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偽装結婚のはずが、なぜか溺愛が止まりません 『先に惚れたら破滅の溺愛ゲームと、恋する二人は思い込んでいる』  作者: 緋色の雨


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エピソード 4ー1

 アストリッドがこの国に嫁いだ理由は三つある。

 一つ目は、幼少期に交わしたレナートとの約束を大切にしていたから。

 二つ目は、講和の条件に政略結婚が含まれていたため。そして三つ目は、マギノリア聖王国が戦局を左右するような兵器の開発をおこなっているという証拠を掴むためである。


 三つ目の戦局を左右するような兵器については実在するかどうか不明。なければいいが、マギノリア聖王国はそれを開発しうるだけの技術を保有していることは確認されている。


 だが、兵器が開発中でったとしても、レナートが戦争再開を望まなければ最悪は回避できる。ゆえに、説得の一環としてレナートを惚れさせる――というのがアストリッドの目標である。

 そうしてレナートを惚れさせるために邁進していたある日、彼から告げられた。


『マギノリア聖王国が開発中の魔導具をそなたに見せよう』――と。


 彼はそれを機密の情報だと口にした。

 つまり――


(マギノリア聖王国は本当に、戦局を左右するような兵器を開発していた、ということよね)


 レナートがそれをアストリッドに教えようとするほどに心を開いてくれたのは嬉しいことだ。だが、そのような魔導具が存在しているのは嘆くべき事実である。

 そして最大の問題。

 その兵器の存在を明かして、レナートはどうするつもりなのか、ということ。


 だが、情報が足りていないため、いくら考えても答えは出ない。

 アストリッドは悶々とした夜を過ごした。

 そして次の日の朝。レナートの元へ向かうべく身だしなみを整える。アストリッドに向かって、着替えを手伝っていたセリーナが「顔色が優れませんね、なにかありましたか?」と首を傾げた。


「レナートに、開発中の魔導具を見せると言われたのよ」

「開発中の魔導具?」

「ええ。現時点では機密扱いだそうよ」


 アストリッドがそう口にすると、セリーナは息を呑んだ。だが、ふと思いついたような顔をして、「もしかして、それは今日の話ですか?」と口にした。


「ええ。王城の方へ足を運ぶ予定よ。なにがあるか分からないから、貴女も準備なさい」


 もしかしたら、戦争を再開させないためにレナートと協力し合えるかもしれない。だけど逆に話が拗れ、秘密を知ったアストリッドが幽閉されるかもしれない。

 そうなったら、最悪はセリーナだけ逃げてもらうことになる。


 そんな重要な役目を託すという意味で、準備をするように告げた。だが、セリーナはあっけらかんと、「では、こちらのドレスの方がよろしいですね」と服を選び始めた。


「……ちょっと、わたくしの話を聞いていた?」

「ええ、もちろん」

「聞いていたら、どうしてドレスを選び始めるのよ?」

「レナート王太子殿下を籠絡なさるのでしょう?」

「え? あ、あぁ……そういうこと?」


 ここに来ては、戦局を左右するような魔導具が開発されていることはほぼ間違いない。であるならば、重要なのはレナートがそれを使ってなにをなすつもりなのか。その意思に影響を及ぼせるかどうかは、アストリッドが彼を籠絡できるかどうかに掛かっている。

 つまり――


「分かったわ。思いっきり可愛く着飾ってちょうだい」

「もちろんです。なにせ、今日は」


 せっかくの誕生日ですから――と、セリーナは続けたのだが、使命を達成することに集中していたアストリッドの耳には届かなかった。



 こうして、アストリッドは離宮から王城へと向かう。警備の兵にレナートに呼ばれたことを告げると、すぐに中庭へと通された。


 手入れの行き届いたその庭には花が咲き乱れ、わずかに吹く風は甘い香りがする。わずかに乱れた髪を指先で整えながら案内に従って歩いているとほどなく、ガゼボが目に入った。

