21. 奪還
普通だったら4秒もかからず出口に行けるような距離でも毒に侵されている政樹には非常に遠い距離で20分程かかってしまった。扉までたどり着いたが、扉を開けるためにはノブを回す必要があり、立ち上がれない政樹には開ける事が出来なかった。何とかノブに手を伸ばそうと扉に寄りかかって体を起こそうと試行錯誤していると、扉がノックされた。
「どうかされましたか?」
扉の当たったりこすったりしていた音にお茶を入れ替えにやってきた加藤が気が付いたのである。
「かとう くんか。 たの むかぐ や を」
加藤の声と気付いた政樹は何とか輝夜の救助を頼もうと声を絞り出した。
「政樹さん! どうされたんですか? 大丈夫ですか?」
政樹の声がいつもの状態でない事に気が付いた加藤は慌てて扉を開けようとしたが、内側にいる政樹につっかえ開ける事が出来なかった。
「誰か来て、急いで!」
自分ひとりでは開けられないと判断した加藤は直ぐに受付に呼びかけた。
加藤の呼びかけに受付に居た崇一たち5名のプレイヤーが直ぐにやってきた。
「加藤さん、どうしたんですか?」
一番近くにいた啓次が真っ先に到着し加藤に質問した。
「政樹さんの様子がおかしいの。でも扉が開かなくて、どうも何か引っかかっているみたいで」
「えっと扉壊しても大丈夫?」
「ええ、お願い」
加藤の許可を得て、啓次は杖を構え風の魔法を扉に放った。
ガラガラとこぶし大ほどに切り裂かれて扉が落ちると、内側に倒れていた政樹が見えた。
「うわぁ、す、すいません政樹さん。大丈夫ですか」
啓次は落ちたドアの破片が政樹にあたっているのを見てあわてて破片をどかした。
「わた しのこと はいい。しゅうい ちくんと たいすけ くんを よんでくれ」
体を起こされた政樹は直ぐに崇一と泰介を呼ぶように啓次に言った。
「どうしたんですか? うまく話せないんですか?」
その様子を見た加藤が政樹に声をかけた。
「どく だ」
「毒! 解毒の魔石を持って来ます」
政樹の言葉を聞いて加藤は慌てて解毒用の魔石をとりに受付に向かった。
「それ より しゅういち くんとたい すけくんを」
「崇一と泰介ですか?」
啓次が政樹の言葉を繰り返すと政樹はゆっくり頷いた。
「崇一はここに居ますよ。泰介はまだ戻ってません。
おい、崇一、政樹さんが話があるみたいだ」
「はい」
「かぐ やが さらわれ た。た のむたすけ てくれ」
崇一が啓次に抱えられた政樹の前にところにやってくると、政樹は手を伸ばし弱い力で崇一の腕を掴んだ。
「輝夜が攫われたんですか? 誰に?」
崇一が政樹の肩を持って詰め寄ったので、啓次が慌てて止めた。
「おい、崇一落ち着け、今の政樹さんの状態じゃ無理だ。
今加藤さんが解毒用の魔石を持ってくる。それを使えば少しはしゃべるのが楽になるだろうから少し待て」
「…はい」
崇一以外の周囲のプレイヤー達も騒ぎ出していた。
「おい、輝夜ちゃんがさらわれたらしいぞ」
「ふざけたことしやがって」
「直ぐ準備しろ! とっ捕まえて思い知らせてやる!」
「ぶっ殺してやる!」
「おい、お前たちも静かにしろ政樹さんが話せないだろ!」
啓次が周囲に声をかけると、全員話すをの止め政樹からの情報を待った。
周りも落ち着き崇一が政樹の肩から手を離すと、逆に崇一の腕を持っていた手に力を入れて政樹が話し出した。
「なが ののぎるどから きためん かいにん。ちょうしんのやせ えす どくと ちゅうぜいの ふたり ぐみ」
「政樹さん。無理しないで、直ぐ魔石が来ますから」
政樹が顔を真っ赤にし、脂汗を流しながら話すのをみて啓次が慌てて止めようとしたが、政樹はそのまま続けた。
「うらのまど から でてくるま でにげた かぐやは とらん くけーすに」
「長野のギルドから来た2人組で、長身のやせ形、えすどく?」
「Sランクの毒属性もちってことじゃないか?」
