第一話 竜騎士の任命式
十年後。
澄み渡る空。アイール国の城では、鎧竜騎士団の任命式が行われようとしている。
竜の都 アイール。国力はだいたい平均程度だが、大陸有数の騎士団、鎧竜騎士団が存在している。そのため、軍事力は、大陸内でもトップクラス。左右を山脈に囲まれた地形で、右翼の山脈には未だに魔物が住み着いている。
鎧竜騎士団は、騎士団の中でもエリート中のエリート。例年入団者は、一人か二人。それに比べれば、今年は三人のため優秀な人が集まっている。
今日は、国王直々の任命式。明日は、街の大通りでパレード。建国日と共に国での大きな一大行事になっている。
「そして、最後の一人。アンヘル・フェル・クヴォルト。汝ら三人を鎧竜騎士団の団員として任命しよう」
国王が、鎧竜騎士団の紋章を三人に授ける。
城の中庭は、拍手と喝采で溢れた。上空では、赤竜、青竜、白竜が新たに入る団員を歓迎するように円を描きながら飛んでいる。
その中、人込みから外れる端っこに一人の少女がいた。
「そりゃ、たしかに、招待してくれるのはありがたいけど。知り合いがいるのは、アンヘルにラインハルト様、そして、おじいちゃんだけでしょう。物凄く居心地が悪い……早く家に帰りたい」
少女はぶつぶつと呟いている。
「お飲み物はいかがでしょうか?」
一人の給仕が少女に近寄った。
「あっはい。い、頂くわ」
少女は、緊張しながらも飲み物を受け取ったのだ。
「おかしくないわよね? うまく、馴染んでる……はず」
長い金色の髪は背中で結われ、質素ながら綺麗な純白のドレス。十代中ごろの少女の容姿は可憐で、背筋はピシッと伸びている。どこから、どう見ても、どこかのお嬢様に見える。見えるのだが、明らかに少女は目立っていた。舞踏会と共にこういう機会は、上流階級にとっては交流の場。その中に、見慣れない少女がいるというだけで目立つ。主な視線は男性ばかりなのだが、今回はそうはいかない。何故かというと、主に両親か従者が近くにいるはずなのに、少女は一人だけ。周りを見てもそれらしい人が見当たらないからである。なので、今回の主役の騎士団入団者以外で、ある意味少女は一番目立っているのだ。
「お嬢さん、お名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
男の声が聞こえ、少女は振り返る。
そこには、軍服を着た二十代半ばごろの男がいた。
「失礼でしたね。私の名前は、ザック・フェル・モントゴメリーと言います」
ザックは右手を胸に置き、軽くお辞儀をしたのだ。
少女は、どうしようか悩む。
国王直々の任命式に出られるのは、国の重役。主に、貴族ばかりである。なぜ少女が悩むかと言うと、そう、少女は一般市民なのだ。
「え、エルナ・アーデントです」
エルナは、スカートの端を掴み、軽くお辞儀をした。
すると、ザックは少し目を見開く。
「一般の方々ですか、お知り合いが居られるのですか?」
ザックの口調は少しも変わっていないが、目と雰囲気がエルナと名乗る前と名乗った後で違っていた。好奇心と優越感が混じっている。
アイールでは、名前と姓の間にフェルがつくと貴族の家系。そこまで厳格な階級制ではないが、やはり貴族は貴族、平民は平民という考え方が普通。ザックの思考は、典型的な貴族思考だと分かる。
エルナは、思わず下唇を噛む。
「エルナ、来ていたのだな」
長身で金髪の青年が割って入ってきた。その青年も軍服を着ていて胸には竜の紋章。鎧竜騎士団の一員だということがわかる。
「ラインハルト様」
「ラインハルト卿ッ!」
エルナとザックの反応は正反対だった。エルナは、少しほっとしたような感じを受けたが、ザックは驚きとともに今すぐこの場から立ち去りたいという気持ちが伝わってくる。
「ザックではないか。久しいな」
