景観 ~白い黒猫と消えた眼鏡の所在~
◆1◆
暗闇で一箇所にスポット。一人の人を映し出す。
里 黒猫が目の前を通り過ぎると不吉な事が起こる、とはよく言うけれど、何故そうなのかといえば、黒という色は、昔夜を恐れていた日本人が夜に黒のイメージを持っていたから、とか、これも同じく良い印象の無かった西洋の魔女のペットとして黒猫が有名だから、とか、言ってしまえば諸説いろいろあると思うけれど、現代人であるところの僕から言わせてもらえば、そんなのは、迷信だ。意味の無い事だ。この話は、そもそも題材が黒い猫というところが、いまいち信憑性を欠いている要因と言えるのではないか、とさえ思っている。だってその通りだろう。黒猫におびえる人は、白猫や三毛猫におびえはしない。黒猫、と言えばそれは、体毛が、全身が真っ黒な猫を指すだろう? それをそうとするのなら白猫は体毛が白い猫の事を指すし、三毛猫は三毛柄をした猫を指す。こうなってしまえば、黒猫と白猫と三毛猫、この三種類の猫の差というのは、ただ単に色にしかない。
里中、うろうろしながら語る。最後に立ち止まって言う。
里 だとしたら、昔の人は、夜が白くて魔女の猫も白かったら、白猫を恐れていたのだろうか。
里中、はけながら。
里 なんて、ただの戯れ言だけどね。
暗転。
◆2◆
明転。チャイム。アナウンス。
ア (淡々と)清掃開始の時間です。生徒の皆さんは速やかに清掃を始めてください。清掃の無い区域の人は直ぐに部活動に、(早口で)それ以外の関係無い人はとっとと帰ってください。
後藤、部室(教室のセット)に入ってくる。
後 こんちわーーっす。…あれ、まだ誰も来てねえか。
後藤、適当な机に座り漫画読むなりスマホ使うなりぐだぐだする。ある程度したら高山入ってくる。
高 こーんにーっちわーー。
後 ん、おっす高山。
高 おっす後藤。…あれ、まだあんたしか来てないの?
後 そうみたいだな。
高 ふーん、なんだ、珍しい事づくしだね。
後 ん? そうか?
高 わりとそうだよ。
後 例えば?
高 あんたが部室に一番乗りってところ。
後 そんなに珍しいか?
高 だってあんた、いっつも掃除ちゃんとやってから部活来るじゃん。
後 いや、月変わったから今日から掃除場所変わっただろ? で、俺今回は男女交代でやる場所で、確か男子は火曜と金曜だから月曜の今日は掃除無いんだよ。…てか、そういう高山こそ今日は早いじゃんか。
高 私もそういう交代制の掃除場所になったの。こっちは一週間交代だから、今週はまるまる掃除が無いのよね。
後 へえ……。…楽なもんなんだな。
高 …その分来週毎日掃除って事はちゃんと伝わったのかしら?
後 ん? …いや、ちゃんと伝わってるぞ?
高 じゃあ楽って何よ楽って。あんたのとこだって毎日やらなくていいから楽っちゃ楽なところなのに、なんでまるで私だけが楽しててそれを妬んでるみたいな言い草なのよ。
後 ええ!? いや、そんな深い意味で言ったつもりじゃなかったんだけどな!?
高 じゃあ何よ、一体どんな意味で言ったってのよ。
後 えー…えっと……来週大変だな、って?
高 嘘でしょ、今考えた感が半端ないわよ。
後 んーと、お互い掃除頑張ろうなって?
高 なんでそう見え透いた嘘をつくかなあ!
後 じゃあ……。
高 そもそもじゃあって何よじゃあって! あんたどう考えても今考え始めたでしょうが! 素直に言いなさいよ素直に!
後 いや、お前がどんな意味かって訊いてくるからわざわざ考えてんだろうが!?
高 いいからとっとと正直に答えなさい!
後 だからあんま意味なんて考えてねえよ! 適当に受け答えてたよ!
高 えっ……。
高山、衝撃を受けたようにやや仰け反る。
高 …私は真剣に話してたのに…あんたは適当だったっていうの!?
後 いや真剣だったのかよ!
高 真剣も真剣、なまくらとは比べ物にならないくらい切れ味も鋭かったわよ!
後 そんなに上手い事言えてねえぞ!?
高 グス…ひ、ひどい……。
後 ええ!? なんで泣くんだよ、面倒くせえなあもう……。
高 面倒くさいって言われた…私なんて所詮、面倒くさい女……グスン……。
後藤恥ずかしそうにして。
後 …お、俺が悪かったよ…せめて泣き止めよ……。
わりと長い間。高山唐突に。
高 真剣だと思ったぁ? 残念、嘘泣きでしたっ!
後 やっぱり面倒くせえコイツ!
高山大爆笑。
高 あっはは! というかそれにしても俺が悪かったとか! あはは、ぷぁっはっはっは! なんでそんな、は、恥ずかしげに言うのよお前! あー可笑しい、ねえもう一回、もう一回やってよもう一回!
後 もう一回って三回言ったって一回もやってやんねえよこの野郎! あーちくしょう、すっげえ恥ずかしい!
高 まあいいじゃんいいじゃん、からかった私も悪かったって。
後 …お前がそう言うならいいけどよ……で、そうだ。他の珍しい事ってのは何なんだよ?
高 え? ああそうだった、後藤があまりにも面白くってつい忘れるところだった。
後 おいお前今なんつった。
高 別に。何も。
後 ならいいけどよ……。
高 で、珍しいのの続きね…とは言っても、部室見渡せば直ぐ気付きそうなものだけど?
後 なんだよ、もったいぶるんじゃねえよ。
高 はいはい、じゃあ教えるけど。
後 おう。
高 里中先輩がまだ来てないって事、だよ。
後藤、今更部室を見渡す。
後 …ああ、そういやそうだな。つってもほら、先輩っていつも俺達より先に来てるってだけだし、掃除終わって直ぐ来てるんだとしたら、掃除無い俺らの方が来るのが早いのは当たり前なんじゃないか?
高 そうかもしれないけど…でも、私達がこの学校に入って、ていうかこの部活に入って半年経つけどさ、その間も私、何回か掃除無くて早く来た事あったんだけど、その時にももう里中先輩はいたんだよね。
後 考えすぎじゃないか? たまたまだって。たまたま。
高 そうかなあ……。
後 それこそ考えたって仕方ないだろ。
高 んー、それもそうだね。
後 で、珍しい事ってのはそれだけなのか?
高 ああいや、最後にあと一つ。
後 おお、なになに?
高 いや、これは別にどうでもいいかもなんだけどさあ…あんた、今日メガネしてきてないんだな、って思って。
かなりの沈黙。
後 …………え?
高 いやだから、今日のあんたはメガネ掛けてないんだな…って。
後 …………え?
高 だーかーら! メガネはどうしたんだっつってんの!
