10. 女子会
その日の夜、女子フロアの広間に美香がやってくると、すでに8人ほど集まっていた。
自己紹介から始まり、お互いの仕事や討伐状況の話を軽くしたあとは、数人のグループに分かれてこういう場合の類にもれず誰がかっこいいなどの話になっていった。美香は真理たちのグループに参加していた。
「やっぱり、うちのギルドだと赤染くん、工藤くん、園田くんがトップ3だよね。
美香さんはどう思います?」
真理がギルドに所属している芸能人の名前を挙げた。
「確かにかっこいいよね。でもここって何でこんなに芸能人がいるの?」
「あれ? 知らないんですか? このユニオンは芸能プロダクションが連携して作ったんですよ。
大崩壊直後、一部のプレイヤーに襲われた芸能人がいまして、プロダクションがあつまって守ろうってことになってユニオンが作られたんです。なので、そのプロダクション所属の芸能人プレイヤーはほぼここに居ますよ」
「そうなんだ。それでここにもいるんだ」
美香はそういって、広間を見渡した。二つに分かれた一方のグループには歌手と女優の2名が参加していた。
「そういうことです。
で、美香さんはトップ3以外だれがかっこいいと思います?」
「え、そうだね啓太さんも人気あるんじゃない? 頼りになるし。でも芸能人ではないんだよね?」
「ですね。一般人ですよ。でも今日もびしっと場を仕切ってくれてましたしいいですよね。芳樹は騒ぐだけでダメだったし」
「まぁまぁ。啓太さんはずっと年上だしね」
クラスメートのグチを言い出した真理を綾子がなだめた。
そんな2人を美香が見ていると、桃花が耳打ちしてきた。
「真理は芳樹の事が好きなんですよ」
「へぇ」
美香がにこにこと真理を見ていると、気付いた真理が問いかけてきた。
「何ですかいきなりにこにこして」
「え、かわいいなって」
「何がですか?」
「芳樹君のこ」
「言わなくていいです。桃花余計な事は言わない!」
真理は慌てて美香の言葉をさえぎって、横でニタニタしていた桃花に怒鳴った。
「はいはい」
「なんで私だけ…
そうだ、美香さんはどうなんですか。好きな人とかいないですか?」
真理が返してきた質問に桃花が乗っかってきた。
「そうですよ。今日一緒に来た吉岡さんなんてかっこいいじゃないですか。赤染くんたちには劣るけど」
「う~ん。吉岡くんをそんな目で見たことはないなぁ。そもそも大崩壊前には私を含めクラスメートの女子も最低限の会話しかしてなかったし」
「ええ? じゃあ九条さんですか?」
「うんその2人でといえばそうかな」
「なんで? どこがいいんですか? 失礼ですけどそんなかっこいいとは言えないですけど」
「そうだね。顔はまぁ普通だね。でも前に助けてくれたんだ…」
「へぇ」
美香と桃花が話していると綾子が参加してきた。
「私はかっこいいと思うよ。今日もいきなり来て私たちを助けてくれたし」
「え、綾子? まぁ強いとは思うけどかっこいいかなぁ?」
「顔じゃなくて行動だから…」
「ふーん。まぁ私は工藤さん一筋だから、関係ないけどね」
「自分で話を振っておいて…」
綾子が桃花をジトッとした目でにらんだが、桃花は無視して話を続けた。
「でも、九条さんはともかく吉岡さんならそれなりにモテたんじゃないんですか?」
「まぁ確かに黙ってればそうだったかもしれないけど…」
「けど?」
「口を開くと美少女アニメの話ばっかりで、女子からは距離をとられてたんだ。
今はアニメが放送されなくなったし、そんな状況でもないから落ち着いているみたいだけど」
「そっち系の人だッたんですね…」
美香たちが話を続けていると急に勢いよく扉があいた。
「ごめん。遅くなった」
「ごめんね~」
輝夜と詩織が仕事が終わり到着した。
詩織は美香たちに軽く挨拶するともう一つのグループに参加していった。
輝夜は美香たちのグループに来ると、真理に声をかけた。
「真理ちゃん、さっき聞いたんだけどイグに襲われたって。大丈夫だった?」
「はい、美香さんたちに助けてもらいましたし、怪我ももう治りましたから」
「そっか。綾子ちゃんも桃花ちゃんも大丈夫?」
「「はい」」
「ただ正が…」
「うん。仲野君のことも聞いた。残念だけどでも7人も無事だったんだから良かったよ。Aランクもいないのに奇跡だよ」
「はい。だめかもって思ってたところに美香さんたちが救援にきてくれて」
「そうだったんだ。佐伯さん、ありがとう」
「いえ、私は離れたところで見てただけです。九条君が助けたんです」