崇一がつぶやきながら確認をしていると、ほかのプレイヤーが補足してきた。
「政樹さん、長野のギルドから来た2人組で長身のやせ形でSランクの毒属性持ちと中背のやつらですね」
政樹が頷くのをみて崇一は続けた。
「で、裏の窓から出て、輝夜をトランクケースにいれて車で逃げているで間違いないですか?」
政樹が再度頷いたのを確認すると、崇一は直ぐに立ち上がった。
「啓次さん、政樹さんをお願いします。俺は輝夜を追います」
「待て、今の情報でどうやって見つける?」
啓次は直ぐにでも走り出そうな崇一を止めた。
「今は車が少ないですから、長野に向かう方面の車を見つけます。細かくは調べられないですけど風を操って大体の位置が掴めれば」
「確か、遠くの音を拾えたよな」
「はい、音だけですが…」
「じゃぁ、ここから移動している車を見つけて、その中の会話とか聞けるか?」
「分からないですけど、やってみます」
崇一が目を閉じて集中を始めると、加藤が箱を持って戻ってきた。
「すいません。普段使ってなかったので解毒用がすぐ見つからなくて…」
加藤から解毒用の魔石を受け取ると、啓次は直ぐに政樹に使った。
「どうですか?」
「まだ 体は動かせないが 話は 何とかなる。で輝夜の 行方は分かりそうか?」
「良かった。徐々に毒が抜けるのでもう少し待ってください。
輝夜ちゃんの方は今崇一が調べているのでなんとも」
崇一は今まで見える位置にある遠方の音を拾った事はあったが、見えない場所を移動している物体をみつけその中の音を拾うというはじめての操作に苦戦していた。
眉を寄せて汗を流し始めた崇一を見て啓次も出来なかったかと心配になった。
しばらくすると、急にこの場にいない人物の声が聞こえてきた。
しかし見えないところの音を拾うためうまく拾えないのかとぎれとぎれの音となってしまっていた。
「今 どこに 伐に行こ か」
「山の方 向かっ だめでしょ。海 に行か と」
「そう な香織、 険な方 無理に くても」
「こいつらじゃない。女じゃなくて男2人組だから」
聞こえてきた女子の会話に政樹が首を振った。
政樹以外も何かヒントになる言葉が拾えないかと集中して聞こえてくる音に耳を澄ませた。
そんな感じで6度ほど違う車の音を拾ったころで芦屋達を見つけた。
「で、このまま 訪に戻りま か?」
「いや、適 ところで廃屋かな 見つ う。念太、お ってたのし でしょう」
「 志郎さんの方 のしみた せに」
「こいつらだ。芦屋統志郎と楠稔太!」
一部聞こえた名前から、芦屋と楠と判断した政樹が大声を上げた。
対象が見つかったため崇一は直ぐに音を切り、深呼吸をして息を整え始めた。
「よし、輝夜ちゃんを救出にいくぞ!」
啓次の声で他のプレイヤー達も立ち上がり準備を始めた。
「待ってくれ、相手は2人ともSランクなんだ。下手に大勢でいっても逆に危険だ」
「1人だけじゃなくて2人ともですか?」
「そうだ」
プレイヤー全員が飛び出そうとしたのをみて政樹が慌てて止めた。
プレイヤー達が行く気になっていたところに出鼻をくじかれた形で戸惑っていると、崇一が出口に向かった。
「俺一人で行きます。今一緒に行くと巻き込みそうなんで付いて来ないでください。
後で位置を知らせるので車の準備だけお願いします」
「分かった。輝夜を頼む」
「これを持って行ってください」
ここに居る全員が輝夜をさらわれ怒っていたが、無表情に言い切る崇一に飲み込まれ、背筋が冷たくなった。
何も言えなくなった他のプレイヤーに代わり、同じく怒り心頭の政樹が返した。
加藤が投げてきた解毒用の魔石を受け取ると崇一は軽く頷いたあと外に駆け出して行った。
芦屋達は30分程車を走らせて、既に埼玉と長野の県境付近に来ていた。
60~70km 程あるので大崩壊前であれば、30分程では来ることは出来ないのだが、現在は車が殆ど走っておらずまた電気が届いていないため信号もないので、主要道路ではノンストップで飛ばす事が出来るのでので来ることが出来たのである。
