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透明な彼と真っ黒な彼女  作者: 栖川 葵依
第1章 出会いと始まり
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第5話 散った花びらは次の春へ

 宮下先生が静かに入ってくる。淡いグレーのカーディガンに黒板消しの白い粉が少し付いていて、髪を耳にかける仕草もおっとりしている。


「おはようございます。今日は詩をやりましょう」


 声は落ち着いていて、どこか柔らかい音色がある。

 先生が黒板に題名と作者の名前を書いた。

 白いチョークの線が少し曲がって、先生が苦笑しているのがかわいくて、梨沙と美桜が顔を見合わせて小さく笑った。


「はい、まずは私が読みますね」


 宮下先生が詩をゆっくりと読み始める。

 窓の外で風が桜の花びらを揺らし、その音が教室に届く気がした。


「じゃあ順番に声に出して読んでいきましょうか」


 前の席から順番に音読が始まる。

 梨沙の番になると妙に感情を込めすぎて読んだので、クラスのあちこちからクスクス笑いが起きた。


「ちょっと真面目に読んでるだけじゃん!」


 梨沙が振り返って抗議する。

 宮下先生も口元に手を当てて小さく笑い、いい読み方だったわよと言った。


 次はあたしの番になった。心臓がどくんと鳴る。

 手のひらに汗がにじむのを感じながら口を開いた。


 ――散った花びらはもう戻らない。けれど、風にゆれる木はまだ次の春を待っている。


 自分の声が教室に広がっていく。

 不思議と落ち着いて読めたのに最後の行を読み終えた時、背筋に少し冷たい風が通った気がした。


 ……次の春か。


 読み終わると宮下先生が目を細めて笑った。


「いい読み方だったわね。落ち着いていて」


 うれしくて少し頬が熱くなる。

 梨沙が小声で大人っぽ〜とからかって、紗月が肩を揺らして笑っていた。


 そして授業の終わりの合図のチャイムが鳴リ響いた瞬間、教室が一気にざわつきはじめる。


 チョークの粉の匂いがまだ残ってるのに、弁当の匂いや購買の袋の音が重なって、あたしの耳まで昼休みの空気が押し寄せてくる。


「お腹すいたー!」


 美桜がスクールバッグから弁当を取り出して机の上に置く。

 梨沙が椅子を引き寄せて、あたしの机にガタンとぶつけるようにくっつける。


 紗月も机を引き寄せ柚菜が最後に椅子を持ってくる。

 机が四角に並んでそこだけ有名な絵画の円卓みたいになった。


 机をくっつけて女子会が始まると、近くの席の子たちも自然と視線を向けてくる。

 花園たち今日も盛り上がってるな〜と男子がひそひそ言うのが聞こえて、あたしはちょっとだけ笑う。


「ねえ、それちょーかわいくない?」


 美桜がスマホで新作コスメを見せると、隣の列の女子まで身を乗り出してくる。


「それどこで買えるの?」

「渋谷のル二メ!今度みんなで行こうよ」

「え!行く行く!」


 小さな輪が広がって机の周りに人が増えていく。


 梨沙が笑いながらほら、うちらの昼休みはカフェ状態と肩をすくめる。

 紗月はあんたら声大きいからな〜と呆れつつも笑っている。


 誰かがあたしたちの会話に混ざってくるのはもう当たり前みたいな風景になっている。

 教室の真ん中でわいわいと声が重なり合う。

 あたしはストローを軽く回しながら、なんだか少し誇らしい気持ちになる。


「昨日より人多くない?」

「購買絶対混んでるよね」


 柚菜が窓際を見て是枝くんあっち行ったと指さす。


 あたしは柚菜につられて彼を視線で追ってしまう。購買袋を片手に持って教室の外に出ていく後ろ姿。ほんとに身長が高い。クラスでも2、3番目くらいには高いんじゃないかな。


