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偽装結婚のはずが、なぜか溺愛が止まりません 『先に惚れたら破滅の溺愛ゲームと、恋する二人は思い込んでいる』  作者: 緋色の雨


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エピソード 3ー6

 戦争の再開をもくろむ者達に裁きが下された。とはいえ、大半の協力者は具体的な罪がなかったために、多くの者が執行猶予のような扱いとなる。断罪されたのはコンラート、そして最後まで言い逃れをしようとした者や、橋を落とすのに加担したような者達のみだった。

 だが、マギノリア聖王国に自浄能力がある証明にもなった。


(……つまり、レナートは戦争再開を望んではいない、ということよね)


 少なくともいまは――という但し書きは付くが。アストリッドの信頼を得るための演技にしては手が込んでいる。ゆえに、今回の断罪劇は本物だと判断した。

 つまり、少なくとも猶予はある――というのがアストリッドの結論だ。


 そんな束の間の安寧を得て日々を過ごす。そうして、事件から半月が過ぎ、改めて共同開発の祝典が開催されることとなった。


 当日は先日の焼き直しで、レナートによるエスコートの元、王国評議会の面々や、グラニス竜王国からの使者、それに王国夫妻とエレナなどと挨拶を交わす。

 違うのは、その場にコンラートがいなかったことと、使者が本物だったことくらいである。


 それゆえに、祝典はつつがなく進められ、両国の代表が平和な未来を誓い合うことで会場は拍手に包まれた。その後は各自が思い思いの場所に移動して、来賓の者達でおしゃべりをする。


 アストリッドもまた、多くの者達と挨拶を交わしていた。だが、しばらく立って一息吐いた彼女は、シャンパンのグラスを片手にバルコニーへと足を運んだ。

 そこに足音が近付いてくる。


「アストリッド、元気にしているようでなによりだ」


 懐かしい声。振り返るとそこにはアストリッドとよく似た顔立ちの男性が立っていた。彼は穏やかな眼差しをアストリッドに向けていた。

 アレクシス・グラニス――グラニス竜王国の王太子、アストリッドの兄である。


「お兄様、来ているとは聞いておりませんわよ?」


 いくら祝典とはいえ、最近まで敵だった国の城に王太子が足を運ぶのは異例の出来事だ。もしその予定があれば、アストリッドに耳にも入っているはずだと、そこまで考えた彼女は目を細める。


「さては……お忍びできましたね?」

「いまの俺はグラニス竜王国のレオポルト子爵だ」


 咎めるアストリッドに対して悪びれることなく偽りの身分を口にする。アストリッドは少し呆れつつも、「そうですか」と、その表情をほころばせた。


「それで、お兄様はなにをしにいらしたんですか?」


 政略結婚で嫁いだ姫が、ちゃんと使命を全うしているかどうかの確認。あるいは、そのような重い使命を負った妹が元気にしているかどうかの確認。

 どちらかだろうと当たりを付けつつ、アストリッドは首を傾げる。


「おまえが役目を放り出すとは思っていない。それに、この短時間では成果を得ることも出来ないだろう? だから、今回は可愛い妹が元気にしているか様子を見に来ただけだ」

「そういうことなら、わたくしは元気ですわ」

「なら、不当な扱いは受けていないのだな?」

「ええ。レナートは優しいですわよ」

「……そうか、ならばいい」


 アレクシスはそう言って笑みを零す。そんな彼に対して、アストリッドは「でも、一つ訂正させてください」と切り出した。アレクシスは「訂正?」と首を捻る。


「ええ。なにも成果がない訳じゃありませんわ。まだ短い期間ですが、ちゃんとレナートの心は掴んでいます。わたくしを見くびらないでいただきたいですわ」


 そう言って、少しだけ不満げな顔をする。それを見たアレクシスは「ふっ、そうか、それはなによりだ」と笑った。


(この顔、まったく信じていないわね)


 アストリッドはわずかに不満を滲ませた。

 次の瞬間、「そこでなにをしている」と、少し強い口調の声が響いた。そしてそれとほぼ同時、レナートが詰め寄って、アストリッドを背後に庇うように二人の間に割って入った。


