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偽装結婚のはずが、なぜか溺愛が止まりません 『先に惚れたら破滅の溺愛ゲームと、恋する二人は思い込んでいる』  作者: 緋色の雨


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エピソード 2ー4

 グレイへルンの町に到着すると、広場が少し騒がしかった。お祭りのような雰囲気ではなく、どこか焦った様子で話し合っている。

 ユリウスが馬車から降り、その一段に声を掛けた。


「そなた達、なにをそんなに慌てている?」

「町の外れの森で魔物の目撃情報が――え? もしや、騎士団の方々ではありませんか? 娘を、娘を見ませんでしたか? この町で暮らす娘が一人、森に入ったまま帰っていないのです!」


 杖を付いた鋭い眼光の男が詰め寄ってくる。


「落ち着け。その娘というのはサーラのことか?」

「え? なぜ、サーラの名前を?」

「魔物に襲われているところを保護した。彼女なら無事だ」


 ユリウスはそう言って、アストリッドと一緒に馬車から降りたサーラに視線を向ける。彼女は少しばつが悪そうに進み出る。それに気付いた男はサーラの元へと駆け寄った。


「お、おぉ、サーラ、無事だったのか!」

「うん、この人達が助けてくれたの」

「そうだったのか……騎士団の方々に心よりお礼を申し上げます」

「いや、間に合ってよかった。実際、間一髪だったからな」


 注意喚起を兼ねて、ユリウスが杖を突く男に指摘する。それを聞いた瞬間、男に鋭い眼光がサーラへと向けられた。


「サーラ、森には入るとなと言っただろう!」

「ごめんなさい。でも、薬草を採取したくて」

「……気持ちは分かる。だが、おまえになにかあれば、俺はおまえの父に顔向け出来ない。それに、子供向けの仕事なら、ギルドで斡旋してるはずだ」

「分かってる。でも、みんなが受けるだけの量はないでしょう?」


 サーラがそう口にした瞬間、男は苦虫を噛み潰したような顔をする。


(……対処はしている。でも、足りていない、ということね。これが、辺境の町の日常……)


 自分の知る日常とあまりに違いすぎると、アストリッドは拳をギュッと握った。そうして、同じように馬車から降りて様子を見守っていたレナートの横に立った。


「……レナート」

「ああ、分かっている」


 一刻も早く、現状をなんとかしたいと願えば、レナートは即座に想いを汲んでくれた。そうして一歩まえに出た彼は、「皆の者」と町の住人に呼びかけた。


「子供の無事が確認できたところで、少し話を聞いて欲しい。この町の長はいるか?」

「俺が町長のトマスですが……貴方は一体?」


 さきほどの杖を突いた男が戸惑いながらも答える。それに対して、ユリウスが「この方はレナート王太子殿下であらせられると」高らかに宣言した。


「なんと、王太子殿下でございましたか。これはとんだご無礼をいたしました」


 トマスと名乗った町長が跪き、それに倣って広場にいた者達がかしこまった。


「これは公式の場ではないゆえ、そのようにかしこまる必要はない。楽にして話を聞いてくれ」

「で、では恐れながら、この町にはどのようなご用で立ち寄られたのでしょう?」


 トマスは立ち上がり、おっかなびっくり問い掛けた。それに対してユリウスが答えようとするが、それをレナートが手振りで制してまえに出た。


「この町で魔導具の起動実験をさせて欲しい」

「……魔導具の起動実験、ですか?」

「そうだ。上手くいけば、魔物を遠ざけることが出来る代物だ」

「なんと! 噂には聞いていましたが……それをこの町に?」

「ああ。この町はマギノリア聖王国の中でも魔物の被害が多い場所だからな。今回は実験段階だが、上手くいけば正式にこの町に設置することになる」


 レナートの言葉に、耳を傾けていた町の住人から歓声が上がる。

 トマスはそれを手振りで鎮めた。


「大変ありがたいお話ですが、実験というのはどのようなものでしょう?」

「実際に稼働できるか、出来たとして、どの程度の魔石を消費するかなどを確認する。仮に失敗しても、この町に不利益をもたらすようなことはないから安心するがよい」

「お、恐れ入ります」


 心の内を当てられたからか、トマスは少し大きくかしこまった。それを見届け、レナートは「ユリウス」と話の続きを促す。


「では、続きは俺が説明しよう。だがそのまえに、殿下達が滞在する家を貸して欲しい。食料などはこちらで用意しているが、可能であれば譲ってくれると助かる」

「それは、その……」

「心配するな。むろん、相応の対価を支払うと約束しよう」

「かしこまりました」


 トマス達の顔に安堵が滲んだ。


「それと……魔導具の設置場所だが、どこかよい場所はあるか?」

「土地は空いていますが……なにか条件はございますか?」

「ふむ。――どうなさいますか?」


 ユリウスがレナートに視線を向ける。

 それを受けたレナートは「そうだな……アストリッド」と水を向けた。アストリッドは頷き、「町と森の一部が結界の範囲内になる場所がよろしいのではありませんか?」と答える。