また、途中からは、追われる事を想定し念のため主要道路をはずれ、裏道を通って来ていた。
「さてこの辺までくれば大丈夫でしょう。念太、この辺に使えそうな家とかないですか、どうせ市街の方に避難していて空き家があるでしょう」
「このあたりなら、もう少し行くと別荘地帯があったと思いますけど」
「別荘か、ちょうどいいですね。じゃぁそこに行きましょう」
輝夜はスーツケースに入れられたままだったが、殺す気がないのだろう一部メッシュになっている部分があり苦しくなることは無かった。外の音は聞こえていたので芦屋達が何をしようとしているかが分かり、何度目かになるが脱出出来ないか試そうとしたが体も口も動かず魔法も使えないため何も出来なかった。
しばらくすると砂利の脇道にでも入ったのか急にガタガタと小刻みに揺れたが、直ぐに車が止まった。
芦屋達が車から降りて、車の外なので上手く聞こえなかったが何か話した後、スーツケースが持ち上げられた。
運ばれている振動や足音などから建物の中に入り、2階に上がっている事が分かった。
直ぐにスーツケースが開けられ、ベランダと思われる側にある大きな窓から入る日差しのため急に明るくなったので輝夜は目を細めた。
「さて、輝夜ちゃんお楽しみの時間ですよ」
芦屋はそういうと、輝夜を抱えベッドの上に運んだ。
輝夜は何とか抵抗できないかと芦屋達を睨んだが、芦屋達は怖い怖いというだけで笑っていた。
「さ、念太、お前も笑ってないで準備しなさい。
せっかく人気アイドルが抵抗できずにベッドで寝てるんですよ」
芦屋はそう言いながら輝夜の服に手をかて服を破っていった。
輝夜は抵抗もわめく事も出来ずに服が脱がされていく悔しさで涙を浮かべた。
「お、美少女は涙もそそりますねぇ。ちょっと前ならカメラや携帯で保存しておいたんですけど残念ですね」
下着姿にした輝夜が泣いているのをみて芦屋は嬉しそうに笑うと、下着の上から胸を触り、そのまま撫でながら腰から足と手を下ろしていった。
「ホントにスタイルがいいですねぇ。念太お前も触ってみなさい。すべすべですよ」
「統志郎さん、俺は下着姿もいいけど、やっぱり裸の方がいいなぁ」
「それもそうですね。下着も外しますか。
じゃぁ御開帳と…」
輝夜は悔しさで芦屋達から窓に視線をそらし、ちょうどベランダに降り立った崇一に気が付いた。
それまで睨むか悔しそうな表情だった輝夜が急に嬉しそうに笑ったのをみて念太は不審に思い輝夜の視線の先を追った。
芦屋は2人の挙動に気付かないまま輝夜の下着を取ろうとしたときと、念太が外に人が居ることを告げようとした。
しかし、ほぼ同時に部屋の中の様子に気づき、崇一が怒りで窓を破壊して部屋に突っ込んでくるのが同時だった。
「統志郎さん、そ…」
「輝夜から離れろ!!」
「ぐっ」
「うお、なんだ?」
部屋に突入するなり崇一は風を操り、芦屋と楠を吹き飛ばすと同時に直ぐに行動出来ないように手足に氷をまとわりつかせた。
「輝夜、大丈夫か?」
崇一は輝夜に駆け寄り声をかけたが、輝夜は返事が出来なかったので視線だけ崇一に合わせた。
輝夜が無言のままなので崇一も直ぐ毒の所為だと分かり、まずは輝夜の体を覆うものが無いか周囲を見渡したが輝夜の服は破かれており、寝ているベッドはマットレスと敷布団はあるがシーツ、タオルケットなどは無かった。
「いきなりですか、あなたルナガードの人ですか? こんなに早くここまで追ってくるよは予想外ですよ」
部屋の反対側にまで吹き飛び壁に当たって止まった芦屋は直ぐに自分の持っている水属性で手足にくっついている氷に干渉して破壊し起き上がった。楠も同時に火を操り氷を溶かし起き上がった。
崇一は芦屋を無視して直ぐ自分の着ていた上着を脱ぐと輝夜に服をかけた。
「無視するとはいい度胸ですねぇ。せっかくいいところだったのに邪魔されてこっちも怒ってるんですよ!
