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透明な彼と真っ黒な彼女  作者: 栖川 葵依
最終章 赦しと再生
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第8話 過去との決別

 屋上から見える空は白から茜に変わりかけていて、遠くの雲の縁だけがゆっくり焼けていく。


 屋上のドアが開き、振り向くと佐伯くんが立っていた。


 視線が少し泳いでる。

 でも逃げてはいなくて、どこか覚悟みたいなものが滲んでいた。


「ごめん。遅れた」

「ううん。私もさっき来たところだし。……来るって分かってたのに、胸がずっと落ち着かなかった」

「……そういうの、なんか懐かしいな」


 佐伯くんが少しだけ歩み寄る。

 靴音が風にまぎれて、夕焼けの色に溶けていく。


「……正直、今でも考える。俺ってあのときちゃんとお前と向き合えてたのかなって」


 胸が少しだけ痛む。

 でも、その痛みは責めるためのものじゃなかった。

 ずっと触れられなかった場所に、そっと風が当たったような感覚だった。


「瑠奈が寂しそうにしてたの気づいてたはずなのに。部活優先にして、後回しにして……。

 お前を独りにしてたのも俺なんだよな」


 茜色の風が吹き抜けて、髪がふわっと浮く。

 佐伯くんの目がほんの一瞬だけそこに向いた。

 その視線がどこかためらいと後悔の色を混ぜていた。


「私、あの頃いい彼女でいようとばっかりしてた。『寂しい』って言ったら嫌われるかもって思ってた」

「嫌うわけねぇだろ。言ってくれたらいくらでも時間作ったのに。……いや、ごめん。言いづらかったよな」

「……ううん。違う。佐伯くんは悪くない。私が寂しいって言えばよかったの」


 ずっと積もってた言葉が夕陽に溶けていくみたいだった。

 触れるたびすこしずつほどけていく。


「知らない男と浮気されてたほうはマジできつかったけどな」

「……ほんとにごめんなさい。あのときの私のせいで佐伯くんのこと傷つけた」

「謝って済む話じゃねぇけどさ……まあ、もういいよ。俺も前に進みたいし」


 少し風が強くなる。

 佐伯くんが目を細めたまま、ゆっくり口を開いた。


「……でもさ、あの冬のこと……忘れたわけじゃねぇよ」

「……」

「俺、止めたかったんだよ。呼んだのに……お前、全然こっち見なかった」

「……っ」

「怒鳴るとか責めるとか……そういうんじゃなかった。

 ただ、どうしたらよかったのか分かんなくて……何も言えなかった」

「……ごめん」

「いや……別に責めてるわけじゃねぇよ。

 ただ、あの瞬間のことだけは……ずっと胸に残ってた」


 佐伯くんはそのまま視線を落とし、靴先で床を軽く蹴った。

 小さな音が夕焼けの中に吸い込まれる。


「……でさ」

「……?」

「今は……幸せなのか?」

「……うん。幸せだよ」


 その言葉を言った自分でも驚くくらい、そこには嘘がなかった。

 佐伯くんは小さく息を吐いた。


「そうか……なら、いいけどよ。なんか……変な感じだな」

「え?」

「いや……お前がちゃんと笑ってんの。初めて見たからさ。俺と居る時はどこか作ったような笑みだったのにな」


 胸が少し痛んだ。


「……」

「……でも前よりずっと、いい顔してるよ」

「そっちこそね。私のことなんかもう忘れて、御崎ちゃんと幸せになってね」


 佐伯くんは少し言葉に詰まったように目をそらした。


「……お前のこと完全に忘れるってわけにもいかねぇんだよ。でも……」

「でも?」

「心陽は……まあ。その……ちゃんと向き合わないとな」

「うん。そうした方がいいよ」


 声は小さかったけど、嘘じゃないって分かった。


「言いかけてやめる癖変わらないね」

「……悪ぃ。直んねぇんだよ。これ」


 佐伯くんは何か言いかけて、結局そのまま言葉を飲み込んで階段のほうへ消えていった。

 背中が夕陽の色にゆっくり溶けていった。


 風だけがあとに残った。

 その風が私の髪をすくって、ゆっくりと胸の中のざわつきを静かに撫でる。


 夕陽が沈んだら、私もちゃんと明日に進める気がした。

 さっきまで重かった心が少しだけ軽くなる。


 ほんの少しの痛みだけを残して、そのほとんどが風の中に溶けていった。

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