「――だそうだ。森側の方向、町の外れに空き地はあるか?」


 ユリウスの問い掛けに、トマスはしばし考える素振りを見せた。そんなトマスに向かって、サーラが「私の家の隣に空き地があるよ」と声を掛ける。


「おぉ、あそこか。たしかに、最適と思われる場所がございます」

「ふむ。ならば、後で彼女達を案内して欲しい。今回の魔導具実験の責任者だ」

「かしこまりました」


 トマスはかしこまった。

 だが、その横でサーラが元気よく口を開いた。


「それなら、私がアストリッドお姉さんを案内してあげる!」

「これ、サーラ! 失礼だろう!」


 トマスが慌てて咎めるが、サーラは「だって、そう呼んでいいって言ってくれたもん」と答え。トマスは頭を抱えた。


「申し訳ございません。なにぶん、教育が行き届いておらず」

「サーラの言ったことは事実ですから、気にする必要はございませんよ」


 アストリッドはそう言って微笑んだ。トマスはそれでも心配そうな顔をしていたが、一行から咎める声が上がらないことを確認してようやく安堵の息を吐いた。

 だが次の瞬間――


「おい、アストリッドって名前、まさか……レナート王太子殿下の婚約者か?」

「婚約者? まさか、グラニス竜王国の第二王女様か?」

「聞いたことがある。アストリッド第二王女は氷の才女と呼ばれる魔石の研究者だって」

「じゃあ、彼女は敵国の王族なのか?」

「いや、だが、レナート王太子殿下と結ばれるために、尽力したという噂もあるぞ」


 広場のあちこちから様々な声が上がる。

 奇異の視線、そして困惑。彼らの多くは家族や友人を戦争で失っている。そしてその敵国の王女が目の前にいる。その事実に対して、どす黒い感情を抱き始める。


 それに呼応するように、騎士達も臨戦態勢を取り始めた。

 だが、それらの感情が爆発する寸前、トマスが声を上げた。


「――静まれ! この方々はレナート王太子殿下のご一行だ。そして彼女は、その婚約者であらせられる。決して不躾な視線を向けてよい相手ではない!」


 トマスは一喝し、即座に「申し訳ありません」と平伏する。

 それでひとまずは静かになるが、住民達の不満が消え去った訳ではなく、彼らが王太子の一向に悪意を向けた事実もまた変わりない。

 ここで対応を誤れば、誰にとってもよくない結果を招くだろう。どうするべきか、様々な思惑が交錯して、ぴりついた空気が場を支配する。

 そんな中、アストリッドが口を開いた。


「レナート王太子殿下、発言をよろしいでしょうか?」


 いつもの親しみを込めた口調ではなく、王太子を立てる口調。住民に彼らの王太子が上だと立てて見せ、その上で発言を却下されても問題のない状況を作る。

 それに対し、レナートはふっと笑った。


「かまわない。そなたの思うように発言するといい」

「ありがとうございます、レナート王太子殿下」


 アストリッドは頭を下げ、それから広場に集まる者達に視線を向けた。


「皆さんがお察しの通り、わたくしはグラニス竜王国の第二王女です」


 アストリッドの言葉に、広場にいる者達が再びざわめいた。敵意を滲ませる者もいるが、アストリッドは怯まず、その場で胸を張った。


「皆さんの多くが、わたくしの国の兵士によって、家族や友人を奪われたことは知っています。ですから、それを水に流せなどとは申しません」


 想定の逆、許せと言われると思っていた者達がざわめいた。そうして困惑する者達を前に、アストリッドは片手を胸に添え、もう片方の手を横に広げて訴える。


「わたくしがこの国に嫁いできたのは、悲しみを繰り返させないためです。国や立場は違えど、わたくしは皆さんの安寧を願っています。ですからどうか、いまだけは、私の作業を見守ってくださいませんか?」