後 どうしたも何もないだろ、メガネならここに……。
後藤、フレームを直す仕草をして空振る。
後 嘘……だろ……!?
高 はあ!? あんたまさか、今の今まで気付いてなかったの!?
後 全然気付いてなかったよ!
高 嘘だろはこっちの台詞だわお前! なんでメガネ如き無い事に気が付かないのよ!
後 だってなお前、メガネって長い事掛けてるとだんだん掛けてる事忘れてくるんだぞ、気付かないのも無理ないんだぞ!
高 忘れるなんてそんな馬鹿あんたしかいねえよ!
後 馬鹿とはなんだ馬鹿とは! お前この客席のメガネ掛けた人達に謝れよ!
高 客席って何の事よ!?
間。
後 …な、なんでもねえよ!
高 なんでもなくないでしょ! 素直に答えなさい!
後 べ、別に、だからなんでもないっての!
高 嘘おっしゃい!
後 嘘じゃない!
高 ついさっき私に対して適当な事ばっか言ってたヤツの言い分なんざ素直に聞き入れられるか!
後 それはごめんなさい!
高 謝る気があるんだったら謝ってなんかないで客席ってのがなんなのかを素直に答えなさい!
後 だからそれはなんでもないんだよ!
高 本当に?
後 本当に!
高 …仕方ないわね、じゃあ信じてやるわよ。
後 おお、助かった。
高 はあ…それにしてもあんた、よくメガネも無いのに漫画読めたりスマホいじれたりできてたわね。
後 …そういえばそうだな。
高 まさか、実は今日に限ってコンタクトだったとかって事は……。
後 あっ。
高 ……まさか今の今まで今日コンタクトだったのを忘れてたなんて事は……。
後 あっ。
高 ……目の感覚とかも違うはずなのに気が付かないなんて事は……。
後 あっ。
高 ……馬鹿はどいつだ。
後 俺でしたっ!
高 まったくだよっ!
須 ……こんちわー……?
須川、よろけながら入ってくる。
高 あ、須川先輩、こんにちわ!
須 おお、その声は高山、という事はここは部室で合ってたのか。
後 え? 須川先輩、どうかしたんですか?
須 その声は後藤か? …あれ、里中は?
高 里中先輩なら珍しくまだ来てないですよ。今部室に来てるのは私と後藤の二人だけです。
須 あー…そうか。いや、本当は皆いてくれたら良かったんだけどなあ……。
後 だーかーら、どうかしたんですか?
須 いや、お前らさ…俺のメガネ、知らない?
◆3◆
後 メガネ…え? メガネ?
須 そう、メガネ。
高 メガネって…あの、メガネ?
須 うん、メガネ。
後 視力の低下した人が掛けたりする?
須 ああ、メガネ。
高 漢字で書くと眼に鏡の?
須 うん、メガネ。
後 背中に通った骨?
須 いや、セボネ?
高 手段を別の言葉で言うと?
須 いや、テダテ?
後・高 『所さんの…』?
須 『…メガテン』! 違う!
須川、まったく見当違いの客席の方向に向かって言う。
須 メガネだメガネ! なんでお前らはそういちいちボケたがるんだよ!
高 そういう須川先輩だってボケてるじゃないですか!?
後 そっちは客席です!
須 客席ってなんだ客席って。
後 あ、いやなんでもないです。
高 そんな事より私達はこっちですってば。
須川二人と逆方向に向き直る。
高 いやいや、こっちですって。
後 やっぱボケてるじゃないですか!
須 ああ、こっち?
なんかよくわかんない方向を向く。
高 話聞いてます先輩!?
後 ボケないでくださいってば!
須 なんだって?
後 トボケないでくださいってば!
須 はいはい悪い悪い。こっちねこっち。
須川、ふらつきつつもちゃんと二人に向き直る。
高 で、須川先輩、メガネがなくなったんでしたっけ?
須 ああ、そうなんだよな。
後 奇遇ですね先輩、さっき俺もメガネ失くしてたんですよ。
須 え? 後藤今メガネしてないのか?
高 その様子だと先輩は本当に見えてないみたいですね。
後 部室来る時もふらふらしてたしな。
須 そうそう、困った事にお前らも輪郭と制服の色が微妙にわかるだけで、正直どっちが後藤でどっちが高山なんだかわかんないくらいでな。
高 そこまで見えないもんなんですか?
須 簡単に言うなら極端な寄り目がブレてない感じだ。
高 え、嘘ですよね?
須 いや嘘じゃねえよ。
後 実際そんぐらい目が悪い人だっていますもんね。
高 何したらそんなに視力落ちるんですか。
須 何したらっつってもなあ…俺は小学生の頃からメガネだったし、あんま昔過ぎて覚えてないよ。そういえば後藤はなんでメガネなんだ?
後 俺ですか?
須 ああ。
後 俺は中学の頃からですけど、理由っつってもなあ…せいぜい、ゲームのやり過ぎくらいしか思いあたりませんね。
高 ゲーム?
須 在り来たりって言っちゃ在り来たりだな。ちなみに何のゲーム?
後 はまってたのはポケモンです。
高 ポケモン!?
後 夏休みは一睡もせずに厳選してました。
須 やり過ぎじゃないか!?
後 唯一3DSの電源が落ちたのは最終日だけでしたね。
高 家計に優しくない!?
後 まあいいじゃないですか俺の事なんて。それよりも先輩のメガネでしょ?
須 まあ、そうだが。
高 ポケモンの話はともかく、じゃあ先輩はどっかの馬鹿みたいにコンタクトしてきたのを自分で忘れるような真似はしていない、と。
須 ん? そんな馬鹿みたいなヤツがいるのか?
後 うっ。
高 あなたの目の前にいますよ。
須 どっち?
後 こっち(高山を指す)。
須 すまん、わからん。
高 後藤です! わたしメガネしてないでしょう!
須 おおそうかそうか。…で、さっき失くしたっつってたけど、結局後藤のメガネは見つかったのか?
高 ああいや、失くしたってよりは、今日コンタクトだったからメガネが無いって事のをそもそも忘れてたってだけで、こいつのメガネは今家にあるそうです。
後 え?
高 ん? 何よ。
後 いや、家の置いてきたなんてひとことも言ってないけど。
高 あれ、そうだったっけ?
後 ああ。初めてコンタクトつけて学校に来るから、慣れないからってなんかあった時のために一応メガネ自体は学校に持ってきてあるんだよ。
後藤、カバンに駆け寄り中を探る。
後 ほら、ここに………あれ?
須 どうかしたのか?
後 …無い。
高 は?
後 俺のメガネも無くなってる!
高 はああ!? あんたさっきからそうだけど嘘ばっか言ってんじゃないわよ!
後 嘘じゃないっての! 確かに今日は持ってきてたはずだって!
須 おいおい、そりゃ大変だなあ。
後 先輩なんでそんな余裕なんですか!
須 いや、だってぶっちゃけ俺には関係無いし。
後 ひどいなこの人!?
