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偽装結婚のはずが、なぜか溺愛が止まりません 『先に惚れたら破滅の溺愛ゲームと、恋する二人は思い込んでいる』  作者: 緋色の雨


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エピソード 2ー1

 婚約者としてのお披露目は無事に終わった。そのことに安堵したアストリッドは部屋に戻り、身に着けていたドレスもそのままに、ソファの上でだらけていた。


「アストリッド様、そんなところに寝転がって、はしたないですよ」

「ここには貴女しかいないのだから大丈夫よ」

「……はあ。アストリッド様のことを氷の才女と呼ぶ連中に見せてやりたいです」

「馬鹿ね、わたくしが他人にそのような隙を見せるはずがないでしょう?」

「イラッ」


 セリーナが呟くが、その表情はどこか手間の掛かる妹を見守る姉のようだ。彼女は「それで、これからどうなさるおつもりですか?」と腰に手を当てた。


「そうね……まずは、魔石と魔導具の取引が滞りなく進むように大使に要請なさい。可能なら、魔導具の研究に関わりたいわ。だから、共同研究という形にするのが理想ね」

「ただちに要請をいたします」


 セリーナはそう言うと、大使の元へと向かうために席を外した。それを見送り、アストリッドはこれからのことに思いを巡らす。


(この国の魔導具は思った以上に優れている。その一端に触れる機会を得たのは幸運だったわね)


 当初のアストリッドは、マギノリア聖王国が戦局を覆すような魔導具を作っている可能性は低いと思っていた。


 だけど、この国に来てから考えが変わった。

 少なくとも、そういう疑いが浮上するだけの下地があると理解したから。


 なのに、レナートを籠絡するという定義が揺らぐことになる。愛していると言われても、それが本心か演技か、判断する術がないと気付いたから。


 だから、レナートを籠絡することで、魔導具の研究に深く関わることを次の目標とした。そう言った観点で考えたとき、魔導具の共同開発にするのが理想。


(このまま話を進めて、上手く情報を手に入れるわ)


 そんなことを考えながらソファでゴロゴロしていると、扉がノックされた。


「入っていいわよ。セリーナ、早かった――」


 わずかに開いた扉の向こう側にレナートの姿が見えた。

 それに気付いた瞬間、アストリッドは文字通りに跳ね起きた。そうして空中で姿勢を正し、ソファに向かって落下する――瞬間、部屋に入ってきたレナートと目が合った。


「……アストリッド?」

「なんでもありません」

「いま、虚空に座っていなかったか?」

「まさか、わたくしは空を飛べませんわ」

「それは、そうだな」

「そうですわ」

「……そうか」


 勢いだけで誤魔化し切った。

 アストリッドは明後日の方を向いて(あ、危なかったわ! もう少しで、レナートにゴロゴロしているところを見られるところだったわ!)と声にならない叫び声を上げる。


「……アストリッド?」

「い、いえ、それで、わたくしになにかご用ですか?」


 振り返ってなんでもない風を装うと、レナートは答えず、無言でアストリッドの隣に座った。


(はわっ、レナートが、わわっ、私の隣に。肩が、肩が触れてますわ!)


 キスまで強請っておきながら、少し時間が過ぎたら関係値がリセットされている。初心なアストリッドは石像のように硬直しながらも、決して逃げようとはしなかった。


 だが、レナートはそこに追撃を仕掛けてくる。彼はアストリッドの髪の一房をすくい上げると、そこに唇を落とし、そのまま顔を覗き込んでくる。


「アストリッド、用がなければ来てはいけないのか?」

「そ、んなことは、あ、ありませんよ?」

「そうか、それはよかった」


 無邪気に言って笑う。


(なんですか、なんですかなんですか!? レナートがわたくしを堕としに来ていますわよ。セ、セリーナ、セリーナはどこですか! いますぐわたくしを助けなさい!)


