エピソード 4ー2
アストリッドは困惑していた。戦局を左右するような兵器を見せられると思っていたのに、見せられたのが目の前の光景を記録する魔導具だったからだ。
「あの……目の前の光景を記録する魔導具というのは、コンラートが使用した、手紙の写しを作った魔導具のことですか?」
「覚えていたか、その通りだ。これを使えば、ものの数秒でその光景を写し取れる」
それを聞いたアストリッドは一定の理解を得る。
(たしかに、目の前の光景を写し取れるなら、その用途は多岐にわたるでしょうね。とはいえ、それが戦局を左右するような兵器かというと……)
微妙なところだろうと、アストリッドは考える。
「あの……どうしてこれをわたくしに見せてくださったのですか?」
「記念に、そなたと俺の姿を写し取ろうと思ってな」
「記念、ですか?」
「なにを不思議そうにしている。今日はそなたの誕生日だろ?」
「……あ」
忘れてたと、素の声が零れた。
「いまはまだ扱いを決めかねている状態でな。グラニス竜王国に教える訳にはいかないが、いずれは輸出することにもなるだろう。そうなれば、そなたの家族の姿も写し取ることが可能だ」
優しげな声。
それを聞いた瞬間、アストリッドの中にあった疑問点が線で繋がった。
「もしかして、さっき、故郷が恋しくないかと言ったのは……」
「この魔導具は、人の姿や景色を写し取ることが可能だからな」
「では、セリーナを呼ぶようにとおっしゃったのも?」
「仲のよい侍女ならば、一緒に姿を記録するのも一興だろう?」
「……セリーナを呼んだ理由はそれでしたか」
そう呟いて息を吐く。
とたん、レナートが笑い声を零した。
「無礼打ちにでもすると思ったか?」
「さすがにそこまでは。でも、咎められて当然のことですから」
侍女であるセリーナは貴族の娘である。
だが、隣国へ渡ったいま、その肩書きもあまり意味を成さない。ましてや相手は王族だ。不興を買えば苦しい立場に追いやられることは必至である。
(まあ、わたくしの知るレナートはそんなことをする人ではないけれど)
セリーナの発言がラインを越えているのも事実。少しは心配した、というのがアストリッドの正直なところである。
「なんだ、本当に心配していたのか。そなたを大切に想う者を邪険にしたりはしない」
「そう言っていただけると助かりますが……侍女にまで魔導具のことをお教えしてもいいのですか? 少なくとも、いまは機密なのでしょう?」
「そなたが秘密にすると、約束してくれたからな」
アストリッドが秘密を守るのなら、侍女がその意志に反することはないだろう、と。
その考えは恐らく間違っていない。
(けれど、わたくしは……)
アストリッドは、レナートから教えてもらった魔導具の情報を自国に送るつもりだった。
つまり、アストリッド自身がレナートの信頼を裏切っている。
その罪悪感に苛まれる。
「アストリッドが不安なら、肖像画を描くと伝えよう。いや、そうだな。実際に肖像画を絵描きに描かせるのなら、エレナやアレクシスも呼ぶとしよう」
「……それは、名案ですね」
これ以上は怪しまれると思い、アストリッドは不器用に笑った。そうして複雑な心境を抱えている間にセリーナがやってきた。
「アストリッド様、お誕生日おめでとうございます」
「ありがとう、セリーナ。もしかして……知っていたの?」
「レナート王太子殿下がお祝いをしようとしていることですか? アストリッド様との会話を事細かに覚えていたのですから、誕生日くらいは覚えているだろうと予想はしていましたよ」
言われてみれば納得である。むしろ、何年も前の些細なやり取りまで覚えているレナートがアストリッドの誕生日を忘れていたら、そっちの方が驚きだ。
「もう、そうならそうと言ってくれればよかったのに」
「私はそこまで無粋ではありませんよ」
セリーナがそう言って笑う。それから、「二人で楽しまれる者と思っていましたが、どうしました?」と尋ねてきた。
「ああ、それなんだけど――」
アストリッドが口を開いた直後、こちらに歩いてくるアレクシスとエレナの姿が目に入った。彼らはアストリッドの視線に気付くと手を振って、そのまま歩み寄ってくる。
「アストリッド、十八歳の誕生日おめでとう」
「おめでとうございます、アストリッドお姉様」
「――ありがとう、お兄様。それにエレナ」
アストリッドは蕾が花開くように破顔する。
ほどなく、中庭の花壇をバックに、アストリッドとレナート、そしてアレクシスとエレナが並び立ち、端にセリーナとユリウスが控えた。
その風景を、レナートの用意した絵描きが写し取っていく。そしてその横には、レナートの用意した封映の魔導具がさりげなく置かれていた。
「ようやく、あのときの心残りが解消されたな」
レナートがぽつりと呟き、それに気付いたアストリッドがちらりと視線を向ける。
「心残り、ですか?」
「五年前、肖像画を残すことが出来なかったからな」
「……ああ、そう言えば、そんな話をしていましたね」
幼い頃の二人は、一緒の肖像画を残そうという話をしていた。だがその日は時間がなくて、次に会ったときにと約束を交わし――そのまま、次の機会は訪れなかった。
そのことを、アストリッドは思い出した。
(もしかして、封映の魔導具を作ったのはそれが理由?)
レナート曰く、この魔導具が数秒で目の前の景色を写し取ることが出来る。ならばあの日、もしこの魔導具があったなら、二人はその姿を残すことが出来ただろう。
(その後悔が、レナートに封映の魔導具を開発させた……なんて、考えすぎかしら?)
そんなふうに考えながら、アストリッドは中庭に吹き抜けたそよ風に身を任せた。