須 いやまあ、でもいっぺんに二人のメガネがなくなるってのも変な話だな。
後 そうですそうです。
高 そういえば須川先輩。
須 どうした高山?
高 須川先輩は、今日はこの馬鹿と違って朝からメガネで学校に来てたんですか?
須 ん? ああ、そうだな。
後 もう馬鹿を否定できない……。
高 なくなったって気付いたのはいつ頃なんです?
須 えっと…掃除の前の授業が終わってから、直接ここに来る途中でだな……。
後 え、待ってください。
須 ん? どうかしたのか?
後 てことは須川先輩掃除さぼってここに来たって事じゃないですか?
須 ああいや、今日から月変わって、掃除場所も変わっただろ? それで今回は週一回水曜日だけの所に割り振られてたんだよ。断じてさぼったわけじゃないからな。
高 なんだ、先輩もだったんですね。
須 その口振りからするとお前らもそういう所って事なんだな。…てかまあ、二人共真面目だからそうでもないとこの時間にここにいるわけないか。
後 そうですよ。
高 それで先輩、ここに来る途中で、の続きは?
須 そうそう、昇降口あたりの角を曲がったとこで人とぶつかったんだよ。
後 ぶつかった、ですか? 誰と?
高 いや後藤後藤、話の流れ的にそれはわかるわけないでしょ。
後 は? いやなんでだよ。
高 言ったでしょ流れ的にって。大方、須川先輩はその時にメガネを失くしたんですよね?
須 ん、まあそうだけど。
後 それがどうしたんだよ。
高 角でぶつかったってんだから、ぶつかるまでその人が誰かはわかんないでしょ? で、先輩はご覧の通り目が悪すぎだから、ぶつかってメガネが無くなっちゃたら、もう全然見えないじゃない。
高 見えない事の話なのにご覧の通りって言うのも可笑しな話だな。
後 そうなのか…?
高 ですよね先輩!
須 案外そうでもないぞ(めっちゃ軽く)。
後 違うじゃねえか!
高 嘘でしょ!?
須 高山の言ってる事も全く間違ってるってわけじゃないんだけどな。てかほとんど正解だよ。
高 ほれ見た事か!
後 うぜえなこいつ。
高 何よ。
後 別に。…でも先輩、高山の言う事があながち間違いでもないってんなら、じゃあぶつかったのが誰か、ってのはわかんないって事ですよね?
須 それも案外そうでもない。
後 なんだって!?
高 え、先輩誰ですか!?
須 里中だよ。
後・高 …え?
須 だから里中。この部の部長の、お前らの一学年先輩にして俺と同学年の、あの里中浩之とぶつかったんだよ。
◆4◆
後 いや、どの里中かってのは、そんなまるで客席の人達に里中先輩の情報をわざわざ教えてあげるみたいな言い方しなくてもわかりますけど。
高 え? え? 里中先輩ですか? まさかのここで!?
須 まさかのそれがそうなんだよ。
後 じゃあ須川先輩は、なんでそれが里中先輩だってわかったんですか?
高 そうですよ、さっき私が言った事は合ってるって先輩言ったじゃないですか。
須 種を明かしちゃ単純なんだけどな、ぶつかった時に向こうから声掛けてきたんだよ。
後 須川先輩って大体声で人を判別できますもんね。
須 そうそう。でもあいつなんか急いでたみたいで直ぐどっか行っちゃってさ。俺はそんな急いでもなかったんだけど、メガネ探すとしても全然見えないだろ? だからどうせなら誰か早めに部室来てるヤツに探すの手伝ってもらおうと思って。
高 それで見えないなりにふらふらしながらもどうにかここに辿り着いて、今に至ると。
須 そういう事。
後 じゃあ早く探しに行かなきゃ駄目じゃないですか。誰かが拾って、詳しく知りもしない先生にでも渡されてたら凄く面倒な事になりますよ。
須 んー、そうだな。
高 よし、そうと決まればとっとと行きましょ!
三人出ていこうとする。そこでメガネを頭に乗せた里中、教室に入ってくる。
里 誰かいるか?
後 あれ、里中先輩!?
里 その声は後藤か。という事はここは部室で合ってるという事でいいんだね。
高 あれなんかデジャヴ。
里 高山もいるのか?
後 ええ。というか先輩、どうかしたんですか?
里 まあそうだな、いろいろあって。…今、この部室にいるのはお前達二人だけか?
須 俺もいるぞ。
里 須川か。まあ、三人もいれば十分事足りるだろう。
高 やっぱりこの流れ見覚えあるんだけど。
後 里中先輩、あえてもう一度聞きますけど、それで、どうかしたんですか?
里 いやな、実は、紛失した僕のメガネを一緒に探してほしいんだ。
高 やっぱりか!
里 やっぱり?
須 いやな、実は俺のメガネも失くなっちゃってさ、こいつら、さっきも今のお前と同じようなやり取りを俺とやってたんだよ。
里 そうだったのか。
須 というか、俺のメガネはさっきお前とぶつかった時にどっかいっちゃったんだけど…里中、お前なんか知らないか?
里 …何を言っているんだ須川?
須 ん?
里 僕はお前とぶつかったのか?
須 はあ!? いや、だってお前声掛けてきただろ!?
里 声……? ああ、あの時ぶつかったのはお前だったのか。
高 え…先輩もしかして。
里 ああ。察しの通り、僕はこいつとぶつかった時にはもう失くしたメガネを探し始めていた。
後 なんでこんなにメガネが失くなるんですか!?(高山と同時に)
高 なんでこんなにこの部馬鹿ばっかなんですか!?(後藤と同時に)
須・里 …なんだって?
後・高 なんでもないですよ!
須 …ていうか里中はそれで今日ここに来るの遅れたのか? いつも早く来てるのに。
里 そう聞かれればそういう事になるかな。
須 ん? なんだよその変な答え方。
里 …ともかく、僕は何人かにメガネ探しを手伝ってもらおうと思ってなんとかここに来たんだ、誰か付いて来てくれないか?
後 その前に…あの、里中先輩?
里 どうした後藤?
里中、見当違いの方向を向いて言う。
後 いや里中先輩そっちじゃないですよこっちですこっち!
里 ん、そうかすまん。
里中、後藤と逆に向き直る。
後 わざとですよね!?
里 すまん、わりと真面目だ。
後 マジかこの人!?
里 えっと…こっちか?
わりと明後日の方向を向く。
後 須川先輩はこの辺で折れてくれましたけど!?
須 いやぁ…。
後 照れるところじゃありません!
里 あ、こっちか。
高山を向く。
里 人影も見えるし、これで合ってるだろ。
後 それ高山です!
高 てか後藤さっきから叫びすぎうっさいちょっと黙れ。
後 あんまりだ!?
里 となるとこっちか。
後藤を向く。
里 合ってるか?
須 違うよ。
里 そうか。
後 合ってますよ里中先輩! あと須川先輩何やってんですか!
