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1.ランカ山賊団と山賊認定解除

 インヒレイン山岳地帯。

 その山中には、ランカ・ライカという女をボスとするランカ山賊団のアジトがある。ただし、この呼称はそろそろ相応しくないものになりつつあった。そもそも本人達は“山賊”を自称してはいないし、今でもランカ山賊団は、セルティア共和国という国からは山賊団認定をされていない。確かに非合法な活動をしてはいるが、それほどの凶悪性はないからだ。一般の人間にとっての脅威は、せいぜい山を通る際に、強引に警護とガイドをしてきて、その代金として金品の類を要求されるくらいだ。それも常識的な範疇の額である。

 もっとも、泥棒や強盗などの類に対しては容赦はしないのだが。……特に子供を虐めた場合は酷いことに。

 このランカ山賊団が根城にしているインヒレイン山岳地帯は、先に挙げたセルティア共和国の他にもタンゲア帝国、マカレトシア王国という二つの国にも隣接している。このうち実はマカレトシア王国については、近々、ランカ山賊団の山賊認定を解こうとしていた。そうなれば、山賊団という呼称が通じるのはタンゲア帝国だけになってしまう。もっとも、通称としては使われ続ける事になるかもしれないが。

 ランカ山賊団のナンバー2のナイアマンは、それをビジネスチャンスと考えて喜んでいたが、ボスのランカ・ライカはビジネスについては無関心だった。ただし、それでもナイアマン以上に喜んでいた。

 それはそのマカレトシア王国の山賊認定解除が、王子からランカ達へのプレゼントであろう事を察していたからだった。多分、お礼のつもりなのだろうと。

 実はつい最近起こったある事件で、ランカ達はマカレトシア王国の王子であるナセとフレイの二人を助けているのだ。しかも、二人はしばらくランカ達と生活をし、深い信頼関係を築いてもいた。

 一応断っておくが、ランカは王族にも権力にも関心がない。ナセとフレイの二人をランカ達が助けたのは、二人が子供だったから、ただそれだけだ。ランカ・ライカは常軌を逸した大の子供好きで、子供が困っていたなら、子供自身が助けを求めていなくても自分から積極的に助けるのだ。彼女にとっては相手が王子だろうが、ホームレスだろうが、子供だったなら一切関係ない。言うなれば、彼女は育児至上主義。子供達を傷つける存在を、彼女は絶対に許さないし、絶対に子供達を見捨てたりしない。しかも、彼女の身体能力は異常なほど優れてもいた。慈母にして、問答無用の子供の守護者。それが、ランカ・ライカという女なのだ。

 ランカ山賊団が結成されたのも、彼女のその特性によるものだった。元はこの団は孤児の集りで、彼女は彼らの面倒を見ていて、彼らを守る為に行動していたら、いつの間にか山賊団などと呼ばれるようになっていたのだ。それもあって、団員達は、彼女の事を「母さん」とそう呼ぶ。

 以前から噂としてあった、ランカ山賊団の山賊認定解除がどうやら本当らしいと分かったのは、オリバー・セルフリッジという男から、ランカ山賊団を訪ねるという連絡があった時の事だった。

 オリバー・セルフリッジはマカレトシア王国で働いている人間で、王国とランカ山賊団の繋ぎ役をやっている。王子達を助けてくれと依頼して来たのも彼だった。彼はランカ達とはまだ彼女達が山に入る前からの長い付き合いで、ある程度の奇妙な信頼関係を結んでいる。ただし、彼は多少というか、かなり食えないところのある男で、だからこそ警戒されてもいた。善人である点は確かなのだが、知恵が働き、よく策謀で人を騙すのだ。ただし、誰かを利用する場合も、その利用した相手には、それ相応かそれ以上の見返りがあるのが常で、だからこそその相手は彼を拒絶し切れない。簡単には表現し切れないが、とにかく、ある意味では非常に厄介な男なのだ。

 

 「セルフリッジさんが、ランカさん達が普通に商売をする上で必要な、申請書類と資料を持って行くそうですよ」

 

 ある日、オリバー・セルフリッジの部下であり恋人でもあるアンナ・アンリという名の魔女から、ランカ達はそう告げられた。彼女は小鳥の身を借りてランカ山賊団のアジトを訪ねて来ていて、幻の自分の小さな姿をそこに重ねていた。

 アンナ・アンリ。

 セルフリッジの部下といっても、制度上はほとんど彼女は彼の奴隷のようなものだった。この国での魔法使いの位置付けは、そういった立場なのだ。つまりは不当に差別され、道具として扱われている。ただし、それは飽くまで制度上の話。セルフリッジは彼女をそんな風に扱ってはいない。「対等なパートナーです」と彼女に明言し、実際に魔法使いを支配する為の魔力を抑える首輪を彼女から外している。周囲を怯えさせない為、或いは騙す為にダミーの首輪をつけてはいるが、それは見かけだけ。アンナ・アンリはフルに魔力が使える。早い話が、やろうと思えば、いつでも逃げ出せる立場にいるのだ。彼女自身にその気はまったくないが。