 アストリッドの訴えに、広場にいる者達は戸惑う様子を見せる。

 だが、そのような言葉だけで飲み込めるほど、彼らの恨みは浅くない。誰かが拳を握り、胸の内に湧き上がった怒りをぶつけようとした。その寸前――サーラが不意に席を立った。


「あのね、私は難しいことは分からないし、お父さんを殺したグラニス竜王国のことは嫌いだけど、だけど……アストリッドお姉さんは私を助けてくれたよ?」

「いや、おまえを助けたのはマギノリア聖王国の騎士様だろ?」


 広場にいた男の一人が、レナートに従う騎士達に視線を向ける。


「でも、アストリッドお姉さんと、あのお兄さんは仲良しだよ?」


 王太子と王女をお兄さんお姉さん呼ばわりに、広場にいた者達がぎょっとなる。だが何人かが、「仲良し、なのか……?」と反応を示した。


「うん、私がそう言ったら、アストリッドお姉さん、凄く嬉しそうだった」

「はわっ!?」


 凄く分かりやすい声で狼狽えた。

 それは当然ながら広場にいた者達にも聞こえた訳で――


「二人が子供の頃に将来を誓い合い、再会するために尽力したという話は本当だったのか……」


 誰かが呟き、その言葉が波紋のように広がっていく。

 アストリッドは恥ずかしそうに身をよじるが――


(わたくしは平和の象徴。それに、彼らの悪感情を和らげるチャンスよ。だ、だから、レナートと仲がよい振りをしても、問題はないはずよね?)


 アストリッドは心の中でそう結論づけて、恥ずかしがりながらも「サーラの言うとおり、わたくしとレナートは仲良しですわ」とレナートの腕にしがみついた。

 その瞬間、レナートはびくりと身を震わせた。


(なっ、アストリッドが俺の腕に抱きついている、だと!? や、やばい、二の腕に胸が、アストリッドの胸が当たって……っ)


 そうやってテンパりそうになる――が、彼もまた自分の役目を思い出した。


「あ、ああ。アストリッドの言うとおり、俺と彼女は昔から両思いだ。それに、俺が戦争を終わらせるために奔走し、聖王子と呼ばれるようになったのも、彼女と、さ、再会するためだ」

「ま、まあ、レナートったら、恥ずかしいですわ」


 見え見えの演技――だが、顔は真っ赤である。それゆえに、その場にいる者達は理解した。あ、この二人、本当に両思いなんだ――と。

 そうして広場を取り巻く雰囲気が和らいだ瞬間、トマスが膝を突いた。


「町を代表し、アストリッド第二王女への無礼を謝罪いたします」

「お、おい、町長、なにをやって――」

「口を閉じろ。そして、自分がどれだけ危険なことを口にしているのか理解しろ」


 トマスはただの町長とは思えぬ気迫で一喝し、異論を唱えた住民を黙らせる。ほどなく、それを見ていたレナートが口を開いた。


「トマスよ、そなたはもしや……」

「男爵家に名を連ねる者です。ご覧の通りの有様で、後継ぎの座は降りることになりましたが」


 トマスはそう言って、杖にちらりと視線を向けた。


「……そうか。ならば分かっていると思うが、彼女は俺の婚約者であり、両国の平和の架け橋となる存在だ。もしも彼女に危害を及ぼす者がいれば、それは外交問題へと発展する」

「むろん、理解しております」


 外交問題になれば、マギノリア聖王国はそれ相応の責任を取る必要がある。そうなったとき、その引き金となった当事者、そして当事者を有する町がどうなるかは言うまでもない。

 その意図を正しく理解したトマスは、擦れた声で頷いた。

 それを見届けつつ、レナートはトマスの背後にいる者達に視線を向ける。


「そなたは理解していても、そなたの擁する住民は理解していないようだが?」

「それは……その、突然のことに戸惑っているのです。ですが、彼らも冷静になれば、自らの言動を恥じることでしょう。ですから、どうか御慈悲を」


 トマスが深く頭を下げ、その様子から他の者達も徐々に状況を把握する者が現れ始めた。そうして緊張感が漂う中、レナートは一度だけ頷いた。


「アストリッドがさきほど口にしたとおりだ。グラニス竜王国への恨みを忘れる必要はない。だが、彼女がここに来たのは、この町の魔物の被害を減らすためだ。ゆえに、彼女に危害を加えるものがあれば、それは王族への反逆行為となる。それをゆめゆめ忘れぬように」