須 いやあ、つい。
後 駄目だこいつ早くなんとかしないと。
里 それで後藤、どうかしたのか?
後 ああ、そうでしたそうでした。…あの、里中先輩。
里 なんだ?
後 頭のそれは…メガネじゃないんですか?
里中頭を触る。暫しの静寂。
里 何を言っている、これはカチューシャだぞ。
後 カチューシャ!?
高 何言ってるのよ、どっからどう見てもカチューシャじゃない。
後 高山まで言うのか!?
須 あのカチューシャがメガネに見えるなんて、後藤はよっぽど視力が悪いんだなあ。
後 いや須川先輩はそもそも見えてないでしょうが!? あと先輩にだけは視力を言及されたくありません!
須 てへっ☆
後 もうヤダこの先輩!
里 大丈夫か後藤、ちゃんとメガネはかけているのか?
後 かけてませんよ!
里 かけてないのか!? じゃあ見えなくて当たり前だろう。
後 あ、いや、そういう事じゃなくてですね。俺、今日はたまたまコンタクトで来てるんです。
里 コンタクト?
後 ええ。前から親とそういう話はしてたので、親の仕事が休みだった昨日に買ってきたんです。
高 そういえば、なんでまたコンタクトなんか買おうと思ったのよ。別にメガネで不自由してるわけでもないんでしょ?
須 あ、それは俺も気になる。俺らは運動部じゃないからハードに動き回ったりもしないし、どうしてなんだ?
後 んん…なんでって言われてもですねえ……。
高 半年遅れの高校デビュー?
後 いや違えし! それにこんなに遅かったらデビューもなにも関係無いし!
高 じゃあなんでなのよ。
後 別にこれといった理由なんてねえよ。そもそもコンタクトの話持ち掛けてきたのは親だし。
高 なんだ、つまんないの。
後 何がだよ。
高 べっつにー。なんでもないっつーの。
後 そうかよ。
里 お前達、そろそろいいか?
後 ああ、すいません。
高 何がですか?
里 遅くても、もう掃除は終わった頃だろうからね。そろそろメガネを探しに行きたいんだが。
高 あっそうでしたすいません。
里 それはそうとして……。
里中、ふらふらしながら須川にぶつかる。
須 あいてっ。
里 須川か、すまん。僕の机はどこだ?
須 いや、俺も見えないからわかんないよ?
高 里中先輩の机ならこっちですよ。
里 そうか、助かる。
里中、ふらふらしながら高山にぶつかる。
高 あいてっ。
里 高山か、すまん。わざとじゃないんだ。
高 あ、いや別に大丈夫ですよ。
後 この人わざとやってんじゃないだろうな…?
里中、ふらふらしながら後藤にぶつかる。
後 あいてっ。
里 後藤か。
後 ……。
里 ……。
後 俺には謝んないんですか!?
里 すまん、わざとだ。
後 ぶつかったのがですか!?
里 違う、謝らなかったのがだ。ぶつかったのはわざとじゃない。
後 そうでしたか…。…じゃないですよ! なんで謝んないんですか!?
里 なんかからかいたくなっちゃって。
後 なんで皆してそんなに俺をからかいたがるんですか……。
里 なんかからかいたくなるんだよな、後藤は。
須 あ、それわかる。
後 須川先輩はいいから!
里中、ふらふらしながら机に辿り着く。
里 ふう、ここで合ってるか?
後 合ってますよ。
里 違うのか。
後 だーかーらーもー!
里 冗談だよ。合ってるんだな。
里中、机の中をまさぐる。メガネを取り出す。掛ける。
里 ……うん、よし。
後 メガネあるじゃないですか!?
里 予備だ予備。なんかあった時のために部室に常備してあるんだよ。
須 まさしく今日みたいな時とかのため?
里 そういう事。
高 用意周到ですね。
後 …メガネ掛けてるとこの上にさらにメガネあるとなんか馬鹿みたいだな……。
里 なんか言ったか?
後 いやなんでも。
里 そうか。じゃあ後藤、高山、早速行こう。
須 あれ? 俺はお留守番か?
里 見えないくせに来られてもな。
須 あー…それもそうか。
里 …そうか、なんならお前のメガネも探してきて…いや、お前のメガネ優先で探してこよう。
須 ん、いいのか?
里 どうせ僕は見えるしな。全く見えないお前の方が優先順位は高いだろう?
須 おお、優しいなお前。
高 須川先輩、ぶつかった場所って確か昇降口のとこの廊下でしたよね?
須 おう、そうだな。
高 じゃあ早速探してきます! おら行くぞ後藤!
後 はいはい、じゃあ先輩方、俺ら先に行ってきますね。
里 わかった、僕もすぐに行く。
後藤、高山、教室から出ていく。
里 じゃあ僕も探してくるよ。
須 おう、悪いな。
里 …なあ、須川。
須 どうした里中?
里 お前、猫って好きか?
須 猫? まあ、嫌いじゃないな。
里 黒猫はどうだ?
須 黒猫? なんでそんな事聞くんだよ。
里 いいから。
須 まあ、毛の色とかで好き嫌いがあるわけでもないし。黒くたって俺は好きかな。
里 …そうか。時間取って悪かったな。
須 気にしないからいいよ、それに俺だってメガネ探してもらってる立場だから、あんま強く言えないし(苦笑気味に)。
里 …そうだな。
里中教室から出ていく。
須 さてと…どうしようかな。んー、寝て待ってようかな……。(ふらふらしながら自分の机に向かう。ぶつかる)…あいてっ。
暗転。
◆5◆
明転。須川が机に突っ伏して寝ている。寝言がうるさい。
須 むにゃむにゃ…そんなに食べられねえよ…………しょくパンマン……。
高山戻ってくる。
後 すーがわせーんぱーい!
須 あっ、カレーパンマンまでそんな自己犠牲の精神を見せなくても……。
後 須川せんぱーい?
須 バイキンマンさんはお帰り願います……。
後 寝てんのかこの人。
須 ああ! アンパンマンさんまでそんな事しなくても!
後 どんな夢見てるんですか!? てゆーか起きてください!
須 バッ! タ子ッ! さーんっ!
後 いや起きてるだろこの人!?
須 ジャムおじさんっ(の声と同時に勢い良く上体を起こす)!
後 うわ起きた!?
須 ん…あれ、そこにいるのは誰だ?
後 …た、高山ですよ(裏声)?
須 なんだ後藤か。
後 バレるの早くないですか!?
須 そりゃあわかりやすいからなお前の声は…(あくびしながら)それで、メガネは見つかったのか?
後 えっとその、それなんですけどね?
須 ん、どうした?
後 いやあ、俺達、言われた通り昇降口の辺りを探してたんですけど、全然それっぽい物は見つからなくってですねえ。
須 うんうん。
後 探し始めて三十分くらいですかね、三人共、先輩のメガネの形がわかんない事が発覚したんです。
須 はあ!? いや、お前ら一年生はともかく、里中までわかんなかったのか!?
