬉しいくらいよ”

 しかし、それからセルフリッジは、何故かこんな事を言ったのだった。優しそうに微笑みながら。

 「あなたなら、大丈夫ですよ。だから、安心してください」

 彼女はその言葉の意味が分からず首を傾げる。

 “何が大丈夫なのよ?”

 そしてそれからセルフリッジは、礼をするとそのまま彼女の家を出て行ってしまったのだった。

 

 以前、セルビア・クリムソンはある男と結婚していた。今ではどうしてあんな男と結婚したのだろう?と思っているが、その当時は素晴らしい男性だと思っていた。メリル・クリムソンはその時に生まれた子供だ。夫は当初は育児にも協力的だったのだが、彼女が仕事で目覚ましい業績を上げ、評価されるようになると態度を変えてしまった。どうやら彼は、プライドを傷つけられ、嫉妬をしていたらしいのだが、自分より収入が多くなった彼女に対し、「どうか仕事を辞め、育児と家事に専念して欲しい」と言い出したのだ。

 当然、彼女はそれに反発をする。結果として口論となり、そのまま離婚してしまった。その時、感情に流され、勢いで「娘は自分が引き取る」と言ってしまったのだが、彼女は後にそれを後悔した。娘が仕事をする上で、大きな足かせになる事を実感したからだ。だから彼女は、いつも“娘が何処かへ行ってくれたら”とそう思っていたのだ。それは本心であるはずだった。

 

 “私は何をやっているのだろう?”

 

 山中。

 ランカ・ライカと自分の娘のメリル・クリムソンに対し、セルビア・クリムソンはランカ山賊団に娘を預けるその訳を説明していた。

 「或いはその前から兆候はあったのかもしれませんが、娘に魔力が如実に現れたのは、一週間程前の事でした。部屋の中にある観葉植物が、不自然な具合に成長していて…… それは娘が魔力で植物を操って、まるで針金で人形を作るようにして遊んでいたものだったのですが……」

 セルビアは、ランカの心象を良くしようと演技して悲壮に振る舞っているつもりだったのだが、途中からそれが演技なのか本心なのか分からなくなっていた。

 「もしも、娘に魔力がある事が国にバレたら、娘は“魔法使い特殊能力育成施設”に強制的に入れられてしまいます。聞いた話では、そこは酷い場所だとか……。そんな場所に私は娘を入れたくはありません。だから、どうかこの子を匿って欲しいのです。この子を助けるために」

 本心なのか演技なのか自分でも分からないままでそう語り終えると、ランカ・ライカは感心したような表情を見せた。

 「話は分かったよ。子供を助けてあげたいって気持ちはよく分かる。親なら普通はそういうもんさ。しかし、うちを前もって教えておくなんざ、セルフリッジの馬鹿も偶には良い事をするじゃないか」

 ランカ・ライカがそう言ったのは、いつもはセルフリッジが、ランカ山賊団で保護した子供を元の場所に返してしまうからなのだが、もちろんセルビアは知る由もない。ただ、彼女はその言葉から、セルフリッジの予言めいたあのアドバイスを思い出していたのだった。

 あれが偶然だとは考え難い。一体、どうして彼は、娘に魔力が発現すると分かったのだろうか?

 セルビアは販売部門とはいえ、魔法道具を扱う商売をしているので、魔法使いに関しての知識も豊富に持っている。だから、魔力の発現に関してだって熟知している。セルフリッジにだけ分かって、彼女に分からないというのは考え難いはずだ。

 そこで彼女は、あの時、魔女のアンナ・アンリが何か彼に耳打ちしていたのを思い出した。

 “まさか、彼女が彼に、娘に魔力がある事を伝えたのだろうか?”

