第四話 夢見る少女は竜騎士志望
「お姉ちゃん、頑張って」
「エルナ手紙を書くんだよ」
「うん」
真新しい白いマント。動きやすい皮の鎧にブーツ。腰には安物だと分かるがきちんと剣を帯びている。どこからどう見ても冒険者の格好。それを着るのは、十代半ばの可憐な少女、エルナである。
「アンヘルの兄ちゃん。結局こなかったな」
つまらなそうに呟く少年。
「なんか忙しいみたいだよ? 家から出られないんだって、罰として」
「こういう時だからこそ来るんだ!」
苦笑しながらエルナは言った。しかし、少年は納得しないようで、語意を強める。周りの子供たちもうんうんと頷く。
「アンヘルの兄ちゃんも鈍いけど。エルナ姉ちゃんも鈍いよな」
子供たちは一斉にため息をついた。
「それって、どういう……」
「エルナッ!」
その場にいた人は全員後ろに振り向いた。そこには、馬に乗った金髪の男が近づいてくる。
「ラインハルト様?」
エルナはそう呟く。
「よかった。間に合って」
ラインハルトは馬から降りた。何故か腰には剣が二本帯びている。
「どうかしたんですか?」
「見送りに決まってるじゃないか」
ラインハルトはそう笑みを送ったが、すぐに難しそうな顔になる。
「アンヘルも誘ったが、来なかったんだ。すまないねエルナ」
言いながら、腰にある剣を一つ取って、エルナに差し出した。
「えーと、これは?」
「餞別だ。受け取ってくれないか? 私が子供のとき使っていたものだ。あと一週間もあれば新しいやつを準備できたのだが、間に合わなくてな。エルナのサイズに合うのがこれしかなかったんだ。その剣よりも良いやつだと保障するよ」
シンプルな造りの剣で装飾品は特にないが、剣の質が良いことが見て分かる。
「で、でも……ラインハルト様って私のこと嫌いじゃなかったんですか? あっ!?」
エルナは思わず思ったことを口に出してしまった。そして、ラインハルトの顔色を伺っている。
ラインハルトは大きなため息をついた。
「今もそう思われていたか――仕方ないな。はっきり言おう。昔は好きではなかった。貴族と平民が接するだけでも悪いことだと思っていた。両親が死んで、騎士団に入りやっと、知ったのだ。国は国民がいるからこそ成り立つ。それは、大部分の平民のお陰でね。そこには身分というのはあまり関係ないということをやっと知ったのだ」
言い終わると、ラインハルトは憂いを帯びた笑みをエルナに送った。
それを見て、エルナの顔がサッと赤くなった。
「これは、アンヘルからだ。これも受け取ってもらえるか?」
ポケットから布に包まれたものを取り出した。それは、紐が付いた金属の欠片。何かの紋様が刻まれている。
「竜の紋章……鎧竜騎士団の紋章!?」
エルナは驚きの声をあげ、ラインハルトを見た。
「アンヘルの手作りだ。お守り代わりに作ったらしい。本当は、試験前に渡したかったらしいが、間に合わなかったみたいだな。持っていってくれ」
ラインハルトはそっとエルナの手に渡した。エルナは大事そうにそれを握り締めたのだ。
「怪我に気をつけるように。ところで陛下には何か言ったのか?」
「手紙を送りました。まだ気づいていないはずですよ」
「そうか。そのほうがいいな。あの人は過保護だからな。それで、君の試験についてだが……」
「それなら。もう平気ですよ。黒幕わかっちゃいましたから」
何か色々と含む笑みをラインハルトに送った。
「そうか。これから大変だと思うが、頑張るんだよ」
「はい。剣ありがとうございました」
エルナはラインハルトに敬礼した。そして、ラインハルトも敬礼を返す。
「じゃあ、私行きます」
「いってらっしゃい! お姉ちゃんお土産忘れないでね!」
みんなに見送られ、エルナは歩き出したのだ。
何かが近づいてくる気配がしてエルナは振り返った。
「エルナ!」
竜に乗ったアンヘルが猛スピードで近づいてくる。
「手を貸せ」
そう言われて、エルナは右手を上げた。すると、アンヘルはそれを掴み、エルナを自分の方へ寄せたのだ。
「キャ!」
「大丈夫か?」
恐る恐る目を開けるエルナ。目の前にはアンヘルがいる。そして、ここは竜の上。グルグッルっと鳴き声が聞こえ、竜が顔を後ろに向けてくる。
「可愛い」
その仕草を見て、エルナは笑みをこぼした。
「竜に乗りたかったんだろ?」
「そうだけど、屋敷にいるんじゃなかったの?」
「いつも抜け出してるだろ? マジ、こいつの機嫌を取るのが大変だった」
しみじみと竜の背を撫でるアンヘル。
「また怒られるね」
エルナはあきれた表情でそう言い、景色を眺めた。飛んでいるだけあって風は強い。
「乗せるついでに少し送ってやるよ。落ちるなよ」
エルナは今アンヘルのひざの上にいて、落ちないように腰にはアンヘルの手が回っている。密着度が高い。いつものエルナなら赤くなってしまうのだが、そうはいかない。何故なら、
「綺麗……これが、空から地上を見た景色」
初めて空を飛んだから。エルナは感激している。
「アンヘル、本当にありがとう」
心からの精一杯のお礼を述べた。
「このぐらいたいしたことないだろ?」
アンヘルは顔を背けながら、照れるようにいった。
そして、暫し二人の間に沈黙が訪れた。
「ねえ?」
「なあ?」
その沈黙を破るかのように、同時に話す二人。すると、顔を見合わせ、笑ったのだ。
「先にどうぞ」
「そっちからで、いいぜ」
譲り合う二人。
「やっぱりなんでもない」
「やっぱ今のなし」
またしても同時に言う二人。今度こそ大声で笑ったのだ。
「なんで、タイミング同じなのかな」
「さあな。兄上から貰ったか?」
エルナは竜のお守りを取り出した。
「大事にする」
「そ、そこまで大事にしなくてもいいんだけど。所詮俺の手作りだし」
「それもそうね」
「何だよそれ」
口を尖らすアンヘル。
「頑張れよ」
「そっちこそ」
空はどこまでも青く。どこまでも果てしない。
少女は再びこの景色を見る決意をしたのだ。
何故なら少女は竜騎士になりたいから。
一応一章完結。
後一話。おまけ的な話です。