「アストリッド、大丈夫か?」

「え? ええ、大丈夫ですが……?」


 なんの心配をされているのだろうと、アストリッドは困惑気味に首を傾げる。だが、その反応を受けたレナートは、アレクシスへと鋭い視線を向けた。


「これはレナート王太子殿下、お初目にお目に掛かります。私はグラニス竜王国の――」

「挨拶は無用だ。それよりも、彼女は俺の婚約者だ。このような場所での密会はご遠慮願おう」


 取り付く島もない。

 その様子を横目に、アストリッドはわずかな引っかかりを覚えた。


(この反応、なんでしょう? ここまで出ているんですが……)


 喉元まで込み上げているのに言葉にならない。歯がゆさを感じて悶えるアストリッドの向かいで、アレクシスはわずかに眉を寄せた。


「まさか、彼女が情報の漏洩をしているとでも?」


(いいえ、それは違いますわ、お兄様。わたくしは普段から手紙を送っているし、そもそも機密に触れるような場所には立ち入っていない。だから、レナートの反応はもっと、こう……あっ!)


 考えに耽るアストリッドの横でレナートが口を開いた。それとほぼ同時、アストリッドはレナートが、目の前の男がアストリッドの兄だと気付いていないのだと理解した。


「そうではない。俺は――」

「――もしや、嫉妬なさっているのですか?」

「そう、嫉妬を――なっ!? なな、なにを言う?」


 レナートが分かりやすいほどに狼狽える。


(お兄様に、私がレナートをちゃんと籠絡していると証明するチャンスね)


 そんなふうに考え、アストリッドは小悪魔のような笑みを浮かべてレナートの腕を掴む。


「へぇ、そうなんですか。レナートは、わたくしが他の殿方と話しているのを見て嫉妬しちゃったんですか? そんなに、わたくしのことが、好き、なんですか?」


 小悪魔のような笑みを浮かべてレナートに寄り掛かる。彼女の胸がレナートの二の腕に押し当てられる。それに気付いたレナートの顔がみるみる赤くなった。


「ち、違う。俺はただ、そなたが知らない男に詰められていると思って心配をしただけだ」

「あら、そうなのですか? その割に、お顔が真っ赤ですわよ?」

「そ、それは、その……分かるだろう?」

「あら、口に出していただかないと分かりませんわ」


 アストリッドがぐいぐいと詰め寄る。


「だ、だから、胸、胸が当たっている」

「え? ……ふぁ!?」


 自分がなにをしているか、ようやく気付いたアストリッドが飛び退いた。そうして自らの胸を隠すように腕を組む。だが、真っ赤になりながらも、アストリッドは煽るのを止めなかった。


「そ、そうですか。レナートは、わたくしの胸が当たっていたのをき、気にしていたんですね」

「それは……とっ当然、だろう」

「――っ。ふぅん、それは、わたくしのことが好き、だからですか?」

「そ、そう言ってるだろう」

「へ、へぇ~そう、なんですね。……えへ」


 アストリッドの顔がだらしなく歪む。

 向かいにいるアレクシスがぽつりと「俺は一体なにを見せられているんだ……?」と呟くが二人の耳には届かない。だが、アレクシスは気を取り直して咳払いを一つ。「レナート、俺のことを忘れてしまったのか?」と口にした。


「貴様に呼び捨てにされる覚えは……いや、待て。おまえは……アレクシスか?」

「ようやく思い出してくれたか。まったく、兄の前でイチャイチャと」


 アレクシスが笑う。

 それで我に返ったレナートとアストリッドは弾かれたように距離を取った。

 恥ずかしがる二人。アレクシスが笑っていると、ほどなくしてアストリッドが「ですが、正体を明かしてよかったのですか?」とアレクシスに問い掛けた。


「あまりよくはないが、説明しなければ決闘でも申し込まれそうな雰囲気だったからな」

「は? い、いやいやいや、さすがにそこまではしないぞ!?」


 レナートは慌てて否定するが説得力はない。アレクシスがニヤニヤと笑い、レナートが必死に否定するという構図が出来上がった。

 そして、それを見守っていたアストリッドはふっと笑みを零した。


(懐かしいわね。そういえば、以前はこんな風によく話していたのよね)