 魔力を抑制されていない魔法使いの研究は、当然ながらほとんど進んでいない。もしかしたら、首輪をつけていない魔法使いは、わずかな魔力でも感知できるように成長するのかもしれない。耳打ちの後でセルフリッジはトイレを借りたが、あの時に彼は廊下に置いてある観葉植物を調べたのではないか。それで娘に魔力があると確信を持ったと考えれば筋が通る。意識して観察をしたのなら、恐らくはセルビアでも異変に気付くだろう。

 ただし、もう一つ彼女には腑に落ちない点があった。

 “あなたなら、大丈夫ですよ”

 あの時、彼はそうも言った。

 見透かしたような言葉。未だにその真意は分からないが、あの言葉はまるで今の自分の行動を読んでいたかのようだ。

 “または呪いだったりね”

 そう思って、彼女は自分の事を笑った。

 一週間前、自分の娘に魔力が発現したと確信を持った時、彼女は大きなショックを受けた。それは彼女にとって娘を手放すチャンスであるはずだった。それなのに、何故かまったくそんな気がしなかったのだ。

 国に報告さえすれば、直ぐにでも娘は連れて行かれる事になる。この家から消えてくれる。仕事の邪魔にならない。なのに。

 結局、セルビア・クリムソンは娘を国の施設に入れる事ができず、オリバー・セルフリッジからのアドバイス通り、魔法使いへの差別が撤廃されるまでの間、或いは娘がコントロール能力を磨き、自分の魔力を隠せるようになるまでの間、ランカ山賊団で匿ってもらうことにしたのだ。もしも、それが明るみになったなら、彼女は確実に罰せられる。ただし、未だに彼女は完全には吹っ切れていなかったのだが。自分の行動の意味が理解できない。仕事で成功を勝ち取る事こそが、自分の人生における最重要事項であるはずなのに。

 その価値観こそが、女性にとって、否、人間にとって、もっとも適切なものであるように彼女は思っていたのだ。それは理論的に導き出された信念ではなく、単なる感覚的なものだったのだが、彼女自身はそれに気付いてはいなかった。

 そしてだからこそ、娘を心配する感情とその信念とのギャップを彼女は未だに埋められないでいたのだ。

 「――ママ、木で遊ぶのって、やっぱり悪い事だったの?」

 不意にメリルがそう尋ねて来た。娘の魔力に気付いた時、セルビアは「絶対に人前で、それをやっちゃ駄目よ」と言い聞かせたのだが、その訳を詳しくは説明しなかったのだ。どうせ理解できないだろうと思って。ただ、「もし、その力がバレれば、遠くに連れて行かれる」としか言っていない。

 「悪い事って訳じゃないけど……」

 葛藤を乗り越え切れていない彼女は、まだ魔法使いの差別撤廃に同意をする踏ん切りがついてはいなかった。自分の娘だけは助けて、他の人間達が酷い目に遭い続けるのは放置し続ける。それが自分勝手である事は自覚していたが、今の彼女には仕方のない事でもあったのかもしれない。

 歯切れの悪いセルビアの代わりに、ランカがそれにこう返す。

 「悪い事なんかじゃまったくないよ。悪いのはそんなどーでもいい事を問題にする馬鹿な大人達の方なんだ。だから、お嬢ちゃんが気にすることなんかまったくないよ」

 相変わらずに、ランカはメリルを抱いていたのだが、そう言いながら更に包み込むように優しく抱きしめた。戸惑って不安がっているメリルの様子を察したのだろう。“本当にこの人は子供好きなんだ”とそれを見てセルビアは思う。

 「さて、そうと決まったら、さっさとアジトにまで行こうか。日が暮れちまうよ」

 そう言って、ランカはメリルを抱いたままで金棒を拾い上げると、平然と歩き始めた。

 それにセルビアは驚く。

 「あの……、娘を抱いたままで、山を登るつもりですか?」

 何でもない事のようにランカは返す。

 「そりゃそうだろうよ。こんな小さなお嬢ちゃんに山道を急がせるなんて、そんな酷い事ができるかい。それに、もう随分と疲れているみたいだしね」

 ランカの言う事は分かるが、そういう問題ではない。こんな険しい山道を、重い金棒と娘を抱えながら進むなんて、普通の体力では難しいはずだ。だがしかし、ランカ・ライカにとってそれはまったく負担になっていないように思えた。セルビアよりも速く山道を進んで行ってしまう。

 つまり、それは、ランカ・ライカの体力が普通ではないという事だ。

 “凄い。あの華奢な身体のどこにそんな力が潜んでいるのかしら?”