後 なんか、そうらしいです。
須 はあ…ああ、なるほど。それでお前が俺にメガネの特徴を訊きに来たと、そういうわけなんだな?
後 察しが良くて助かります、まあそういう事ですね。
須 とは言われてもなあ…これといってこうだと言える特徴なんて無いと思うぞ?
後 色とかフレームの形とか、そういうのでいいんですが……。
須 そうか。えっとな、フレームは丸で、色は黒だな。
後 …ん?
須 どうした?
後 あ、いや、里中先輩のメガネが、確かそんなんだったなあ…って思って。
須 いや、あいつのメガネと俺のメガネは形は違うぞ?
後 違いますよ、頭に乗ってたヤツです。
須 え? あいつが頭に乗せてたのはカチューシャだろ?
後 あんたは見てないでしょうが!?
須 だって高山も里中本人ですらもそう言ってんだぞ? なのにカチューシャじゃなくて、まさかメガネなんて乗っけてるわけがないじゃないか。
後 俺の言い分は信じてもらえないんですか!?
須 信憑性でいったらなあ……。
後 ひどい…!?
須 まあまあ、そんなに落ち込むなって、な?
後 誰のせいだと思ってるんですか!?
須 俺だろ?
後 わかっててやってんのかこの人!?
須 おう!
後 タチ悪ぃ!
須 ははっ、冗談冗談。
後 まったく…じゃあ、そろそろ俺もう一回行ってきますね。
須 おう、任せたぞー。…あ、そうだ後藤。
後 なんですか?
須 お前、猫って好きか?
後 猫? なんでそんな事を?
須 なんでって言われてもなあ…同じ事、さっき里中に訊かれたんだよな。
後 それをなんで須川先輩が俺に訊くんです?
須 んー、なんとなくかな。
後 そうですか…猫はわりと好きですよ、かわいいし。
須 黒猫は?
後 えっ、黒猫…?
須 ん? どうかしたのか?
後 黒猫は、あんまり好きじゃないですね。
須 …どうして?
後 いやほら、目の前通り過ぎると不吉な事が起こるって、よく言うじゃないですか? それでちょっと小っちゃい頃、痛い目見た事があるんですよ……。
須 あ、そうなんだ…悪いな時間とっちゃって。
後 大丈夫ですよ、時間取られてメガネ探す時間が無くなって結局メガネが見つかんなくてそれで困るのはなんだかんだ言って須川先輩ですし。
須 おお…さりげなくひどいな後藤。
後 じゃあ行ってきますね。
須 あ、シカト……。
後藤、出ていく。
須 さてと、もう一眠りするかな……。
須川寝る。暗転。しばらくして明転。須川寝ている。
須 …ドラえも~ん……。
高 須川せんぱーい!
高山入ってくる。
高 須川先輩? 寝てるんですか?
須 …のび太くんには失望したよ……。
高 なんで!? なんで先輩は夢の中でのび太くんに失望してんの!?
須 なんで…なんで食べちゃったんだよ……。
高 どら焼きか!? どら焼きでも食べられたっていうのか!?
須 ……たこ焼き……。
高 どら焼きじゃないんかい!
須 ん…その声は、高山か…?
須川体を起こす。
須 …おはよう。
高 おはようじゃないですよ、一体どんな夢見てたんですか!?
須 夢? …ああ、確かな…ジャイアンになってスネ夫とたこ焼き作る夢だったぞ?
高 寝言と全然脈絡が無い!?
須 いや俺どんな寝言だったんだよ。てか、なんで高山だけしか来てないんだ? 里中と後藤は? そもそもメガネは見つかったのか?
高 そんないっぺんに訊かないでくださいって。
須 じゃあまず一つ、なんで高山だけ戻ってきてるんだ?
高 えっとですね、メガネ置きに来たんです。
須 本当か!? 見つかったのか!?
高 本当です。後藤のですけど。
須 なんっでだよっ!?
高 なんでって言われても、見つかったからとしか言えませんけれど。
須 …どういう経緯で見つかったんだ?
高 えっとですね、先輩にメガネの特徴を訊きに行った後藤が戻ってきてからも、私達はそれっぽいメガネを探してたんですよ。
須 まあ、そうだろうな。
高 それで、途中でちょっと私、トイレに行ったんです。
須 ふむふむ、それで?
高 女子トイレの中にヤツのメガネケースが転がってました。
須 だからなんでだよ!?
高 私もそれを後藤に訊きましたよ。そしたらあいつ「そんなの俺の方が知りたいわ!?」とかなんとか言って全然白状しないんです。
須 うん…そ、それで?
高 白状するまでくすぐりました。
須 ただの拷問じゃねえか! 本当に後藤何も知らなかったらどうする気だよ!?
高 同じ事を里中先輩にも言われたので拷問は途中で止めたんですけどね……。
須 自分で拷問って認めちゃったよこの子。
高 でもそれであいつなんか思い出したみたいで。
須 なんでだよって何回言わせりゃ気が済むんだお前は!?
高 知りませんよ、後藤に訊いてください。
須 はあ…それで? あいつは何を思い出したんだ?
高 なんか、なんでメガネがそこにあったのかを薄らと思い出したそうです。
須 おう、なんでなんだ?
高 友人にコンタクトだったの茶化されてメガネに戻そうとしてカバンから取り出したのを取られて隠されてたんですって。
須 なんかえらくご都合主義だな。
高 仕方ないでしょ、作者だって疲れてるんです。
須 なんだって?
高 いや、なんでもないです。
須 …てゆーか、そんな一悶着があったクセに自分がコンタクトだったの忘れてたのかあいつ……。
高 馬鹿だから仕方無いですよ。馬鹿だから。…馬鹿だから。
須 なんで三回も馬鹿って言ったんだお前。
高 ともかく、その後、里中先輩に言われて私がここにこの後藤のメガネを置きに来たってわけなんです。
須 ん? なんで里中がお前に?
高 さあ? 何か考えがあるんじゃないですか?
須 考えって…そんな大層な事でもあるまいし。
高 戻ってきたら里中先輩に直接訊けばいいんじゃないですか?
須 まあ…それもそうか。
高 じゃあ、須川先輩、これ、後藤のメガネここに置いときますので。
高山、後藤のメガネを机に置く。
高 そろそろ私、メガネ探しに戻りますね。
須 あっ、高山、ちょっと待て。
高 どうかしました?
須 ちょっと、訊きたい事があるんだけど。
高 なんです?
須 お前ってさ、猫って好き?
高 猫!? 大嫌いですよあんなん!
須 そうなのか?
高 そりゃもう! なんか怖いしひっかいてくるしどこからともなく出てくるし、黒猫白猫三毛猫種類問わずあんなん大っ嫌いです!
須 お、おう、そうか…時間とって悪かったな。
高 いや、気にしませんよ。そのせいで時間無くなってメガネ見つかんなくて結局最後に困るのはなんだかんだ言って須川先輩ですしね。
須 その定型分は流行ってるのか!?
