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偽装結婚のはずが、なぜか溺愛が止まりません 『先に惚れたら破滅の溺愛ゲームと、恋する二人は思い込んでいる』  作者: 緋色の雨


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エピソード 2ー6

「これはバルドル将軍、婚約のパーティー以来ですわね」

「あれから一月ほどですか。そのあいだにもめざましい活躍をなさっているので、もうずいぶんとお会いしていないように感じました」


 バルドルは丁寧な口調で話している――が、彼の言う活躍が、魔導具の件なのは明らかだ。そして軍縮を反対する彼にとって、それは決して好ましいことではない。

 それを理解しながらも、アストリッドはにこりと微笑む。


「軍部のトップである将軍からそのようにお褒めの言葉をいただけるなんて驚きですわ」

「おや、それは異な事をおっしゃる。軍人の願いは国家の安寧ですぞ」


 バルドルは穏やかな声で答えるが、その鋭い眼は笑っていない。繊細な令嬢なら悲鳴を上げそうな圧力をまえに、アストリッドは悠然と零れ落ちた髪を指先で払った。


「では、平和を願う貴方が、わたくしになんの用ですか?」

「提案がございます。結界の魔導具の設置作業に軍を使うのはいかがですか?」

「……軍を?」


 その意図を読みかねて、アストリッドはわずかに警戒心を滲ませた。


「なに、難しい話ではありません。結界を張る作業には護衛が必要でしょう? であるならば、手の空いている部隊を使うのは効率的ではありませんか?」


 アストリッドは腕を組みつつ、片手を口元へと移動させて思案する。

 軍の部隊を護衛任務に就かせること自体は不自然じゃない。ただ、バルドルは軍縮に反対している。であるならば、結界を張る魔導具の設置は快く思っていないはずだ。


(わざと失敗させようとしている? でもそんなことをすれば、護衛の部隊の責任になる。だとしたら、護衛任務に就くことで、軍の必要性を訴えるつもり?)


 そうかもしれないが、それだけでは弱いようにも感じられる。なにか他に思惑がと考えたアストリッドは、不意にそれが自分で判断することではないと思い至った。


「お話は分かりましたが、それはわたくしが決めることではありませんわ」

「むろん存じています。ですが、レナート王太子殿下に提案することは可能でしょう?」

「提案ですか? それはご自分でなさらないのですか?」

「ワシの提案よりも、貴女の提案の方が、レナート王太子殿下も耳を傾けてくださるのではと思いましてな。どうです? 悪い話ではないでしょう?」


 アストリッドはわずかに考えを巡らせる。

 だが、バルドルの提案自体は悪い話ではない。そしてそれをレナートに提案すること自体も、とくに問題のあることではない。それを確認したアストリッドはわずかに頷いた。


「では、レナート王太子殿下にその旨をお伝えしますね」

「ええ、よりよい返事を期待しています」


 バルドルはそれだけを口にすると、そのまま立ち去っていった。そのあっさりとした様子に不気味さを感じながら、アストリッドは踵を返した。

 そうして部屋に戻ると――そこにエレナがやってきた。彼女は部屋に入るなり、つかつかとアストリッドの座る席に詰め寄ると、テーブルに手を突いて身を乗り出してきた。


「アストリッドお姉様、バルドル将軍が接触してきたというのは本当ですか?」

「ええ、本当よ。よく知っているわね?」

「お姉様に怪しい人間が接触した場合は、私に連絡がくるようにしてあるんです」

「……そうなのね」


 監視をしていると白状された気がするが、たぶん善意ゆえの行動なのだろうと判断したアストリッドは、気付かなかった振りをして相槌を打つ。


「それで、バルドル将軍はなんの目的でお姉様に接触したんですか?」

「それなんだけど――」


 と口を開いた直後、またもや扉がノックされた。セリーナに視線で対応を任せると、レナートが部屋に入ってくる。


「アストリッド、そなたにバルドル将軍が接触してきたというのは本当か?」

「……もしや、レナートもわたくしの監視を?」


 スルーしきれなくなって問い掛ける。

 瞬間、レナートはあっという顔をして、エレナは頭を抱えた。


「……レナート? いえ、レナート様?」

「いや、違うぞ? というか、なぜ急に様付けに戻った!?」

「別に少し距離を取ろうとなんて思っていませんわよ?」

「思っているではないか! いや、違う、とにかく違うんだ。弁解をさせてくれ。たしかに、そなたになにかあれば俺に連絡が来るようにしていたが、それは、いや、その……なんだ」


 途中でしどろもどろになるのは言い訳として最悪の部類。

 だけど、それを聞いたアストリッドはクスクスと笑った。


「……アストリッド?」

「分かっています。平和の象徴としてここにいるとはいえ、わたくしが他国の王族であることに変わりはありません。監視を付けるのは当然、怒ったりはしませんよ」


 それはアストリッドの本音だった。

 なにより――


(私を探る意味では、ここでばらすことに利点なんてない。本当に、わたくしを心配してとんできてくれたんでしょうね。二人とも、そういうところは変わっていないんですから)