「パンがなくなる前に行こ!」


 梨沙が立ち上がり、あたしと美桜も慌てて箸を置く。

 廊下に出ると同じタイミングで走ってる生徒が何人もいて、ちょっとした競争みたいになった。


 メロンパンのトレーがちょうど補充されたところで、全員でセーフ!と小声で喜ぶ。


「これ絶対当たり〜!」

「チョコのやつも買っとこ」


 パンを抱えて教室に戻ると机の上にまだあったお弁当からいい匂いがして急いで続きを食べる。

 ちょっと冷めちゃったけど、それでもおいしい。


「ねえ。是枝くんって絶対犬派じゃない?」


 梨沙がポテトをかじりながら言った。


「犬派?なんで」


 あたしは笑って聞き返す。


「いや、あの感じ。ぜったい休日に公園で犬散歩させてる」

「わかる〜、しかもトイプーあたり」


 美桜がスマホを机に置く。


「是枝くんは絶対猫派だって。静かそうだし」


 紗月がストローをくわえたまま首を振る。


「猫派はわかるかも。でも大型犬と並んでたら映えそうじゃない?」


 柚菜が笑いながら言うと全員が一瞬想像して笑い出す。


「てか絶対メガネ似合うタイプじゃない?」

「うんうん、メガネかけたら理系男子っぽい」

「えー、文系じゃない?」

「あれは理系でしょ」


 机の上でどんどん是枝くんの勝手な設定が積み上がっていく。あたしは笑いながらお弁当の卵焼きを口に運んだ。


 そう思うと自然に息が深くなる。


 昼休みが終わると教室の空気が少しだけ落ち着いた。

 午後最初のチャイムが鳴って高島先生がプリントの束を持って入ってくる。


「よーし、午後は選択授業のガイダンスだぞー」


 その一言でクラスがざわっとする。

 男子がきたきたって小声で言い、梨沙が身を乗り出してプリントを受け取る。


「来週から選択授業が始まるから今日中に候補考えとけよー。提出は今週末だ」


 高島先生が黒板にチョークで科目名を書き出していく。

 芸術系、家庭科系、情報系、それぞれの枠に先生の名前が並ぶ。


「音楽か美術か……どうする?」


 美桜がすぐに声をかけてくる。


「私は美術かな。絵の方がまだマシ」


 梨沙が言うと紗月があんた絵心あったっけ?と笑う。


「情報もあるじゃん。PC使えるの便利そう」


 柚菜が真剣にプリントを見ながら言う。

 あたしはプリントの端を指でなぞりながら迷う。美術もいいけど、情報も捨てがたい……。


「瑠奈は?どれにする?」


 梨沙が肘でつついてくる。


「うーん、まだ決めてない……」


 正直、どれを選んでも楽しそうだ。


「じゃあ一緒に美術にしよ。プリクラの落書きとか本気でできるよ」


 美桜が笑うとみんなでクスクス笑った。


「体育二つ選べるんだ!」

「被らないようにしよ」

「音楽の先生ほんと優しいから音楽にしよー」


 クラスメイトの声が飛び交っている。


 高島先生がプリントを回収しながら言う。


「進路に関わる選択は夏休み前な。今は遊びの延長みたいなもんだから気楽に決めろよー」


 その言葉にクラス全体が少し緩む。

 でも、あたしの胸の奥では選ぶって言葉が小さく響いていた。


 こうやって少しずつ未来が決まっていくんだ……。


 プリントを持つ手のひらにうっすら汗がにじむ。


 チャイムが鳴ると教室の空気が一気にほどける。

 椅子が引かれる音やスクールバッグの金具がぶつかる音が重なって放課後のリズムが始まる。

 机にだらんと突っ伏した梨沙が顔だけこちらを向ける。


「ねー、帰りコンビニ寄る?」

「いいよ。アイス買いたい」

「私はカフェラテ!」

「じゃあ私、ポテチ!」


 美桜がスクールバッグを肩にかけながら笑う。

 紗月がお菓子パーティーするん?とツッコミを入れると、柚菜がうちらいつもしてるじゃんとさらっと返す。


 全員で教室を出て廊下を抜ける。

 窓から差し込む西日の光が長い影を床に落とす。

 階段を降りるときに梨沙が急に思い出したように言った。


「そういや選択授業って結局なににした?」

「まだ決めてない。悩み中。美術もいいけど情報もいいし……」


 あたしがそう言うと、美桜が即座に身を乗り出してくる。


「まだ決めてないなら、さっきも言ったけど一緒に美術にしよ。落書きガチ勢として!」

「落書きガチ勢ってなにそれ」


 笑いながらそう突っ込むと、梨沙がだってプリクラのとき一番真剣だったじゃんとにやにやする。

 紗月も線の色まで細かく指定してたしね〜と笑う。


「それは……ちゃんと可愛くするための努力だから!」


 ちょっとむきになって言うと四人が一斉に笑った。


「ほらほら、やっぱ美術で決まりでしょ」


 美桜が嬉しそうに机を叩くジェスチャーをする。

 柚菜が決めるのギリギリまで迷ってそうと笑って、あたしは少し照れながらプリントの美術の欄に丸をつける仕草をして見せた。


「ほら〜!やっと決まった」

「じゃあ美術組ね。文化祭の装飾もガチろ」


 そんなやりとりをしながら昇降口を抜ける。


 外に出ると夕焼けが坂道をオレンジ色に染めている。

 代官山の坂を降りながら制服のスカートが風に揺れる。

 笑い声が坂にこだまして通りを歩く人がちらっとこちらを見る。


 コンビニでそれぞれ好きなものを選んで外に出る。

 冷たいアイスの棒が指先をひやして少しずつ溶けるミルクの甘さが口に広がる。

 渋谷駅で改札を抜ける前に梨沙が小さく手を振る。


「じゃ、また明日ねー!」

「宿題やっとけよー!」


 電車に乗ると窓の外の夕焼けが暗くなり街の灯りがひとつずつ点いていく。

 松濤までの道は犬の散歩をしている人が多くてどこか穏やかな匂いがする。


 部屋に入って制服を脱ぎベッドに寝転がる。

 スマホを手に取ると昨日のストーリーにいいねがまた増えている。

 通知の数字がひとつずつ増えていくのを見て、ちょっとだけ肩の力が抜ける。


 ……明日もちゃんと笑えるといいな。


 あたしはスマホを伏せて、天井を見つめる。


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