念太、手加減の必要はありません。殺りますよ」
「分かってますよ」
芦屋はストレージからレイピアを出して構えると、毒の魔法を発動し散布を始め、3つ目の属性である風で、風がふいていると分からない程度の速度で崇一に向かって送り出した。
楠は取り出した槍に火を纏わせつつ、自分の手足の要所に土の魔法で岩の防具を着けて崇一に向かって駆け出した。
崇一は一瞬だけ2人に視線を向けると、風と雷で2人と自分の間に壁をつくると輝夜に持って来た解毒の魔石を使いながら声をかけた。
「輝夜もう少しだけ待ってて、直ぐ終わらせる」
崇一は解毒の魔法がかけ終わると、芦屋達の方に向き直った。
楠がちょうど崇一が作った壁に向かって炎を纏わせた槍を突いてくるところだった。
2人を自分の手で片づけると決めていた崇一は風と雷の壁をタイミングを見て取り除き、たたらを踏んだ楠に向かって双剣をとりだしつつ斬りつけた。
とっさに槍を傾むけて防御の姿勢を取ろうとした楠の左腕を腕を覆う石ごと切り裂き、その勢いで体を回転させ左腕が無くなりがら空きなった腹に回し蹴りを叩きこんだ。
楠が壁を破って隣の部屋に吹き飛んだのをみて、芦屋は一歩後ずさった。
「気付いているだろうが俺もお前と同じく風属性を持っているからな。毒は届かないぞ」
崇一は距離を開けつつ毒を届かせようと操作している芦屋の方に向き直りながら告げた。
「くそっ。何でルナガードには輝夜以外はAランク以下しかいないと聞いてたのに」
芦屋も直ぐに風を属性操作していることがわかり、崇一がSランク以上であることが分かった。
そのため散布ではなくレイピアに毒を纏わせた。素早く突くことに特化したレイピアで体のどこでもいいので傷をつけられれば勝てると芦屋は思っていた。
実際に大崩壊後に戦ったうちSSランクすら2名倒した事があり、ゲームと違い現実世界での毒の有用性を実感していたのである。
「そんなの知るか。こっちは早く輝夜を連れて帰りたいんだ。さっさと死んでくれ」
崇一はしっかりとした調査もせず輝夜を襲った芦屋達に余計にいらだちが増し、芦屋を睨みつけた。
崇一が双剣を構えると、芦屋から突っ込んできた。
連続して突かれるレイピアを双剣を使って弾いていると、先ほど吹き飛ばした楠が壁の向こうから槍を投擲してきた。
崇一が槍を捌く一瞬の隙をついて芦屋は崇一の左前腕にレイピアを突いた。
「くっ」
顔をしかめ崇一が飛び退くと芦屋が笑い出した。
「ははは。私の勝ちですよ。散布とは違い直接だから早く…」
崇一は飛び退いた後、ちらっと左腕に急速に広がる紫の変色を見ると、直ぐに左腕を上腕から切り落とした。
「ぐっぅぅっ」
「な」
崇一があっさりと自分の左腕を切るのをみて芦屋は戸惑った。確かにゲーム中に毒が侵食した部位を切り落とすとの方法で対処するプレイヤーは多かったが、現実の世界で躊躇なくそれを実施する奴にはであったことが無かったのである。別のSSランクと戦った際も、現実ではゲーム中のような痛みの抑制機能もなく、高位の生属性持ちも少ないので躊躇している間に毒が体に回り勝つことが出来ていたのだ。
「何でそんなことが出来る?」
「きついに決まってるだろ。ただ優先順位の差だ。何が何でもてめぇらは殺すと決めてるからな、この程度の毒でやられてたまるか」
崇一は無属性の回復魔法で出血だけとめて、右腕で剣を芦屋に向けた。
頭の隅に輝夜の存在があったので、痛みだけ耐えれば何とでもなると一瞬思ったが、それ以前に芦屋達に対する怒りで躊躇なんて出てこなかった。
芦屋に向けた剣に雷を纏わせつつ、体を前に倒しつつ足に風を集めて一気に芦屋に接近し左足を切り落とし転倒したところに剣を振りおろし首を落とした。
「さて、後はてめぇだけだ」