 感心しながら、セルビアは必死にランカの後を追った。

 

 ランカ山賊団のアジトに着くと、セルビアとメリルは客間に通された。アジトは全体的に“大きな山小屋”といった雰囲気だったが、その客間も例外ではなく、他に比べれば整えられてはあったが、それでも粗野な雰囲気を消せてはいなかった。ただし、不潔ではない。

 しばらくして、ナンバー2だというナイアマンという男とその彼と同じくらいの地位だというナゼル・リメルという長身の女性、それとダノという大きな男がそこにやって来た。ランカによれば、一応は面通しをしておきたいメンバーらしい。

 もっとも、それ以外の山賊団の団員達もセルビア達を頻繁に覗きに来ていて、しかも誰もそれを注意しなかったのだが。

 どうやらとても自由な組織らしいと、それでセルビアはそう思う。それは良い事のようにも悪い事のようにも彼女には思えた。

 少しばかり話をしたが、雑談のようなものばかりで面接を受けている雰囲気はなかった。主にはナイアマンが話をし、ナゼルが時々、ツッコミのような間の手を入れる。ダノという大男は無口なのかあまり口を開かなかった。ただし、セルフリッジの話題の時は、詳しくその内容を聞いて来たが。“旦那”とそう彼はセルフリッジを呼んでいたから、尊敬に近い感情を抱いているのかもしれない。近くにはランカもいたが、黙ってその様子をただ眺めているだけだった。

 「あの…… 娘を預かってもらう件については、構わないのでしょうか?」

 しばらくして多少の不安を覚え、セルビアはそう問いかけた。すると、ナイアマン達は互いに顔を見合わせる。ナイアマンが代表してこう言った。

 「僕らは母さんがそう決定したのなら、反対する気はありませんよ。よっぽどの事があれば別ですが」

 その言葉にセルビアは感心する。“母さん”とランカが呼ばれている点は多少は気になったが、その彼の言葉はランカ・ライカがこの山賊団にボスとして確りと君臨している事を意味していたからだ。女性にトップの肩書きがあったとしても、それは名目だけで、実権は男性が握っているという組織も多々あるが、ここは違うようだ。

 本当にランカ・ライカ自身が、この組織をまとめ上げているのである。

 もっとも、実を言うのなら、それぞれ内心では、ダノは“セルフリッジの旦那の紹介なら大丈夫だろう”と考え、ナイアマンは“セルフリッジさんが関わっているのなら、何かあるかもしれない”と気にかけ、ナゼルは“セルフリッジさんが一枚噛んでいる点が不安なのよね”と心配していたのだが。

 ランカにはその体格からは考えられないような腕力がある点を充分に彼女は思い知らされていたが、組織の本当の長になる為には、それだけでは難しいことくらい彼女には分かっていた。その為には、何というか、人々を惹きつける魅力、カリスマ性もなければいけないし、判断力や決断力、組織員達の感情の調整力だって必要だ。

 セルビアはランカの支配を目の当たりにし、ランカに対して尊敬の念を抱いた。それで彼女に向かってこう問いかけたのだ。

 「あの…… ランカ・ライカさん。質問があるのですが、よろしいでしょうか?」

 突然にそう言われて、ランカは怪訝そうな顔になった。「なんだい?」とそう返す。

 「いきなりこんな質問をして変に思われるかもしれませんが、個人的事情から、是非お聞きしたいのです。

 ランカさんは、この社会において偉いのは男性だと考えますか? それとも、女性だと考えますか?」

 そんな質問を彼女がしたのは、もちろん、今彼女が抱えている葛藤の所為だった。ランカ・ライカから話を聞けば、何か答えが見えてくるかもしれない。彼女はそう思ったのだ。

 不思議そうな顔を見せはしたが、腕組みをするとランカはそれに直ぐに答えた。

 「女だね」

 その回答に彼女は目を輝かせる。

 「それは何故でしょう?」

 「そんなのは決まっているよ。女のほとんどが子供を産んで、育てているからだ。あんただって同じだろう?」

 その言葉に、セルビアは固まる。ランカ・ライカは育児至上主義だ。だから、そう答えるのは当然だった。しかし、もちろん、セルビアはそれを知らない。更にその考えは、彼女のそれとはあまりにかけ離れてもいた。

