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透明な彼と真っ黒な彼女  作者: 栖川 葵依
第3章 崩壊と喪失
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第2話 言ったって何になるの?

 屋上の風が強く吹き抜けた。

 髪が乱れて、スカートの裾がばたつく。


 灰色の雲が早く流れていく。

 コンクリートの照り返しが白く眩しくて、目を開けていられない。

 鉄の手すりが熱を帯び、指先に冷たさと痛みが混ざる。そして息を吸うたび、苦しくなる。


 扉の方で足音がして、三人の影が差す。

 梨沙、紗月、美桜だ。今は顔も梨沙たちを見たくなかった。見たらなにか壊れそうで。


「……ねえ、何か言ったら?私たちに言うことあるでしょ」


 梨沙の声が風に乗って、真っすぐ胸に刺さる。

 言葉が痛くて、顔を合わせるのがとても怖い。


「……別にないよ。言うことなんか」


 ようやく絞り出した声は自分でも驚くほど低い。


「は?何それ。そんな態度で済むと思ってるの?」


 紗月の尖った声が重なる。


「瑠奈のこと憧れてたのに……。優しくて、みんなに好かれてて。でも裏ではあんなことしてたなんて、信じたくない」

「別に信じたくないなら、勝手に信じなければいいじゃん」

「そんな言い方する必要なくない?私たちにもみんなにも、そして佐伯くんにも失礼じゃん」


 乾いた笑いが漏れてしまう。


「……浮気して別れたなんて正直に言えるわけ無いじゃん」

「……それでも私は言って欲しかった。親友だと思ってたの私たちだけなの?」

「……」

「別に瑠奈のこと責めたいとかじゃないんだよ。ただ隠し事されてたことが一番悲しい」

「……心配してなんて頼んでない。勝手に哀れんで、正義の味方になったつもり?」

「ひどいよ、そんなの……。あたし、ずっと瑠奈の味方だったじゃん!」


 美桜の叫びが、あたしの中の何がしかを粉々に砕いた。

 耳の奥で何かがぷつりと切れる音がした。


「うるさい!黙って!」


 叫んだ瞬間、何かが弾けた。

 風が全部持っていってくれると思ったのに、痛みだけがしっかり残った。


「……美桜が味方って……?誰がいじめられてるのを助けたと思ってる?美桜が一人でトイレで泣いてたとき、誰が横にいてあげたか忘れたわけ?」


 声が自分のものじゃないみたいに響いた。

 言い終わった瞬間、胸の中に熱がこもる。

 それは怒りでも後悔でもなくて、ただ息が詰まるほどの苦しさだった。


「……それ本気で言ってんの?」


 梨沙の声から温度が消えた。


「当たり前じゃん。ほんと昔からあたしがいないと何もできないくせに。……今さら相談してとか笑わせないで。梨沙たちに何ができる?」

「……瑠奈のこと失望したわ」


 紗月のその言葉が少し震えていて、一瞬だけ数日前の光景が脳裏に浮かぶ。

 まだ何も知らなかった頃の笑い声。でも、もう戻れない。


「勝手に失望すれば」


 その言葉で何かが完全に切れた。

 音もなく、空気だけが静かにひずむ。

 雲が流れて、空の色が灰青に変わる。


 手すりに当たった光が、まるでガラスみたいに冷たく光った。

 梨沙が唇を噛みしめて、かすかに首を振る。


「……もう無理。今は瑠奈の顔を一切見たくない」


 その言葉たちがゆっくりと現実に沈んでいく。

 誰も泣かない。

 泣く余裕なんて、誰の中にも残ってなかった。


 風がまた吹いた。

 三人の背中がドアの向こうに消えていく。

 その音だけが屋上に残った。

 残された空気が乾いていて、息をするたびにどこかが痛む。


「……好きにすれば」


 屋上のドアが閉まったあと、かすかに鼻をすする音が聞こえた気がした。

 でも風が強くて、すぐに消えた。


 泣いていたのは梨沙たちなのか、それともあたしか――もうわからなかった。

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