第三話 エルナの決意
「リュシアンおじさん!」
呼びかけられ、リュシアンは振り返る。そこには、深くフードをかぶった男がいたのだ。
「その声は、アンヘル君ですか?」
眉をひそめて聞くリュシアン。すると、フードは外さないものの浅くかぶり直し、顔が見えるようになった。
「今はパレードの真っ最中。一体どうかしたのですか? ちなみにエルナは一緒じゃないですから」
「えっ!? そうなんですか。パレードは抜けてきちゃいました」
少し残念そうな顔をするアンヘルに対して、軽くため息をつくリュシアン。
「でも、いつもなら一緒じゃないんですか?」
「いつもなら、ですよ」
リュシアンの表情が暗くなる。
「何かあったんですか? あっ! 騎士候補生試験?」
沈黙。それが、試験の結果の答えを物語っていた。
「で、でも、軍に優遇されて入れるから、そんなに暗くなる理由なんて……」
「私の口からはこれ以上は。エルナは多分いつもの場所にいますよ」
「わかりました」
アンヘルは礼を言い、急いでその場所まで走っていった。
街の外れ。ちょっとした空き地がある。いつもなら、子供たちが元気そうに遊んでいるが、今日はパレードがあるため、空き地には一人の少女しかいなかった。
「え、エルナ!」
名前を呼ばれ、エルナは振り返った。そこには、パレードに出ていてここにはいないはずのアンヘルがいた。少し息切れをしている。
「何でアンヘルが?」
「パレード、途中から抜け出して来た」
悪びれもなくいうアンヘルに対して、エルナは呆れた様にため息をつく。
「本当に抜けるなんて。さすが、アンヘル」
「そ、その言い方はやめろよ。いつも俺が問題起こしてるみたいじゃん」
「いつもお屋敷から抜け出して遊びに来てたじゃない」
「うっ」
言葉に詰まるアンヘル。
「試験の結果……どうだったんだ?」
「駄目だった。そして、優遇とかの話も来なかったの」
「それっておかしくないか?」
首をかしげるアンヘル。しかし、エルナは大きく首を横に振った。
「質問しても答えてくれなかったの。だから、私一つ決心したの。私、この国を出て冒険者になる!」
いきなりそんなことを言うエルナ。
「へっ?」
予想外のエルナの言葉で、アンヘルは間の抜けたような声しかでなかった。
「だから、冒険者になるの。そして、功績をあげてこの国に戻って、竜騎士になる」
決意を固めるように拳を固める。
冒険者とは、傭兵、護衛、魔物退治、遺跡探査などの仕事を請け負うものである。戦闘も請け負う便利屋みたいなものだ。個人または国などと契約を結ぶ場合もある。一般的に流れ者的な印象も多いが、その力は計り知れないため大陸各地には冒険者を擁護する国も多い。ある程度大きい街には、冒険者に仕事を斡旋する場所が存在している。なので、職業の一つとして成り立っている。
「頑張れよ。応援してる」
アンヘルはエルナを真っ直ぐ見てそう言ったのだ。
「うん。ありがとうアンヘル」
か弱い笑みを浮かべて返すエルナ。少し泣きそうに見える。
「止めて欲しかったのか? 俺が止めても絶対行くだろ?」
「うん」
即答。少し呆れたようにアンヘルはため息をついた。
「俺もやっと騎士になった。これからがスタート。エルナも冒険者になる。だから、二人一緒に新しい一歩を踏むんだな」
アンヘルは少年のような屈託の無い笑みをエルナに送った。そして、少し恥ずかしそうに頬を掻く。
「それで、いつ行くんだ?」
「明後日」
「はっ!?」
今度こそ驚きの声を上げるアンヘル。
「早めのほうがいいかなって、おじいちゃんに止められる前にね」
クスッと笑うエルナ。アンヘルは同意したかのようにうなずく。
「たしかにな。陛下過保護だから。ばれない内に……というか、いっちゃ何だが、エルナが落ちて誰も推薦してこなかったのは、陛下のせい?」
「そこまではしない人だとは思うけど。去年までは、受けるなってよく言ってて、今年になるとめっきりそれがなくなった。何か怪しいわよね。おじいちゃんに直接聞いても答えないから。宰相様をおど……に聞いたほうが言いのかな?」
少し言葉を無くすアンヘル。どこか、エルナが黒いのは気のせいなのだろうか。
「行く前に竜に乗りたいなあー」
わざとらしく大声で言うエルナなのだが、
「それ無理だ」
とアンヘルは即答したのだ。すると、エルナは不機嫌そうに頬を膨らませる。
「少しぐらいならいいじゃない?」
「乗せてやりたいんだけど……ほら俺ってパレードから抜けてきただろ? 飛んでいた竜から飛び降りて逃げてきたから、その、俺の竜一人ぼっちにさせたから、機嫌悪くなるんだよ。ちょっと乗せられないんだよ」
アンヘルはばつが悪そうな表情を浮かべる。
「……竜騎士失格ね」
「ぐっ」
またしても言葉を詰まらせるアンヘルだった。
そして、二人はそのまま暗くなるまで広場で話をしたのだ。