高 なんの事です?
須 い、いや、なんでもないよ。
高 そうですか? じゃあ、行って来ますね。
須 おう。
高山出ていく。
須 まあ、さっきも寝てたし…寝て待つのはもう無理かな……(突っ伏して)…ぐぅ……。
須川寝る。暗転。
◆6◆
明転。須川寝てる。里中入ってくる。
里 須川ー。起きてるかー?
須 ん…ワカメ、それ僕のハンバーグ……。
里 須川ー、寝てるなら返事しろー。
須 ……。
里 …チッ。
須 …タラちゃんじゃないってば……。
里 (耳元で)磯野ー、野球しようぜー。
須 ダメだよ中島、姉さんに見つかっちゃうよ……。
里 本当に寝てるのかこいつ…!?
須 そうか? バレなきゃ大丈夫か……?
里 (耳元で)こらカツオっ!
須 姉さんっ(の声と同時に勢い良く体を起こす)!? …ってあれ? 中島…?
里 おはよう須川。
須 ああそっちか(里中に向き直って)、おはよう中島。
里 中島じゃねえよ。里中だよ。
須 すまん、なんか寝ぼけてるみたいだわ。
里 だろうな。
須 …あれ、そういえばなんでここにお前がいんの? もしかしてメガネでも見つかったか?
里 ああ、そうだが。
須 ええ!? 本当に!? …あ、いや、これはまた俺のじゃないってパターンだな!?
里 ああ、そうだが。
須 あたっちゃった!? って事はお前のメガネが見つかったのか!?
里 ああ、そうだが。
須 なんっっでだよっっ! なんでことごとく俺のが見つからないんだよっ!
里 なんでだろうな、不思議不思議。まるで誰かが隠し持っているんじゃないかって思いたくなってくるくらいだな。
須 本当にな。
里 ……。
須 ん? どうかしたか里中?
里 いや、なんでもない。
須 そうか。…そういえば、お前のメガネはどこにあったんだ?
里 気になるか?
須 そりゃあな。
里 まあ、そもそも失くなったのに気付いたのは掃除前の授業が終わってからだったんだ。
須 うん?
里 その授業中僕は寝てたらしくてな、授業終わりのチャイムで起きた時にはもう失くなってた。寝る前はつけてたんだけどな。
須 それで?
里 となると可能性は一つ。授業中の寝てる間に誰かに取られたという事になる。
須 まあ、そうなるか。
里 お前のメガネを探しながら、それらの事を踏まえて考えてみたらわかったんだが、いくらなんでもそういうイタズラをクラスメイトが、わざわざ席を立ってするとも思えない。となると、もうわかっただろ?
須 ん? どういう事だ?
里 僕もちょっと強引かなとは思ったんだがな…案外当たっていて驚いたよ。
須 どういう事だ? 教えてくれよ。
里 …寝てた事のペナルティとして、先生が没収してったんだよ。
須 は!? いや、まさか、そんなわけないだろ!?
里 って思うじゃん?
須 なんか言い方うぜえ。
里 それがだな、昇降口でメガネ探してる時、まるで僕の事を探しているかの如く都合良く、現国の新谷先生がやってきて僕のメガネを渡してきたんだよ。
須 …まるでお前の事を探しているかの如く?
里 まるで僕の事を探しているかの如く。
須 マジで?
里 マジで。
須 はあ…なるほどな、それで、受け取ったメガネをそのままにして俺のメガネを探すのもなんか危なっかしいからって、そのメガネを置きにここに戻って来た、ってわけなんだな?
里 まあ、そういう事だな。察しが良くて助かるよ。…それにしても、珍しいな。
須 ん? 何がだ?
里 今日は皆来ないんだなと思って。
須 皆?
里 後藤と高山はともかく、鈴木とか門田、それに菅野たちもまだ来てないだろ? そろそろ一時間近く経つのに、あいつらが何の連絡も無しに部活休むのは珍しいなって事だ。
須 あ、そういえばその事なんだけどさ。
里 ん、なんだ?
須 俺の妹が一年にいるのは知ってるだろ?
里 ああ、確かそんな事を言っていたな。
須 そのクラスでなんか病気流行ったらしくて学級閉鎖らしいんだわ。
里 …エボラ? デング?
須 違えよ!? あんま冗談でもそういう事言うなよシャレんなんないからさ!?
里 悪い、勢いでつい。
須 頼むよ…それで、確かさっきの三人も妹と同じクラスだったなって思って。
里 学級閉鎖だからそもそも学校にも来てない、と。そういうわけだったのか。
須 そういう事。
里 なるほどな…さて、じゃあ僕もそろそろお前のメガネ探しに戻るとするよ(机に自分のメガネを置きながら)。
須 ああ、そうだ里中。
里 ん、なんだ?
須 さっきは俺に訊いてきたけど、お前自体は猫って好きなのか?
里 なんでそれを訊き返してくる?
須 んー、なんとなくだな。逆に訊くけど、じゃあなんでお前は俺に訊いてきたんだ?
里 深い意味は無いよ、ただ訊いただけだ。
須 じゃあ俺のにも答えてくれるよな?
里 …まあ仕方ない。答えてやろう。
須 なんでさりげなく上から目線なんだよ。
里 僕は野良猫が好きだ。飼い猫はあまり好きじゃない。
須 …ん? なんでそんな区別するんだ?
里 猫に限らずなんだがな…そもそも、僕は動物を飼うという事にあまり肯定的じゃないんだ。
須 …どうして?
里 …少し例え話をしてみたほうがわけりやすいか。例えばあるところに、猫自体は好きだが、黒猫は好まないって人がいたとする。
須 後藤みたいなヤツか……。
里 なんか言ったか?
須 いや、なんでもない。続けて。
里 わかった続けよう…その人は、黒猫のどういうところが嫌いなんだと思う? 本質的に猫というところは全く同じなのに、どうして黒猫を嫌うんだと思う?
須 …ほら、黒猫が横切ると不吉な事が起こるとか言うし、そういうところで怖がってるんじゃないのか?
里 そうなんだ、そういうヤツなんだ…そういうヤツだったんだ、僕の母さんは。
須 お前の、母さんが?
里 そう。僕の母さんも、動物はほぼ例外無く好きな人なんだが、どうしようもなく黒猫だけが嫌いでね。理由はさっきお前が言った通りだ。そんな、捨てられた動物を拾わずにはいられない程に動物好きな母さんが、ある日捨てられていた黒猫を見つけたんだよ。
須 それで、どうしたんだ? お前の母さんは。
里 拾ってきたよ、黒猫を。その時は黒猫のままで。
須 …は?
里 じゃあ須川、次の質問だ。黒猫は何をもって黒猫という定義付けがされると思う?
須 毛の色が、黒い事、じゃないのか?
里 その通り。逆に言えば毛が黒くさえなければ、それは多分黒猫とは言わないんだよ。だから母さんは、その黒猫の毛をペンキで染めたんだ。白く。
須 ……はあ!? 馬鹿じゃないのか!?
