第4話「裏切り者への報復」
地上に戻った佐山が最初に耳にしたのは、あまりにも馬鹿げたニュースだった。
街の大型ビジョンに映し出されていたのは、涙ながらにインタビューに答える勇也と凛花の姿だった。
『――本当に、辛い戦いでした。仲間であるサヤマくんが、自ら犠牲になってくれたおかげで、私たちは生きて帰ることができたんです……!』
テロップには「英雄パーティー、奇跡の生還!」と大々的に表示されている。
『グリフォンの翼』は、佐山という「勇敢な仲間の犠牲」によって、高難易度ダンジョンから生還した悲劇の英雄として、世間から称賛の声を浴びていたのだ。
佐山は、怒りを通り越して、冷たい笑みを浮かべた。
自分をゴミのように捨てたくせに、その死すらも自分たちの名声のために利用する。
その腐りきった根性が、心底軽蔑に値した。
「……いいだろう。せいぜい、今のうちに英雄気取りを楽しんでおくんだな」
佐山は素性を隠すことに決めた。
漆黒の鎧に身を包み、顔はフードで深く隠す。
そして、自らを「M」と名乗る謎のソロ探索者としてギルドに登録した。
もちろん、モンスターを従えていることは伏せている。
彼の背後には、常に影のように潜むモンスターたちがいることを、誰も知らない。
「M」の噂は、瞬く間に探索者たちの間に広まっていった。
これまで誰も単独ではクリアできなかった中級ダンジョンを、わずか数時間で次々と攻略していく。
その異常な攻略スピードと、彼がダンジョンから持ち帰る素材の質の高さは、誰もが目を見張るものだった。
「おい、聞いたか? 最近現れた『M』ってやつ、やばいらしいぜ」
「ああ、ソロであの『骸骨騎士の砦』を半日でクリアしたとか……どんなスキルを持ってるんだ?」
そんな噂が飛び交う中、佐山は淡々と自分の軍団を強化し続けていた。
◆ ◆ ◆
そしてある日、新たな中級ダンジョン『飛竜の谷』の攻略中、佐山は偶然にも『グリフォンの翼』と再会する。
英雄として祭り上げられた彼らは、以前にも増して傲慢になり、他の探索者たちを見下していた。
彼らは、目の前に立つ漆黒の鎧の男が、自分たちが見捨てた佐山だとは夢にも思っていない。
「おい、そこのソロ。うろちょろされると邪魔なんだが。ここは俺たち『グリフォンの翼』が攻略中だ。雑魚はとっとと失せな」
勇也がいつものように見下した態度で言い放つ。
凛花も佐山を一瞥すると、「みすぼらしい格好。どうせFランクなんでしょ」と鼻で笑った。
佐山は何も答えず、ただ静かに彼らの横を通り過ぎようとした。
その時だった。
洞窟の天井を突き破り、ダンジョンのボスであるワイバーンがその巨体を現した。
翼竜の雄叫びが、ダンジョン全体を激しく揺るがす。
「ちっ、ボスか! 総員、戦闘準備!」
勇也の号令で、『グリフォンの翼』はワイバーンに立ち向かう。
しかし、英雄という名声とは裏腹に、彼らの実力はワイバーンに全く通用しなかった。
そもそも彼らが『絶望の洞窟』から生還できたのは、佐山を囮にして無様に逃げ帰ったからに過ぎない。彼らの本来の実力は、この中級ダンジョンすらギリギリのレベルだったのだ。
世間の称賛を浴びるうちに自分たちが真の実力者だと完全に錯覚し、過酷な鍛錬すら怠って慢心しきっていた彼らは、手加減のない現実の脅威を前に成す術を持たなかった。
ワイバーンの吐き出す火炎ブレスに追いやられ、鋭い爪に翻弄される。
苦戦は明らかだった。
「くそっ! なんでだ! 俺の魔法が効かない!」
「勇也くん、危ない!」
彼らが絶体絶命のピンチに陥ったその時、佐山は静かに一体のモンスターを呼び出した。
「出てこい」
佐山の影が、まるで生き物のようにうごめき、そこから岩石でできた巨大な人型モンスター――ロックゴーレムが現れた。
先日、配下に加えたばかりの強力なモンスターだ。
突然現れたロックゴーレムに、勇也たちは唖然とする。
ワイバーンが、邪魔者を排除しようとロックゴーレムに向かって強烈なブレスを吐き出す。
しかし、ロックゴーレムは全身を舐める炎を一切意に介さず、岩塊でできた極太の腕を振りかぶった。
そのまま空の王であるはずのワイバーンの首根っこを鷲掴みにすると、まるで羽虫でも払うかのように、たった一撃でその巨体を岩盤へ叩きつける。
洞窟全体を揺るがす凄まじい地響きと骨の砕ける鈍い音が響き渡り、ワイバーンは白目を剥いて完全に沈黙した。
あまりにも、あっけない幕切れだった。
勇也と凛花たちは、目の前で起きたことが信じられず、ただ呆然と立ち尽くしている。
佐山は、そんな彼らに一瞥もくれず、静かに言い放った。
「君たちのような『英雄』が苦戦するようなボスでは、俺の暇つぶしにもならない」
その声。
その目に宿る、絶対的な強者の力。
その瞬間、彼らはようやく、目の前の漆黒の鎧の男が、自分たちが見捨て、死んだと思っていた佐山であることに気づいた。
「サ、サヤマ……? なんで……生きて……」
勇也の喉から、ひゅっと空気が漏れるような情けない音が響く。
自信に満ちていた端正な顔は、信じがたい現実と圧倒的な力の差を前に青ざめ、恐怖と絶望に醜く歪んでいた。
凛花は血の気を失った唇を震わせ、膝から崩れ落ちて地面の汚れも気にせず無様にへたり込んでいる。
自らを英雄と信じて疑わなかった彼らのちっぽけなプライドが、粉々に砕け散った瞬間だった。
だが、佐山はもう彼らに興味はなかった。
直接手を下すよりも、ずっと残酷な報復。
それは、決して埋めることのできない、圧倒的な力の差を見せつけること。
自分たちがゴミのように捨てた存在が、今や自分たちでは決して届かない、遥か雲の上の存在になってしまったという事実を、その骨身に刻み込ませることだった。
佐山は彼らを尻目に、ロックゴーレムを影に戻すと、悠然とダンジョンのさらに深層へと消えていった。
残されたのは、自分たちの犯した罪の大きさと、取り返しのつかない現実を突きつけられた、元英雄たちの惨めな姿だけだった。




