一話 聖女リア
婚約破棄シーンは五話から。本編は七話からです。それまで辛い話が続きます
筆頭聖女候補であり、王子妃となる予定のリアの仕事は多い。これはミハイル王子と婚約した三年前から続いていることだ。
鶏よりも先に起きて、祈りを捧げ、婚約者であるミハイルの母である測妃と朝食(という名のマナーレッスン)。その後も、王子妃としての教育を施され、少しでも間違えると鞭を打たれる。アフタヌーンティーの時間にミハイルと談笑する時間が唯一の救いであったが、最近はその時間もほとんどとれないでいた。
王子妃教育が終わったら教会に戻り、今度は祈りや怪我人の治癒。数年前に聖国で開発された浄化装置に浄化の力を込める仕事。これにより、聖女が出張することが難しい土地にも、浄化の力を届けることができるようになり、人手不足の解消に役立った。とはいえ、聖女が浄化装置に浄化の力を与えないといけないので、装置がたくさんあればあるほど良いというわけでは無いのだが……。
そして、時折運ばれてくる呪いの品。魔王がこの地に存在したころ、魔王こそがこの世界を統べる神なのだと信じていた邪教団による代物だ。これは瘴気の力を強めたり、人の負の感情を増幅させ、負の感情を餌に瘴気をばらまく危険なもの。邪教団自体は二十年以上前に壊滅し、それと近い存在もすべて消え去ったが、他人を呪い殺したいと思う者はいくらでもいる。そんな相手に、《いわくつきの品》ばかりを扱う商人が売りつけるのだ。
そして数日前、そんな商人の一団を摘発したという話を聞いた。リアの元に、たくさんの呪いの品が送られてきて、それを浄化しないとといけないのは明白だった。
ため息を噛み殺し、リアは呪いの品を一つ一つ浄化する。こんなもの、この世に会ってはいけないものなのだ。
「リア様」
聖女の一人が声をかける。リアより一つ年下のソフィーだ。
「私も手伝います」
「これは私一人に与えられた仕事だから、あなたはじぶんの仕事を」
「終わらせました。やらせてください」
「じゃあ……」
リアは呪いの品の中で弱いものを中心にソフィーの元に渡した。
さすがに遅い時間までソフィーを拘束しているわけにはいかないから、リアは夕食の時間になったら、ソフィーを帰した。彼女は心配そうにこちらを見ながら立ち去ったが、まもなくして不格好な黒パンを差し出してくる。
「リア様、ご夕食がまだでしたら、これを」
「ありがとう」
「わたしも、終わるまでお手伝いします」
その言葉にリアは首を横に振った。
「もうすぐ終わるから大丈夫ですよ。ソフィー様は休んでいてください」
「……わかりました」
嘘だった。この量がすぐ終わるはずが無い。
「がんばらないと」
リアは黒パンをかじりながら、浄化の力を使う。
ソフィーの持ってきた黒パンは、優しい味がした。
夜――と言ってももうすぐ明け方になる時間帯だ。そんな時に、ようやくリアの仕事は終わった。
――何時間寝れるんだろう
出来れば少しでも長く寝たい。リアは自室に戻らず、作業場のベンチで横になった。
そして、短時間の睡眠を確保した後、鶏が鳴くより早く起き、身を清め、祈りをささげる。
祈りの間から出た時、聖女たちから嫌な話を聞いた。
「ソフィー様が、謹慎だって」
「どういうこと!?」
リアはその話をしている新人聖女に問い詰めた。彼女たちは言う。
なんでも、決まりを破ったからだとか。
リアは慌てて大司祭を探し、彼を問い詰めた。すると、驚くべき言葉が返ってくる。
「彼女は、自分の名誉のために、自らの仕事を新人に押し付け、あなたの仕事を奪ったのです」
「そんなことをする子じゃありません」
「それは表面しか見ていないからそう思うのですよ。その上、彼女は、伯爵令嬢であるあなたに不格好な黒パンを差し入れたとか」
「それの何が悪いのですか?」
心底理解できないリアの言葉に大司祭は笑う。
「黒パンですよ、黒パン! 庶民の食い物を伯爵令嬢――しかも、王子妃となる貴方様に食べさせるなど、侮辱もいいことです。彼女は金で爵位を買った男爵の家の出ですからね。歴史あるクラーク家のあなたが妬ましかったのでしょう。ほら、もうすぐ王子妃教育の時間でしょう。早く王宮へ」
「ちょっと、」
リアはまだ問い詰めたいことがあったが、使いの神官に無理矢理馬車へと押し込まれる。
――ソフィー様、どうかご無事で……。
リアには、祈ることしかできなかった。
王宮には、いつもより機嫌が悪そうな測妃マグダレーナがいた。
「マグダレーナ妃様。ご機嫌麗しゅう」
カーテシーは完璧だ。しかし、恐怖で指先が震える。
「ねえ、お前」
「は、はい」
「私の許可なく、庶民の食い物を食べたという話は本当なの?」
「えっと……」
これで正直に言ったら、またソフィーが叱責されるのではないか。どうにか頭を巡らせて、リアは口を開いた。
「その、仕事中に小腹が空いたので、ソフィー様に軽食を持ってきてもらっただけです」
あくまで自分が食事を求めたのであって、ソフィーは悪くないのだと説明する。
すると、鋭い一撃がソフィーの手の甲を打った。
「痛っ」
「つまり、私の許可なく《食べ物を食べた》ことは、本当なのね」
「……はい」
もう一度、鞭で打たれる。今度は声をあげないように耐えた。
そんなリアをしり目に、マグダレーナ測妃は使用人に支持を出す。
「これ以上ぶくぶく太ってもらっては困りますからね。食事の量を減らしなさい。アフタヌーンティーも、今日は無し」
その指示に、リアは唇を噛む。
対し、マグダレーナ測妃は、先ほどとは打って変わって、優しい声で言った。
「良い? リア。殿方は華奢で守ってあげたくなるような女性が好みなの。豚みたいに太って醜い女は、王子妃にはふさわしくないのよ。私は、あなたのためを思って言っているのよ」
「はい、マグダレーナ妃様」
「さあ、今日も、レッスンを始めましょうね」
「はい、マグダレーナ妃様」
ゆっくりと、リアの瞳から光が無くなっていく。そのことに気づいたものは、この場には誰もいない。