壁の穴の向こうで槍を投擲してたため土属性を操り岩の槍を構えていた楠に崇一は剣を向けた。
「イカレてやがる…」
崇一が自分の腕を切り落とすのを見ていた楠は、構えながらも後ずさり隣の部屋の出口に向かっていた。
「逃がすと思うのか? 自分たちからSSランクが3名いるギルドに喧嘩を売ったんだ諦めろ」
崇一は楠の周りに氷の粒を混ぜた竜巻を4本発生させ退路を塞いだ。
退路を塞がれた楠は怯えた顔で突っ込んできた。
「うわぁあぁああぁぁぁぁ」
崇一は無言で突っ込んできた槍の穂先を左下に打ち払い、楠が右腕を開くのに合わせ腹から胸を切り上げながら勢いのまま突っ込んでくる楠の脇に抜けた。
楠が数歩進んで倒れたあと、まだ生きていて起き上がろうともがく背中に、逆手に持ち替えた剣を突き刺して止めをさした。
崇一は楠が動かなくなったのを確認すると、大きく深呼吸したあと持っていた剣と、左腕と一緒に落ちていた剣をストレージにしまった。
念のため2人の死体を確認して死んでいることを再確認すると、崇一は輝夜のところに向かった。
輝夜はやっと何とか動けるようになったのか、ゆっくりと体を起こしているところだった。
崇一は体を起こした輝夜のとこに行くと、片腕で輝夜を抱き寄せた。
「ごめん。…遅くなった…」
「大丈夫、最悪なことになる前にシュウが来てくれたから」
輝夜は驚いて目を丸くしていたが、直ぐに嬉しそうに崇一の体に頭を預けた。
しばらくそのままでいたが、崇一はふと抱いている輝夜がまだ下着姿のままだった事を認識すると真っ赤になって輝夜を離した。少し距離を開けて輝夜が視界に入らないように外を向いて座りなおした。
「ごめん。他意はないんだ。輝夜が無事でほっとしたというか…」
「大丈夫。分かってるから。逆にもうしばらくああしてても良かったんだけど?」
輝夜は慌てている崇一に怒ってない事を伝えつつ、急に離されたことを不満に思い少しだけからかってみた。
「いや、むり。無理だから。それよりその上着でいいから着ていてくれ」
「ごめん。腕がまだぎこちないからちょっと待ってて」
「分かった。……うっ…」
崇一はそっぽを向いたまま部屋の状況をみていて、それまで興奮状態で気になっていなかったが、やっと血の匂いが酷く充満していることに気付き、崇一は風を操り匂いを窓の外に送り、部屋の空気を入れ替え始めた。
無言のまま色々考えている時間が出来ると、今まで輝夜を救う事しか考えていなかったので何を目的に芦屋達が来たのか知らない事に気付いた。
「そういえば、こいつら輝夜を襲うことだけを目的にギルドに来たのか?」
「えっと、長野側の選手として参加するので強い選手か、高ランクの生属性持ちが欲しかったらしいよ。
まぁついでに私に手を出すことも考えていたみたいだけど…」
「そうか…。闘技大会が決まってから県にしろこいつらにしろ色々動き出した奴が出てきたな…」
「そうだね。今回うちのギルドに来たのはSSが私1人だから私だけ抑えれば何とかなると思ったかららしいんだ」
「輝夜はテレビ等でSSってばれてるからな。情報は得やすいんだろうな………特にテレビ等に出てない俺や泰介の事は知らなかったしな」
しばらく会話をしているとやっと動けるようになったのか、輝夜が立ち上がり上着を羽織った気配がした。
「もういいよ。服ありがとね」
上着を羽織ったあと、輝夜は手をグーパーと動かしたり、足をぶらぶらと動かしてみた。
輝夜の許可が出たので崇一は輝夜の方に向き直ったが、下着姿の上に崇一の上着だけ来ている状態だったので直ぐに視線を逸らした。
「ちょっと待ってて、何か無いか探す」
