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偽装結婚のはずが、なぜか溺愛が止まりません 『先に惚れたら破滅の溺愛ゲームと、恋する二人は思い込んでいる』  作者: 緋色の雨


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エピソード 1ー5

「アストリッド王女殿下、誤解を招いたのであれば謝罪いたします」

「謝罪、ですか……?」


 現れるなり軍縮に反対であると主張したバルドル将軍に対して、アストリッドは自分が平和の象徴だと牽制を入れた。

 その結果が、さきほどのバルドルの言葉で、だからこそアストリッドは彼の反応に困惑した。


「アストリッド王女殿下、弁明の機会をいただけますか?」

「それは……はい、かまいませんわ」

「では率直に。ワシが軍縮に反対しているのは、魔物による被害を押さえるためです。決して、グラニス竜王国を警戒するがゆえの発言ではありませぬ」


 魔物というのは、体内に魔石を持つ凶暴な獣の総称だ。

 魔石を得ることが出来る存在ではあるが、入手できる魔石の品質は労力に見合わないとされている。一般的な魔石の入手方法は採掘であるため、魔物は基本的に厄介者として扱われる。

 そんな理由もあって、魔物は放置され、年々その数を増やしている。


「やはり、この国でも魔物の被害は多いのですか?」

「ええ。さすがに王都付近で被害が出ることは滅多にありませんが、地方の町や村の被害はなくなりません。それゆえに、戦争の集結で手の空いた兵士を向かわせるべきだと考えているのです」

「それが軍縮に反対する理由ですか?」

「ええ。最近、孫娘が生まれましてな。あれには、平和な世界を生きて欲しいですからな!」


 そう言って豪快に笑う。その様子からは、彼の本心を読み取れない。そもそも、彼はなぜそんなことを急に言い始めたのか――と、アストリッドは首を傾げた。

 すると、バルドル将軍の副官、コンラートが口を開いた。


「申し訳ありません、アストリッド王女殿下。実はマギノリア聖王国では、ある魔導具の開発をおこなっており、それを軍事力の代わりにしようという動きがあるのです」


 アストリッドは息を呑んだ。

 それこそ、グラニス竜王国を滅ぼすための魔導具かもしれないと思ったから。


(落ち着きなさい。もしそうなら、彼が安易に口にするはずがない。たぶん違う魔導具よ。だとしたら、なんでもない振りをしなくては)


 表面上は取り繕って、「まあ、そのような話をわたくしにしてもよろしいのですか?」と探りを入れる。それに対して、レナートがすんなりと「そなたならかまわない」と口にした。


「……そうですか? では、それはどのような魔導具なのですか?」

「魔物避けの結界を張る魔導具です」


 レナートが淡々と口にする。

 魔物避けの結界を張る魔術自体はアストリッドも知っている。だが、彼女の知るそれは野営時に使う程度で、軍事力の代わりになるような代物ではない。

 だとしたらと、その可能性に思い至ったアストリッドは息を呑む。


「……まさか、町を一つ護れる規模の結界を張れるのですか?」

「ええ、その通りです。ただ、実用化には問題がありまして……」

「あぁ、なるほど。動力となる魔石の不足ですね」


 それだけの規模の魔導具を起動するには、一級に分類される大出力の魔石が必要になる。だが、一級の魔石は産出量が限られており、マギノリア聖王国に輸出される量も少ない。

 一級の魔石は国のインフラなどにも使うので、結界に回す余裕がないのだろう。


 結果、せっかくの魔導具が使えない。だから、ヘルミーネ郷は人工魔石を造れないかと相談し、それを無理だと聞いたバルドル将軍が軍縮は時期尚早だと口にした。


(王国評議会は、軍部の影響力を弱めたいのかしら? それとも、ただの経費削減?)