「こちらこそ。弟殿も今日から、鎧竜騎士団の一員。祝辞を送りたいと思う。ラインハルト卿も昨年で、副団長か出世が早いな」
嫌味がたっぷりと含んでいた。言うだけ言うとザックは早々とその場から去っていく。
「何かいわれたか?」
「い、いえ。大丈夫です」
心配そうに自分を見たラインハルトに対して、エルナは二人っきりになって緊張した。何故かというと、エルナは少しラインハルトのことが苦手であるためだ。
「ザックは、そこまで悪いやつじゃない。面倒見もいいが、貴族思考というものを持っているのが傷だな」
ラインハルトは、去っていったザックを見ていった。
端整なラインハルトの横顔を見ながらエルナは、ラインハルトと二人っきりになってから、視線がよりいっそう増えたことに気がついた。
「そ、それもそうよね。アイールの四大貴族、クヴォルト家の当主。そして、鎧竜騎士団副団長。そして、未婚。長身、美形。エサがたくさんある」
「何かいったか?」
「いいえ。何も」
そして、二人は沈黙する。元々二人っきりになること事態珍しいことなので、何を話したらいいかお互いわからない。エルナとラインハルトの年齢が十も違うということも関係している。
「エルナ! 来てくれたんだ」
青年がエルナを見つけ、近寄ってきた。
青年も軍服を着ていたが、他の人とは違い、豪華に着飾っている。胸には、新品の竜の紋章。
「アンヘル……様」
エルナは、嬉しそうに声がして来た方へ振り返ったのだ。
「様はなくていい。俺たち幼馴染だろ」
エルナの視線の先には十代終わり頃の金髪の青年。今日の主役の一人、アンヘル・フェル・クヴォルトが眩しい笑顔をしながらそこにいた。
「アンヘル。おめでとう」
「おう、ありがとうな」
アンヘルもうれしそうに、エルナに返事を返す。
「あ、兄上居られたのですか」
今更ながら、アンヘルはエルナの隣にラインハルトがいることに気がつく。
「おめでとう、アンヘル。お前ならできると思ってたよ」
ラインハルトは微笑する。
ラインハルトとアンヘルは共に金髪碧眼。そして、少し身長の差はあるものの二人とも、百八十センチを超えている。そして、顔立ちもどこか似ている。
ラインハルト・フォン・クヴォルトに、アンヘル・フェル・クヴォルト。名前からもわかるように兄弟なのである。しかし、纏っている空気はそれぞれ違い、ラインハルトは、真面目な雰囲気を持ち、アンヘルは、少年っぽさが抜ききれていない。表情も二人とも違っている。
そうした、二人が並ぶだけで華やかになった。
「一人で退屈じゃなかった?」
「さっきまでは知り合い誰もいなかったけど、今は大丈夫」
「そっか、明日のパレード一緒に見れればいいんだけどなあ」
「主役がパレードに出ないでどうすんの」
エルナとアンヘルは顔を合わせて笑いあう。
「でも、堅苦しいの嫌いなんだけど。今だって、こんな服着て」
アンヘルは嫌そうに自分の服を見た。
「そういえば、いつも遊びに来るときは貴族とは思えない軽装でくるわよね」
「目立つの嫌だし、そっちの方が楽だから。それよりも、何か食べに行こう。結構色々とあるみたいだし、なっ」
小さく頷いたエルナに、アンヘルは手を差し伸べた。
「お手をどうぞ、お嬢さん」
「……どうも」
エルナは、アンヘルの手のひらに自分の手を重ねる。
「兄上行ってきますね」
エルナもラインハルトに向かって軽くお辞儀をし、仲良くアンヘルと共に歩いていく。
「仲が良いのお」
気がつくとラインハルトの隣に一人の大柄な老人が立っていた。年齢を感じさせるが、体格は立派で服装もかなりの上物。国の上役らしく見える。
「まあ、幼馴染ですからね」
ラインハルトは優しい眼差しで二人を見ている。
「ところで、こんなところで一体?」