 心の中で救援要請を送る。

 それが通じた訳ではないのだが、ノックが一つ、セリーナが戻ってきた。彼女は「ただいま戻りました」といい感じの二人を見て――わずかに視線を彷徨わせた。


「申し訳ありません、私、やり残していたことを思い出しました」


 踵を返して退出しようとする。

 アストリッドは慌ててその背中に「お待ちなさい」と呼びかけた。


「はい、なんでございましょう?」

「いや、その、その用事はいまじゃないとダメなのかしら?」


 要約:ここにいて助けなさい。

 しかしその意図を理解しているはずのセリーナは、「申し訳ございません。いますぐに用意しなければいけないものがございまして」と答えた。


「……どうしても?」

「どうしてもです」

「……そう、なら仕方ないわね」


 彼女がそこまでかたくななのには、それ相応の理由があるのだろうと諦める。

 そんなアストリッドに向かってセリーナは真顔で答えた。


「はい。ではブラックのコーヒーを淹れてきます」

「――ちょ、そんな用事なら後回しでもいいでしょう!?」


 ツッコミを入れ、手の平をぐっと伸ばす。けれど、セリーナはそのまま退室してしまい、アストリッドの手の平は虚しく虚空を掴む。


「……そなたの侍女に気を遣わせてしまったか?」

「あれは、面白がっているだけですわ」


 溜め息を吐く。

 セリーナとコントを繰り広げたことで、アストリッドは少し落ち着いていた。

 だが、隣にレナートがいることを思いだして再び身を固くする。そんなアストリッドはおっかなびっくり、隣に座るレナートの横顔を見上げた。


「それで、なんの話だったでしょう」

「あ、いや、その……」


 今度はレナートの様子がおかしい。


(あ――ぶなかった! アストリッドからいい匂いがすると思った瞬間、理性がとんでいた。侍女が現れなかったら、俺は……)


 心臓がうるさいくらいに鳴っている。それを自覚しながら深呼吸をする。それから視線を戻したレナートは、上目遣いのアストリッドを見て再び息を呑んだ。


(俺の婚約者が可愛すぎなんだが?)


 いますぐ唇を奪いたい衝動に駆られる――が、レナートは寸前のところで踏みとどまった。

 なのに、アストリッドが無邪気な一言を放つ。


「レナート、わたくし、覚悟は出来ていますわ」

「……は? か、覚悟?」


(も、もしや、キスのことか? いいのか、本当にいいのか!? だ、だったら――)


 理性を融かしたレナートがアストリッドの肩に触れる。

 だが――


「ええ。婚約式も終わりましたし……その、無理に仲のよい振りをしなくてもいいのですよ?」


 続けられた言葉に、レナートは冷や水を浴びせられたかの様な衝撃を受けた。


「……は、それは、どういう意味だ?」

「いえ、ごめんなさい。あえて指摘することではありませんでしたね」

「そうじゃない。なぜそんなふうに思ったのかを聞いているんだ」


 レナートはアストリッドの肩を掴んだ。

 そうして彼女の瞳を覗き込めば、アストリッドはそっと視線を逸らす。


「だって……子供の頃の約束は、民を納得させるための作り話なんでしょう? つまり、レナート自身は、約束のことなんて、なんとも想っていないのでは?」

「な、そんなはずがないだろう!」

「……そうなのですか? でも、美談をでっち上げたと聞きましたが……」

「あれは俺も驚いた。だが、それはただの偶然だ」

「……では、約束のことは?」

「もちろん忘れたことはない。……そなたは、忘れていたのか?」

「いえ、そんなことはありません。わたくしも、その……覚えています」


 唇に指先を添えて、「そっか、よかったぁ」と小さく呟いた。

 可愛い子ぶるアストリッドは心の中で(ふふっ、当たり前ではないですか。貴方が約束を覚えていたことは、これまでの会話で確認していますわよ)と呟く。


 彼女は不安な振りをして、あえてレナートの心を揺さぶったのだ。そしてそんな裏事情があるとは夢にも思わぬレナートは、アストリッドの可愛さに理性を失いそうになっていた。


(もういいんじゃないか? 絶対、俺に惚れているだろう。これなら、腹を割って話し合い、両国が戦争を起こさなくても済む道を一緒に探しても……探しても? いや、待て)