 もちろん、彼女が彼を信頼し、恋人同士と言える間柄にまでなったのは、そんな彼の態度があったからだった。

 「なるほど。とすると、僕らの山賊認定はそろそろ解除されるのですかね?」

 アンナがそれを告げに来た時、ナンバー2のナイアマンは彼女にそう尋ねた。それはアジトで昼食を取っている最中の事で、その場にはナイアマンの他にもナゼル・リメルという女もいたし、ボスのランカ・ライカもいたのだが、彼女はナイアマンに話しかけた。それは、恐らくはもっとも彼が話し慣れているからで、それ以上の意味はない。しかし、それでもナイアマンは嬉しそうにしていた。脈がないとは充分に分かっているはずなのに。

 ナゼル・リメルは、その時、そんな彼を見ながら滑稽に感じるのと同時に少しばかり同情してもいた。そして、なんだか上手く表現し切れない奇妙な気持ちも。

 ナイアマンはアンナ・アンリに興味を持っているのだ。気がある。もっとも、それは彼の完全な片想いで、彼女はセルフリッジ以外は目に入っていない。

 「それは内緒です。ただ、解除されれば非合法な商売はし難くなるので、できるだけ早くから準備をして、スムーズに普通の商売に移行できるようにしておいた方が良いとのことでした。そうじゃないと、移行している間、収入がなくなってしまいますから」

 「それはご丁寧に、どうもありがとうございます」

 「お礼は、セルフリッジさんに言ってください。あの人の配慮ですから」

 それからアンナ・アンリは、辺りを少し見渡してからこう告げる。

 「それと、まだ他にもプレゼントがあるそうです。期待して良いみたいですよ」

 それを聞くとランカが声を上げた。

 「あいつからのプレゼントかい? なんだか素直に喜べないね」

 すると、アンナは軽く首を傾げてから、ぶれるように半分だけ小鳥の姿になり、少し羽ばたいて、ランカの方に飛んでいく。彼女の前に着地するとこう言った。

 「あの人は、ある人にとっては、とても嬉しいプレゼントになると言っていましたよ、ランカさん」

 「“ある人にとっては”。そりゃ、また、微妙な表現だね」

 「あ、それから、彼が来てもあまり邪険には扱わないであげてくださいね」

 それにランカは苦笑いを浮かべる。

 「そいつは、嬢ちゃんからのお願いでも約束し切れないね」

 可笑しそうな微笑みでその言葉に返すと、アンナは「それでは、今日はこの辺で」と言って周囲の皆にお別れの礼をすると、それから幻術を解いた。アンナの支配から解放された小鳥は元の姿に戻り、チチッと鳴くと窓の外に飛び去っていった。

 

 オリバー・セルフリッジが訪ねてくるという当日。

 ナゼル・リメルは、何故かアジトから離れた場所で、年下の団員達を相手に、武術の稽古をしていた。

 彼女も実は、この組織において、ナンバー2のナイアマンに匹敵するくらいの位置にあった。だから団にとっての重要人物であるオリバー・セルフリッジを迎え入れる責任を持つ一人であるとも言えたのだが、彼女は敢えてそれを避けたのだ。

 もちろんそれは、この団にもセルフリッジにもそんな堅苦しい考えがある訳ではないと分かっているからでもあったのだが、彼女にそんな行動を執らせたのには、もう少し別の理由もありそうだった。

 “セルフリッジ達に会いたくない”

 団の中には、セルフリッジに対して好意的な人間も否定的な人間もいる。彼女はどちらかといえば否定的な人間で、嫌ってこそいないが、積極的に付き合うのは避けるべきだと考えているうちの一人だった。ただし、今回、彼女が彼に会うのを避けたのは、そればかりが理由ではなかった。

 “あの女も来るかもしれない”

 “あの女”というのは、アンナ・アンリの事だ。ナゼルは特別、彼女を嫌っている訳ではない。嫌う嫌わないの前に、そもそもそれほど深く知らないからだ。しかし、ナゼルはそれでも彼女に会いたくはなかった。そしてその原因をナゼルは上手く自覚できていなかった。

 

 「どうしてナゼルは、こんなにグレイブを使うのも巧いの? 本当は槍使いでしょう?」

 

 稽古の最中、そう感嘆した声で、女の子の団員の一人が言う。グレイブというのは、長い柄の先に剣状の刃をつけた武器の事だ。

 「ああ、わたしはね、元はグレイブを使っていたのよ。ほら、やっぱり女だから、体力じゃ男に適わないでしょう?