 不要な費用を削減することは悪ではない。しかし、無理な削減であれば悪となることもある。そういう意味で、どちらの主張が正しいかの判断はまだ出来ない。

 だが、アストリッドには解決策があった。


(だから問題なのは、わたくしにとって都合がいいのがどちらなのか、よね)


 そして、その答えは考えるまでもない。マギノリア聖王国に軍縮を進めさせることが出来れば、それだけで戦争再開の危険は下がるのだから。


「ヘルミーネ郷、問題は魔石の供給量だけなのですか?」

「もしや、供給量を増やしてくださるのですか?」


 期待を滲ませるヘルミーネに対し、アストリッドは「残念ながら、魔石の供給量が不足しているのはグラニス竜王国でも変わりません」と首を横に振った。


「――ですが、代案になら心当たりがございます」


 アストリッドがそう口にした直後、確実に場の空気は張り詰めた。興味があるのを隠したからこその反応である。

 そう思って沈黙を保っていると、レナートがおもむろに口を開いた。


「……案というのはどのようなものだ?」

「そうですね……実演した方が早いでしょう。セリーナ」


 アストリッドが合図を送ると、セリーナは一度退席して。すぐに小箱を持って戻ってきた。そうして差し出してきた小箱の中には、小粒の魔石が収められている。

 それを受け取ったアストリッドが「テーブルをお借りしても?」と問い掛ける。


「かまわないが……なにかするつもりなら、使用人を呼ぶが?」

「いえ、わたくしがいたします」


 そう言って、テーブルの上に魔石と小型の魔導具を並べる。


「こちら、灯りの魔導具と、それに使うための魔石でございます」

「ふむ……魔導具は分かるが、魔石はずいぶんと小さいな」

「クズ魔石と呼ばれる物で、輸送コストが見合わないために、そのほとんどを国内で消費しています。ゆえに、マギノリア聖王国ではあまり見かけないかもしれませんね」

「なるほど。では、なぜその魔石をいま出したのだ?」

「わたくしの研究の成果を見せるのに都合がいいからですわ。よろしければ、他の皆さんもご覧ください。わたくしが発見した魔石の特性をお見せいたします」


 アストリッドがそう口にすれば、聞き耳を立てていた者達が集まってきた。そうしてテーブル席の横に立つアストリッドを囲むように人垣が出来る。


「皆さん集まったようですので、さっそくお見せいたしますね」


 アストリッドはそう言って、磨く前の原石である魔石を魔導具にセットした。すると、ロウソクのようにゆらゆらと揺れる光源が発生する。


「この灯りの魔導具は、魔石の出力に応じて明るさが変わるようになっています」

「つまり、魔石の出力を図るために魔導具と言うことか?」

「はい。そしてご存じのように、魔石の出力は通常、魔石の大きさで決まります。ですが――」


 アストリッドは魔石の原石を取り外し、代わりに同じ大きさの――さきほどとは違って磨き上げた魔石を魔導具にセットした。

 直後、さきほどよりもわずかに明るく、そして安定した光源が発生する。


「ごらんのように、魔石を磨くことで、出力が上がることが確認されています」


 同じ大きさの魔石とは思えない出力の違いに、周囲からざわめきが上がる。そんな中、ヘルミーネが「これはどの程度の出力アップが見込めるのですか?」と口にする。


「これで上がる出力は微々たるものです。ですが、ある方法を使えば一等級分ほど出力を上げられます」

「なんと! ならば、結界の魔導具を、二級の魔石で動かせるかもしれません! いえ、それどころか、いままで諦めていた様々な魔導具も使えるはずです!」


 ヘルミーネが興奮した声で言い放ち、それを聞いた周囲の者達からどよめきが上がる。それを聞きながら、アストリッドは「ですが――」と付け加える。


「その技術をわたくしの独断でお教えするわけにはまいりません」


 そう告げると、レナートがハッとした。


「もしや、貴女が自国で研究なさっていたのは、その技術なのですか?」

「その通りです。ただ、わたくしだけで開発した技術ではないため、独断でこの国に広める訳にはまいりません」

「なるほど、グラニス竜王国にも利が必要という訳か」


 そう呟いたレナートはしばし思案顔になり、それからヘルミーネ郷に視線を向けた。


「ヘルミーネ郷、いまの話についてどう思う?」

「交渉するべきです。二級の魔石を一級の代わりに出来るのなら、魔導具の用途の幅か一気に広がります。それどころか、魔石不足ですら解消するかもしれません」

「……ふむ、俺も同意見だ。では、ヘルミーネ郷、この会場にグラニス竜王国の大使がいるはずだ。すぐに会談を申し込め。必要であれば、魔物避けの魔導具を引き合いに出してもよい」

