エピソード 1ー4
数日が過ぎ、婚約式の当日となった。
アストリッドは国から持ってきた青い刺繍が入ったプラチナホワイトのドレスを身に着ける。その着替えをセリーナに任せながら、鏡の中の自分とにらめっこをしていた。
青い刺繍が光を受け、胸元をフワリと浮かび上がらせている。
「……アストリッド様、さきほどからなにをなさっているのですか?」
「もちろん、可愛く見える角度を探しているのよ」
「完全に乙女ですね」
「なっ!? ち、違うわよ! これは、そう、レナートを籠絡するために必要なことなの!」
「それは分かっていますが……」
ただ、その目的が変わってないかと思うセリーナだったが、口には出さなかった。
その後、アストリッドが着替えを終えてほどなく、レナートが訪ねてきた。
「アストリッド、婚約式の段取りだが……」
入出の許可を経て部屋に入ってきたレナートが硬直した。
「……レナート?」
「いや、その……そのドレスのデザインは自分で選んだのか?」
「はい。自国のデザイナー頼みました。もしかして……似合わないでしょうか?」
「その逆だ。似合いすぎて天使が現れたかと思った」
「――きゅんっ」
現実ではなかなか聞かない声を上げ、アストリッドは一瞬だけ意識を飛ばすが、優秀なセリーナ予測して支えたことで事なきを得る。
「……アストリッド?」
「いえ、なんでもありませんわ」
アストリッドは気を取り直し、ゆっくりとレナートに視線を向ける。その角度は奇しくも、さきほどアストリッドが確認していたベストバランスだった。
それだけで、レナートはわずかに見惚れたように息を吐く。また砂糖を口に詰め込まれるのかと、セリーナやユリウスの顔がわずかに曇るが――
「レナート、そのようなお世辞では誤魔化されませんわ。せっかくの婚約式ですのに、自分でドレスを用意することになるなんて寂しいです」
――と、アストリッドは少し拗ねるような素振りを見せた。
押してダメなら引いてみろ。あるいはツンデレ作戦である。
(レナートは可愛く迫っても特大のカウンターを放ってくる。だったら、少しつれなく接して、レナートに私を意識させる手が有効なはずよ!)
(――とか、考えているんでしょうね、アストリッド様は。でも、たぶん、レナート王太子殿下を相手にそれは逆効果ですよ)
セリーナはアストリッドの心の内を、そして未来すらも正しく読み解いた。
そして――
「そうか……すまなかった。結婚式のときは必ず俺が用意すると約束しよう。だから――」
と、アストリッドの目の前に立った。
そんなレナートを見上げ、アストリッドは小首を傾げた。そんなアストリッドの髪に、レナートがそっと触れる。直後、髪にわずかな違和感が残った。
レナートが離れるのを待って鏡を見ると、前髪のあたりでプラチナの髪飾りが煌めいていた。そしてその煌めきの正体はサファイア――レナートの瞳の色と同じ宝石だった。
「レ、レナート、これは……?」
「俺の婚約者である証だ。その……俺の瞳と同じ宝石を身に着けていれば、そなたの美しさに惹かれた男共に、そなたが俺の婚約者だと示すことが出来るからな」
「~~~っ」
まさかの、ストレートな独占欲。カウンターを打つつもりで待ち構えていたら、カウンター無効の特大攻撃を食らう。満身創痍になったアストリッドは口元を押さえて打ち震える。
(無理、これは無理です。レナートに尊死させられます)
恋の花が蕾を付ける。それを自覚したアストリッドは不意に自分の両頬を叩いた。
その奇行にレナートは目を丸くする。
「アストリッド?」
「い、いえ、なんでもありませんわ」
ふるふると首を振るが、明らかになんでもなくない。
「レナート王太子殿下、侍女の身でありながら会話に割って入る無礼をお許しください」
「むろん許すとも」
「では僭越ながら申し上げます。アストリッド様はサプライズの感動に打ち震えて声が出なくなっているだけですので、どうかご心配なさらず」
「そう、なのか?」
レナートが驚き、それからアストリッドに視線を向ける。
「いえ、その、はい……」
真っ赤な顔でコクリと頷く。
そのアストリッドが可愛すぎて、レナートもまた胸を押さえた。
「それと、申し訳ございません。式の準備がまだ終わっておらす……」
「そ、そうか、それは悪いことをした。では、アストリッド、また後で会おう」
「は、はい、また後で」
恥じらいながら、レナートの退出を見届ける。ほどなく、部屋の外から「レナート様、気をたしかに!」という声が聞こえて来たが、それもやがて聞こえなくなった。
そうして十秒、あるいは二十秒ほどが過ぎ、レナートが間違いなく立ち去ったことを確認したアストリッドはセリーナに掴みかかった。
「――って、貴女! なにをレナートに言っちゃってるのよ!」
「急になんですか? ……って、もしかして、アストリッド様が感動していることをばらしちゃったことですか?」
「他になにがあるのよ!」
拗ねた様子が可愛らしい――が、セリーナはめんどくさそうな顔をした。
「えー、だって、あそこでなにも言わなければ、アストリッド様は婚約者にアクセサリーをもらって、いきなり自分の顔にビンタを始める変人ですよ?」
