①Bと同じクラスの高橋さん
とっても地道に書いていくので凄い遅いと思います。お願いします。あと全⑮話ぐらいあると思います。お願いします。
「しまるドアにご注意ください。駆け込み乗車はご遠慮下さい」サラリーマン達はご遠慮なしに駆け込む。Bも混じって飛び乗った。
車内は冷房がきいている。冷房はBの周りをしつこく取り巻いていた熱をぬぐい去った。
夏。
ドアが閉まるとともに蝉の声がぱったり聞こえなくなる。Bの汗は徐々に引いていく。冷えた空気がBの身体をゆっくりと浸透する。
座れる席がないことを確認すると、ドア付近に身体を預けた。時計を確認する。どんな歩き方をしても時間内には着くな、と思った。
35分。家から学校までの所要時間。
家から駅まで5分、駅から駅まで10分、駅から学校まで20分。合計35分。
Bは電車で通学する。一年の秋までは体力作りと意気込んで自転車で登校していたが、断念した。夏は本当に最悪だった。
Bは白いブラウスシャツのボタンを一つ開けると、肩に掛けている学校指定のカバンからドリンクを取り出す。
オレンジジュース。
電車に駆け込む前に駅構内で購入したペットボトルオレンジジュース。130円。酸味は強め。
買うつもりはなかったが、駅構内、鬢を汗で濡らした小学生が首がもげるぐらいオレンジジュースを傾け喉をぼこぼこ隆起させて飲んでいるのを見ると無性に羨ましく思った。
キャップを外すとツーンとオレンジの酸味が鼻をくすぐる。小学生を思い出しながらBはオレンジジュースを喉に流す。冷たくて甘い刺激がBを幸福にする。
がたん。
電車が揺れた。Bはよろめいて、危うくオレンジジュースをこぼしそうになる。……大丈夫、こぼれていない。
半分ほどの軽さになったオレンジジュースをカバンにしまい込み、Bは吊革に掴まる。前に掴まっていた人の手汗でぬるぬるする。Bは嫌な気持ちになった。
Bは車内を見回した。学生、おばあちゃん、サラリーマン、学生、サラリーマン、サラリーマン。
皆、明日をもって世界は滅亡します。と宣告されたような顔をしている。本当に滅亡してしまうのかと心配になる。もしかして、世界が滅亡するってことを自分だけ知らされていないんじゃないだろうか、とBは考えてみる。馬鹿馬鹿しい。Bは口から自嘲的な溜め息が車内に漏れることを必死に堪えた。
駅に着く。早めに出発したので時間に余裕があった。ファストフード店に入る。中は込み合っていた。
朝ご飯をパン一枚で済ませたこともあり、物足りなさからフライドポテトを注文した。店員のスマイルとフライドポテトを受け取り、席を探す。店の奥までいくと席が空いていた。そこへ座る。
Bの隣には女子高生2人が座っていた。彼女らはお互い携帯電話を見ながら器用に会話していた。
Bはフライドポテトを一本摘まんで口へ運ぶ。塩気が舌にじわりと広がる。揚げ物の独特の香りが次の一本を唆す。
隣に座る女子高生の一人が妙に通る声でBが現在通っている学校名を言った。Bは思わず耳をかたむける。
「○○校の話なんだけどさ、すごいよ、聞いて聞いて。うん、そう、そうそう。あの大きい学校。でね、その学校の三年生がね、あ、これ私が聞いた話じゃないよ?○○校に通ってる私の友達が聞いた話なんだけどさ、そうそう、うん。そう、この前写真で見せた子。その子から聞いたんだけどね、名前は知らないけどその○○校の三年生がね、同じ学校の子とか近くの高校の子とかをドライブに誘うんだって」
○○校とはBが通っている学校だった。どうやらこの女子高生二人は○○校の隣町にある女子高の生徒らしい。Bはこの女子高生二人が着用している制服には見覚えがあった。
「でさ、その三年生ってイケメンらしいから、やっぱり誘われたら乗っちゃうらしいの。そしてね、いろいろ帰れない状況作っちゃうらしいの。……どうやって、っていわれても。私の友達もそこらへん曖昧。多分あれじゃない?高速道路とかいっちゃうんじゃない?でね、人気がないところに車を止めてね、人が変わったように怒鳴り出すんだって。そしてね、シートの下から縄を取り出してね、連れてた子の手首とか足首とかをぐるぐる縛っちゃうんだって。最後にはビデオカメラで裸の動画とか撮っちゃうらしいよ。裸だよ裸。裸体、裸体。」
その女子高生は「裸」の部分を強調した。Bは驚いた。Bの通う○○校の一つ上の先輩の話らしい。三年生達の顔を思い出そうとしたが、すぐやめた。Bの通う学校には三年生だけで200人いるのだ。
「ん?ああ、そんなの人に言えるわけないじゃん。裸撮られてるんだから。もし誰かに言ったらこの動画ばらまくぞ、って脅されてんだよ、きっと。でもやっぱり夜道をドライブしようなんて言われたら乗っちゃうよね。いくら用心しなきゃいけないって思っても。憧れるよ、やっぱり。イケメンだったら尚更」