「かしこまりました!」


 ヘルミーネ郷は答えるやいなや、急ぎ足で去って行った。そしていつの間にか、バルドル将軍とその副官もいなくなっていた。


「……皆さん、せわしないですね」

「あれだけの技術を聞かされればな。しかし、技術の一部とはいえ、このような場で話してもよかったのか?」

「ええ、あの程度であれば問題はありません。それにあの技術は、魔石の供給量不足を補うために試行錯誤した結果ですから」

「そう、だったのか。では、大々的に発表されたそなたの美談はあながち嘘ではなかったのだな」


 レナートがイタズラっぽく笑う。


「……美談、ですか?」

「そなたが、私と会いたいがために、戦争を終わらせようとした、という話だ」

「……っ。それは……」


 事実を指摘されて顔を赤らめる。

 不意打ちに対応できなかったアストリッドは、慌てて「それよりも」と誤魔化した。


「魔物避けの魔導具だなんて、私に教えてよかったのですか?」

「かまわない。魔物避けの魔導具は元々、グラニス竜王国に輸出を前提に開発させた品だからな」

「……え、それは、どういう?」

「魔石の供給量不足に、魔物被害による、採掘量の低下、という理由があっただろう。そこを解決できれば供給量が増える。そうすれば、戦争を止められると思ったんだ」

「……っ。それでは、まるで……」

「ああ、そなたを迎えに行くためだ」

「うぇ、あ~その……あ、ありがとうございます」


(きゃーっ、きゃーっ、レナートが私のため、私のために戦争を終わらせようとしたって!)


 頬を紅く染めながらも身悶える。そんな反応を前にしたレナートもまた表情をほころばせた。こうして甘ったるい雰囲気の中、貴族向けの婚約発表のパーティーは何事もなく進行した。



 婚約発表の後。

 二人は続けて国民へのお披露目パレードに参加する。アストリッドはレナートとともに屋根のない儀礼馬車に乗り、王都アークセリアの大通りをゆっくりと進んでいた。


 大通りの両端には国民が詰めかけ、その前を押さえるように警備の兵が等間隔で立っている。もちろん、儀礼馬車の周囲にも、馬に乗った護衛の騎士が整列していた。


 アストリッドは国民に手を振りながら、「レナート、さきほど騎士の方に、この馬車には風の結界が張られていると聞きましたが事実ですか?」と尋ねる。


「ああ、この馬車には遮蔽物がないからな」


 レナートが当たり前のように答えるが、それはつまり襲撃を警戒していると言うことだ。

 とはいえ、ある程度であれば、襲撃を警戒をするのは当然だ。ただ、風の結界の他にも、通りに配された兵士の数や、周囲を固める騎士の数が尋常ではない。


「やはり、この政略結婚を望まぬ方もいるのですね」

「……そなただから言うが、戦争の終結を望んでいない者がいるのは事実だ」


 予想外に攻めた答え。


(これは……踏み込んでいいの? それとも、こちらの反応をうかがってるの?)


 どちらの可能性も否定できない。だが、このチャンスを逃すべきではないと、アストリッドは少しだけ踏み込むことにした。


「……それは、軍部でしょうか?」

「否定は出来ない。一部ではあるが、戦争が終われば自分たちの影響力が低下すると危惧している者がいる。そなたを離宮に入れたのはそれが理由だ」


 アストリッドはわずかに息を呑む。


(まさか、そんな内情を教えてくれるなんてね。……レナート、信じてもいいのかしら?)


 レナートを、マギノリア聖王国を信じたいと思う自分がいる。だが同時に、いまの自分が偽っているのだから、レナートも偽っているかもしれない――と疑う自分もいる。

 そうして心を揺らしていると、レナートが再び口を開いた。


「誰もが不安なんだ。終戦という希望を信じて裏切られたらどうしようと」


 一瞬、自分のことを言われているのかと思った。けれどすぐに、民の話だと気が付いた。アストリッドは「そうかもしれませんね」と呟く。


「だから、俺達が彼らの希望になろう。平和を信じていいのだと、皆に証明しよう」


 力強く告げる、レナートの横顔が輝いて見えた。その頼もしさに見惚れながら、絆されてはダメという想いと、信じたいという想いが交錯する。

 アストリッドは葛藤を抱きながらも、自らの肩をレナートの肩にコツンとぶつけた。


「……アストリッド?」

「皆を信じさせるには、私達が仲良しだと証明するのが一番でしょう?」


(だから、まずはわたくしを信じさせてください)


 アストリッドは心の中で呟いて、少し上を向いて目を瞑った。


(上目遣いで目を瞑って、キスを強請る女の子。可愛いでしょ? ドキドキするでしょ? 惚れなさい、早く! じゃないと私の心臓が先に破裂するから!)