 すべてを信じられる訳ではないけれど、信じられるところもある。それに気付いたアストリッドは表情をほころばせた。

 そうして「ちょうど、その話をしたいと思っていました」とソファを勧める。


 アストリッドは二人の向かい側のソファに座り、セリーナが並べたローテーブルのうえにあるティーカップをソーサーごと持ち上げる。

 そうして紅茶を一口飲んで、実は――と、バルドルの提案を伝えた。


「……ふむ、魔導具の設置作業を、バルドル将軍が手伝ってくれると? ありがたい申し出ではあるが、彼の思惑がなにか分からないのはどうにも不気味だな」


 話を聞き終えたレナートは口元に指を添えて思案する。

 それを横目に、エレナが口を開いた。


「元々、護衛は兵士に頼むつもりだったんですよね? であれば、バルドル将軍が提案しなくても、結果は同じなのではありませんか?」

「……いや、バルドルは将軍ではあるが、軍事力のすべてを掌握している訳ではないからな。げんに、先日の護衛は王族直属の部隊だった。ゆえに、彼が名乗りを上げた意味は大きい」

「たしかに、彼が軍縮に応じるつもりになった、という風に見える、ということですか」


 二人がそんなやり取りを交わす。それを横目に、アストリッドもまた考えに耽っていた。すると、レナートが「アストリッドはどう思う?」と意見を求めてくる。


「……わたくしですか?」

「ああ、そなたもこれからマギノリア王族の一員になるからな。出来ればそなたの意見は聞いておきたい。それとも、政治に関わるのは嫌か?」

「いえ、そういう訳ではありませんが……」


 婚約者とはいえ、他国の人間であることに変わりはない。むしろ、結婚した後でも、政治的な部分からは遠ざけられると思っていたアストリッドは少しだけ驚いていた。

 とはいえ、意見を求められるのなら答えない理由はない。


「そうですわね。少なくとも表の理由は分かります。魔導具の完成が現実的になったいま、軍部が反対していた魔導具、というレッテルは消したいでしょうから」


 軍部が反対していた魔導具が平和をもたらした、というのは最悪のケース。であるならば、軍部も設置に協力した魔導具が平和をもたらした、となる方がいいに決まっている。


「お姉様の意見に私も賛成ですわ」

「そうだな。それについては俺も同意見だ。だがアストリッド、表の理由というと?」

「少し、手の平返しがあっさりとしすぎているかな、と」


 こういったケースでは、相手が悪あがきをすることも珍しくはない。それに対して、バルドルの路線変更が早すぎるというのが、アストリッドの懸念点。


「つまり、他に思惑があるから、あっさりと手のひらを返したように見える、ということか?」

「あくまで可能性ではありますが」

「……なるほど。一理あるな。とはいえ、それを踏まえても受けるメリットは大きい。むろん、バルドル将軍の行動は注視することになるが……」

「みなまで言わずとも大丈夫です。受けるかどうかはレナートが決めるべきです」


 反対している訳ではないと、迂遠ながらも賛成の意を示す。結果、バルドル将軍の支援を受け入れ、本格的な魔導具の設置作業を開始することとなった。



 それから一ヶ月ほどは、特に何事もなく日々が過ぎていった。

 結界避けの魔導具に併せた魔石の配置やカットの仕方は日々研究がおこなわれており、あれから更に魔石の消費コストを下げることに成功している。

 それに伴い、それらの魔導具がグラニス竜王国へも輸出される準備も始まった。


 そうして、アストリッドはいま、その輸出品と併せて送る手紙を用意していた。基本的には当たり障りのない内容――だが、その文章には特定のワードを散りばめた暗号文となっている。


「検閲はされないはずだけど、念のために、ね」


 建前は当てにならない。万が一を考えて暗号にする。そうして最初に書くのはマギノリア聖王国の情勢や、魔導具の技術。とくに魔導具の技術は想定の上をいっていたことを書き記す。


 いまのところ、兵器となるような魔導具、あるいはそれに関係する技術は見つかっていないが、そういった兵器を作る技術はあるかもしれない、というのがアストリッドの見解である。

 続けて書くのはレナートの所感――と、そこまで考えたアストリッドはペンを止めた。


「レナート……彼はどう思っているのかしら?」


 アストリッドの予想的にレナートは白寄り。ただし、かなり巧妙な策士である可能性も否定できない。だからこそ、レナートを信じ切れないでいた。


(でも、白だった場合、レナートは本気でわたくしに惚れているということよね。レナートが、本気で、わたくしを……はわわ。いえ、わたくしは可愛いから、その可能性もあり得ますけどね)


 謎の自信――まあ事実なのだが、アストリッドは自画自賛しつつ、レナートは格好いいし、優しいし、気が利くし、自分に惚れていそうだが、それが演技である可能性も書き記した。

 直後、背後から手紙を覗き込んでいたセリーナが不意に咳き込んだ。


「……あら、セリーナ、風邪でも引いた?」

「いえ、すみません、少し咽せただけです」

「そう? 季節の変わり目だし、気を付けなさいよ」

「そ、そうですね、気を付けます」


 セリーナの反応に疑問を抱きつつ、アストリッドは再びペンを走らせる。


 それから、その手紙がグラニス竜王国へと届く頃、再びマギノリア聖王国でも動きがあった。バルドルの部隊が設置していた魔導具の一つから不具合の報告が届いたのだ。

 

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