 グレイブだと、遠心力とかてこの原理とかを応用すれば、充分に破壊力があるから。だから、今もあなたにはグレイブを教えているのだけどね」

 ナゼルは一見はおっとりしているように見える。しかし、その実、非常に機敏に動き、武術の腕もかなりのものなのだ。ランカ山賊団の数少ない接近戦の戦力の一人でもある。

 「どうして槍を使うようになったの?」

 ナゼルはそれにこう返す。

 「理由は主に二つね。山の中で戦うと、木が多いでしょう? グレイブって振り回す武器だから、邪魔になるのよね、木が。だから、“突く”って動作が向いている槍を使うようになったってワケ」

 「理由の二つ目は?」

 「それは…」

 そう言いかけて止まる。ナゼルが答えるのを一瞬迷ったのは、ナイアマンの姿を思い浮かべ、そこに自分でもよく分からない感情を見つけたからだった。

 「それは?」

 「ナイアマンと組むようになったからよ。二人一組で。母さんの命令だったのだけどね」

 それに「ああ、そうか」と女の子は応える。

 「ナイアマンが前に出て、相手とやり合っている隙に、ナゼルがその相手を槍で突くのよね? コンビプレイだ。それだと、槍の方がやり易いのか。

 ね、どうして、そんな事をやろうって思ったの?」

 「別に、偶然よ。ナイアマンがわたしが女だからって守る為に勝手に前に出て、それで仕方なくわたしはナイアマンの背後から敵を突いたら、それがコンビプレイになっていたってだけの話」

 それを聞くと、女の子は笑った。

 「アハハハ。ナイアマンらしいね、女の子に優しい」

 「そうね、彼、女性差別主義者だから」

 女の子は、それに首を傾げた。

 「差別? どうして? 女の子を大事にしているのに」

 そう問われて、ナゼルは自分が多少、意地悪な気持ちになっていた事に気が付いた。どうも、ナイアマンに対して自分はイライラしているようだ。

 「差別は差別でしょう? こういうのを、好意的な差別っていうのよ。敵意的な差別にだけ怒って、好意的な差別は受け入れるって女は多いわよね。自分勝手だわ」

 そう誤魔化したが、ナゼルは別にそんな意識があって、ナイアマンを“女性差別主義者”と言った訳ではない。

 「じゃ、ナゼルは男が優しくしてきたら、それを嫌がるの?」

 「嫌がらないわよ」

 「矛盾してない?」

 「矛盾してないわよ。だってわたしは、自分勝手だから」

 そう言うと、二人は笑い合った。何故か、自分の気持ちに気が付くと、ナゼルは楽になっていたのだ。どうやら自分は、ナイアマンが何かを期待してアンナ・アンリに会う事にストレスを感じていたらしい。

 “彼女も、その気がないのなら、あまり期待させるような事をしなければいいのに”

 それをほどアンナがナイアマンに期待を持たせる行動を執っていない事は分かっていながら、ナゼルは心の中でそう呟いた。

 そんなタイミングだった。

 何か大きなものが進む気配を、彼女は木々の向こう側から感じ取ったのだ。

 “クマ?”

 そう思った。団員達に静かにするように言うと、様子を窺う為にそっと近づく。すると、こんな声が響いて来た。

 「……ボーズ、そろそろだ。ここらまでくれば充分だろうからな」

 人の声。その声にナゼルは驚く。

 え? 人なの?

 草の影からそっと覗いてみると、そこには見たこともないような大男が立っていた。2メートルは軽く超えているだろう。手には金棒を持っていて、男の子をおんぶしている。

 「あれ、巨人か何か? ダノよりも随分と大きいよ」

 ナゼルと一緒にやって来た団員の一人が、彼女に向かってそう言った。ダノというのは、ランカ山賊団の中で一番大きい団員の事だ。彼女はそれにこう返す。

 「うーん、一応、ヒト科の生き物には思えるけど、どうなのかしらね?」

 大男はそれから子供を降ろす。もしも、子供の身に危険があるようだったら、弓を射ようとナゼルと団員達は構え、狙いをつける。ただし、できるのなら相手にしたくないと彼女は判断していた。何か嫌な予感を覚える。もしかしたら、あの男は図体だけじゃないのかもしれない。

 それから大男は、子供に向けてこう言った。

 「さぁ、ボーズ。約束だぞ。今から、大声を出して泣け!」

 子供を泣かせようとしている?

 その訳を直ぐにナゼルは察した。その辺りは開けていて、暴れるのにはちょうど良かった。そして、大男は手に金棒を持っている。多分、あの大男は自分達のボスのランカ・ライカと喧嘩で勝負をしようとしているのだ。

 ランカ・ライカは子供の泣き声を聞き付ければ、直ぐにやって来る。何故か、子供の泣き声には驚く程敏感なのだ。この大男は子供の泣き声で、ランカをおびき寄せるつもりでいるのだろう。

 ランカと喧嘩をしたがる無謀な物好きは滅多にいないが、今までに二人ほどやって来た事があった。二人とも簡単にのされ、死ぬほど後悔して去って行ったが。

 子供は大男からそう言われて、泣く真似をなんとかしようとした。しかし、その演技は下手過ぎたし声も小さい。その様を見て、ナゼルは「あら、可愛い」とそう呟いた。ランカほどではないが、この団のメンバーは大体は子供好きなのだ。