 レナートはそう言って締めくくり、最後にトマスに視線をも出す。


「彼らが道を違えぬように、そなたが責任を持って手綱を握れ」

「かしこまりました」


 誰かが問題を起こせば、それは町長の責任だと宣言された。それを理解してなお、トマスは深々と頭を下げた。



 こうして、状況はひとまず収束。

 その後も警戒は続いたが、トマスが上手く説得したのか、アストリッドはもちろん、その一向にちょっかいを掛けようとする者達は現れなかった。

 少なくとも、表面的には平和な日々が続く。


 こうして、アストリッドは町の外れで魔導具の起動実験を開始した。

 まずは町の広場に小屋を作り、そこに魔導具を設置。アストリッドが用意した二級の魔石での起動に――あっさりと成功する。

 この町に着いてから、三日目の夕暮れのことだった。


「……驚いたな。こんなにもあっさりと成功するとは、さすがアストリッドだ」

「いえ、まだです」


 レナートに褒められるが、研究者モードのアストリッドは冷静に返した。


「起動が出来たのは最初のステップです。正常に結界の維持が出来て、魔物を遠ざけることが出来るか、しばらく稼働させたまま様子を見る必要があります」

「その辺りは、既にテスト済みだが?」

「それは一級の魔石を使った場合でしょう?」


 予期せぬ不具合があっては困ると、アストリッドは更なる実験の継続を訴える。


「……理解した。だが、そこまでのテストとなると、ずいぶんと時間が掛かるのではないか?」

「そうですね。ですから、ある程度の確認が出来た時点で、ナディアを残して、わたくしは帰ろうと思っています。さすがに、レナートを長くここに縛り付ける訳にはいきませんから」


 追加で三日ほど様子を見て、問題がなければ研究者の一人を残して帰還する。そんな計画を立てながら、魔導具を設置した小屋を眺めていると、そこにサーラがやってきた。


「アストリッドお姉ちゃん、実験は上手くいきそう?」

「ええ、ひとまず起動は成功したよ」

「ホント? じゃあじゃあ、森に薬草を採りに行っても大丈夫?」

「それは、もう少し安全を確認してから、かな」


 アストリッドがそれを伝えると、サーラはしょんぼりと、見るからに落ち込んだ。それだけ、彼女の家が貧窮している。それを察したアストリッドは「レナート」と視線を向ける。


「心配するな。マギノリア聖王国の未来を支える若者を失うつもりはない。孤児院の支援金の増額と、戦死者の遺族への支援をするように指示を出した」

「……さすが、対応がお早いですね」


 自分と同じ方向を見ていると分かって嬉しくなる。だが、それでもいま目の前にいるサーラを救うには至らない。だから――と、アストリッドは軽く屈んでサーラと視線を合わせた。


「サーラ、私達のお手伝いをしてみない?」

「お手伝いって……お仕事!?」


 サーラが期待に目を輝かせる。

 背後に控えていたセリーナが物言いたげな顔をするがそれを呑み込み、「雑用を手伝ってくださるのなら報酬をお支払いします」と続けた。


「報酬? ご飯を食べられる?」

「希望があれば、食材でもかまいませんよ」

「じゃあご飯がいい!」


 サーラが勢いよく答え、セリーナが「では、こちらで詳しい話をいたしましょう」とサーラを連れて、少し離れたところへと移動していった。

 それを横目に見送っていると、「アストリッド、どういうつもりだ?」とレナートに問われる。


「どういうつもりもなにも、聞いての通りですわ」

「だが、そなたは数日で帰るつもりなのだろう?」

「ナディアはもう少し残りますし、その後もこの町に設置した魔導具は残ります。様々な情報を得る上で、信頼の置ける人物を確保しておいて損はありませんから」

「……そうか、そこまで考えているのならなにも言うことはない。そなたの好きにするがいい」


 その言葉に、アストリッドは少しだけ意外そうな顔をした。


「……どうした、そんな顔をして」

「いいえ、なんでもありません」


 アストリッドは夕日の下でにへらっと笑い、レナートに肩をとんと当てる。そしてレナートもまた、そんなアストリッドを眩しそうに見つめていた。


 二人の影は一つになって遠くまで伸びている。

 それを遠目に見ていた住民の表情がわずかに和らぐ。仲睦まじい二人の姿が噂になり、グラニス竜王国への悪感情が少しだけ薄れ始める。そんな切っ掛けの出来事である。

 

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