優しい眼差しは一転して、ラインハルトの厳しい眼差しが老人に振り注ぐ。
「食べに来たに決まっておろう。エルナがいたのだから、近くに寄っただけじゃ」
老人はそっけなく言う。
「お気持ちは察しますが、たしか大臣が探しておりましたよ」
「今日、明日は休日だわい」
老人はお皿に盛ってある料理を口にする。
「もうお歳ですから、そんなに急いで食べ……」
「まだ六十だ!」
「いや、十分お歳ですよ」
ラインハルトは老人を横目にため息をついた。
「エルナのドレスは?」
「お~似合っておろう」
「ええ、中々。もう少し装飾品が有ったほうが華やかですけどね」
「贈ったのだが、受け取らないのじゃ。こういう機会はめったにないからのお。受け取ればいいものの」
「エルナらしいですね」
「変わったのお」
老人はラインハルトを見て呟く。
「何かですか?」
「少し前のお前なら、あんな庶民に肩入れをするなんて、貴族の誇りがどうとか言っておったな」
ラインハルトは、苦笑いをする。
「昔のことですよ。エルナは良い子です」
「当たり前じゃ! 良い嫁ぎ先を探しているところだわい」
老人の視線とラインハルトの視線が合う。
「ラインハルト、エルナはどうじゃ?」
「エルナの気持ちを知ってて言ってますね」
二人は、エルナとアンヘルを見た。エルナたちは、手をつなぎ仲良く話している。アンヘルは楽しげに笑っているのに対して、エルナは少し顔が赤くなっている。エルナの雰囲気を見れば、エルナはアンヘルのことが好きであることは一目瞭然。
「気づいてないんじゃろうな、アンヘルは」
「手をつないでいるのは小さいころからですし、今は騎士気分っていう感じですね」
「天然じゃな」
「あれが地ですからね」
二人は顔を見合わせ、ため息をつく。
「お主はどうなってるんじゃ? 噂は全然聞かんが」
「募集中ですよ」
「ま、まさかエル……」
「違いますから」
ラインハルトはやんわりと否定する。
「中々喰えん男だな」
「お、おじいちゃ……じゃなくて、ゲオルグ陛下」
「あっ! 先ほどはありがとうございました。陛下」
エルナとアンヘルが戻ってきた。二人のお皿の上にはおいしそうな料理がおかれている。
「エルナ。おじいちゃんと呼んでかまわないぞ」
ゲオルグは、ラインハルトと話していたときと口調が違い、優しくエルナに返事をした。
ゲオルグ・フェル・ミェルト。その体躯から分かるように、少し前では戦場の前線に出て行った一流の騎士。そして、この国アイールの国王である。今年でちょうど六十。そして、十年前のあの日エルナを助けた老騎士。今でも前線に出ようとして周りから必死に止められている困った人でもある。
「うむ、うむ。似合っておるな」
「ありがとう、おじいちゃん」
エルナは笑みを浮かべる。
「そうそう、今日はとっても綺麗だよなエルナ。似合ってる」
「……アンヘル、ありがとう」
赤くなり、ハニカムような笑みを浮かべる。
明らかに違うこの反応。
「なんであやつは気づかんのじゃ?」
「私に聞かれても……」
コソコソとゲオルグとラインハルトの二人は話すのだ。
「陛下と兄上どうかなさいましたか?」
アンヘルは不思議そうに二人を見る。
「お、お主には関係ないことだ」
「アンヘルは気にしなくていい」
二人は決まり悪く答える。アンヘルは、何かあるなと感じたのだが、
「そうそう、エルナ。騎士候補生試験の結果発表は間近ではなかったかな?」
とラインハルトは、慌てて話題を変えた。そして、何故かゲオルグの顔色が悪くなる。
「はい。確か、明日、明後日中に結果の知らせが来るといっていました。明日は祭日なので、多分明後日だと思います」