 「そんなんじゃ、駄目だ。もっと、大声で泣けー!」

 子供の下手な演技を見て、大男はそう怒鳴った。髭を繁茂させている顔に、怖そうな目つき。そんな顔の大男に怒鳴られれば、たいていの子供は泣き出してしまうだろう。そしてやはりその子供は大声で泣き出してしまった。しかし、大男はそれを演技だと思ったらしく「おお、やればできるじゃねぇか」などと言って満足気だった。

 「ナゼル。弓で射ようか?」

 団員の一人がそう尋ねる。

 あの大男に子供を傷つけるつもりはないようだが、それでも問題がない訳ではなさそうだったからだろう。

 「待ちなさい。少なくともあの大男には直ぐに子供を傷つけるつもりはなさそうだし、この場所なら、十分程で母さんが来るだろうから、母さんに任せましょう。もし母さんが危なくなったら、その時は援護する。

 ……ま、母さんなら平気だろうけど」

 やがて、ナゼルの予想通りランカ・ライカがやって来た。十分も経っていないかもしれない。風を切る音と共に、金棒を持った彼女が突然に現れたのだ。

 「うちの子供に、なにをしているんだい!」

 そう叫びながら。ランカは不意打ちで金棒を振るって大男をいきなり倒そうとした。しかし大男はそのランカの攻撃を敏感に察して、躱してしまう。見た目からは想像もできない俊敏な動きだった。

 因みに、ランカ・ライカはどんな子供でも大体は“うちの子供”とそう言う。

 大男を倒す事には失敗したが、ランカは子供と大男の間に割って入る事には成功した。これで子供を人質に取られる事はない。

 「何者だい? お前さんは?」

 攻撃を躱された事に多少は驚いたのか、ランカは金棒の先を大男に向けながら、そう尋ねた。そのランカの姿を見て、大男は感嘆の声を上げる。

 「おお、お前がランカ・ライカか。なるほど、金棒を持っているな。本当に、いたのか。この目で見るまでは信じられなかったぞ」

 「何者か?ってわたしは訊いているんだよ!」

 「そう、焦るな。俺の名は、トロル・ニー・デイダラン! 世界一強い男だ!」

 そう威張ってから、トロルと名乗ったその大男は金棒をぶん回し始めた。

 「実戦、対人戦で金棒を使い、防具や武器も関係なしに相手を一撃で吹き飛ばす! そんな戦い方ができるのは、広いこの世界の中でもこの俺をおいて他にはいない。そう自負していたのだがな。何でも俺と同じ戦い方で、俺より強いヤツがいるっていうじゃないか。しかも、それが華奢な女だという。信じられないから、この身で確かめに来たって訳だ! ランカ・ライカ!」

 そう言って、大男はぶん回していた金棒を、地に思い切り叩きつけた。ランカはそれにこう応える。

 「そんな訳の分からない理由で、この子を泣かしたっていうのかい? 冗談じゃない。絶対に許さないよ!」

 トロルはこう返す。

 「ガハハハ、安心しろ! その子を人質に取るようなゲスな真似は絶対にしない! 正々堂々、勝負しようじゃないか!」

 「だから、そんな事では絶対に許さないって言っているだろうが!」

 「その通りだ! さぁ、勝負しよう!」

 「許さないからね!」

 そのやり取りを聞いてナゼルは呟く。

 「会話がまったく噛み合っていないのに、問題なく話が進んでいるわね……」

 お互いに真っ当に相手の話を聞くつもりはないようだった。それから「行くよ!」とそう言って、ランカはトロルに向かって突進していく。恐らくは、自分の背後にいる子供から距離を離して、戦闘に巻き込まないようにする為だ。

 金棒をいつもより小刻みに振るって、ランカはトロルを攻撃する。しかし、トロルは問題なく、それら攻撃を全て受け切ってしまった。因みに金棒同士の攻防である為、金属音が物凄くうるさい。

 ガキンッ ゴキンッ キィイン

 「うそ… あれだけの母さんの攻撃を受け切れる人間がいるだなんて……」

 ナゼルはその光景に愕然とする。

 ……あの男、本当にヒト科かしら?

 充分に子供との距離が離れたからか、それとも攻撃が通用しないからか、ランカはますます攻撃を加速させていく。

 「あの子を泣かせた罰を、さっさと受けるんだよ!」

 ランカの声はいつになく真剣だった。それに対して、トロルは笑みを浮かべている。余裕にすら思えた。

 「グフフ。やるやる」

 当然、ランカの攻撃が激しくなれば激しくなるほど、金棒がぶつかり合う音はよりうるさくなっていった。

 ガッキキィン! ゴキッ! キキキンッ! ガッキキキィン!