「そ、それは……」
「アストリッド様はそう思われた方がよかったんですか?」
「そ、そんなことはないわよ。だけど……他に方法があったんじゃないかしら?」
「そうですね。アストリッド様がそつなく感謝を伝えていればよかったですね」
「うぐっ」
正論パンチを食らったアストリッドが沈黙する。
「というか、王太子殿下と王女殿下の会話に無断で割って入るのって、かなりのリスクがある行動なんですが? 主のためにがんばった可愛い侍女になにか言うことがあるのでは?」
「あ、ありがとう。助かったわ」
「そんな言葉でお腹は膨れません」
辛辣とも取れる言葉だが――
「……今度、貴女に似合うドレスをプレゼントするわ」
「アストリッド様、ずっと付いていきます」
「隣国まで付いてきた貴女がいまさら言うセリフじゃないのよ」
アストリッドはそう言って苦笑する。アストリッドとセリーナは昔からこういう関係だ。そしてだからこそ、危険の伴う隣国へ伴う侍女として彼女を選んだ。
つまり、二人のあいだにはたしかな信頼関係が存在する。
(まあ、わたくしで遊んでいる節がありますが……)
セリーナは侍女のときこそ地味な格好をしているが、私用では結構妖艶なお姉さんになる。そしてアストリッドで遊ぶのはわりと日常の風景だ。
だが、フォローされたのは事実で、緊張がほぐれたのも事実。アストリッドは彼女の気遣いに感謝しつつ、髪飾りに触れる鏡の中の自分に微笑みかけた。
そうして準備を終えたアストリッドは、婚約発表の会場へと足を運ぶ。大広間の扉が見えてくると、そこにはレナートが待っていた。
白を基調とした礼服、遠目にも金糸の紋章が襟もとで微かに煌めいているのが見える。
「……聖王子」
アストリッドはふるりと身震いした。
いままでは昔からの印象が強く残っており、レナートが聖王子と呼ばれていることにピンときていなかった。
だが、大広間の扉の前でたたずむレナートの姿がそれまでの印象を一新させた。
「アストリッド様?」
「分かっているわ。もう大丈夫」
セリーナに促されたアストリッドは咳払いをして、彼が待つ扉の前まで歩く。
「アストリッド、覚悟はいいか?」
「覚悟、ですか?」
「そうだ。そなたなら察していると思うが、今回の政略結婚を反対する者は少なからずいる。むろん、俺が風よけになるつもりだが、そなたに嫌みを言う者もいるだろう」
アストリッドはぱちくりと瞬いた。
「もしかして、心配してくれていますか?」
「当然だ、婚約者になるのだからな」
「そうですか」
アストリッドは顔を伏せて、(レナート様が心配してくれた)と、かすかに口角を上げた。
だが、すぐに気を引き締める。
(レナート様は昔と変わっていないのかもしれない。だけど、マギノリア聖王国に隠し事があるかどうかは分からない)
だから、まずは婚約式を成功させ、政略結婚を反対する者達を抑え込む。マギノリア聖王国に隠し事があろうがなかろうが、やることは変わらない。そう判断したアストリッドはすぅっと目を細めて意識を切り替えた。
「アストリッド?」
「いえ、大丈夫です。覚悟ならとうに出来ています」
「そうか、ならば――お手をどうぞ」
レナートがエスコートをするために肘を差し出してくる。アストリッドはその腕を掴み、二人は会場の中へと足を踏み入れた。そうして多くの重鎮が見守る中、部屋の奥へと進む。
そうして壇上に上がって並び立つと、ルーファスが声を上げた。
「知っての通り、両国の平和の象徴として、我が息子レナート王太子と、グラニス竜王国の第二王女、アストリッドの婚約が成された。今日はその祝いのパーティーだ。存分に楽しんでくれ」
ルーファスが短い挨拶を告げると、盛大な拍手が降り注いだ。二人はそれに一礼して答え、壇上を降りる。ほどなく、レナートが語りかけてきた。
「――それにしても、そなたは昔と変わっていないのだな」
「……褒め言葉ですか?」
「むろん褒め言葉だとも。氷の才女と呼ばれていると知って戸惑っていたのだが、そなたが俺の知っているままで安心した」
「あれは、周囲が勝手に言っていただけですわ」
戦争を終わらせる糸口を求め、ひたむきに研究に打ち込んでいた。そんなアストリッドに声を掛けた殿方達がすげなくフラれ、氷の才女と呼ばれるようになった。
そんな事情を明かせば、レナートはふっと笑った。
「そうか、そなたは本当にあの頃と同じなのだな」
「あら、それを言うのなら、わたくしも心配しましたのよ。明るく、少しイジワルで、だけど優しい貴方が、聖人王子などと呼ばれていると聞いたときは。……なぜ聖人王子なのですか?」
「あぁ、それか。たいしたことではないが……」
「知りたいですわ」
アストリッドが笑えば、レナートはわずかに肩をすくめた。
「そなたを迎えに行くには戦争を終わらせる必要があった。そうして国内の問題を解決するために奔走していたら、いつの間にか聖人王子と呼ばれていた。ただそれだけだ」
「……っ」
自分を迎えに行くためだと言われた。それを理解して顔が熱くなる。
(レナートは約束を覚えてくれていた。それなら、どうして作り話としたのかしら? ……もしかして、私と同じ?)
