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偽装結婚のはずが、なぜか溺愛が止まりません 『先に惚れたら破滅の溺愛ゲームと、恋する二人は思い込んでいる』  作者: 緋色の雨


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エピソード 2ー7

 結界を張る魔導具の設置を本格的に開始した矢先、魔導具の一つが不具合を起こしたという報告は、関係者達に少なくない動揺を与えた。


 魔導具に欠陥があった可能性、あるいは魔石の技術に問題があった可能性。そして、何者かが細工をした可能性。様々な理由が想定されるため、一刻も早い原因の究明が求められた。


 そして、原因の究明を願う者の中にはアストリッドも含まれていた。原因究明の部隊にレナートが同行すると知ったアストリッドは、「わたくしも連れて行ってください」と願い出る。


「アストリッド、不具合のあった魔導具は、比較的危険な地域にある。それになぜ不具合が起こったのかも分かっていない。可能性としては罠である可能性も否定できない。だからダメだ」

「いいえ、ならばこそ、わたくしも同行させてください」


 たとえば、バルドルがなにか工作をおこなった可能性もある。

 その場合は、レナートに原因究明を任せることも可能だ。だが、レナート、あるいはマギノリア聖王国の思惑が絡んでいる可能性もある。その場合は、レナートに任せる訳にはいかない。

 ゆえに、アストリッドは同行を強く願い出た。

 結果――


「……仕方ない。ただし、前回ほど快適な旅にはならないから覚悟してくれ」

「心配には及びません。レナートにいただいたクッションは持参します」


 アストリッドが自信ありげに宣言すると、クッションを抱きしめるアストリッドを思い浮かべたレナートが思わず破顔した。


 ――という訳で、一行はレナートとその護衛騎士、そしてバルドル将軍の率いる部隊、それにアストリッドという混成部隊となった。

 ただし、速度が優先されるために使用人は最小限、一行は馬で目的地へと向かう。


「は、恥ずかしいです……」

「……まだ言っているのか」


 悶えるアストリッドを横目に、レナートが苦笑する。

 アストリッドが照れているのはレナートと相乗りをしているから――ではない。アストリッドは自分の馬に乗り、器用に馬を操りながら身悶えていた。

 出発前、クッションがあるから大丈夫と自信満々に宣言したのに、移動が馬車ではなく乗馬だったからである。


「まあ……そなたがクッションを気に入ってくれてよかった」

「それはまあ、レナートからの贈り物ですし……」


 もじもじしながら口にする。アストリッドの口から零れた本音に、レナートはわずかに表情をほころばせた。


(旅の途中で用意した間に合わせだったのだが……思った以上に気に入ってくれたようだな。どうせなら、もっとちゃんとしたクッションを用意するべきだったか)


 少しの後悔と、だけどアストリッドが喜んでいるのならばいいかという充足感を感じながら、レナートは再び、隣で馬を速歩で進ませるアストリッドに視線を向ける。

 全力疾走ではないとはいえ、決して遅い速度でもない。にもかかわらず、アストリッドは馬上で恥ずかしがる余裕すらある。それは、彼女が乗馬に慣れていることを示していた。


「アストリッドがここまで乗馬を得意としているとはな」

「もしかして、出来ないと言ったら、城においてくるつもりでしたか?」

「それで大人しくしてくれるならな」

「残念でしたわね。この程度は王族の嗜みですわ」


 イタズラっぽく笑うが、アストリッドの乗馬の技術は嗜みの域を超えている。


「嗜んでいる程度には思えないが?」

「あー、まあ、そうですわね」


 アストリッドが視線をついっと外す。


「なにか理由があるのか?」

「その……言っても笑いませんか?」

「むろん。心配なら約束しよう」


 レナートが真面目に答えると、アストリッドは「その……魔石の採掘場の視察に」と恥ずかしそうに答えた。


「なるほど、以前にも、自分が視察に行くと言って周囲を困らせた経験がある、と」

「分かってます。これが姫らしくない行動だってことくらいっ」


 自国でも何度も諭されたことだからと、アストリッドは拗ねる素振りを見せた。だが、レナートは「いや、そんなことはない」と優しい声を出した。


「……レナート?」

「そなたは王族であると同時に、魔石の研究者でもあるのだろう? ならば、その研究に必要なことを、自らの目で確認することも重要な責務だ。なにも間違ってはいない」

「……そんなふうに言われたの、初めてです」


 アストリッドはわずかに呆けたような顔をする。

 彼女の頬を掠めた風は、街道の周囲にある森の匂いを含んでいた。陽光の降り注ぐ道を馬で走る中で、彼の姿だけがやけに近くに感じられる。

 アストリッドの胸が妙な高鳴りを始めた。


(グラニス竜王国でも、こういうのは姫のすることじゃないって空気だったのに、レナートは認めてくれるんだ。……嬉しいなぁ。やっぱり、わたくしはレナートが――はっ!?)