 ナゼルはそれを見ながら、“まずいかも…”とそう思っていた。あのトロルとかいう大男は見た目によらず、案外考えて戦うタイプなのかもしれない。ああして、防戦一方に見せかけて、実はランカの体力を削る算段なのかもしれない。

 “あの母さんの体格で、あれだけ重い金棒を振り回していれば、バテるのも早いと踏んだとか……”

 しかし、そう考えから彼女はふと思う。

 “あれ? でも、わたし、母さんがバテてるのを見た事がないわね”

 やがて、子供が泣き出してしまった。ぶつかり合う金棒のあまりの轟音に、どうやら怯えてしまったようだ。

 「あぁ? また、お前はあの子を泣かせたね!」

 そうランカは怒鳴る。“いや、あんたもだ、あんたも”とナゼルは心の中でツッコミを。

 まぁ、泣き出すのも無理はないと、そう彼女は思った。これだけ凄い音が鳴る戦いを、今までにナゼルは聞いた事がなかった。まるで音がうるさければうるさい程良いという謎の奇祭が催されているようだ。

 しかし、それはこのトロルという大男が、今までにない強敵だという事を意味してもいた。ランカとここまでの戦いをした者は一人もいないだろう。ナゼルは思う。

 “どうするの? 母さん”

 しかし、それから一度攻撃の手を止めると、ランカは落ち着いた口調でこんな事を言うのだった。

 「はぁ、仕方ないね。単に勝負がしたいだけだってなら、もう少し付き合ってやっても良かったが、あの子が泣き出しちまうんだったら、そろそろ本気を出すかい」

 その声にナゼルは驚く。

 “え? 母さん、今まで本気を出していなかったの?”

 トロルはその言葉を信じない。にやりと笑ってこう返す。

 「本気だぁ?」

 それからランカは少し退くと、勢いをつけるための構えを取る。トロルはこう言った。

 「なるほど。面白い。この体格差で、真正面から突っ込んでくる気か!」

 そして自分も大きく金棒を構える。

 「逆に吹き飛ばしてやるぅぅ!」

 それから、そう吠えた。その吠え声で、また子供が泣く。それにランカは怒った。

 「また、子供をいじめてるんじゃないよ!」

 そして、そう怒鳴りながら走り出した。それに合わせて、トロルは金棒を大きく振りかぶった。

 次の間で、

 ランカが「どっせぇぇぇ!」と叫び、トロルは「うんがぁぁぁ!」と叫ぶ。そして、二人の金棒と金棒が激しく交叉した。

 ガッキィィィン!

 物凄い音が鳴り響く。瞬間、トロルの持っていた金棒が弾かれ宙を舞った。

 「なにぃぃぃ!?」と声を上げるトロル。にやりと笑うと、ランカはまた叫んだ。

 「うちの子供にぃぃ!」

 大きく金棒を振りかぶる。

 「なにをしているんだいぃぃぃ!!!」

 そして、そのままトロルの身体に思い切り、金棒をぶち当てた。それでトロルの身体は吹っ飛んでしまう。その巨体がまるでゴムボールのように十数メートル先に転がった。その後で、金棒を“ずんっ”と地面に突きたてながらランカは言う。

 「これが子供を怖がらせた罰だよ。これに懲りたら、二度と子供をいじめるような真似は止めるんだね!」

 その後で、少し離れた位置から声がした。

 「おお、凄い吹っ飛んだね。あれは流石に立てないかな?」

 ナゼルの声だ。他の団員達も草の影から出て来ていた。

 「ああ、ナゼルかい。どうも変な奴に絡まれちまったよ。なんだったんだろうね、あいつは?」

 それに頭を掻きながらナゼルは返す。

 「まぁ、一応、ヒト科の生き物では……」

 しかし、そう言いかけたところで、大きな声が響いたのだった。

 「ぼれだぁぁぁ!」

 トロルの声だ。しかも、勢いよく立ち上がっている。それを見て、ナゼルと団員達とそしてランカまでもが唖然となる。

 立った……

 ナゼルはこう言い直す

 「……多分、霊長類の何かではあると思うけど。自信は持てないわ」

 ランカは気を取り直すと、トロルに向けてこう言った。

 「呆れるほどタフだね、あんた。まだ、やるのかい?」

 ところが、それにトロルは、手で“もう、やらない”と合図をした。こう言う。

 「いや、流石に無理だ。しかし、俺はあんたに惚れちまった」

 それにランカとナゼルは同時に首を傾げる。

 「はい?」

 ナゼルは思う。

 “さっきの‘ぼれだぁぁぁ’って、‘惚れた’って言っていたの? もしかして”

 トロルは続ける。

 「あんたみたいに俺に真正面からぶつかって来て、吹き飛ばせるヤツは初めてだ。男にだっていなかった。だから、俺はあんたを嫁にしたい。いや、婿でも良い。二人でこの山賊団をやっていこう」

 その言葉に、ナゼルはここ数年見せた事もない程の嫌そうな表情を浮かべた。例え冗談でも笑えないといった感じ。ランカはそれにこう応える。

 「わたしゃ、お前みたいに、子供をいじめる奴と一緒になるなんて絶対にご免だね!」

 “いや、それ以外にももっと問題点はいくらでもありそうだけど……”

