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透明な彼と真っ黒な彼女  作者: 栖川 葵依
第3章 崩壊と喪失
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第9話 瞳が濁って見えてしまう

 西の空がゆっくりと色を変えていく。

 金色の光が淡い灰色に溶けて、遠くの観覧車の輪郭だけが残っていた。


 昼の喧噪が少しずつ薄れていく中、風が吹くたびに甘いポップコーンの匂いが漂う。


「けっこう並んでるね」

「うん、でもせっかくだし乗ろうよ」

「そうだな。夕焼けきれいだし」


 小さく笑い合って、列の最後尾に並ぶ。

 前のカップルが写真を撮っている。

 背中越しにシャッター音が響くたび、少しざわついた。


 この瞬間を残したいって思える気持ち、今のあたしにはあるのかな。


 風が強くなって、髪が頬にかかる。

 新汰くんが手を伸ばして、そっとそれを直してくれた。

 その仕草が優しすぎて、一瞬だけ視線を逸らす。


「……ありがと」

「どういたしまして」


 言葉の間に少しだけ照れ笑い。

 それでも心の中では何かが静かに遠ざかっていく。


 触れられた頬に夏の熱が少しだけ残った。

 そのぬくもりを感じながら、須賀さんのことを思い出してしまう。比較をしてしまう。こんなことほんとはしたらダメなのに。


 観覧車のゴンドラがゆっくりと回る。

 金属の軋む音が風の中でかすかに響く。

 あたしはその音を聞きながら、新汰くんの横顔を見た。

 光の残る瞳に自分の姿がなんだか濁って映ってるようにみえる。

 それがあたしだと気づかないふりをした。


「このあと、どうする?」

「うーん……もうすぐ日暮れだし、おみやげ見て帰ろっか」

「そうだね」


 観覧車の影が地面に長く伸びて、ふたりの足もその中に溶けていった。

 外の風が一瞬止んで、ゴンドラの中に小さな静寂が落ちる。

 その静けさがゆっくりと広がっていく。


「今日、楽しかった?」

「……うん。楽しかったよ」


 自分の声が自分のものじゃないみたいに聞こえた。

 ほんの少しの間だけ違う鼓動がした。


 出口へ向かう人の流れが、ゆっくりと傾いていく。

 空はもうすっかり灰青に沈み、観覧車のライトがぼんやりと滲んでいた。


 おみやげショップの前を通りかかると、ガラス越しに光がこぼれて、猫のマスコットやカラフルな小物が並んでいるのが見えた。


 お店の扉を開けると、ひんやりとした空気が頬を撫でた。

 外の熱気が一瞬で遠ざかっていく。


 棚には猫の耳がついたキーホルダーやポップコーンの形をしたストラップが並んでいた。


「どれにする?」

「んー……これかな」


 あたしが指さしたのは、金の鈴がついた小さなチャームだった。

 新汰くんが隣で同じものを手に取る。


「おそろいだね」

「……うん」


 笑って言ったのに、声の温度が自分でも少し低く感じた。


 レジを出ると、風が店先の旗を揺らした。

 その音だけが妙に静かに響く。


 ベンチに腰を下ろして、袋の中を覗く。

 小さなチャームが並んで光を反射していた。

 金属の冷たさが指に伝わる。


 あたしの中の何かがそっと静かに沈んでいく。

 今日は笑えた。

 でも、その笑いの奥に残る空白が自分でもこわいくらい静かだった。


 新汰くんが隣で伸びをして、「帰ろっか」と言う。


 あたしは頷いて立ち上がる。

 風がショートパンツの裾を揺らして、金の鈴がかすかに鳴った。

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