 絆される寸前、レナートはふと疑問に思った。

 アストリッドは、そのように察しが悪かっただろうか――と。


(いや、おかしい。すでにそれとなく、彼女との約束について話している。なのに、俺が約束を忘れているなどと、彼女が誤解を続けているのは不自然だ)


 つまり――とアストリッドをチラ見したレナートは不意に察した。

 これがアストリッドの張った罠なのだと。


「アストリッド、さては俺をからかったな?」


 軽い牽制。

 アストリッドが否定をすれば、理詰めで覚えているはずだと迫る算段。だが、アストリッドはクスクスと笑い「あら、バレてしまいましたか?」と口にした。


(――っ、引き際も完璧、という訳か。やはり罠。危うく騙されるところだった。だが、アストリッドはなにが目的だ? まさか……)


 グラニス竜王国に秘密があるのなら、アストリッドはそれをレナートに悟らせないように立ち回っている可能性がある。それに気付いた瞬間、レナートの胸がチクリと痛んだ。

 だがそれでも、高鳴った心臓の音は収まらない。


 騙されている可能性があるのだとしても――否、そういう可能性があるから余計に、アストリッドのことが可愛く見える。レナートは意外と単純だった。


 だが、アストリッドの心臓もまた張り裂けそうになっていた。


(くぅ、気付かれましたか、さすがレナートですね。今回は、ここまでにしましょう)


 アストリッドは戦略的撤退を決意する。そうしなければ、レナートに警戒されそうだからである。つまり、自分の心臓が張り裂けそうだからではない。

 そんなふうに独りごちて、アストリッドはレナートを見上げた。


「魔石の話ですが、魔導具に合わせた調整が必要となります。ですので、二級の魔石で結界の魔導具を動かせるようにするには、結界の魔導具の実物が必要となります」


 まずは軽い確認。

 完成品を輸出することになるのなら、結界の魔導具の実物はどのみちグラニス竜王国に渡る。であるのなら、これは断られることはないだろうと踏んでいた。

 その想定通り、レナートは「早めに用意させよう」と頷いた。


「ありがとうございます」

「礼には及ばない。それで、どの程度で実用化できるのだ?」

「そうですね……工房を用意していただければ、早くて数週間、遅くても数ヶ月で形になると思います。ただし、研究の開始は交渉が纏まってからになると思いますが」

「ふむ、では交渉を急がせよう。それで、工房にはどのような設備が必要なのだ?」

「はい。まずは――」


 アストリッドが研究に必要な設備について話し始める。そうしてほどなく、二人分のコーヒーとケーキをトレイに乗せたセリーナが戻ってきた。


 彼女はローテーブルの上にそれらを並べ、部屋の隅に控える。それを横目にコーヒーカップを手にしたアストリッドは一口飲んで、ミルクと砂糖を足す。


「……ところで、セリーナ。話の方はどうだったのかしら?」

「はい。使者も乗り気でしたので、話は比較的早く纏まるのではと想われます」

「そう。ならこちらも急がないとね」


 そう言ってセリーナにねぎらいの言葉を掛け、アストリッドはレナートへと向き直った。


「レナート、工房の準備はどれくらいで出来ますか?」

「三日あれば事足りるはずだ。すぐにでも準備をさせよう」

「三日ですか? ありがたいですが、交渉もまだなのに、準備を始めて平気なのですか?」


 予想より速い速度感に驚いて目を見張る。


「こちらにとっても利のあることだからな。それに、その侍女とのやり取りを聞くに、グラニス竜王国も乗り気なのだろう?」

「詳細は伏せましたのに、さすがですわね」

「なにを言う。わざと気付かせるように言ったのだろう?」

「さあ、どうでしょう?」


 アストリッドは答えず、わずかに微笑みを零した。

 だが、おおむねは事実であった。


(さすがレナート、察しのよさは相変わらずですね)