 と、ナゼルは心の中で呟いたけど、それを口には出さなかった。

 「なんだとぉ? なら、俺はあんたにデートを申し込むぞ! もちろん、今直ぐじゃあ、ないが。もし俺が勝ったら、俺と結婚してくれ!」

 一瞬、何を言っているのか分からなかったが、それからその“デート”という単語が“勝負”の事なのだとナゼルは理解する。どうも、この男の言語は人類が使っているものとは少しばかり違っているようだ。しかも、風習も常識も異なっているように思える。

 「なんでわたしが、そんなもんを受けなくちゃいけないんだい?」

 ランカがそう応えると、トロルは「なにぃ? なぜだぁ?」とそう言って呻いた。

 “なぜだも何も…”とナゼルは思う。彼女にはどうこの男の常識を理解すれば良いのかがまったく分からなかった。

 それからうなだれているトロルを放って、ランカはトロルが連れて来た子供の元に嬉しそうにしながら向かった。少しスキップなんかしながら。こう話しかける。

 「怖かったかい? 坊や。今日は、うちに泊まろうね」

 しかし、そうしてその子を抱き上げたところで、トロルが言うのだった。

 「それは駄目だぞ。そのボーズとは、用が済んだら、直ぐに帰すって約束してあるからな。タンゲア帝国にいる両親の所に送ってやらなくちゃならん」

 「なにぃ!」とそれにランカ。子供を見ながらこう問いかける。

 「それは本当かい?」

 子供は黙ったまま頷く。

 「しかし、あんたみたいな野蛮な大男に、この子を任せられるはずがないね! この子は、今日はうちに泊まるんだよ」

 それにナゼルはこう思う。

 “また、始まったか……”

 数十分後。

 「ハイハーイ、母さん。ちょうど、タンゲア帝国の方に行く用事がある団員がいたから、その子を預けようね」

 なんとかナゼルは、ランカを説得できた。ランカはかなり渋っていたが、それでも納得をしたのは、何より、子供自身が帰りたがっていた事が大きかった。

 因みに、トロルはそれから、平気そうな様子で山を下りて行った。それでナゼルは、ますます彼が人間であるかどうかを疑ったのだが。

 「ところで、母さん」

 それからナゼルは、ランカに話しかけた。

 「今日はセルフリッジさんが来ているのじゃなかったの? いいの? あの人の相手をしてあげないで」

 それを聞くと、ランカは笑う。

 「はっ! どうして、わたしが、あいつの相手なんかしなくちゃならないんだい?」

 「そんな……、厚意で、書類とか資料とか持って来てくれるっていうのに……」

 その言葉には流石に少しだけランカは罪悪感を刺激されたようだった。それでなのか、こんな事を言う。

 「ま、さっきまでは一緒にいたよ。なんだか書類の束を持っていたね。ナイアマンが、見ていたけど。今もあいつが相手をしているんじゃないかい?」

 「今日は、アンナさんは来ていないの?」

 「ああ、あのお嬢ちゃんは来ていないみたいだね。わたしは会いたかったけど。あの子は、面白いし可愛いからね」

 どうもランカは、アンナのことを半分だけ子供扱いしているようなのだ。アンナは既に二十歳にはなっているのだが。

 「なんだい? ナゼルは、お嬢ちゃんに何か用があるのかい?」

 「いや、別に……」

 そう応えると、ナゼルは少しだけ機嫌良さそうにした。

 

 草むらの中。二匹のネズミが、その一連の出来事を見ていた。そのネズミ達の瞳の奥には、何か別の気配がある。

 そこから、少し離れた山の奥。二人の人影があった。ネズミ達の瞳の奥の気配の正体だ。一人は子供のように見える外見だが、その顔は不気味に大人びている。もう一人は、花瓶のような特徴的な体型で、ひょろ長く見えるが、それは隣にいる子供のような男の所為で、実際は背はそれほど高くない。

 「なるほど。確かに、あれだけの体格差をものともしないってのはかなり異常だね。シロアキ、君の言う通りだ」

 花瓶のような男が、子供のような男……、シロアキというらしい彼に向かってそう声をかける。

 「だろう? デンプタリン?」

 シロアキはそう返す。

 「あんな物理の法則を超えた力は、一つしかないさ。つまり、あの女のあの力の正体は“魔力”だ」

 そう言い終えると、彼はニヤリと悪賢そうに笑った。

 トロル・ニー・デイダランをそそのかし、ランカ・ライカにけしかけたのは、実は彼、シロアキだったのだ。

 