アストリッドが講和の条件を聞いたのは、既にある程度の話が固まった後だった。
レナートもそうだったにだとしたら辻褄は合う。
そんなことを考えていると、二十代半ばくらいの、穏やかそうな見た目の女性が近付いてきた。宮廷礼服を着る彼女は、そのスカートの裾を翻して頭を下げた。
「レナート王太子殿下にご挨拶申し上げます」
「ヘルミーネ郷、健勝そうでなによりだ」
「王太子殿下もお元気そうでなによりです。それと――」
ヘルミーネ郷と呼ばれた彼女はアストリッドに視線を向けた。レナートは頷き、「アストリッド、彼女はヘルミーネ郷、ノルデン子爵家の娘で、王国評議会の一員だ」と教えてくれた。
それを聞きながら、ヘルミーネ郷と呼ばれた女性のことを考える。王国評議会の一員と言うことは、国政に関わるメンバーの一人、つまりは国の重鎮である。
(マギノリア聖王国に隠し事があるのなら、彼女が知っているかもしれないわ)
「ご紹介にあずかったヘルミーネです。このたびはご婚約おめでとうございます」
「お祝いの言葉に感謝します。ヘルミーネ郷とお呼びしても?」
「もちろんです、アストリッド王女殿下。国政に関わる一員として、氷の才女と称される貴方とは一度お話ししたいと思っていました」
「まあ、光栄ですわ。どのようなお話かしら」
アストリッドはそう言って相手の言葉を待つ。
次の瞬間、ヘルミーネは実はと目を輝かせた。
「アストリッド王女殿下は魔石の研究をなさっているとうかがいました。そこでお伺いしたいのですが、人の手で魔石を作るのは難しいでしょうか?」
「人の手……つまり人工の魔石ですか」
ヘルミーネの言葉に、レナートが「ヘルミーネ郷、祝いの場でそのような質問をするなど失礼であろう」とたしなめる。
「も、申し訳ありません」
ヘルミーネ卿はそう言って下がろうとするが、気になったアストリッドは「かまいません」と引き留めた。
続けて「人工魔石は難しいと思いますが、なぜどのような質問を?」と問い返す。
それに対してヘルミーネが口を開くのとほぼ同時、「やはり軍縮は時期尚早なのでは?」と新たな声が割って入った。
見れば、正装軍服を纏った老年の男が立っている。彼は背後に正装軍服を纏った男を従え、その鍛え抜かれた身体からは予想も出来ないほど洗練された礼をする。
「レナート王太子殿下、不躾にも会話に割って入る無礼をお許しください。しかし、ワシとも関係のありそうな会話が聞こえてきたものですから」
「なるほど、そういうことならかまわない」
レナートは男の無礼を許し、「彼はこの国の将軍、バルドル・ヴェルナー。そして隣にいるのが副官のコンラートだ」と、アストリッドに向かって紹介をする。
それを聞いたアストリッドは軽く目を見張った。
「将軍……そうですか、貴方が」
アストリッドは基本軍務には付いていない。けれど、王女としてはマギノリア聖王国の軍を指揮する人間の名は聞いている。
(バルドル・ヴェルナー。武力一辺倒ではなく、策略にも長けている。グラニスの軍を苦しめた、マギノリア軍を束ねる将軍。そう、彼が……)
脳裏によぎるのは、戦争におもむき、そのまま帰らぬ人となった者達の家族の様子。それを成した者と思えば憎しみも沸く。
だけど――と、アストリッドは拳を握った。
「お初にお目に掛かります、バルドル将軍。わたくしはアストリッド。グラニス竜王国の第二王女にして、レナートの婚約者です」
自分は両国の平和の象徴だと胸を張り、その整った顔に小さな笑みを浮かべた。
お読みいただきありがとうございます。
いまのタイトル
「惚れたら破滅の溺愛ゲーム――恋する二人はそう思い込んでいる ~氷の才女と聖人王子の偽装結婚~」
を明日くらいに、
「【なんか新しいタイトル】惚れたら破滅の溺愛ゲーム――恋する二人はそう思い込んでいる」
に変更します。
(複数回変わる可能性があります)
ご迷惑をおかけします。