と言うと、妙に声が通る女子高生は「裸をみせろ、裸をみせろ」とビデオカメラを撮るような恰好をした。
げらげらげらとBの隣の女子高生二人組は笑う。
Bはいつの間にか残り一本になっていたフライドポテトを惜しげに摘まんで口に放り込んだ。うちの学校も物騒だなぁ、と口に出さずに呟いた。
「おやめになって、お代官様」隣の女子高生達はふざけあっている。げらげらげら。
Bは店を出た。バッグから携帯を取り出して時間を確認した。学校に向かう。暑さで汗がまた滲む。クラクラした。
駅近くの牛丼チェーン店、巨大なビルが作る影によっていつも薄暗いカレーの美味しいカフェ、オレンジの「ン」やリンゴの「ン」が上手に書けないショートヘアのおばさんが経営している果物屋の前を歩いていく。
ひたすらに進んでいくと人の気配は薄れてゆく。建造物に代わって緑が多くなる。堅い空気から柔い空気へと変わる。葉を多く携えた木々が微風に揺れる。木陰に入ると包み込まれるような安堵感を覚える。Bはやや歩行速度を緩めた。
木々が運んできた風に仄かな香りが混じっている。Bは大きく空気を吸い込む。肺いっぱいに吸い込む。Bはそれが花の匂いだとわかる。花の匂いは進むに連れて豊潤になる。
Bは花の匂いのするこの道を歩いて登校することが日課としている。学校最寄り駅の表通りから外れた道を約15分。そこに花屋がある。そこから香りは漂う。花屋の名前は「はなまる」だ。
「はなまる」の前には多種多様の花が咲き誇っている。Bは花には疎い。どれが何の花なのか全くわからない。去年の文化祭で園芸部が催したガーデニングに足を運んだものの、「花は綺麗で良い匂い」という単純な感想しか残っていない。
朝早くに店前に水が撒かれたようで、アスファルトには涼しげな黒さがじわりと染みている。
「はなまる」店内を横目で覗き込む。店内には単調な木のテーブルと椅子が3つ。はちきれんばかりの花々。窓ガラス越しだと花の色は判然としない。
店内から微かに声がする。ネジが締まっているかのような声。ビキビキに割れている。亀裂の入った声の正体はどうやらラジオだ。
「今日のラッキーアイテムは小石です」
道端に小石を発見したが、さすがに拾うことはできなかった。
普段通り学校を終えるとBは真っ先に帰路についた。Bは部活も委員会にも所属していない。いつもすぐ帰る。
午前中とは違った嫌な熱を発する太陽を訝しげに見上げた。学校の裏に回り、はなまるに続く道へと向かう。
花屋「はなまる」に近づくと、見覚えのある姿が見えた。Bは目を細める。高橋だった。
高橋は「はなまる」の前に咲き誇る花をじっと見つめていた。制服から覗く健康的な肌には汗が滲んでいる。高橋は青い花をじっと見つめている。青い花はとてもきれいだった。高橋は青い花の花弁を指先で撫でたりつまんだりしている。
Bは声をかけた。
「やあ」
高橋は声を上げずに喫驚し、振り向いてBと分かると、優しく微笑み、同じく「やあ」と返した。それが可笑しかったらしく、ふふ、と笑う。
高橋は艶のある髪を耳にかけながらBに問う。「帰るのはやいんだね、いつもそうなの?」
「うん、部活もなにもやってないし」
「放課後に皆と遊んだりしないの?」
「なんていうか、皆のテンションについていけないんだ、わいわい騒ぐ感じとか」
「だと思った、やっぱりね」
「え」
「見てればわかるよ、誰だって。雰囲気に馴染めないんだろうなぁってさ」高橋は得意げに言う。「お見通しだぜ」
Bは予想よりも高橋が自分のことを見ていることに驚き、同時に恥ずかしさに襲われ、そして嬉しく思った。Bは面映ゆさから高橋に問い返す。
「高橋もなんでこんなに早く帰ってるの?園芸部は?」
「園芸部は週に三回しか活動がないんだよ」
「へぇ、今日は休みなんだ」
「水やりとか、細かい作業は毎日交代でやっているんだけどね」
「大変そうだ」
「案外そうでもないんだよ」高橋ははなまるの店前に咲く花々に水をやる仕草をする。「朝起きて、ご飯食べて着替えて歯磨きして、みたいな感じで生活の一部になるから苦じゃないんだ」
「凄いんだな」
「別に凄くないよ、当たり前のことなんだよ」
「ここにはよくくるの?」Bは視線を「はなまる」に移しながら訊いた。
高橋はBに倣ってはなまるを見やる。
「はなまるの店長とは仲がいいの、私が小学生の頃から」暑いね、と言い、高橋は手でぱたぱたと扇いだ。
「小学生?ずいぶん長い付き合いだね」
「タメ語で話しちゃう仲だからね、はなまるさんとは」
「はなまるさん?」
高橋は応えず、中入っちゃおう?と高橋は遠慮無しに花屋のドアを開け入っていった。Bを見ずに手で招く。Bは一度迷ったが、招かれるまま「はなまる」へ入った。