エピソード 2ー5
それから数日、結界を張る魔導具は問題なく稼働を続けている。それを確認したアストリッド達は一部の者を残し、ひとまず王都へと帰還した。
そんなある日の昼下がり。
アストリッドは離宮の中庭にあるガゼボ――丸い屋根のあるスペースに用意された席で、久しぶりにレナートとのティータイムを楽しんでいた。
「アストリッド、あらためて感謝させてくれ。そなたのおかげで、魔物避けの結界を張る魔導具の実用化が見えてきた。これで、魔物の被害を大幅に減らすことが出来そうだ」
「共同開発という形なのですから、お礼には及びませんわ」
「いや、そなたが提案してくれなければ、そもそも共同開発すら叶わなかっただろう。ゆえに、そなたの行動には、父上も深い感謝を示していた」
「もったいないお言葉ですわ」
アストリッドはそう言って紅茶を一口、「ですが……」とレナートを見つめた。
「魔物避けの結界が普及すれば、軍縮なさるのでしょう? バルドル将軍はそのことを懸念していたようですが、よろしいのですか?」
「バルドル将軍か。そなたに聞かせることではないのだが……」
「あら、わたくしに隠し事ですか?」
少し拗ねた素振りを見せれば、レナートは肩をすくめた。それからはわずかに周囲を見回し、手振りで使用人達を遠ざける。
「彼はグラニス竜王国との戦争で功績を挙げた英雄だ。そして彼が真っ向から軍縮に反対しているのは有名な話だ。もしも戦争を望む者がいるのなら、彼に接触するだろうな」
アストリッドが手にするティーカップの水面がわずかに揺れた。けれどアストリッドはなんでもない風を装ったまま、「戦争の継続を望む者、ですか?」と問い返した。
「そうだ。多くの者は戦争の終結を喜んでいるが、残念ながらそうでない者もいるからな」
(――っ。そこまで踏み込んできますか。どうしましょう? ここで大げさに騒ぎ立てるのは悪手ですね。だとすれば……)
一瞬でそんな結論に至り、アストリッドはティーカップに視線を落とした。
「理解はいたしますわ。武器を取り扱う商人、それに傭兵なんかも当てはまるでしょうか。そういった者達と取引をしている貴族は、グラニス竜王国の中にもいますから」
「――っ、そうか」
アストリッドの告白に、レナートはびくりと身を震わせた。
(反応をたしかめようと思ったのは事実だが、まさか自国の内情を明かしてくるとはな。これは、グラニス竜王国にやましいことがないからこそ、か?)
レナートの思考が、アストリッドの思惑通りの方向に誘導される。
戦争の再開を望むのはごく一部。グラニス竜王国自体は戦争の再開なんて望んでいない。アストリッドも同じ思いで、そして自分のことを愛しているのだと、レナートは考えた。
(なら、正直に打ち明けてもいいのではないか? そなたの国で、戦争を再開する動きがあり、魔石を爆弾にする研究の噂を聞いた――と。そうすれば、アストリッドを味方に――)
そんなふうに考えていたレナートの脳裏に、ある考えがよぎった。アストリッドは氷の才女と呼ばれるほどの天才で、魔石の研究にも関わっている。彼女は昔から、公私の使い分けがとても上手だった。
たとえば、グレイヘルンでの演説がまさにそうだ。
戦争で家族を失った者がたくさんいるのはグラニス竜王国も同じだ。であるにも関わらず、アストリッドはそういった内情をおくびにも出さず、住人に寄り添うことで彼らの心を動かした。
内心を隠し、演技が出来る証拠。
それが可能である以上、他のあらゆる行動が演技ではないという保証はない。であるならば、さきほどの反応すらも演技、という可能性は否定できない。
(味方ならば頼もしい相手だが……)
アストリッドの話術に流されないように、レナートは気を引き締め直した。それから少し温くなった紅茶を飲み干して、使用人に新たな紅茶を用意させる。
そうして、アストリッドに視線を戻した。
「……まあ、国家という単位で見たとき、全員の意思が統一されるなどと言うことはあり得ないからな。互いに苦労はするな」
「……ええ、そうですわね」
アストリッドは相打ちを打ちつつ、レナートが急に一歩引いたことに気が付いた。
(こちらを信頼させる計画だったのですが……上手くいきませんね。やはり、わたくしは疑われているのでしょうか? ボロを出したつもりはありませんが……)
と、アストリッドは新たに出された紅茶を飲みながら、レナートを盗み見る。
(何気ない仕草が格好いい。そんな彼がわたくしを前にすると照れてくれる。それはとても嬉しいことだけど……これが政略結婚であることを考えれば、演技の可能性が高いのよね)
考えたくないことだけど、事実は事実として受け止めなくてはいけないと息を吐く。
(だいたい、王太子様よ? そのうえ、見た目もよくて性格もいい。そんな彼が女性と縁がないなんてあり得ますか? いいえ、あり得ないわ)
なのに、レナートはアストリッドの誘惑に照れるような素振りを見せる。だが、彼くらいのスペックがあれば、もっと余裕のある反応をするのが普通である。
あるいは、女性に言い寄られすぎて、辟易していてもおかしくない。
(なのに、あんなふうに照れるなんて、まるでわたくしが特別みたいじゃない。……はぅ)
自分で思い浮かべて一人で照れる。
だけど、政略結婚である以上、それはあり得ない。
つまりは演技。
(……まあ、政略結婚だとしても、わたくしに優しく接する姿勢は素敵だと思うわよ? だけどその場合、彼は相当な役者と言うことになるわ)
つまり、信頼できそう――という印象はまるで当てにならないと言うこと。
(やはり、彼を堕とすのはまだまだ先になりそうね)
そんな結論に至り、アストリッドはにこりと笑みを浮かべる。
「話がそれてしまいましたが、周囲にどのような動きがあるにしよ、わたくしが平和の象徴であり、マギノリア聖王国とのよりよい関係を望んでいることに変わりはありませんわ」
「うむ、それは同意見だ。たしかにきな臭い動きはあるが、俺がグラニス竜王国とのよりよい関係を望んでいることに変わりはない。その点は誓ってもいい」
「あら、ではわたくしも誓いますわ」
((これは本音。もっとも、あなたの誓いは信用できませんが))
心の中で疑いながらも、二人は満面の笑みを浮かべた。信頼しているのかいないのか、よく分からない奇妙な関係。そんな曖昧な関係を続けている間にも周囲の状況は進み続ける。
魔導具の起動実験から一ヶ月ほどが過ぎた。
ナディア達がその後の実験を終えて帰還した。その帰還、魔導具は二級の魔石を使っていたにもかかわらず稼働を続け、正しく機能していることが確認できた。
その事実は、関係者を大いに驚かせることとなる。
そして、マギノリア聖王国とグラニス竜王国の王が、共同開発によって魔物避けの魔導具の起動実験に成功したことを大々的に発表したことで、戦争終結を歓迎する声が大きくなっていく。
そうしてアストリッドの耳にも感謝の声が多く届くようになった。それは町の噂だったり、あるいは使用人の誰か、エレナの友人を名乗る貴族令嬢からも感謝の言葉が届くに至った。
そんなある日の夕暮れ時、ルーファスに報告を終えて離宮へと戻る途中の渡り廊下。アストリッドはそこでバルドル将軍と出くわした。
「アストリッド王女殿下、このようなところでお会いするとは奇遇ですね」
彼は朗らかな笑みを浮かべ、けれどアストリッドの行く手を遮るように正面に立った。