 その少し後。

 ランカ・ライカがアジトに帰ると、そこにオリバー・セルフリッジの姿はなかった。客間では、ナイアマンが書類の束を見ながら、頭を抱えている。

 「ナイアマン。いったい、どうしたんだい? 別に聞きたくもないが、セルフリッジの馬鹿は何処に行ったんだい?」

 ナイアマンは唸りながら、それに答える。

 「あぁ、母さんか。僕はね、この書かなくちゃならない申請書類の、あまりにも不親切で常軌を逸した難解さに心が折れそうになっているところだよ」

 それを聞くと、ランカは書類の一つをつまみ上げて読んでみる。そこには“乙がどうの甲がどうのと”といった、わざと嫌がらせで分かり難くしてあるとしか思えないような文章がずらっと並んでいて、見ているだけで苦痛を感じそうだった。

 「なんだい、これは? こんなのに全部、必要事項を書かなくちゃならないのかい?」

 「そうみたい」

 「セルフリッジの奴は、なんて言っていたんだい?」

 「それが、セルフリッジさんもこういうのは苦手みたいで、笑って誤魔化されたよ。代わりに、こんな本を持って来てくれたけど……」

 そう言って、ナイアマンは書類の横に置いてあった本をランカに渡す。そのタイトルにランカは目を疑う。

 「やさしい申請書類の書き方? 本まで出ているのかい? なんなんだい、この申請書類は!? 国はまず、こういうところから、改善するべきなんじゃないのかい?」

 「セルフリッジさんも同じ様な事を言っていたよ。自分の立場じゃ難しいとも言っていたけど……」

 もちろん、全力でやれば可能なのだろうが、セルフリッジは多忙な身なのだ。

 「厄介だねェ…… ところで、その当のセルフリッジは何処に行ったんだい?」

 「あの人なら、ライドにプレゼントがあるって、渡しに行ったよ」

 そう言われて、ランカはここに来た時のセルフリッジの姿を思い浮かべてみる。彼は何か大きな荷物を背負っていた。

 「ライドに?」

 ランカは言う。

 「何か悪い予感がするんだけどね……」

 

 「セルフリッジさーん! どうも、ありがとうぅぅ!!」

 上空からそんな声がする。ライドだ。彼女はグライダーに乗って、空中を旋回しながら、そんな声を上げていた。

 ここは少し山を上がった所にある、踊り場。直ぐ傍には、グライダーに乗るのに適した崖があった。

 「いえ、どういたしましてぇ!」

 と、それにセルフリッジは大声で返す。ライドが乗っているのは新型のグライダーで、セルフリッジがプレゼントしたものだった。軽く丈夫な素材でできていて、設計も進歩している。かなりの重量でも飛ぶ事が可能だ。気持ち良さそうに空を泳ぐライドの姿を見ながら、セルフリッジは「どうやら、良い具合のようですね」と満足気にそう独り言を言った。そんなタイミングだった。

 「セルフリッジィィ!」

 そう彼を呼ぶ声が迫って来たのだ。それは、ランカ・ライカの声だった。彼女は彼に突撃すると、首根っこを掴みながらこう言った。

 「なんだい? あのグライダーは? どうして、あんな物を持って来たんだい?」

 「ライドさんが喜ぶと思いまして。新型のグライダーですよ。あれなら、もっと重い荷物を抱えながらでも飛べるんです」

 「こっちは、そんな事を訊いているんじゃないんだよ! いいかい? あの子は、これ以上体重が重くなったら、もう二度とあんな危ない乗り物には乗らないって言っていたんだよ? なんて事をしてくれたんだい?」

 そんなに心配なら、ライドから新型のグライダーを取り上げてしまえば良いと思うかもしれないが、あれだけ嬉しそうにしているライドを悲しませる事も、彼女にはできないのだった。

 子供には、なんだかんだで、非常に甘いのである。

 「はぁ、ライドさんの腕とあのグライダーなら、問題はないと思いますよ。パラシュートもついていますし」

 セルフリッジはそう返す。

 「パラシュート?」

 「空からゆっくりと降りてくる事ができる道具ですね。大きな布で空気を受けながら下降するので、安全に着地できるんです」

 「だとしたって、危険な事に変わりはないだろう?」

 「そうですかね?」

 「そうだよ」

 それを聞くと、少し考えてからセルフリッジはこう訊いた。

 「でも、ですね。例え僕が新型のグライダーをプレゼントしていなくても、あのライドさんが、果たして、グライダーを乗るのを止めますかね?」

 ライドはグライダーに乗るのが好きなのだ。異常なほど。彼女の生き甲斐と言っても良い。

 「止めるって言っていたんだよ」

 それにランカは納得しない。セルフリッジはまた少し考える。

 「質問を変えましょう」

 嬉しそうに空を舞うライドを見ながら、彼は続けた。

 「果たして、彼女にグライダーに乗るのを止める事ができますかね?」

 「お前は、何を言っているんだい?」

 「ですから、彼女はもう少し、もう少しと乗り続け、結局は大事故が起こるまで乗るのを止めないのじゃないかと思いまして。例え、体重がオーバーしても……」

 それを聞いて、彼女は想像をする。確かにこのままでは、ライドはそんな事になりそうに思えて来てしまった。いや、ほぼ確実にそんな結末を迎えそうだ。

 ランカが青ざめたのを見て、セルフリッジは彼女が納得したのを察したのか、こう続ける。

 「なら、今の内に、重い体重にも耐えられるグライダーをプレゼントしておいた方が良いでしょう?」

 それでもやや納得がいかなそうな顔をしてはいたが、結局はランカは彼の言う事を認めてしまった。

 「まぁ、今回は感謝をしておくよ」

 最終的には、珍しく、そんなお礼まで言った。

 「いえいえ、お返しはしてもらう約束になっていますので」

 「お返し? 何か気になるね」

 「なに、大した事じゃありませんよ。後でライドさんに訊いてもらっても構いません」

 

