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偽装結婚のはずが、なぜか溺愛が止まりません 『先に惚れたら破滅の溺愛ゲームと、恋する二人は思い込んでいる』  作者: 緋色の雨


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エピソード 2ー2

 婚約式の日から、両国のあいだでは交渉が盛んにおこなわれた。

 だが、グラニス竜王国は魔導具の技術を解析する口実を欲しており、マギノリア聖王国は魔石の技術を解析する口実を欲していたため、話しは思ったよりもスムーズに纏まった。


 また、それと時を同じくして、アストリッドが希望した工房も完成した。

 離宮の一室に用意されたそこには、魔石を研磨するための道具、それに魔導具を制作するために必要な道具が揃えられている。アストリッドが慣れ親しんだ工房がそこにあった。

 その空気を楽しんでいると、そこに二人の女性を連れたエレナがやってきた。


「アストリッドお姉様、今日からよろしくお願いいたします」

「ええ、よろしくね。貴方が魔石の研究に興味を持っていると聞いて驚いたわ」

「お姉様の噂がこの国まで聞こえて来ましたから」

「……そう、本当に私の影響なのね、嬉しいわ」


 そう言って微笑みかけ、ちらりとエレナの背後に控えている二人の女性に視線を向ける。二十代後半と、三十に掛かったあたり。

 恐らく――と、アストリッドが考えるのと同時、エレナが口を開く。


「研究者の紹介をさせてください。こちらがメイラ、そしてこちらはナディア。ともにお姉様の工房で働かせていただく魔導具の研究者です」

「氷の才女と名高いアストリッド王女殿下と共に研究を出来ると聞いて心待ちにしておりました」


 ナディアがそう言って洗練された所作で頭を下げると、「なにとぞ、よろしくお願いいたします」と続いたメイラが深々と頭を下げた。


「二人ともよろしくね。――という訳で、さっそく一緒に研究を進めるのだけれど、現時点でなにか聞きたいこととかはあるかしら?」


 魔石を並べた机の前に移動しつつ問い掛ける。


「――はい、質問があります!」


 エレナが元気よく手を上げた。

 それを微笑ましく思いながら、アストリッドは「なにかしら?」と小首を傾げた。


「お姉様は、お兄様のどういうところが好きですか!」

「んぇっ!」


 想像の斜め上と言うよりは、完全に明後日の方向。

 動揺するアストリッドに、エレナは「顔ですか? それとも性格ですか? 九年前にお姉様がケーキを食べたいと言ったことまで覚えてるのは、ちょっとキモいと思います!」と口にする。


「そ、そんなことないよ。些細なことまで覚えてくれているのは素敵だと――じゃなくて、いまは魔石の研究の時間だよ!」


 思わず子供っぽく言い返す。

 それを聞いたエレナが「お姉様のその口調、久しぶりに聞きました。やはり、普段は猫を被っていらっしゃるのですね」と微笑んだ。


「――っ。い、いまのは聞かなかったことにしてちょうだい」

「いいじゃないですか。私は好きですよ。お姉様のそういうところ」


 その言葉にアストリッドはわずかに頬を赤らめる。


「も、もう、いいかげんになさい。二人も困っているじゃない。ねぇ?」


 アストリッドが水を向けると、「いえ、そのようなことは……」と言葉を濁した。王族同士の会話に割っては入れるのは、セリーナくらいである。


(少し、堅苦しかったかしらね)


 ここにいる自分は研究者。

 相手を萎縮させては意味がないと、アストリッドは小さく咳払いをする。


「話を戻すわね。今回おこなうのは、結界を張る魔導具に最適な魔石の調整をおこなうことよ。といっても分からないと思うから、順を追って説明するわ」


 アストリッドはそう言って、カットしていない魔石の原石と、宝石のようにカットした魔石を用意し、先日と同じように、カットした魔石の方が明るく光ることを証明する。


「これが、パーティー会場で公開した技術よ。そして、この技術には先があるの」


 アストリッドはそう言って、カットした魔石を二つ繋げて魔導具にセットする。

 それを見た瞬間、エレナが怪訝な顔をした。


「お姉様、魔石の併用は……」

「そうね。魔石は基本的に併用することが出来ない」


 その言葉の通り、魔石を二つ繋げると、明るさは一つのときより暗くなってしまった。

 たまにチカッと明るくなることはあるがそれも一瞬で、使い物にはならない。


 つまり、二つの魔石を使って、二倍の出力にする、と言ったことが出来ない。ゆえに、高出力の魔導具を動かすには、高品質の魔石を用意するしかない。

 これが、高価な魔導具を起動する魔石が足りない最大の理由である。


「だけど――」


 と、アストリッドは磨き上げた二つの魔石の位置を動かした。ゆっくり、けれど慣れた仕草で、魔石を思い浮かべたとおりの間隔で配置する。

 ほどなく、魔導具の灯りが体感で二倍ほどの光を発した。


「お、お姉様、これは、一体……?」


 エレナが信じられないと呟いて、他の二人も目を見張る。


「これが魔石の共鳴現象よ」

「共鳴現象……まさか、魔石の配置を変えるだけで、出力が上がるのですか!?」

「同じ形に磨いた魔石を、特定の間隔に配置した場合のみ、だけどね」

「……この目で見ても信じられません。一体どういう理由なのでしょう?」


 興味津々と言ったエレナに対して、アストリッドはホワイトボードに図を描き込んだ。それは魔石の原石から放たれる不規則な波と、カットした魔石から放たれる規則正しい波である。