 戦争が始まる前の話。

 また、こんな風に話す機会が訪れたことを嬉しいと思う。アストリッドは「レナート、お兄様のことは内緒にしておいてくださいませんか?」とその横顔を見上げる。


「内緒? ん? そう言えば、なぜここにいる。もしや、おまえ……」

「いまの俺はレオポルト子爵だ。だから、おまえが嫉妬しても不審がられることはないぞ?」


 そう言ってアレクシスが笑う。


「……まったく、そういうところは昔から変わっていないな。まあ内緒にするのはいいが――と、そうだ。せっかくなら、エレナにも挨拶してやってくれ。おまえに会いたがっていた」

「エレナが? そうか。なら、少し様子を見てこよう」


 アレクシスは「俺は明日まで滞在する。また後で話そう」とバルコニーを後にした。残された二人の間に沈黙が流れるが、不意にレナートが「嫉妬した訳ではないからな?」と口にした。

 直後、バルコニーに一陣の風が吹き抜ける。アストリッドは風で乱れた前髪を指先で整えながら、「それは残念です」とイタズラっぽい笑みを浮かべた。


「そ、そうか……」


 レナートはクルリと背を向ける。


(残念? 残念と言ったのか? 女性は男の嫉妬を醜いと思うものではないのか? それとも、まさか、俺には嫉妬して欲しいと思うほど、俺に惹かれているということ、か……っ!?)


 さきほどの一件と併せ、レナートの心の中は乱れに乱れまくっていた。

 そんなレナートの背中にぴとり、柔らかな温もりが触れる。その温もりの正体に思い至るのとほぼ同時、レナートの肩の横からアストリッドが顔を覗かせた。


「ア、アストリッド!?」

「わたくしは、貴方のことが好きです」

「そ、そうか。お、俺も、おまえを――」


 愛していると、レナートが返すより一瞬だけ早く、アストリッドが「だけど――」と呟いた。それに驚いたレナートが言葉を呑み込むと、アストリッドはわずかに表情を曇らせる。


「わたくしは、家族も愛しているんです」


 久々の再会で、アストリッドは懐かしさを覚えた。


 アストリッドが氷の才女と呼ばれるほどに一心不乱に研究を続けていたのは戦争を終わらせたかったからに他ならない。

 だけど、レナートの元に嫁ぐだけなら国を出奔する選択だってあった。


(わたくしが戦争を終わらせることにこだわったのは、みんなが大好きだったからよ)


 だから、戦争を再開させることだけは受け入れられない。そのためならば、自分はどんな手段を用いても、目的を達成してみせると覚悟を決める。


 直後、レナートがクルリと振り返った。レナートの背中に身を寄せていたアストリッドは、レナートの胸にしなだれかかるような構図になる。

 さきほどと同じような構図――だが、今回のレナートは怯まなかった。


「……アストリッド、そなたに見せたいものがある」

「見せたいもの、ですか?」


 小首を傾げると、レナートの手がアストリッドの腰を抱き寄せた。


「色々と秘密が多いことを、そなたが不安に思っているのは知っている。秘密をなくすと言ったばかりなのに、先日の件も話せなかった。だから――」


 彼は腰の回した腕をわずかに引き寄せ、アストリッドの耳元に唇を近づけた。


「まずは一つ。明日、マギノリア聖王国が開発中の魔導具をそなたに見せよう」


 不意に訪れた機会に、アストリッドの鼓動がドクンと跳ねた。

 だから決して、レナートに抱き寄せられていることや、耳元で囁かれたこととで、さっきから鼓動がうるさいくらいに高鳴っていることとは関係がない。

 アストリッドはきゅっと拳を握り、辛うじて平静を装った。


「……開発中の魔導具、ですか?」

「ああ。現時点では他国の者には見せられない、機密扱いとなっている魔導具だ」

「それを、わたくしに見せてくださるのですか?」

「そうだ。もちろん、誰にも言わないことが条件だがな」


(……本気の、ようね。急に、どういうこと? 知らない間に、籠絡しちゃってた? それとも、わたくしがどう出るか、反応を探られている?)


 どちらもありそうな気がすると、わずかな時間でめまぐるしく考えを巡らせた。正直、現時点で判断することは不可能だ。だが、だからこそ、ここでの答えは決まっていた。


「秘密にしろとおっしゃるのなら、もちろん誰にも言いませんわ」


 笑顔でそんなことを口にする。

 刹那、アストリッドの胸がズキリと痛んだ。

 

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