「そっか。確か啓太さんも一緒にいたんだよね。イグ相手にAランク2人だけで…ほんと運がよかったと思うよ」
輝夜はイグと直接対決していただけに強さがわかるので、改めて話を聞いてAランクだけでなんとかなったことに驚いていると綾子が声をかけてきた。
「はい。特に九条さんがかっこよかったですよ」
「へぇ九条君がどうだったの?」
「黒い双剣をもってすごいスピードであっという間に渡辺君を助けてくれたんです!」
「ふ~ん。スピードが速いって事はライトファイター系なんだ。…あれ、ちょっとまって今黒い双剣っていった?」
輝夜は綾子から情報を聞いていると、ふと気になった単語があり思わず聞き返した。
「はい、双龍って剣で黒い青竜刀に金と銀の龍が彫られていてカッコいいんですよ」
「…双龍…黒い刀身に金と銀の龍… シュウだ」
いきなり立ち上がった輝夜を見て、美香たちも詩織たち別のグループもあっけにとられた。
そんな周りを気にせずに輝夜は綾子に迫っていた。
「ねぇ、綾子ちゃん今の情報は嘘じゃないよね。ね!」
「…はい。お知り合いでした?」
輝夜に肩をゆさぶられながらも綾子は答えた。
「知り合いも何も、ギルドの仲間だからっ。
よかった。やっぱり無事だったんだ」
今度は急にしゃがみこんで両手で顔を覆った。
うれしさで泣き出した輝夜を見てどうしようか戸惑ったが、とりあえず輝夜を椅子に座らせた。
「…やっと見つけられた…」
泣いている輝夜を見て詩織がやってきた。
「ねぇ、どうしたの?
なんで泣いてるの?」
「えっと、どうやら探していた人を見つけたみたいで…」
詩織の質問に真理が答えた。
「え、探してた人ってシュウ君?」
「詩織さん知ってるんですか?」
「まぁ、前から輝夜が探してた人で良く話を聞かされたからね。で、どこで見つかったの?」
「えっと美香さんのパーティに居たんですけど?」
真理はちらっと美香の方を見た。
「佐伯さんのパーティって九条君と吉岡君よね?」
「はい」
「で、どっち?」
「九条君らしいです」
「え、たしか最初に合ったとき気になったけどランクが違ったって輝夜が言ってたけど?」
「え~と、あのあまりみんなに言わないでくださいね。
九条君、本当のランクを隠してて登録時とかにはAランクで通してたので…」
詩織の問いに美香は小声で答えた。
「はぁ、そう。で、それが分かってこうなってると」
「いや、どうやら使っていた武器がオリジナルの武器で九条君しかもっていないらしくて」
「ああ、それでばれたと?」
「みたいです」
しばらくして輝夜も泣き止んだが、今度はぶつぶつグチを言い出した。
「それにしても雰囲気が似てるとは感じたけど、ランクを偽ってるとは…。
シュウらいしいといえばシュウらしいけど…やられた…。
……
最初に名前聞いた時点でもっと問い詰めておけばよかった…」
輝夜は見つけた安堵から、今度は情報を隠していた崇一を責めていた。
隣に座って様子を見ていた詩織はもう大丈夫だろうと思い、輝夜に声をかけた。
「えっと輝夜? 大丈夫?」
声をかけられ、今どこにいるかを思い出した輝夜は顔を上げた。
「ああ、ごめん。大丈夫。
ちょっとびっくりしただけだから」
「でも…なんかぶつぶつ言ってなかった?」
「そっちは大丈夫。明日シュウをとっちめて憂さ晴らしするから」
「憂さ晴らしって、見つかってよかったんじゃないの?」
「それは良かったんだけど、私までだましてたんだから当然」
「でも、九条君は輝夜がギルドの仲間ってしらないんだから…」
「大丈夫、ちょっとからかうだけだから」
笑顔で言い切る輝夜に詩織は何も言えなかった。
詩織をそのままに、輝夜は美香の方に向き直った。
「えっと佐伯さん。明日の予定聞いてもいい?」
「明日の予定?」
「そう。仕事とかない?」
「はい、明日は仕事がないので、魔石集めになると思うけど」
「じゃぁ、最悪討伐に行けなくても大丈夫だよね?」
「私は問題ないけど…。どうするの?」
「シュウに改めて挨拶をしようと思って」
「そう。ってことは九条君には言わない方がいい?」
「そうしてくれるとうれしいかな」
「分かった」
それから輝夜は、明日崇一にどのように挨拶をしようか考え出した。
妙ににこにこしている輝夜に周囲は声をかけにくかったが、綾子が意を決して声をかけた。
「輝夜さん。ちょっといいですか?」
「うん? 何?」
「ギルドの仲間って事は、輝夜さんも臥龍鳳雛のメンバーなんですよね?」
「そうだよ」
「臥龍鳳雛って5人だけで、女性プレイヤーってことはミオさんなんですか? ミオさんて術系の人でしたけど輝夜さんって本当は術系だったんですか?」