里 馬鹿なんだろうと思うよ。一度拾っちゃった手前、飼わなくちゃって使命感もあったんだろうしね。
須 はあ…だからって、白く染めるだなんてなあ……。
里 それからかな、飼い主がペットを自由にしていいってのはなんか違う気がして。それであんまり動物は飼いたくなくなったんだよ。
須 大変なんだな。
里 いや、本当に大変なのはその猫のほうだよ。生まれ持った黒い毛をいきなり白く染められなんかされちゃってさ。それからその猫、飼い始めてすぐに死んじゃったんだけど、多分ストレスが強かったんだと思う。
須 ストレスか。
里 あって当たり前のモノが突然なくなるんだもの、ストレス感じないほうがおかしいって話かもしれないけどね。
須 …まるで今の俺だよな。
里 ん、言われてみればそうか。猫でいう黒毛がメガネみたいなもんだもんな。
須 おかげでストレスフルだぜ。
里 さて、そんな事を言うなら僕はまた探すのに戻ろうかな。
須 ああ悪いな時間取って。
里 いいさ。時間取って時間無くなって結局キミのメガネが見つからなくてそして困るのはなんだかんだ言って須川だしね。
須 だからそれ流行ってんの!?
里 って言えと後藤と高山に言われた。
須 あいつらっ!
里 ふふ、それじゃあいってくる。
須 おう、頼んだぞー。
里中、出ていく。
須 さてと……(無言で机に突っ伏す)。
暗転。
◆7◆
明転。須川寝ている。静かに後藤、高山、里中の順で三人入ってくる。須川の近くに駆け寄る。
後 すーがわせんぱーい。
起きない。
高 須川せんぱーい?
起きない。
里 磯野ー?
起きる。
須 中島!?
後 なんでそれで起きるんですか!?
須 姉さんは!?
高 まだ寝ぼけてない!?
里 おはよう磯野。野球しようぜ。
高 里中先輩まで何を!?
須 里中先輩…ああ、お前らか。戻ってきてたんだな。てことは、俺のメガネは見つかったのか?
高 やっと正気に戻りましたか。
後 メガネって…須川先輩、今何時だかわかって言ってます?
須 ん? えっと(腕時計を見ながら)『公演時のリアルタイム』だろ?
後 見当違いにもほどがあります!? てゆーかあんた時計見えてないでしょ!?
高 もう夕方、六時過ぎですって!
須 六時!? もうそんな時間なのか!?
里 僕達が汗水流して必死でお前のメガネを探し、当のお前がのうのうと部室で居眠りしている間に、もうそんな時間になっていたんだ。
須 なんか嫌味ったらしくない!?
里 気のせいだろう。
須 釈然としないぞ……!?
高 まあ、そんなこんなでそろそろ下校時間になってしまいそうだったのでこうして戻ってきたというわけですね。
須 ああ、なるほどな。で、結局俺のメガネは見つからなかった、と。
後 そうなりますね。
須 てことは、俺は少なくとも今日中は裸眼のままだと。
高 そうなりますね。
須 この全っ然はっきりしない視界の中で家まで帰らなくちゃならないと。
里 そうなるな。
須 どんな罰ゲームだよ!?
里 だったら親でも呼べばいいじゃないか。
須 家遠いんだよ、メンドくさがりな親が果たして来てくれるのかどうか……。
里 いや、さすがにメガネを紛失したと聞いたら車トバして来てくれるんじゃないか?
須 その前に俺の首が飛ばされるわ。
里 すまん別の手段を考えよう。
高 んー、じゃあ里中先輩のスペアメガネ借りてけばいいんじゃないですか? ほら、どっちも視力の悪さは壊滅的なんですし、もしかしたら奇跡的に度が合う可能性だってあるじゃないですか。
須 あー、無理だと思うぞ?
高 なんでです?
里 前に試した事があるんだ。いや、あの時は大変だったな。
後 何が大変だったんですか?
須 訊くのか?
里 訊いてしまうのか?
後 え? ど、どうする高山…?
高 何があったんですか?
後 即答!?
里 あんまり面白くないと思うが。
高 別に面白さなんか求めてないから別に構いませんって。
須 今日だけで思ったけど高山ってさりげなく毒舌なのな。
里 なんだかもったいぶるような言い方をしてしまったが、なんの事はない、ただ単に二人共やばくなったというだけだよ。
後 …やばく?
須・里 やばく。
後 やばくって言われても…もっと具体的に言ってくださいよ。
須 具体的な…あ、そういや高山は裸眼なんだよな?
高 え? そうですけど?
須 友達からメガネ借りてかけてみた事ってある?
高 ありますあります。あー、でも度があわないとかなんとかでクラックラしましたけどね。
里 そう、まさしくそうなったんだよ。
高 へ?
里 お互いがお互いのメガネかけても度が合わないもんだから視界不良好だし、それに加えて頭もクラクラするもんだから、二人して二十分くらいぶっ倒れたんだよ。
後 そこまでなるもんなんですね……。
須 あれは思い出したくもないな……。
高 むう、じゃあスペアメガネの手は使えませんね。
後 …あの。
里 どうした後藤?
後 須川先輩って、確かに昇降口で里中先輩とぶつかった時にメガネを紛失したんですよね?
須 まあ、そのはずだけど。
後 だったら昇降口付近にメガネが落ちていなきゃ、おかしいって事になりませんか?
須 いや、そんな事はないだろ。俺達がメガネを探し始める前ここで駄弁ってる最中に、誰かが落ちているのを見つけて職員室とかに持っていってる可能性もあるからな。
里 ん、言い忘れていたな須川、それに関しては問題無い。
須 問題無い?
里 メガネ自体が見つかってないから問題無いって言うのもおかしな話だが、職員室の可能性だけは全く無いと言っていいかもしれないという事だよ。
須 そうなのか?
里 ああ。僕達がメガネを探している間に新谷先生に会ったっていうのはさっき話しただろう?
須 そうだな。
里 その時に職員室に落し物のメガネが届いてないか訊いてみたんだ。返答は無し。『職員室の主』と呼ばれるあの先生の言う事だから信憑性は高いと思うぞ。
後 なんなんですかその異名……!?
高 違いますよ里中先輩、『職員室の女帝』ですよ。
後 さらにえげつなくなった!?
須 いや、『来留方高校の楊貴妃』とか、そんなんじゃなかったか?
後 もはや規模と方向性を見失っていませんか!?
里 まあ、そこらへんは置いとくとして、だからお前のメガネは多分職員室には無い。
須 そうか……。
後 という事で、あの、話を戻させてもらいますけど、じゃあ残る可能性って一つしかないと思うんですよ。
須 …というと?
後 誰かが拾って、隠し持っている…とか。
静寂。
須 いやいやいや、まさかそんなわけないだろ? そんなヤツがいるってんならなんの為に俺のメガネなんか隠し持つんだって話だしよ。
後藤一瞬里中をチラ見。
高 そうよ後藤、いくらなんでもそんなわけないっつーの。先輩の言った通り隠し持つ事に意味なんか無いでしょ?
