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閃光少女  作者: moomoo
5/5

⑤Bと福耳くん







授業の終了を知らせるチャイムが鳴る。


やる気のなさそうな教師が「今日やったところワークノートで復習しとけよー明日だぞーテストはー」とロボットのように言う。クラスメート達は最後まで聞かずに席を立ち散らばっていく。


トランプタワーを崩すように、一気に乱れていく教室を眺めていたBは、いったいどこで昼食を食べようか思案していた。


室内はエアコンが吐き出す埃っぽい臭いと弁当の冷め切った総菜の臭いが入り混じる。クラスで一番声の大きい奴がついさっきまでそこにいたロボット先生の悪口を言い始める。教え方が古くさい。課題が多すぎる。加齢臭がする。


Bは一度廊下へ出てみるが、こもった熱が出迎えたので、後戻りする。仕方なく自分の席に戻ろうとすると、黒板に一番近い席の福耳のクラスメートが話しかけてきた。


「よう、B」


福耳とは、その名の通り福耳のような立派な耳を持つクラスメートだ。Bは名字は知っているが名前はよく覚えていない。福耳と初めて話したのは入学時に行う一学年全体会の時だった、気がする、と曖昧に記憶を辿った。


福耳は大きな耳たぶを揺らして言った。「なにがなんでも暑すぎるよな、おかしくなりそうだ」


「夏だからね」


「夏休み早く来ねえかな。部屋でクーラーガンガン効かせてゲームしたい」


「そのまえにテストだけど。しかも明日」


「はぁ、そこなんだよなぁ」 福耳は表情を歪めて言う。


福耳は空いている席から椅子を乱暴に引っ張ってきて、Bに座るよう促した。Bはそれに従い、片手にぶら下げていたコンビニ袋をどさりと福耳の机に乗せ、拝借した椅子に座る。


オレンジジュース好きだねぇ、と、コンビニ袋越しに透けて見えたペットボトル飲料を見て福耳は言う。福耳は古臭い真っ黒の弁当箱を広げながらBに聞いた。「今回のテストいけそうか?やっぱり、数学だけはできるのか?」


「今回は数学も駄目そうだよ。全く頭に入ってこない」


「へぇ、珍しい、いつも数学だけ点数はいいくせに」


「そういうこともある」


「でも、あれでしょ?このまえ高橋さんと二人で勉強会したんでしょ?」福耳は意地悪い顔でBに言った。


「なんでそのこと知ってるんだ?」Bはオレンジジュースを口に含もうとする寸前で止める。


Bの数学のワークノートを右隣から覗き込む高橋が脳裏に浮かび上がる。遠い昔の出来事のように、高橋の顔はかすんで見える。


福耳は表情そのまま油が落ちきったウインナーを噛み切った。黒い弁当箱に押し詰められた白米をかき込み、福耳は顎を大きく動かし咀嚼した。


「情報が回ってきたんだよ」


「情報?どこから」


「どこからとか、そんなのどうでもいいんだよ。それよりさ、高橋さんとどういう関係なの」


なぜだろうか。つい最近、○○図書館の隣の公園で話したばかりなのに、高橋は届かない所へ行ってしまった気がする。


「なあ、付き合ってるのか?」福耳は野次馬のように迫った。「つき合っているなら大騒ぎだぞ。あの高橋さんと根暗ボーイのBがくっついてるってなったんならもう、大変だ。学校中が騒ぐぜ」


「いくらなんでも大袈裟だ。第一つき合ってない」


Bは一息いれて戒めるように付け足す。「そんな噂がたつなんて、恐れ多いよ」


「おいおい、大袈裟でもないぞ。B、高橋さんの人気を知らないのか?」


「いや、知らないわけじゃないけど」


高橋はどの学年からも注目を集めている。その実Bは、あの学年の誰誰が高橋のことを、あの先輩が実は高橋に、などという噂をよく耳にしている。


「知っているんならわかるだろ、高橋さんと付き合ってるってなったら、全生徒全教師が震撼するぞ」福耳は箸をもちながら両肩を抱え込み震える仕草をした。


「教師もかよ」箸先を振り回して危ないし汚いな、とBは思う。「さっきも言ったけど、つき合ってないし」


「どうだかなぁ、Bは意外と嘘をつくからねぇ、平気で」


もしそういう関係なら、何があったのか、いま何をしているのかを、ためらいなく聞けるんだろう、とBは思った。だが、すぐにその仮定のおこがましさに羞恥し、自責した。


連絡手段はある。電話番号も知っているし、メールアドレスも知っている。いきつけの花屋だってわかる。はなまるさん、詳しく知っているかもしれない。ボタンを押すだけで簡単につながることができる。だがBにはどうしてもそれができなかった。


高橋は昨日と今日、学校を休んでいる。珍しいな高橋が休むなんて、と各教科の先生は授業毎に言った。Bが知る限りはいままで一度も高橋が休むことはなかった。園芸部活動にもこなかったそうだ。