 絆されそうになっていたと自覚して冷静さを取り戻す。アストリッドは胸を押さえたまま、馬を併走させるレナートを上目遣いで睨んだ。


(自分だけはおまえを理解している感を出す、初級テクニックですわね。それでわたくしを誑かし、秘密を探るのを止めさせようという魂胆でしょう?)


「そんなことでわたくしは騙されませんわよ?」

「なんの話だ?」

「レナートがそんなにこざかしい方とは思いませんでしたわ」

「本当になんの話だ!?」


(待て待て、アストリッドはどうして怒っているんだ? まさか、乗馬が出来なければ置いていこうとした件か? だがそれは……)


 色々と思惑があったのだが、それを説明することは出来ないと口を閉じる。


(いや……だが、実際問題、乗馬が出来なければ移動のペースが遅れてしまう。それはアストリッドだって分かっているはずだ。だとしたら……)


 レナートが思い至ったのは、自分では護られたくない、自分で行動したいと口にしながら、実際に好きにしていいよと言われると、護ってくれないのかと拗ねる女性の心理。


「……もしや、めんどくさい系女子、なのか?」


 推測がぽろっと零れ落ちた。それを耳にしたアストリッドが「ぴっ!?」っと鳴くが、自分の考えに耽っているレナートは気付かない。


(アストリッドは昔から素直じゃない……たしか、エレナが言っていたな。……そう、ツンデレだったか? なところがあるからな。あり得ない話ではない。だが――)


「それもまた可愛いというものだな」

「ふぇえ……っ」


 それを受け入れるのもまた器の広さである。

 そもそも、アストリッドは王族だ。

 多少のわがままくらいはしても許される。否、可愛げがあると結論づける。レナートがアストリッドに視線を戻すと、彼女はものすごく恨めしそうな目でこちらを睨んでいた。


「そ、そんな、初歩的なテクニックに、騙されたり、ししっしませんから!」


 レナートを睨み、ぷるぷると震える彼女の頬はわずかに赤い。やはりめんどくさい系女子と結論づけたレナートは、彼女にふっと微笑みかけた。


「心配するな。そなたは、そなたのままで十分魅力的だ」

「~~~っ。もう、知りません……っ」


 恥ずかしさに耐えかねて、アストリッドは馬を前に進ませる。その後ろ姿を眺めながら、レナートは「乙女心は難しいな」と呟いた。


 ちなみに、それを聞いていたバルドルが、レナートの護衛騎士に、「レナート王太子殿下達はいつもあのような感じなのか?」と辟易した顔で尋ねている。

 そんな彼に、気合いで同行している侍女、セリーナが無言でコーヒーの飴を差し出していた。



 こうして、一行は旅を続ける。共の者が砂糖のように甘い空気に辟易する以外は特に何事もなく、不具合が発生した魔導具の設置された町へと到着した。


「これは、ようこそおいでくださいました。それで、その、せっかく設置いただいた魔導具が動かなくなってしまった件ですが……」

「心配するな。不具合について、そなたらを責めることはない」


 レナートの言葉に、町長は安堵の表情を浮かべた。それから「ではこちらに案内いたします」と、町の中心に向かって歩き始めた。

 そうしてたどり着いた魔導具が設置された建物の中で、アストリッドとナディア、そしてレナートが連れてきた技術者達が不具合を起こした魔導具の調査に取りかかった。

 だけど――


「あら、これは……魔石が破損していますわね」


 確認を始めたアストリッドはすぐに原因とおぼしき異常を見つけた。その言葉を聞いたレナートが横から覗き込んでくる。


「どれだ? ……あぁたしかに、一つだけ欠けているな。残りの魔石は無事なようだが……もしや、それが不具合の原因か?」

「ええ。魔石は共鳴させているので、一つでも波長が乱れれば波は打ち消しあってしまいます。ナディア、変わりの魔石を」

「かしこまりました」


 アストリッドの指示で、ナディアが交換用の魔石を用意する。それを受け取ったアストリッドが、皆の見ているまえで魔石を交換、少し調整をおこなうと、魔導具は無事に起動した。


「……起動したな」

「ええ。想定外の不具合とかでなくてよかったですわね」


 レナートの呟きに、アストリッドがしみじみと答える。だが、二人の表情は晴れない。むしろ、さきほどまでより深刻さを増していた。


 想定外の不具合でなかったのはよかったことだ。

 だが、魔石はそう簡単に砕けるものではない。つまり、これが何者かの破壊工作、あるいは一行を呼び寄せる罠である可能性が浮上した。

 むろん、ただの偶然の可能性もあるけれど、そうでない可能性が高い。


(もっとも考えられる可能性は――)


 アストリッドが密かに視線を向けた先には、兵士を指揮するバルドルの姿があった。そして、そんな視線に気付いたのか、レナートが視線でどうかしたのかと問い掛けてきた。


「いえ、なんでもありません。王都に帰りましょう」


 いま追及することではないと懸念を呑み込む。

 こうしてアストリッド達は王都への帰路につく。何事もなければいいのにと願いながら。

 だが、そんな願いは虚しく、帰路にある橋と共に砕け散った。

 

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