「これはあくまで仮説だけど、放出される魔力は波のように揺れているわ。それが他の魔石の魔力と干渉することで打ち消し合ってしまうんでしょうね」

「それが、複数の魔石を使えない理由ですか?」

「ええ、わたくしはそう仮定しているわ」


 アストリッドはそう言った後、「だけど――」とカットした魔石を手の平の上に乗せる。


「カットした魔石を使用した場合は魔導具の灯りが一定となった。つまり、出力が一定に、魔力波の揺れ幅が一定になったとも言えるでしょう?」


 アストリッドは言葉を切り、「ところでエレナ」と視線を向ける。


「まったく同じ波形の波が二つ重なるとどうなるか――知っているかしら?」

「え、それはたぶん……大きく――っ、まさか!」

「ええ。目の前の魔導具が二倍の明るさを放ったのはそれが理由よ」

「まさか、そんなことで……」


 エレナは信じらないと身を震わせる。

 そしてほどなく、彼女はハッと目を見張った。


「お、お姉様、この技術があれば、いくらでも出力を上げられるのではありませんか? たとえば、下級の魔石を無数に並べて、一級の魔石の代わりにする、とか」


 声がわずかに震えている。そんな彼女を前に、アストリッドはわずかに苦笑した。この現象に気付いたときの彼女もまた、いまのエレナと同じような反応をしたからだ。


「残念だけど、そう簡単ではないわ。共鳴現象を発生させるには、形を整え、磨き上げた魔石を完璧に配置する必要があるのだけれど、それは数が増えるほどに難しくなる」

「……理論上は可能でも、技術的な上限があると?」

「ええ」


 アストリッドは頷き、現状は一つ下の級の魔石で代用するのが限界だと口にした。


「課題があることは理解いたしました。ですが、お姉様の研究成果が素晴らしいことに変わりはありませんわね。とてもやりがいがありそうです」


 エレナが微笑み、他の二人も神妙な顔で頷く。


「エレナの言う通りよ。より共鳴させやすいカットの仕方も研究中だし、魔導具によってもことなるの。だから、まだまだ研究途中なのよ」

「なるほど、それで共同開発という形になさったんですね」


 自分達のすることが分かりましたと、エレナは微笑んだ。メイラとナディアもまた、自分たちがその研究に関われることに目を輝かせる。


 こうして、アストリッド達はこれから始める研究の段取りを話し合った。そんな中、エレナが魔石の一つを摘まみ上げ、アストリッドに視線を向ける。


「それで、お姉様はお兄様のどこに惚れたんですか?」

「も、もう、真面目になさいっ」


 そんな叱責の声と共に、魔石の調整作業は開始された。



 そうして二週間ほど過ぎた。

 ナディアやメイラとも少しは打ち解け、研究も順調に進む。髪を後ろで纏め、白衣という姿でアストリッドが研究を続けていると、そこにレナートがやってきた。


「アストリッド、いま少しかまわないか?」

「ええ、もちろんですわ、レナート」


 そう答えながら髪型を整える。

 そんな些細な仕草に、二人の様子を見守っていたエレナが意味ありげに笑い、ナディアとメイラが目をキラキラさせる。それに気付いたレナートが首を傾げた。


「なにやら、妙な目で見られているが……どういうことだ?」

「き、気にしないでください。エレナがあることないこと吹き込んだだけですから」


 アストリッドが慌てると、エレナがクスリと笑う。


「あら、心外ですわ、お姉様。私は、お姉様とお兄様がどれだけ仲良しなのか、色々とお話をうかがっただけではありませんか」

「――エレナ!」


 アストリッドが叱りつけるが、エレナはペロッと舌を出して明後日の方を向いた。それに対してアストリッドは溜め息を吐く。

 だが、レナートは小さな笑いを零した。


「研究者を受け入れると聞いたときは心配したが、上手くやっているようだな」

「……ええ、そうですね。その点はエレナに感謝しています」


 アストリッドと彼女らの間には壁があった。

 それがここまで埋まったのは、エレナが恋バナをしたおかげであることは間違いない。それは理解しているのだが、もう少し他にやりようがあったのではと思うアストリッドであった。