崇一は直ぐにストレージを開き、何か他に着れる者とか無いか探したが普通の服がなく見つかったコートは防具としてのコートで鉄板などがあっちこっちについているタイプだった。
それでもこのコートなら輝夜の体を殆ど隠せると思い、輝夜の方に差し出した。
「こんなものしかないけど、羽織っててくれ」
「うん。ありがと。でもそれよりもまずシュウの腕を治さないと。
ちょっとそのままでいいから動かないで」
毒が抜けて動くようになり魔法も使えるようになったので輝夜は横を向いたままの崇一に近づくと、切り落とされた左腕のところに触れさせて回復魔法をかけた。
「ありがと」
「助けてもらったのはこっちなんだから、気にしないで」
しばらくして崇一の腕が完全に復元したのを確認して、崇一が持ったままだったコートを取って体を離した。
「これでいいでしょ。ちょっとサイズが大きいけど」
輝夜自身は崇一相手なら気にしないのだが、崇一が一向に輝夜の方を向かないのでコートを着ると崇一に声をかけた。
崇一は輝夜の体が隠されたのを確認して、さっきの姿では落ち着いて話も出来なかったのでほっとしたが、心の隅で残念な気もした。
「ここに来る直前に風でこの場所はギルドに連絡してある。しばらくすれば迎えが来るはずだから、体が大丈夫ならこの部屋じゃなく下の階で待とう」
「うん、大丈夫」
輝夜が歩き出したのをみて、崇一も大丈夫そうだと判断して動き出そうとしたら、輝夜が崇一の前で立ち止まっていた。
「なんだ?」
「うん。ちゃんとお礼を言ってなかったなって。ありがとう、シュウ」
「気にする…」
崇一はお礼を言った輝夜に気にするなと言おうとしたが、 急に輝夜がキスをしてきたため言えなかった。
「なっ」
崇一は真っ赤になって後ずさろうとして、ベッドに引っ掛かって座り込む事になった。
「い、いきなり何するんだ」
「だからお礼」
崇一がどもりながら文句を言うと輝夜は顔を赤らめながら微笑んだ。
その後、輝夜は急にニッと笑うと再び顔を崇一に近づけてきた。
「あ、それとさっきのは私のファーストキスだから、逆に感謝してもらってもいいよ」
「何でお前からしてきたのに俺が感謝しなくちゃいけないんだ」
「これでも人気はあるんだけど? まぁシュウからの感謝は冗談として、私からの感謝だと思って素直に受け取っておいて。
シュウが助けてくれなかったらあいつらにキス以外にも奪われてたかもしれないしね、本当にありがとう」
「ああ」
再度お礼を言った輝夜は崇一の手を引っ張って立たせると、1階に移動を始めた。
一階に下りて2人で家探しをしたが特に服など着られそうなものは無かった。輝夜も崇一と同じで日常着る服は部屋に置いていたが、念のためストレージをみたが、武器や防具、魔石やキャンプで使う道具などばかりだった。
「今後は念のため服一式は入れておいた方がいいかもね。こんな事が無くても戦闘で服がダメになる可能性もあるし…」
「そうだな…。今まであまり強い敵が出てきてなかったからそこまで考えてなかったな」
「うん。
そうだ、シュウ。どのぐらいで迎えくる?」
「ちょっと待って」
崇一は風で周囲を調べ、ギルドの車と思われるものがこちらに向かっているのを見つけた。ついでに道路などの位置関係で飛んできた崇一からは見えてなかった建物の裏の芦屋達の車を見つけた。
「この距離ならもう少しかかるかもしれない。あいつらの車があるからあれで帰るか? 少し進めばギルドからの迎えとも早く合流出来るだろうし」
「分かった。でも運転は…、そっかシュウ免許持ってたっけ」
輝夜は以前ゲームの中で崇一が免許を取ったことを自慢していたことを思い出した。
「ああ、18になって直ぐ取ったからな」
「じゃぁ行こうか」
幸い車のカギは付いたままだったので、崇一達は別荘を後にした。