 「いえ、普通は外で働いて社会的地位を得ている男の方が偉いと考えるようですが……」

 その彼女の言葉に、不思議そうな顔をランカは見せる。

 「どうしてだい? 男は子供を育てる為のお金を外で稼いで来るだけだろう? 逆に言えば、金さえあれば、男なんかいらない事になる。

 なら、偉いのは子供を育てる女の方になるじゃないか」

 子供を育てる為に、仕事がある。つまり、彼女はそう言っているのか? 財産を築くのは飽くまで子供のためで……。

 その価値基準が根本から異なった主張に、セルビアは軽く衝撃を受けていた。これが家庭で夫の稼ぎに頼っている女から出た言葉だったなら、彼女はそれを笑っていたかもしれない。しかし、ランカ・ライカは組織のボスの位置にいる。言うなれば社会的成功を収めている。だから、無視をする訳にはいかなかった。

 「ですが、世間一般では、仕事で成功を収め、社会的地位を築く方が、価値がある事になっていますが……」

 それを聞くと、ランカは首を傾げた。そして、ナゼルに向かってこう尋ねる。

 「そうなのかい?」

 ナゼルは「そうみたいね」とそう返す。するとランカは渋々それを認めたが、続けてこう言ったのだった。

 「仮にそうだとしても、どうしてこのわたしが、その男どもが勝手につくった価値観に従ってやらないといけないんだい?

 わたしゃ、子供達を育てる事の方が、よっぽど価値があるって思うけどね」

 ナゼルがその言葉に呆れたようにツッコミを入れる。

 「いや、母さん。セルビアさんは、母さんの認識じゃなくて、世間一般のことを聞きたいのだと思うわよ」

 しかし、セルビアはランカのその言葉に大いに揺れていたのだった。

 “男どもが勝手につくった価値観?”

 ランカの言葉が正しいとするのなら、自分はその価値観に従ってしまっている事になる。それで彼女は、自分の抱いている価値観が、数多にある価値観の一つに過ぎない事を実感してしまっていたのだ。

 「普通に考えれば、生物ってのは、自分の子供を産んで次世代に繋ぐ為に生きているんだろう? そうじゃないと、その生物は滅びちまうじゃないか。

 なら、子育ての方が重要なんじゃないかってわたしは思うけどね。男はそれを手伝うサポーターだよ」

 その後でランカ・ライカはそう続けたが、彼女が育児至上主義なのは、そんな理屈は一切関係なく、ただ単に異常なほどに子供好きだからだった。

 そんな会話が続いている間、メリルは内容の難しさについていけず、登山で疲れていた所為もあって、うたた寝をし始めた。それを見て、ランカは甘い声を出す。

 「おやおや、お嬢ちゃんが眠っちまいそうだよ。可愛いねぇ。とにかく、そろそろ切り上げて、晩飯と風呂にしようじゃないか。セルビアさんも今日は泊まっていくのだろう? 帰るって言っても認めないけどね。危ないから」

 セルビアはそれに「もちろん、泊めてもらいます」とそう返した。料金は高いが、旅行者用の宿泊施設がある事も、セルフリッジから聞いて彼女は知っていたのだ。

 それから彼女は、団員達と一緒に食事を取り、風呂に入り、ランカ山賊団の独特の雰囲気に触れた結果、更に戸惑いを覚える事になったのだった。皆がランカ・ライカを“母さん”と呼んで慕い、通常の彼女が考える組織とは全く違ったまとまり方をしているこの組織を形容するのには、“家庭的”という表現が最も適切かもしれない。

 

 “……こういう組織もあるのだ”

 

 そして彼女には、その空間がとても健全なものにも思えたのだった。

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