第9話 瞳が濁って見えてしまう
西の空がゆっくりと色を変えていく。
金色の光が淡い灰色に溶けて、遠くの観覧車の輪郭だけが残っていた。
昼の喧噪が少しずつ薄れていく中、風が吹くたびに甘いポップコーンの匂いが漂う。
「けっこう並んでるね」
「うん、でもせっかくだし乗ろうよ」
「そうだな。夕焼けきれいだし」
小さく笑い合って、列の最後尾に並ぶ。
前のカップルが写真を撮っている。
背中越しにシャッター音が響くたび、少しざわついた。
この瞬間を残したいって思える気持ち、今のあたしにはあるのかな。
風が強くなって、髪が頬にかかる。
新汰くんが手を伸ばして、そっとそれを直してくれた。
その仕草が優しすぎて、一瞬だけ視線を逸らす。
「……ありがと」
「どういたしまして」
言葉の間に少しだけ照れ笑い。
それでも心の中では何かが静かに遠ざかっていく。
触れられた頬に夏の熱が少しだけ残った。
そのぬくもりを感じながら、須賀さんのことを思い出してしまう。比較をしてしまう。こんなことほんとはしたらダメなのに。
観覧車のゴンドラがゆっくりと回る。
金属の軋む音が風の中でかすかに響く。
あたしはその音を聞きながら、新汰くんの横顔を見た。
光の残る瞳に自分の姿がなんだか濁って映ってるようにみえる。
それがあたしだと気づかないふりをした。
「このあと、どうする?」
「うーん……もうすぐ日暮れだし、おみやげ見て帰ろっか」
「そうだね」
観覧車の影が地面に長く伸びて、ふたりの足もその中に溶けていった。
外の風が一瞬止んで、ゴンドラの中に小さな静寂が落ちる。
その静けさがゆっくりと広がっていく。
「今日、楽しかった?」
「……うん。楽しかったよ」
自分の声が自分のものじゃないみたいに聞こえた。
ほんの少しの間だけ違う鼓動がした。
出口へ向かう人の流れが、ゆっくりと傾いていく。
空はもうすっかり灰青に沈み、観覧車のライトがぼんやりと滲んでいた。
おみやげショップの前を通りかかると、ガラス越しに光がこぼれて、猫のマスコットやカラフルな小物が並んでいるのが見えた。
お店の扉を開けると、ひんやりとした空気が頬を撫でた。
外の熱気が一瞬で遠ざかっていく。
棚には猫の耳がついたキーホルダーやポップコーンの形をしたストラップが並んでいた。
「どれにする?」
「んー……これかな」
あたしが指さしたのは、金の鈴がついた小さなチャームだった。
新汰くんが隣で同じものを手に取る。
「おそろいだね」
「……うん」
笑って言ったのに、声の温度が自分でも少し低く感じた。
レジを出ると、風が店先の旗を揺らした。
その音だけが妙に静かに響く。
ベンチに腰を下ろして、袋の中を覗く。
小さなチャームが並んで光を反射していた。
金属の冷たさが指に伝わる。
あたしの中の何かがそっと静かに沈んでいく。
今日は笑えた。
でも、その笑いの奥に残る空白が自分でもこわいくらい静かだった。
新汰くんが隣で伸びをして、「帰ろっか」と言う。
あたしは頷いて立ち上がる。
風がショートパンツの裾を揺らして、金の鈴がかすかに鳴った。