「ちがうよ。知っての通り偃月刀で戦う前衛だったよ。シュウと2人で前衛をやってたよ」
「たしか臥龍鳳雛の前衛って男2人だったと記憶してるんですけど?」
「うん。だから私、ネナベだったから」
「ネナベですか?」
「そう。MWOって性別も声も変えられたでしょ。違和感だらけだからやっている人は少なかったと思うけど。まぁ私はその少数派だったから」
「するとヤーグさんですか?」
「そう。良く知ってるね?」
「はぁ、一度私たちのパーティがシュウさんに助けられた事があって、そのあとちょっとだけ調べたんで」
「そっか、まぁそういう事でもないと知らないよね。うち古参プレイヤーには知られてたけど大手みたいに有名じゃなかったから」
「あ! そうだった」
「どうしたの?」
何かに気付いたように大きな声を出した綾子に輝夜が声をかけた。
すると綾子は輝夜に近づき小声で話しだした。
「あの輝夜さん、九条さんからお願いされていることがありまして」
「シュウが?」
「はい。輝夜さんも九条さんのランクはご存知ですよね?」
「そりゃ当然。私と同じSSだよ」
「はい。そのことでSSってのを公表してほしくないって」
「ふーん。この状況じゃ戦いは避けられないからどうせばれるとは思うけど…まぁ、いいや分かったよ。
シュウがSSって広めなければいいんだよね」
「はい」
輝夜と綾子がこそこそと話していると、美香が詰め寄ってきた。
「輝夜ちゃん。こそこそしてないでちょっと聞きたい事がある」
「何?」
「前言ってた探してる人ってのが九条君なんだよね」
「うん。そうだけど、それってさっきから言ってるけど」
「うん。確認しただけ。で、ギルドの友達だって聞いたけど、いつからの知り合い?」
「小学校からかな。MWOを兄が初めたから自分も初めて見たんだけど、兄が面白い奴がいたって紹介してきてのが最初かな」
「へぇ、じゃぁお兄さんと九条君と輝夜ちゃんの3人でプレイしてたんだ」
「うん。殆ど一緒だった。でそのうち共通の知り合いと一緒に立ち上げたのが臥龍鳳雛だったんだ」
美香の質問に輝夜が懐かしそうに話すのをみて、真理が疑問に思っていたことを聞いてきた。
「でも、なんで男としてプレイしてたんですか?」
「うん。ほら私って母親がハーフだから隔世遺伝で目が緑でしょ。で小さいころは芸能人の子ってのもあって浮いてたと
いうか孤立していた事があってね。ゲームの中だけでも自分じゃない存在になりたくて、どうせなら性別も変えちゃえって…」
輝夜は嫌な事でも思い出したのか、少しだけ声のトーンを落として話した。
「え~輝夜ちゃんが孤立してたんですか? 信じられないんですけど」
「小学校の高学年あたりからは友達も出来たし、男子に話しかけらる事も多くなったけど、その前は小さいころからいじめの原因になっていた目とかを隠したくて、前髪を長くしたりして少し暗い雰囲気もあったからね」
「そうだんたですか。今の輝夜ちゃんからは信じられないですね」
「ゲームの中で色々な人に接しているうちに外見を気にしなくなって、自分でも変わったと思うよ」
「なんでゲームで?」
「ゲームでは外観がいじれるのが前提だからみんな外観じゃなくて言動とかその人の内面みたいなもので接するでしょ。
それもあって大分人と接する事が改善されて、今の私になったんだよ。
特にシュウは付き合いが長いからね、親友でもあったけどある意味恩人みたいな感じかな」
「だから、探してたんですね」
「そういうこと。大崩壊の日も一緒にプレイしてたから、やっぱり気になって」
「見つかってよかったですね」
「ありがとう」
真理の笑顔につられ、輝夜も笑顔で返した。
「でもどのくらい一緒にゲームしてたんですか?」
「だいたい8年くらいかな?」
「殆どMWOがでてからずっとじゃないですか?」
「うん。そんなんだから学校や仕事が終わるといつもゲームで会ってたから、現実ではあってなかったけど気心がしれた幼馴染みたいな感じかな」
「へぇ、文通で友達になるような感覚なんですかね?」
「う~ん。似てるような似てないような。仮の姿だけど直接会っているわけだしね。何かこう話してみるとおかしな感じがするね」
「ですね」
「で、九条さんには明日会って話すつもりなんですか?」
「うん。そのつもり。女だってのを隠してたからどう反応するかちょっと怖いところだけどね」
「がんばってください」
「うん。ありがと」
その後はお互いのゲームの中での話などで盛り上がったが、遅くなってきたので解散となった。




