第2話 言ったって何になるの?
屋上の風が強く吹き抜けた。
髪が乱れて、スカートの裾がばたつく。
灰色の雲が早く流れていく。
コンクリートの照り返しが白く眩しくて、目を開けていられない。
鉄の手すりが熱を帯び、指先に冷たさと痛みが混ざる。そして息を吸うたび、苦しくなる。
扉の方で足音がして、三人の影が差す。
梨沙、紗月、美桜だ。今は顔も梨沙たちを見たくなかった。見たらなにか壊れそうで。
「……ねえ、何か言ったら?私たちに言うことあるでしょ」
梨沙の声が風に乗って、真っすぐ胸に刺さる。
言葉が痛くて、顔を合わせるのがとても怖い。
「……別にないよ。言うことなんか」
ようやく絞り出した声は自分でも驚くほど低い。
「は?何それ。そんな態度で済むと思ってるの?」
紗月の尖った声が重なる。
「瑠奈のこと憧れてたのに……。優しくて、みんなに好かれてて。でも裏ではあんなことしてたなんて、信じたくない」
「別に信じたくないなら、勝手に信じなければいいじゃん」
「そんな言い方する必要なくない?私たちにもみんなにも、そして佐伯くんにも失礼じゃん」
乾いた笑いが漏れてしまう。
「……浮気して別れたなんて正直に言えるわけ無いじゃん」
「……それでも私は言って欲しかった。親友だと思ってたの私たちだけなの?」
「……」
「別に瑠奈のこと責めたいとかじゃないんだよ。ただ隠し事されてたことが一番悲しい」
「……心配してなんて頼んでない。勝手に哀れんで、正義の味方になったつもり?」
「ひどいよ、そんなの……。あたし、ずっと瑠奈の味方だったじゃん!」
美桜の叫びが、あたしの中の何がしかを粉々に砕いた。
耳の奥で何かがぷつりと切れる音がした。
「うるさい!黙って!」
叫んだ瞬間、何かが弾けた。
風が全部持っていってくれると思ったのに、痛みだけがしっかり残った。
「……美桜が味方って……?誰がいじめられてるのを助けたと思ってる?美桜が一人でトイレで泣いてたとき、誰が横にいてあげたか忘れたわけ?」
声が自分のものじゃないみたいに響いた。
言い終わった瞬間、胸の中に熱がこもる。
それは怒りでも後悔でもなくて、ただ息が詰まるほどの苦しさだった。
「……それ本気で言ってんの?」
梨沙の声から温度が消えた。
「当たり前じゃん。ほんと昔からあたしがいないと何もできないくせに。……今さら相談してとか笑わせないで。梨沙たちに何ができる?」
「……瑠奈のこと失望したわ」
紗月のその言葉が少し震えていて、一瞬だけ数日前の光景が脳裏に浮かぶ。
まだ何も知らなかった頃の笑い声。でも、もう戻れない。
「勝手に失望すれば」
その言葉で何かが完全に切れた。
音もなく、空気だけが静かにひずむ。
雲が流れて、空の色が灰青に変わる。
手すりに当たった光が、まるでガラスみたいに冷たく光った。
梨沙が唇を噛みしめて、かすかに首を振る。
「……もう無理。今は瑠奈の顔を一切見たくない」
その言葉たちがゆっくりと現実に沈んでいく。
誰も泣かない。
泣く余裕なんて、誰の中にも残ってなかった。
風がまた吹いた。
三人の背中がドアの向こうに消えていく。
その音だけが屋上に残った。
残された空気が乾いていて、息をするたびにどこかが痛む。
「……好きにすれば」
屋上のドアが閉まったあと、かすかに鼻をすする音が聞こえた気がした。
でも風が強くて、すぐに消えた。
泣いていたのは梨沙たちなのか、それともあたしか――もうわからなかった。