 仕草は穏やかだが、心の中はカオスだった。自爆同然の体当たり。ほどなく、レナートの手のひらがアストリッドの頬に触れ、鼓動がうるさいくらいに鳴り響く。

 次の瞬間、頬にわずかにレナートの唇が触れた。


 わぁと、通りを揺るがすほどの大歓声が上がった。ほどなく、レナートが離れる気配を感じ、アストリッドはゆっくりと目を開く。


「……婚約したのだから、遠慮しなくてよかったのですよ?」


(嘘です、無理です! 頬でこれなら、ほんとにキスされたらショックで死んじゃいます!)


 平静を装うも、心の中はぐちゃぐちゃだった。。

 対して、レナートはレナートで、同じように心の中で叫んでいた。


(アストリッドからキスのおねだりだと!? アストリッドの唇にキス……いや、唇にキスとか無理無理無理! 頬でこれとか、キスしたら俺の心臓が止まる!)


 しかし、自国の破滅を回避するためには、相手を惚れさせなくちゃいけない。だからと、レナートは太股を抓って平常心を保った。


「ありがとう、アストリッド。俺も同じ気持ちだ。国のためにも民を安心させてやりたいと言った言葉に嘘はない。だが、そんな理由でそなたに無理をさせたくないんだ」

「レナート……」


(な、なんですかこの殺し文句は! 口説かれているんですか? 私を惚れさせてどうするつもりですか!? 私の計画に気付いて、邪魔するつもりですか!?)


 アストリッドは既に限界だったが、レナートはそこに追い打ちを掛けた。


「愛している、アストリッド」


(ふえええぇぇっ!? レ、レナートがわたくしを、あ、ああっ、愛してる、愛しているっていいました!? 気のせい、気のせいではありませんよね!?)


 面白いくらいに狼狽えながら、アストリッドはなんとか、「嬉しいです。わたくしも愛していますわ」と口にして、レナートの手の甲を自分の頬に押し付けて頬擦りをした。


(はぁはぁ……心臓が保ちません。でも、レナートから愛しているという言葉を引き出した。これで、目的は達成……達成?)


 なにかおかしいと、わずかに残っていた理性が警告を発する。それに従い、狼狽えながらも必死に考えたアストリッドは不意に気が付いた。

 アストリッドはレナートが自分に惚れるように演技をしている。であるならば、レナートが自分に惚れている演技をしている可能性も否定できない、と。


(つまり、さきほどの『愛している』が本音だとは限らないわ)


 素に戻ったアストリッドは民衆に手を振りながら、どうすれば確認できるかを考える。

 だが、自分が演技をしている以上、レナートが演技をしていない確証はない。つまり、レナートの言動以外から、彼がアストリッドを愛していると証明する必要がある。


(たとえば、わたくしがわざとピンチになってみる、とか? ……うぅん、ダメよ。そんなことじゃ確証は得られない。他は……ダメね、どれも正確性に欠けるわ)


 たとえば、マギノリア聖王国が魔導具を兵器化して、グラニス竜王国を滅ぼそうとしていると、レナートが教えてくれれば、それは確実に自分を溺愛しているという証明になる。

 だが、教えてくれない場合は、溺愛していないのか、そういった事実がないだけなのか分からない。それはないものをないと証明する、つまりは悪魔の証明だから。


(なら……私がこの国の魔導具の技術に関われるようにお願いする、というのはどうかしら?)


 溺愛させるという結果を手段として、マギノリア聖王国の秘密を探る。これならば、マギノリア聖王国が秘密を抱えているかどうかを上手く探ることが出来る。


 そうして真実を明らかにすれば、両国の真の平和も得られるはずだと、そんなふうに結論づけて、アストリッドはきゅっと拳を握った。

 その横で考えていたレナートもまた、同じタイミングで静かに拳を握る。


((だから、絶対に先に惚れたりなんてしない。必ずわたくし(俺)に惚れさせて、戦争が起きない、幸せな未来を掴み取ってみせる!))


 こうして、とっくに両思いの二人による、不毛で甘い溺愛ゲームの幕は切って落とされた。

 

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