第二話 パレード
夕暮れ時。兵舎のような二階建ての質素な建物と走り回れるほどもある小さな公園みたいな庭。それらを囲むあまり高くはない壁。外から見ると何かの施設のように見える。
エルナは、門を潜りその中へ入っていった。門の標識には王立児童養護施設と書いてあった。
「あっエルナお帰り。お城はどうだったかい?」
柔和そうな三十代終わりぐらいの男が、エルナに声を掛けた。
「お父さん、ただいま。なんかすごかったよ。貴族ばっかりであれだったけど。料理は美味しかったかな」
王立児童養護施設。国が運営する孤児院。十年前、両親を亡くして以来エルナはここで育ったのだ。
「そうか、そうか」
優しそうに微笑む男。エルナの養父、リュシアンである。
「あっ! エルナ姉ちゃんお帰りー」
とぞろぞろエルナを見つけ、子供たちが建物の中から出てきた。
「ただいま。お土産もって来たよ」
『わーい!』
声を合わせてそういった。下は五歳ぐらいから、上はエルナと同じか少し下ぐらいの年齢の子供たち。全員エルナの弟と妹である。
「そういえば、明日か明後日が合格発表日でしたっけ?」
「はい」
「姉ちゃんなら受かってるって、おれが保障する」
少年が胸を張ってそういう。
「うん。エルナお姉ちゃんなら大丈夫よ」
子供たちは口を合わせて言う。
「それならいいけど……」
「エルナ心配しなくても平気だよ。もし落ちても、エルナなら雇ってくれるところはたくさんあるから」
表情は柔らかいのだが、言っていることは結構シビア。
「それはちょっと……」
この国では十六歳で成人。なので、エルナは今年いっぱいまでしか、この施設にいることができないのだ。ここの施設でエルナより小さい子供しかいない理由でもある。
「エルナは陛下のために何かしたんですよね。わざわざ軍人じゃなくても、国に仕える方法はあるんだ。武官じゃなくて、文官。たしか、今年の試験の申し込みはまだ間に合ったはず。エルナは勉強が出来るから、受かるはずだよ」
「私は騎士になりたいの」
エルナは口を尖らす。やはり家族と話すほうが、表情が豊かである。
「あはは、そうだね。陛下は嫌がってたみたいだけど」
「おじいちゃん、反対だったもんね。でも、今年に入ってからは特に言ってなかったし、諦めたのかな?」
「諦めは悪い人のはずなんだけどね。まさか、合格しているはずのエルナを不合格にしたりはしないと思うけど」
「おじいちゃんもそこまでしないって。そのあと、わざとらしく、文官試験の申込書を持ってくるとか? ないない。だって、第四試験までいったんだよ。合格してなくても軍に引き抜かれるはずだもん」
二人は笑いながら子供たちをつれて、家の中へ入っていく。
そして、夜は明けていった。
「お姉ちゃん。兵士さんが呼んでるよ」
「えっ? 兵士?」
「うん、伝令だって」
早朝。服を着替えていたエルナは、妹に言われ玄関まで慌てていったのだ。
「あっはい。エルナ・アーデントです」
ビシッと兵士に向かって敬礼をする。
「こちらをどうぞ。試験の結果の文です。試験の合否についての質問は受け取らないので注意してください。では失礼します」
兵士は手身近にそういい、早々と去っていった。
「ご、ご苦労様です」
兵士を見送りながら、エルナの視線は手渡された手紙に移っていた。
そして、ドキドキしながら手紙を開く。
「誰か探してるんですか?」
真新しい竜の紋章がついている軍服を着た優しそうな雰囲気を持つ青年は、同じ軍服を着た金髪の青年、アンヘルに聞いたのだ。
「えっ? いや、知り合い探してるんだけど……」
「女か? 女なのか?」
そこに、もう一人騒がしそうな短髪の青年が話に割り込んできた。
二人ともアンヘルと同じで、今年鎧竜騎士団に入る青年である。
「あの子かな? 幼馴染の?」
「そうそう」
アンヘルは頷く。
「幼馴染ね。ふーん、そんなのがいるなら、昨日のパーティでイチャイチャすんなよ。あれ誰だ?」
「イチャイチャはしてないけど――昨日の子が幼馴染だよ」
ピシッとアンヘルに質問した短髪の青年が固まる。
「お、俺に紹介しろ。悪いようにはしないって。いや、マジあの子可愛かったなあ。あそこにいたから貴族か?」
「いや、普通の子。昨日は招待状があったから来たんだよ」
「問題ない。てか、身分なんてあんま関係ないからな俺。一応貴族だけど、お前らみたいに偉くないし。祖母ちゃんは、パン屋の娘だったからなあ。なっ! いいだろ?」
まくし立てる短髪の青年。エルナに一目ぼれらしい。
「たしかに、綺麗な娘さんだったよね。まあ、諦めた方がいいと思うけど。昨日のあれ見れば分かるだろ?」
優しい顔は相変わらずだが、冷静そうに呟く青年。すると、
「うっ」
と短髪の青年は、声を詰まらす。
「どうかしたのか?」
不思議そうに顔をかしげるアンヘル。
「ま、まさか気がついてないのか? それなら、俺にもチャンスが」
「アンヘルは、鈍いからね」
うんうんと頷く青年。
三人は賑やかそうに話しているが、今はパレードの真っ最中。通りには色取り取りの花で飾られている。そんな中での、お喋りはかなりの場違いである。そして、三人がいる場所は、低空ギリギリ。竜に乗って飛んでいるのだ。器用に話しているところを見ると、三人とも騎手の腕がいいことが分かる。
「いたっ!」
「あ、アンヘル何してんだよっ!?」
短髪の青年は驚きの声を上げた。なんと、アンヘルが竜から落ちないように繋いでいる革紐を外している。
「この子。よろしく」
「あっ!?」
止める間も無くアンヘルは竜から飛び降りた。そして、綺麗に民家の屋根に着地する。
「どうしましょうか?」
「冷静だな」
「それが売りですから」
「どっちにしろ」
「怒られるのは」
「俺たちだな」
二人は顔を見合わせ、ため息をついた。