 大理石の丸い屋根があるガゼボ、その下にはお茶会の席が用意されていた。その席に座っていたレナートが立ち上がり、アストリッドを出迎える。

 彼は白を基調とした儀礼服を身に着けていた。


「レナート、本日はお招きいただきありがとうございます」

「あ、ああ」


 アストリッドは美しいカーテシーをするが、彼は生返事をするだけだ。不思議に思ったアストリッドは小首を傾げ、もう一度「レナート?」と口にした。

 直後、彼の背後に控える従者が咳払いをして、レナートはビクンと反応した。


「――っ。は、すまない」

「いえ、かまいませんが……どうかいたしましたか?」

「いや、その……今日も髪飾りを付けてくれているんだな」

「あぁ、これですか? レナートからの贈り物ですから」


 小さなサファイアが散りばめられたプラチナの髪飾り。今日はそれに併せた夜色のドレスを身に着け、髪も可愛らしくハーフアップで整えてある。


「……似合いませんか?」

「――よく似合っている」


 アストリッドが控えめに尋ねるのとほぼ同時、レナートが目を細めて微笑んだ。アストリッドの心臓が脈打つが、彼女は「レナートの服も似合っていますよ」とはにかんだ。

 早速の甘酸っぱい空気が広がっていく。

 だが、今日のアストリッドはいつもよりシリアスな感情を抱いている。彼女は「それで、今日はなぜ中庭に?」と水を向けた。


「そうだったな。立ち話もなんだ。まずはお茶にしよう」


 それより早く機密を――とは言えるはずもなく、アストリッドは笑顔でそれに応じた。アストリッドはレナートと向かい合って丸テーブルの席に着いた。


 ほどなく、二人の前にはケーキや紅茶が並べられていくと、ケーキの甘みがほのかに香る。ホストのレナートが紅茶を一口飲むのを待ち、アストリッドもまた紅茶に口を付ける。


「ところで、アストリッドはこの国の生活に慣れたか?」

「ええ、おかげさまで。文化の違いはありますが、優れた魔導具が多いこともあり、快適な日々を過ごさせていただいておりますわ」

「……そうか」


 レナートはわずか微笑む。その優しげな表情に見惚れていると、レナートは「故郷が恋しくなったりはしないのか?」と続けた。


「もちろん、懐かしむことはございますよ。ですが、久しぶりに兄とも会えましたし、セリーナも付いてきてくれましたから」

「……セリーナ、あの侍女のことだな。仲がいいのか?」

「ええ、子供の頃から親しくしています。以前、一緒にこの国に来たことがあるのですが、覚えていらっしゃいませんか?」

「この国にか?」

「ええ。その頃は侍女としてではありませんでしたが」


 レナートは小首を傾げ、それから「あぁ……あのときの彼女か」と呟いた。


「覚えていらっしゃるのですか?」

「ああ。貴方がお嬢様にふさわしいかテストとします! と言っていた面白い女性だろう?」

「――はっ!? ……そ、それは、マギノリア聖王国流の冗談かなにか、でしょうか?」

「いや、事実だ」


(せりーなあああああああああああああああああ!?)


 貴女はなにをやっているのよ!? と心の中で突っ込んだ。だがすぐに我に返り、「わたくしの侍女が失礼をいたしました。どうかひらにご容赦を」と全力で頭を下げた。


「いや、そなたを思っての言葉だろう。気にする必要はない。だが……そうか、彼女がセリーナか。なるほど。それで、今日は連れてきていないのか?」

「――え!? いえ、その……今日は離宮に待機させています」


 それは、アストリッドに万が一があれば、そのことを自国に知らせる手はずだったから。

 本来であれば、セリーナが同行していない理由はもっと上手く誤魔化す予定だった。だが、想定外の話で動揺していたアストリッドは反射的に素で答えてしまった。

 そして――


「そうか、ならば彼女もここに呼ぶといい」


 ――レナートからそんな提案をされて思わず答えに窮する。


 レナートがセリーナを呼ぶように提案した理由はなにか。

 果たして、無礼を働いた彼女に言いたいことがあるからか、それともアストリッドの思惑を見透かして、こちらの手を封じ込めようとしているからか。

 むしろ、後者だった方がマシかもしれないとすら思う。


 だがいずれにせよ、ここで拒絶して警戒されるのは不味い。アストリッドは苦渋の決断で、セリーナを呼んでくるようにと別の侍女に言付けた。


 そうして針のむしろのような状況で紅茶を口にする。それをゴクリと強引に喉に流し込めば、レナートが、「さて、そろそろ例の魔導具を見せよう」と口にした。


「いま、見せてくださるのですか?」

「ああ、そのためにそなたをここに呼んだのだからな」

「そう、ですか」


(野外で使う魔導具ということね。とはいえ、中庭を吹き飛ばしたりはしないでしょう。そうなると、新しい魔導具というのは、非殺傷系の装備なのかしら?)


 たとえば、シールド系の魔導具。

 結界の魔導具が、その前段階だったという可能性もある。


 どちらにせよ、ここで断るという選択肢は存在しない。アストリッドは楽しみですわと微笑んで席を立った。直後に人払いがされ、使用人達が席を外していく。


 この場に残されたのはレナートとアストリッド、それに彼の従者ユリウスだけである。そのユリウスが、中庭の片隅に、脚立に取り付けた魔導具を運んできた。


(思ったより大きくないわね)


 このサイズなら、いざというときには鹵獲するなどの対策が取れるかもしれないと考える。だが同時に、小さな魔導具が戦局を左右するような兵器だと考えると恐ろしいと身震をいした。

 アストリッドは意を決し、レナートへと視線を向ける。


「レナート、これは一体、どのような魔導具なのですか?」

「これは封映の魔導具――目の前の光景を記録する魔導具だ」

 

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