23. 大会の準備
翌朝には市を経由して県にムーンガードの参加の意思が伝えられ、翌日の昼に県から熊田、犬塚、白鳥の3名がまたやってきた。
「ありがとうございます。輝夜さんが県代表として参加していただけると聞きました」
「熊田さん、誤解があるみたいなので取りあえず頭を上げてください。詳しくは応接室で」
事前に連絡を受けていたので、受付で政樹たちが待っていると、来て早々に熊田達が頭を下げてきた。
政樹は誤解をしているが分り慌てて熊田達の頭を上げさせて、応接室に案内した。
熊田達は市からムーンガードのSSランクが参加すると報告を受けていたので、誤解があるとの政樹の言葉に疑問に思ったが、取りあえず政樹に従い応接室に向かった。
熊田達が着座するのを確認して、政樹たちも席に座った。
「熊田さん、犬塚さん、白鳥さん、ご足労ありがとうございます。
こちらの2人は当ギルドのもので、九条崇一、瀬上泰介です。闘技大会に参加するので同席させて頂きます」
「え? では輝夜さんではなくこの2人が参加されるということでしょうか?」
政樹の紹介を聞いて熊田は慌てて確認してきた。
「はい、そうです」
政樹の返答を聞き、熊田達は顔を曇らせた。SSランクの輝夜が参加してくれると思って喜んでやってきたのだが輝夜が参加しないといわれたのだから当然である。
熊田達の表情が曇ったのを見て政樹は誤解を解くため崇一達を紹介することにした。
「熊田さん、そんな落ち込まないでください。確かに輝夜は参加しませんが、SSランクは参加します。こちらの2名とも輝夜と同じSSランクなんですよ」
「本当ですか?」
熊田は聞いたことが、聞き間違いかと思い慎重に確認をしてきた。
「はい、ご存じなかったでしょうが当ギルドには3名SSランクが所属しています。今回はこの2人がギルド代表として参加します。輝夜は2人のサポート要員として同行する予定です」
「失礼ですが、左腕を拝見させて頂いてもよろしいでしょうか?」
熊田はSSランクが3にもいることが信じられず、確認をしてきた。
「崇一君、泰介君、お願いします」
政樹に言われて、崇一と泰介は左腕を出して刺青を浮かび上がらせた。
熊田達は崇一達の腕を見てから、お互いの視線を交え頷いた。
「すごいですね。ここには3人もSSランクがいるんですか…」
「はい、今回の依頼としてはメインには崇一君を考えています。
ところで大会の概要の連絡はあったのですが、詳細は決まっているのですか?」
「残念ながらまだ決まっていません。方向性は決まっているのですがやはり参加するプレイヤーの保護体制や開催時の各地域での安全性などを考慮する必要があり、今各県の代表と国の方で詰めています。決まり次第こちらにも連絡させていただきます」
政樹の質問に熊田は頭を下げた。
何分、諸外国では既に実施されているが闇賭博に近いものでプレイヤーの保護、敵に対する防御などが考慮されていないものなので、同じ形を日本では開けないのである。
各県で開催されるサブリーグであればまだ大丈夫だが、メインリーグを一か所で開いてしまうと、有力プレイヤーが不在となり地方の安全が保てない可能性が出てしまうのでその調整や、貴重なプレイヤーをつぶさないためのルール作りが進められているのである。
そのあたりのことをあたりさわりなく熊田達が説明したのを聞いて、泰介は思わず「だったら実施しなければいいのに…」とつぶやいた。
聞こえないように泰介は言ったつもりだったが、運悪く会話の合間の無言の時言ってしまい、思った以上につぶやきがはっきり聞こえた。
「そうですね。確かにやる事による損害なども考慮し、否定派もそれなりにいました。
しかし、今の国の状況では以前のような有力企業によるバックアップなどによるパワーバランス、有力議員の派閥などもないに等しい状態となっており、各地方も自分たちのところを守るのに必死で、予算などの話し合いなどに決着が見えない状態になっており、一番原始的な方法に辿り着いてしまったのです」
泰介のつぶやきを聞き、熊田は中学生にまでそんなことを言われてしまう国の状況が情けなく、沈んだ声で状況を話した。
泰介はとっさに謝った。
「すいません…」
「いや、気にしないでください。正直私も最初大会のことを聞いたときは同じことを思いました。
ただ、既に日本を含め世界は以前とは違う状況に置かれていると再認識させられもしました。
………
たとえ状況がどのように変化しようとも、私たちは今を生きる以外にありません。そしてこれからを生き残る為にも如何に自分たちの環境をや状況を整えられるかにかかっていると思っています。そのためにこちらのギルドを含め、複数のところに埼玉の代表としての参加を依頼しているわけです。宜しくお願いします」
「そうですね。安心してください。
勝つために当ギルドとしても輝夜ではなく崇一君の方がよいと判断したんです。崇一君は輝夜とゲーム時代同じギルドにいて前衛としてそのギルドの先鋒を務めていたそうです。輝夜みたいに回復属性などはありませんが、その分攻撃に特化しているので輝夜より勝率も高いと判断しています」
重くなった雰囲気を変えるため政樹は輝夜の代わりに参加する崇一を出す理由を説明しだした。
「そうですか。それは頼もしいですね。
崇一さん。宜しくお願いします。
でもそうすると泰介さん何故参加を? 念のための要員としてですか?」
熊田は崇一に頭を下げたあと、泰介の参加理由を聞いてきた。
政樹はそれに苦笑いを浮かべながら答えた。
「後で分るとは思うので話してしまいますが、泰介君は戦闘ではなく生産に特化しているですよ。そのため戦闘には向いていないのですが、お恥ずかしながら当ギルドは輝夜以外は無名に等しいギルドです。なので今後のことも考えギルド自体のアピールもかねてSSランクが複数いることを示しておきたいんですよ」