騎士団に入団するには三つの方法があるとされている。一つは、一般の軍に入りそこで功績をあげて入る場合。もう一つは、あまり例がないが、傭兵や冒険者として名をあげて、国の重鎮から推薦を受けて入る場合。そして、最後の三つ目は騎士団に入る八割以上を占める。それは、騎士候補生。他国で言う仕官学校を卒業して入団すると言うもの。
試験資格は、十四歳から十八歳までアイールの国籍を持つもの。性別は問わないとなっている。試験内容は毎年変わるが、今年は第四試験まで行われた。合格者は例年五、六十人程度。それに対し、試験者は、千人を軽く超える。しかし、試験の途中で脱落しても、素質を認められると、優遇されて軍に入ることが出来る。なので、騎士候補生試験は、一種の軍の登竜門となっている。
合格を目標に騎士候補生を目指すのは、家が裕福な貴族ぐらい。実際の合格者は、やはり小さいころからきちんと教育をうけることができる貴族の子弟なのだ。
エルナは今年で十六歳。初の騎士候補生試験を受けた。そして、無事に第四試験まで行くことが出来、あとは、結果を待つだけなのだ。
「そのときの試験管俺の友達だったんだけど、剣の試合で五人抜きしたんだろ?」
「それは私も聞いたよ。可憐な少女が五人立て続けで打ち負かしたとね。私たちの間でも話題になっていたよ」
そんなことは無いという風にエルナは首を振る。
「剣がうまくなったのは、二人のお陰ですから」
「そうそう、あの時は驚いたよなあ。俺が剣を習い始めたのを知ったら、私も習いたいって言い出したから」
「その時は本当に習えるとは思ってなかったけど、今思うと私って結構恥ずかしいことをしたわね」
「筋が良いと剣の先生から褒められていたな」
「俺よりも剣の型覚えるの早かったな」
「そ、そんなことないですよ」
二人に褒められ、エルナは顔を真っ赤にした。
反面何故か、会話に参加していないゲオルグの顔が青くなる。
「もしこれで、騎士候補生になれたら、竜騎士へと一歩近づくわけね」
「大丈夫、大丈夫。エルナなら受かってるって、目標があるんだろ?」
「うん、私、おじいちゃんみたいな竜騎士になるもの!」
意気込むエルナ。
「うっ……」
ゲオルグは何も起こっていないのに、小さく呻き声を上げた。
「お、おじいちゃん大丈夫!?」
「だ、大丈夫だぞ。エルナ」
心配そうにエルナが声を掛けるが、ゲオルグはエルナと目を合わせなかった。
「そういえば、最終的な合格は陛下が許可を出すんですよね?」
アンヘルのその声と共に、三人はゲオルグを見たのだが、
「あ、アンヘル。そういうこと、聞いちゃ駄目じゃない」
やはり少しは気になるようだが、エルナはいさめるようにアンヘルに言ったのだ。
「で、でも……陛下どうかなさりましたか?」
ゲオルグの様子がおかしい。騎士候補生試験の話が出てきたぐらいからおかしいのだが、アンヘルがゲオルグの話を出したときから一気に悪化した。顔は真っ青。とても、具合が悪く見える。そして、汗もかいているのが分かる。
「ラインハルト」
「はい。陛下どうかなさりましたか? というより、ご気分は?」
「わ、ワシのことはほっといてよろしい。それより、大臣が探していたのだな?」
「はい。しかし、本当に大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫だ。え、エルナ。パーティゆっくりと楽しんでくれ。ワシはこれから一仕事やってくる」
「えっ!? あっはい。おじいちゃん頑張ってください」
ゲオルグはどこかわざとらしく席を外した。歩く後ろ姿はどこか、体調があまり良いとは思えなかった。
「おじいちゃん大丈夫かな?」
「まあ、歳だからなあ陛下は。やっぱり、国王って忙しいんだな」
しみじみと呟くアンヘル。二人は心配そうにゲオルグを見送る。
「ま、まさかな。さすがの、陛下もそこまではしないだろう……多分」
そんな二人に対して、ラインハルトは半ば心配そうに陛下とエルナを見比べた。