なぜ休んでいる?そう自分に問うと、あの顔が必然に浮かぶ。喫茶店「チューリップ」の包帯巻きの女。


現在Bに纏わりつくもやもやは全てあの包帯巻きの女が元凶だ。あの突然の着信。呼び出し。不安を直接ねじ込んでくるような奇っ怪な言動。いま思い返してみても、あれは夢なのかもしれない、と本気で疑ってしまうほど現実離れしていた。


あの日、帰り際、彼女に名前を尋ねると、彼女は一瞬困った表情をして、皮膚全てが割れ物になったように危なくさせると、ガラスとガラスを擦り合わせた声で言った。しかし、Bがちょうどその時に押していた色の濃いドアの老朽の「きぃ」と被さり、聞こえない。喫茶店の独特の空気に飲み込まれ、空虚を感じていたBは問い返す気力なく年老いたドアを押し出たのだ。


あの包帯の女、高橋とは一体どういう関係なんだろうか。結局、問い詰めてものらりくらりとかわされてしまった。しかし、名前は結局わからずじまいだったな。


いや、名前を知っていても知らなくてもどっちでもいい。いま重要視すべきは、高橋の不登校の理由だ。当然、公園で高橋の携帯にかかってきたあの電話が関係しているのだろうが。


Bはペットボトル飲料の水滴で濡れたコンビニ袋の中からウインナーが挟んであるパンを取り出し食べた。「おまえもウインナーじゃん」福耳はそれを見て言う。


Bはふと包帯の女の言葉を思い出す。


「高橋はイチゴだよ、酸っぱい酸っぱいイチゴ」


「かかわらないほうがいい、高橋とはかかわらないほうが」


「イチゴ、前は好きだったんだけど」


歯車に何かが挟まり、動きが止まってしまったようにBの思考は止まる。高橋は酸っぱいイチゴ?どういうことだろうか。なにも進まない。考えようとすればするほど、複雑に絡まり答えは遠くなっていく。


「しかし、どうして高橋さん、休んでんだ?珍しい。風邪か?」


「わからない」


「おいおい、もしかしてBがなにかしたんじゃねえだろうな?」


「いいから早く食べなよ、弁当」


福耳はそう言われると、ぶつぶつ呟きながら冷え切った玉子焼きを口へ放り込んだ。


Bは高橋と包帯の女の間にこびりついて落ちない汚れのような湿っぽい繋がりを予見する。ただしそれは感覚的なものである。どういった経緯でできた汚れなのかはわからない、だが、Bは、なにかある、と感じた。だがそれ以上はなにも掴めない。


「なあ、B。アドレス知ってるんだろ?メールして聞いてみろよ」福耳は口の中に溜め込んだ物の合間を縫って言葉を発する。「ていうか、お前が高橋さんとアドレス交換できるんなら、俺もできるよなぁ」 


Bは応えずオレンジジュースとウインナーが挟まったパンを交互に胃に入れていく。味覚が上手く機能していないのか知らないが、美味しいとは思えない。


包帯女の忠告。まさか正しいとは思えない。出鱈目に違いないのだ。包帯女が高橋を陥れようとしているのだろう。


そもそも、包帯女の発言には説得力が微塵もないし、どこか不気味で不安定な挙動があの喫茶店「チューリップ」で垣間見えた。


それに、あの包帯。なにを隠しているのだろうか。


腕、首、顔、脚に巻き付いていた真っ白な包帯。大きな怪我をしたとは考えにくい。店の奥からやってくる際、身体のどこかを故障している気配は感じられなかった。松葉杖を支えにしていたり、「く」の字に腕を首からぶら下げているわけでも無かった。となると、Bが思いつくのは重度の火傷や酷い皮膚病だけだが…。


「B、ぼーっとしすぎだ」福耳はやや呆れた様子で言った。「やっぱりなにかあっただろ」


Bは黙り目の前のオレンジジュースを見ている。半分ほどになったオレンジジュース。狭いペットボトルの中で忙しく波立たせている。ぼぅっと眺めていると、突然に、手に持っているパンのことがどうでもよくなってしまった。どうしようもないのだ。


福耳が心配そうに「本当に大丈夫か?」と聞く。


Bは手際よくパンをビニール袋に入れ込み、きつく口を結んだ。テスト前に悩むのはナンセンスだ。どんなに時間をかけて考えても、結局はループしてしまうだろう。それなら今は頭にテストだけを残しておけばいい。切り換えるべきだ。


「明日のテスト、なんだっけ?」Bは福耳に聞いた。


「えー、あー、たしか数学と現代文と物理」


数学は自信のある教科だ。しっかり点数をとろうとBは決意する。なんともないような顔をしているが、数学の点数が他より優れていることはBにとって誇らしいことだ。


「よし、福耳、テスト頑張ろうぜ、今日は徹夜だな」


「おい、福耳って俺のことか?」自分の耳たぶを触りながら福耳は声を上げた。







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