「そんな事をしなくても大丈夫なのでは? 既に輝夜さんがいることは分っているのに…」
ギルドによってはSランクすらいないところも多い中でSSランクが一人いるだけでも十分なアピールになるのに何を気にしているか分らず熊田は疑問を投げかけてきた。
「輝夜一人だと、他のS、SSランクに狙われる可能性があるので、輝夜だけじゃないところを周知する必要がありまして…」
「何かあったんですか?」
熊田は歯切れの悪い政樹の回答から何かあったのだと察したが、今後埼玉の代表として参加してもらううえで不安材料になるのではと思い、何があったか質問してきた。
「先日、長野のSランクのプレイヤーが輝夜を誘拐しまして、幸い崇一君たちのお掛けで無事でしたが、どうやら輝夜一人を押さえればうちのギルドなら何とでもなると思っていたみたいで…。
そんな事もありまして自衛のためにもSSランクが複数いることを周知したいと考えたんです」
「そんな事が…
……
確かに周知できれば手を出す人は減るでしょう。それでしたらサブリーグでは基本的には所属などは気にしてなかったのですがアナウンスや掲示などの際ギルド名も紹介する形にしましょう。そうすればよりこのギルドだとわかりやすくなると思いますが、よろしいですか?」
「え? それはそのようにして頂けるならこちらも助かりますが、大丈夫ですか?」
「心配なさらないでください。県としても輝夜さんが誘拐される方が困るのでぜひ協力させてください。
もちろんサブリーグ開催時には不審人物等入り込まないように県としても警備員などを用意させていただきますし、複数SSランクが所属していることを噂として流させてもらいます」
「ありがとうございます」
その後は、簡単にどのような情報を流すかなどを話しあったあと、熊田達はかえっていった。
それから、1週間ほど特に問題もなく崇一達は討伐やパトロール、新しく確保した畑の手入れなどをしながら過ごしていたところに県から大会の情報が届いたとのことで政樹が県に指定された場所に確認しにいった。
ギルドに戻った政樹は、食堂にギルドの関係者を集め県から聞いてきたことを全員に話した。
まずサブリーグは1ヶ月後に埼玉の場合、スーパーアリーナで開かれ、その1ヶ月後からメインリーグが開催される。
サブリーグは各都道府県で用意した球場やスタジアムなどで実施されるが、メインリーグは後日発表されるトーナメントにより試合が行われる場所が変わる。
トーナメントの対戦の右側のプレイヤーが所属する地域で試合が行われる形式で、複数日に分かれて実施され形になっており、地方から有力選手が一斉にいなくなる状態の回避を図っている。
試合のルールは当初の連絡のとおり個人対個人の対戦となり、武器・魔法の使用に制限はないが、相手を死亡させてしまった場合は失格となる。試合における身体の部分欠損が発生した場合は、国が用意したSランクの生属性のプレイヤーにより治癒される。都道府県での実施の場合は、事前に国から一定数の部分欠損も治せる魔石が配布されるのでそれで対応する形となる。
一通りの説明が済むと啓太が政樹に質問をした。
「政樹さん、試合に武器等の制限がないってことですけど、大丈夫なんですか?」
「同じことが説明会でも質問されていたが、参加するプレイヤーは県の代表になるか、賞金が目当てのものになることが予想されるため、部分欠損は発生する可能性が高いが殺してしまっては失格となるので無いだろうとのことだ。で、説明した通り国から部分欠損を治すための魔石も準備されるから安心してほしいとのことだ」
「そうですか…。
でも参加するのってSSランクとかSランクがメインになるんですよね?」
「そうなるな」
「その場合、一つ加減を間違えたら大変では?」
「その辺は、サブリーグでは大事にはならないだろうと予想しているらしい、そもそも高ランクプレイヤーは少ないので、サブリーグでは当たることが少ないだろうとのことだ。だからサブリーグでは魔石の配布ですませているが、SSランクの対戦が主となるメインリーグでは回復要員のプレイヤーが常に会場に控えている形になるみたいだ。
そのおかけで、複数日にわたって会場が移動されていく形になるみたいだな…」
「大丈夫だって啓太さん。シュウと泰介君のサポートには私もつくから心配しないで」
崇一達の心配で色々疑問点などを挙げていた啓太に輝夜が声をかけた。
「そうだな。輝夜ちゃんがいるもんな…。
ただ、だからって崇一も泰介も変に気は抜くなよ」
少し安心したのか啓太の眉間のしわは無くなったが、真剣な目で崇一と泰介に声をかけてきた。
「ありがとう。啓太さん。分ってるよ俺たちも死にたいわけじゃないし十分気を付けるよ」
崇一が返答をした後で、政樹が手を叩いて全員の注意を集めた。
「さて、今の会話でもわかった者もいるだろうが、うちのギルドから崇一君と泰介君が参加する。応援してやってくれ。
また、輝夜も2人のサポートで抜けるので全員そのつもりでいてくれ。
一応今回の参加は、県からギルドへの依頼として受けたものなので3人は個人的な参加ではなく仕事としていくので、皆にもパトロール等3人が抜けた分を協力してもらう形になる。よろしく頼む。じゃぁ、話は以上だ、仕事に戻ってくれ」
政樹が解散を告げると各自仕事や討伐などに戻って行った。
その日から崇一達も大会に向けて準備を開始した。念のため強い回復魔法を込められるようにイグが出た付近で討伐を実施したり、武器、防具の手入れ・改善を泰介と実施したりして万全の準備を整えていった。