 グライダーをプレゼントしてもらった時、ライドは大喜びして、セルフリッジに抱きついた。彼はこう返す。

 「嬉しいですけど。アンナさんがヤキモチを妬くので、止めてください」

 因みにライドはまだ少女と呼べるような年頃だ。

 「でも、流石に何かお返しをしなくちゃ悪いな、これ。高いんでしょ?」

 「いえ、実はモニターを探していたところだったらしいので、それほど高くはありませんでしたよ。開発されたばかりなんですね、それ。ただ、そうですね。お返しをしてくれると言うなら、少しばかり仕事を頼まれてはくれませんか?」

 「仕事?」

 「はい」

 そう言ってセルフリッジは、なんと彼女に魔導書を手渡したのだった。

 「なに? これ?」

 「魔導書です」

 「魔導書?」

 「はい」

 それからセルフリッジが彼女に頼んだ仕事の依頼は不思議なものだった。何でも植物を操作できる魔力を持った小さな女の子を、このランカ山賊団で匿う事になったなら、その時はその魔導書を読ませて、魔力の訓練をして欲しいというのだ。そこに書かれている通りにやればできるはずだから、と。

 

 「ところで、どうして今回はあの子は連れて来なかったんだい?」

 ライドがグライダーから降り、アジトに向かうまでの間、ランカはセルフリッジにそう尋ねた。

 “あの子”というのは、アンナのことだろう。

 「はぁ、他の仕事もありますし、別に来る必要もないかと思いまして」

 それを聞くと、ランカは少しだけ表情を歪めてこう言った。

 「でも、あの子は、お前さんと一緒にいたかったんじゃないのかい? 寂しがっていると思うけどね」

 それにセルフリッジは笑った。

 「彼女はそんなに弱くないですよ」

 アンナには確かに依存的なところはあるが、充分に自立できる能力を持っている。彼はそう判断していた。

 「そうかい? わたしには、そうは思えなかったけどね。長く一緒にいるお前さんの判断を馬鹿にする訳じゃないが、長くいるからこそ見え難くなるって事もある。わたしの見立てじゃ、あの子は弱いよ。とてもね。

 もし仮に、前はそうじゃなかったって言うのなら、お前さんが弱くしちまったんじゃないのかい?」

 その妙に確信めいたランカの台詞に、セルフリッジは珍しく少しだけ動揺した。実は彼女は人を見る目が妙に鋭いのだ(子供に対しては特に)。

 セルフリッジは思う。

 “彼女を弱くしてしまった? まさか……

 しかし……“

 

 他の諸々の用を済ませてからランカ山賊団のアジトを引き揚げ、セルフリッジがマカレトシア王国にある自分の家に戻ったのは、その次の日の夕方の事だった。

 「今、帰りました」

 そう言ってドアを開けると、アンナ・アンリは直ぐに顔を出した。

 「お帰りなさい」

 そう言う。その顔は、一見、何でもない普通の表情に見えた。しかし、彼を見て安心したような気配を完全に隠せてはいなかった。彼にはそれが気になる。

 「あの……、今度はアンナさんもランカ山賊団に一緒に行きますか? ランカさんも会いたがっていましたし」

 それで、着替えをしている時、彼は試しに彼女にそう尋ねてみた。すると彼女は、「そうですね。偶には街を出たいですし」とそう返す。

 「では、次は一緒に行きましょうか」

 セルフリッジがそう返すと、「はい」と答え、アンナはやや機嫌良さそうにした。そして、その後でこう言ったのだった。

 「あ、一応断っておくと、わたしは、別に、あの程度のことでヤキモチを妬いたりしませんからね。それに、相手はまだまだ子供じゃないですか」

 「え?」とその言葉にセルフリッジは驚く。

 恐らく、ライドが自分に抱き付いた事を言っているのだろう。

 「ずっと見ていたのですか? 小鳥の身を借りて」

 「ずっとではありません。あの時だけ、偶々です。少しだけ無事にやれているかと心配になったものですから」

 セルフリッジは、その彼女の態度に、少しばかりの不安を覚え、そして同時にそんな彼女を愛しいと思っている自分を自覚したのだった。

 “ランカさんの見立て通りかもしれない”

 そう思う。

 彼女には弱さがある。

 彼はそれをつけ込まれかねないと自覚してはいたのだが……

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