 彼が変わっていないことに表情をほころばせる。

 アストリッドとしても、魔導具の情報を集める願ってもないチャンスだ。出来るだけ早く話を進め、魔導具の知識を持つ人間との繋がりを得たいと考えている。

 そしてレナートもまた、魔石の技術に触れる機会を逃す手はないと考えている。

 ゆえに、二人の話はトントン拍子で進んでいく。


「ときにアストリッド、その調整の研究とやらは一人で可能なのか?」

「それは、マギノリア聖王国の人間を研究チームに加えたい、ということでしょうか?」

「むろん無理にとは言わないが、魔石の調整に魔導具が必要なのだろう? ならば、魔導具の知識を持つ者に手伝わせた方がいいのではないか、とな」


 いまのセリフには、アストリッドの持つ魔石の技術を盗もうという意図が感じられた。アストリッドは即座にそのことに気が付いた。


(甘い、甘いですね、レナート! それくらいお見通しですわ。ですが、その程度であれば許してあげましょう。なにしろ、わたくしにも思惑がありますからね!)


 技術者が出入りするのなら、逆に魔導具の技術を盗むことも出来る。それはとても都合のよい展開だ――なんて内心はおくびにも出さず、アストリッドは迷うような素振りで口を開いた。


「そう、ですね……話し合いの結果次第ですが、それがマギノリア聖王国のためになるのなら」


(見ましたか、レナート。自分の思惑を隠し、さも譲歩したかのような発言で相手に恩に着せる。これが交渉というものですわ!)


 そんなふうに勝ち誇る、アストリッドに向かってレナートが笑みを零した。


「そうか、ならばエレナが喜ぶだろう」

「……え? そこで、なぜエレナが出てくるのですか?」


 アストリッドはかくんと首を傾げた。


「ん? あぁ、まだ聞いていなかったのか。エレナはそなたが氷の才女と呼ばれていることを知って、少しでも追いつこうと、魔導具や魔石の研究を始めたんだ」

「まあ、エレナがそのようなことを?」

「そうだ。あいつは昔からそなたに憧れていたからな」


 少し照れくさいと、表情をほころばせたアストリッドははたと気付く。


(あれ? もしかして、さっきの話って、魔石の研究を盗みたいとかじゃなくて、たんにエレナのためだった? いえ、さすがにそんなはずは……)


 ないと心の中で独りごちる。

 だってそうじゃなければ、アストリッドだけが打算で動いていたことになってしまう。レナートは純粋に妹のためを想っていたのに、自分だけが腹黒いことを考えていた、と。

 そんなはずはないと、アストリッドは自分に言い聞かせた。


「ああそれと、魔石の新たな技術に関しては隠したいこともあるだろう。だから、エレナに見せるのは、可能な部分だけでもいい。それはあれも心得ているはずだ」

「――ぴっ!?」


 アストリッドの背筋に冷たい汗が流れた。

 エレナは研究を始めたと言っていた、つまりは初心者である可能性が高い。であるならば、彼女から魔導具の重要な機密を引き出すことは出来ない。

 つまり、アストリッドが腹黒であることだけが証明された形。


 もっとも、レナートにそんなつもりはない。エレナを推薦したのは、最初から研究者を送り出すといえば、アストリッドが警戒すると思ったからに他ならない。

 だが、そうとは知らないアストリッドは焦っていた。


(や、やりますね、レナート。まさかそんな罠を仕掛けて、わたくしを窮地に追いやるなんて、さすがわたくしが唯一認めた殿方ですわ。ですが、このまま終わったりしませんわ!)


 誤解をして恥ずかしいなら、誤解でなくしてしまえばいいのだと結論づけた。アストリッドはそのために、氷の才女と呼ばれるほど明晰な頭脳をフル回転させる。


「お話は理解しました。まず、エレナの参加を認めます。そのうえで、エレナの他に数名、魔石の調整実験に参加する研究者を受け入れるのはいかがでしょう?」

「それは……いいのか?」


 レナートが驚き、セリーナもまた目を見張った。


「わたくしの研究には、魔導具の回路を確認することが必須になります。わたくしが魔導具を解析するだけだと不公平になるので、いっそ共同開発にするのはいかがでしょう?」

「共同開発か、なるほど……検討しておこう」

「ええ。何卒よろしくお願いいたします」


 私の心の平穏のためにもと心の中で呟いて、アストリッドはコーヒーを飲み干した。

 

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