後藤再びチラ見。
里 確かに消去法でいったらそういう事になるけれどな後藤、僕が言うのもなんだがその考えは少々突飛すぎると思うぞ?
後藤またチラ見。
里 そしてなんでさっきから僕の方をチラチラ見てるんだ?
後 あ、いや…で、でも、じゃあ、何かの弾みで体のどこかに引っかかった…って事はないですかね?
高・須・里 体のどこかに引っかかった?
後 …例えば、頭に乗っかった、とか?
須 ははは、流石にそんな事はないだろ!
高 あんたやっぱり本当に馬鹿だったのね。
後 それは関係ないだろ!?
里 悪いが後藤、こればっかりは僕も高山に賛成せざるを得ないんだがね。
後 里中先輩にだけは言われたくないですけど!?
里 ん? それはどういう意味合いかな?
後 はあ…もうこの際だからはっきり言っちゃいますけど! 里中先輩の頭の上のそれ!
里 カチューシャか?
後 メガネでしょうがぁ!
静寂。
里 …いやいや後藤いきなり何を言い出すかと思えば突拍子もない事を。これはカチューシャだって言ったじゃないか。
後 髪掻き上げないでなにがカチューシャですか!?
里 そういうカチューシャをつける人だっているだろう。というかそもそも、僕はいつもそういうカチューシャをつけているのだが。
里中頭を触る。キレイにメガネに触れずに今までつけていた黒のカチューシャを取る。
里 ほら。
後 なんでですかっ!?
里 言っただろう、僕はいつもそういうカチューシャをつけているんだ。
後 だからなんでそういうカチューシャをつけてるんですか!?
里 言うなればただのオシャレなんだが。深い理由なんて特に無いぞ?
後 じゃ、じゃあ里中先輩、ちょっとそのカチューシャをどこかに置いてください。
里 なんでだ?
後 そうしないと面倒なんですよ。
里 そうか。…須川、持っててもらえるか?
須 あいよ。
須川、カチューシャを受けとる。
里 これでいいか?
後 はい。…じゃあ、そのまま頭の上を確認してもらっていいですか?
里中無言で探る。最中でメガネを落とす。
里 ……ん? なんだこれは?
後 (拾い上げて)須川先輩、ちょっとこれつけてもらえます?
須 あいよ。
須川メガネを掛ける。
須 お、これ…俺のメガネじゃないか!?
高 ええ!? なんでそんなところに!?
里 なんて事だ…この僕がこの事に今まで気が付かなかったなんて……
後 だから最初に言ったじゃないですか! なんで皆して気付かないんです!?
須 気付くも何も俺は見えてなかったんだけど。
後 そこ責任逃れしない!
須 あ、すいません。……え?
後 それと高山も高山だぞ! なんでメガネに気が付かないんだよお前だったら見えてるだろうが!
高 だって本当に気が付かなかったんだもん。
後 馬鹿じゃないのか!?
高 ここで馬鹿扱い!?
後 さっき散々俺に言ってくれやがっただろお前!
高 そりゃまあそうだけど……。
後 …馬鹿はどいつだ。
高 ……私ですか?
後 そうだよ!
高 ごめんて!
後 そして極めつけに里中先輩! なんで一番気づきそうなあなたが全然気が付かなかったんですか! おかしいでしょう!
里 とは言われても気が付かないモノは気が付かないモノなんだよ、頭の感触だってカチューシャしてるから曖昧になるし。
後 てゆーかそもそもなんで里中先輩の頭に丁度良く須川先輩のメガネが乗っかってるんですか!? それが一番問題でしょう!?
里 とは言われてもなあ……意図的にやったわけじゃないんだし、正直そこらへんを僕に当たっても仕方ないんじゃないのか?
後 それもそうですけど!
須 後藤後藤。
後 なんですか須川先輩!
須 …え?お前が追及したって、それこそ仕方ないだろ? なんだかんだでこうして俺のメガネも無事に返ってきたんだしさ。事の経緯はどうあれ、こうして紛失したメガネが全部無事に戻ってきた事を、素直に喜ぼうぜ。
後 ……須川先輩……。
チャイムが鳴る。続いてアナウンス。
ア まもなく、生徒下校完了の時間です。用事がある人も無い人も、後回しにしてとっとと帰りましょう。
須 …だってさ。ほら、もう帰ろうぜ。
後 なんか腑に落ちませんけど…須川先輩がそう言うなら、じゃあ、そうします。
高 最初からそうすればよかったのに。
後 なんだと!? 馬鹿の癖に何を!
高 馬鹿に言われたくないし! …ほらとっとと帰るぞ!
高山、後藤の鞄を持って出ていく。
後 あ! ちょっと待てよ勝手に鞄持ってくな!
後藤、高山に続いて出ていく。
里 …さて須川、俺達も帰るか。
須 …なあ里中。
里 どうした?
須 なんかその、今日は迷惑かけて悪かったな。結局部活もできなかったし。
里 何を今更そんな事を。…さっきのお前の言葉を借りるとすれば、それこそ気にしたって仕方ないだろう?
須 …そうか。
里 それに、なんだかんだでいろいろ見直したくなる事もあったしな。
須 見直したくなる事?
里 ああ。あって当たり前のモノの大切さは失くした時に初めて気が付くモノ、ってね。
須 メガネもだし、猫もだしってか?
里 そうだな。日頃何気なく世話になってるモノに、感謝していきたいと思ういいきっかけになったよ。
須 …あのなあ里中、たかだかこれだけの事でそこまで考え込むヤツなんて、多分お前くらいしかいないぞ?
里 お前らが馬鹿ばっかだからだよ。
須 な、なんだと!? なんでこの流れでそういう事になる!?
里 ふふ、冗談だよ冗談。
須 なんだよこいつ!
里 じゃあ、そろそろ僕達も帰ろう。
須 ん、そうだな。
里中出て行こうとして思い出したように須川を見る。
里 おっと、そういえばもう一つ思うところがあったんだよ。
須 思うところ?
里 お前はさ、どうして僕がお前のメガネを先に探そうだなんて言ったんだと思う?
須 あ、そういえばそうだったな…って、確かお前、自分で代えのメガネあるから俺の方が優先順位高いから、とか言ってなかったっけ?
里 それもあるけど、実は他にも理由があるんだなこれが。
須 ふーん…何なんだ?
里 …目に見えるモノだけが全てじゃないって事さ。
須 …ん、どういう事だ?
里 知りたいか?
須 そりゃ、そこまでもったいぶられたらなあ。
里 仕方ないな、じゃあ言おう。…たとえ視力が悪くて目の前が見えなくても、僕とお前には見えない友情がある…って、事さ。
里中、どことなく恥ずかしそうに部室から出ていく。
須 …そんなに上手い事言えてねえよ!?
暗転。
幕。




