第13話 深まる依存
校門を出ると、風が少し冷たかった。
秋の始まりを告げるように、制服の袖口に触れる空気が乾いている。
スマホを見ると、通知が一つ。
〈今日、来れる?〉
遥斗くんからの短いその一文だけで、あたしの足は自然に駅へ向かっていた。
通学路の夕陽はもう低くて、アスファルトに伸びた影がゆっくりと重なっていく。
どこかで文化祭の練習の音がして、遠くの笑い声が風に溶けた。
電車の窓に映る自分の顔は少しだけ大人びて見える。
けれど、どこかぼんやりしていた。
髪を整えるふりをしても、映る表情はあまり変わらない。
車内のアナウンスが流れるたび、心の時計が一つ進むみたいに感じた。
マンションの部屋の灯りがつくと、空気が一気に柔らかくなる。
テーブルの上には缶チューハイと灰皿。
窓の外では風がビルの隙間を抜けていく。
その音がまるで部屋を包む音楽みたいに静かだった。
「おかえり」
「……ただいま」
靴を脱ぎながら答える声が自分のものじゃないみたいに落ち着いていた。
自然に出た言葉が一瞬だけ胸の奥をくすぐった。
もう何度も繰り返したやりとり。
嬉しさよりも静かな安心が先に来る。
その安心の下で、何かが少しずつ鈍くなっていくのを感じながら。
遥斗くんはソファに座って、タバコに火をつけた。
煙がカーテンの隙間から流れていく。
あたしはその匂いの中で、制服のネクタイを少し緩めた。
「今日、友達がまた喧嘩しててさ。理由ほんとくだらないのに」
「くだらないって?」
「文化祭の出し物決めでね。どの係をするかで揉めてる」
「平和だな」
「でしょ?でも、見てたらちょっと羨ましくなった」
「喧嘩が?」
「そう。ちゃんと気持ち出せるのっていいなって」
一瞬、間があく。
タバコの先が小さく光って、煙がふわりと揺れた。
「俺の前だと瑠奈ちゃん気持ち出せてるじゃん。めっちゃ可愛いなって毎回思ってるよ」
「……遥斗くんの前だけだよ。こんな本音とか出せるのは」
「そっか。でも、高校ってまだそういうのあるんだな。……いいじゃん。若くて」
「やめてよ、なんかおじさんみたいなこと言わないで」
会話が途切れて、テレビの小さな光だけが二人の間を照らしている。
笑い声が残って、すぐに静けさに吸い込まれた。
その静けさが心地よくて、でも少し苦しかった。
遥斗くんがリモコンを手に取って、テレビの音量を少し下げた。
その動作だけで、部屋の空気がさらに静かになる。
壁に反射した煙の影がゆらゆら揺れて、まるで時間まで溶けていくみたいだった。
もうあたし、遥斗くんがいないと生きていけない。
この部屋の空気も、声も、煙の匂いも。ぜんぶが呼吸みたいになってる。
なくなったら、息ができなくなる。
あたしはカーテンの向こうの街を眺めながら、スマホの画面をそっと開いた。
新汰くんのアイコンが目に入る。
最後のメッセージは一ヶ月前のまま。
通知はもう来ない。
でも、もうあたしには遥斗くんがいる。
だから——淋しくなんか……ない。




