第4話 明日、少しだけ話せる?
部屋の時計が十一時を少し過ぎたところで止まりそうな音を立てていた。
秒針が一つ進むたび、空気の中に小さな振動が広がっていく。
カーテンの隙間から入る夜風が机の端に置いたプリントをかすかに揺らした。
昼間の熱がまだ部屋の空気に残っていて、息を吸うたび、少し重たさが滲んだ。
梨沙たちから届いたグループの通知。
けれど、指先は動かない。
私はベッドの上に座り込み、膝を抱えたまま、何も考えられない時間の中に沈んでいった。
――あの時の言葉。あの時の沈黙。
目を閉じると、屋上の光景がまた浮かんでくる。
あの日のまま、何も変わらずに。
全て赦されたとは思っていない。
けれど、梨沙たちと仲直りできたのは本当に嬉しかった。
あのカフェでみんなが笑ってくれた時――。
ひどく静かに温かくなる。
机の上には佑磨くんとお揃いで買ったボールペンが置いてあるのを眺める。
彼と出かけた時に「お揃いにしよう」って笑いながら選んだもの。
白とネイビーのツートンカラーで、軸に小さな星の刻印が入っている。
あの日のあと、使うことが怖くなって、ずっと引き出しの中にしまっていた。
けれど時々、どうしても触れたくなって、こうして何回も机の上に出してしまう。
「ありがとう」さえ言えなかった自分がこれを見るたびに情けなくて、痛くて、それでも少しだけ嬉しくて。
でも佐伯くんのことを傷つけた私に恋愛をする資格なんてないと思っていた。
夏の夜の風は少し湿っていて、髪が頬に張り付く。
私はそのままベッドの上に横になり、スマホの画面をもう一度開いた。
佑磨くんとのトーク画面。
最後のメッセージは6月13日のあの夜。
〈大丈夫?〉
その短い文字列が何度見ても胸の奥に刺さったままだった。
あの時は何も返せなかった。
彼に返す資格なんてないと思っていて、ただ画面を閉じることしかできなかった。
――だけど、もうこのままにはしたくない。告白の返事をするのは怖いけれど、佑磨くんを誰かに取られる方がもっと嫌で、胸が張り裂けそうになる。
〈明日、少しだけ話せる?〉
スマートフォンの画面を伏せて、目を閉じる。
たとえまだ完璧じゃなくても。
――もう逃げないと誓ったから。
窓の外をかすめた風がカーテンをゆるく揺らした。
その音が明日へ背中を押したように感じた。