 そうして溜め息を一つ、「それで、ご用件は?」と問い掛けた。


「ああ、研究の進捗を聞きたくてな。急かすつもりはないが、近いうちに結果を出しておきたいと考えている。完成はどれくらい掛かりそうだ?」

「それなら絶好のタイミングですわ」

「というと、もしかして……?」


 期待を滲ませるレナートに対し、アストリッドはフワリと微笑んで見せた。


「二級の魔石を使って、魔導具の起動に成功いたしました。消費する魔石の数を削減するレベルにまで至るには、もう少し研究が必要となりますが……」

「……消費する魔石の量まで減らせる可能性があるのか。それは夢があるな。だが、いまはひとまず、完成したという事実があれば十分だ、起動するところを見せてくれ」

「かしこまりました。ではこちらに」


 アストリッドはそう言って、レナートを工房の片隅にある大きな机の前に案内する。そこには分解された魔導具、それに様々な魔石が散らばっていた。


「詳細は省きますが、これは実験用に調整した結界の魔導具です。実際に結界を張ることは出来ませんが、結界を張るのと同じだけの出力を必要とします」

「ふむ。テスト用の魔導具という訳か。これが起動できれば、結界の魔導具も起動できると考えて大丈夫なのか?」

「最終的には実機でのテストになりますが、おおむねそう思っていただいて問題ありません」

「なるほど、では起動して見せてくれ」

「むろんです」


 アストリッドは力強く頷き、実験用の魔導具にセットされた、カットされた三つの魔石に触れる。すると魔導具がわずかな駆動音と共に起動した。


「ごらんのように、二級の魔石での起動に成功しました」

「……素晴らしい。これは世界が変わるぞ」

「お褒めにいただき光栄ですわ。これでご期待に添えたでしょうか?」


 そう言って見上げれば、彼は「予想以上の出来だ」とアストリッドの頬を撫でた。それを見守っていたエレナ達が目を輝かせるが割愛。

 アストリッドもまた、頭の中がお花畑になっている――と思いきや、


(すぐに私の研究成果の有用性を理解するなんて、さすがレナートね。だけど、研究で重要なのはここからだもの。その件について相談しなくては)


 ――と、完全に研究者モードになっていた。


「レナートにお願いがあります」


 頬に触れられたまま、アストリッドはレナートの顔をじぃっと見上げる。

 澄んだエメラルドの瞳の中にレナートの顔が映り込んでいる。それが、レナートから分かるほどの至近距離。レナートは息を呑み、周囲から黄色い悲鳴が零れた。


「そのようにお願いされては断る訳にも行かないな。なんでも言ってくれ」

「本当ですか!? では、現地での稼働実験をさせてください」

「むろん、そなたの頼みなら……ん? いま、なんと言った?」

「実際に魔導具を使った現地での稼働実験です」

「なるほど、実験。……なるほど」


(あ――ぶなかったっ! 可愛らしいおねだりに理性を飛ばされていた。魔導具の実験をしたいという話だったとは。――まさか、巧妙な罠かっ!?)


 情報部からの報告に、アストリッドが諜報員として嫁いできた可能性が指摘されている。レナートもまた、その可能性を否定はしていない。

 そもそも政略結婚が自国の利益のためにおこなわれることだからだ――と、冷静になったレナートは、上手く扱われないようにと気を引き締めた。


「すまない、希望する実験について詳しく教えて欲しい」

「わたくしとしたことが、説明が不足しておりました。こちらの魔導具はテスト用の間に合わせでしかありません。それゆえに、現地で本物を使って試してみたいのです」


 納得の説明――だが、レナートは視線を彷徨わせる。


「あ~それは、そなたが直接おもむきたいと、そういうことですか?」

「はい、もちろん、わたくしの研究ですから」


(本気か? 魔物の襲撃があるような、王都から離れた場所にある街へアストリッドを?)


「アストリッド、すまないが、それは――」

「……ダメ、ですか?」


 上目遣いでの一撃。

 レナートは胸を打たれたように後ずさった。


「ダ、ダメではないが」

「では、よろしいのですね?」

「いや、それは……」


 どうしようと視線を彷徨わせたレナートは、エレナが「分かっていますよね?」とばかりに視線を向けていることに気付く。


(そうだ、なにかあれば外交問題になる。それだけは避けねばならない)


「アストリッド、すまない。そなたの願いは叶えてやりたいが、さすがにそれは――」

「でも、さっき、なんでも言えと、言ってくれましたよね?」

「うぐっ」

「まさか、レナートはわたくしに嘘を吐いたのですか?」


 捨てられた子犬のように目を潤ませる。名演技――ではなく、実験が出来ないかも知れないとなり、単純に落ち込んでいるだけである。

 だが、だからこそ、レナートにはダメージが大きかった。


「……わ、分かった」


 葛藤の末、レナートは絞り出すように了承の旨を伝えた。

 エレナが「お兄様……」とジト目を向けてくるが、それに答える余裕はない。レナートは「ただし、俺も同行するのが条件だ」と、せめてもの抵抗を示した。


 結果、二人は多くの護衛を引き連れ、辺境の町までおもむくことになる。この決断が両国の、互いの関係に大きな影響を与えることになるのだが――このときの二人はまだ知らなかった。

 

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