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透明な彼と真っ黒な彼女  作者: 栖川 葵依
第2章 恋のきらめき
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最終話 今日という一日が苦くて愛おしい

 ルミナ・キャッスルを離れて、少し歩くと風が強くなった。

 雲の切れ間から陽が差して、遠くに見える青いレールが光っている。

「乗ってみる?」と彼が指さしたのは空をゆっくり滑空するスカイグライダー。

 翼の形をした二人乗りの座席が風に合わせて高く揺れていた。


「ちょっと怖そう……でも、行こっか」

「……意外と度胸あるな」

「さっきのミストフォールで慣れたもん」

「それは水じゃん。今回は空な」


 笑い合いながらシートに座る。

 安全バーが下りた瞬間、足がふわりと浮いた。

 ゆっくりと風に乗って上昇していく。

 眼下にはキャッスルの白い屋根ときらめく湖面。

 遠くの音が全部小さくなって、風だけが耳のそばを通り過ぎていく。


「すご……高い」

「な?見て。城の影」


 彼が指さした先にさっき写真を撮ったルミナ・キャッスルの影が午後の陽を受けて長く伸びていた。

 青い空の下に二人分の影が重なって見える。

 その光景に少しだけ締めつけられる。


 言葉を探すけど、うまく出てこない。

 ただ風が頬を撫でて、髪を揺らした。

 彼が横で小さく笑う気配がして、その音だけが、今の世界の真ん中にある気がした。


 ゆっくりと降下していく途中、彼が何気なく言った。


「また一緒に来たいな。こういうとこ」

「……うん」


 その佑磨くんの一言が風よりもあたたかくて、やっぱりあたしは佑磨くんのことが好きだ。


 午後の光がゆっくりと薄れていく。

 夕暮れのキャットランドは昼の喧騒とは違う顔をしていた。

 西の空がオレンジから紫に変わる。

 空気の温度が少し下がって、頬にあたる風がやわらかい。


 佑磨くんが少し遠くを見つめる。

 光に染まった横顔が穏やかで、あたしはただその輪郭を目で追ってしまう。

 この瞬間ごと閉じ込めてしまいたい。


 アトラクションの音が遠くから聞こえてくる。

 あたしと彼はベンチに並んで腰を下ろして、買ったばかりのドリンクをストローで少しずつ飲んだ。

 氷がカランと鳴る音がどこか静かなリズムを刻んでいる。


「もうすぐ始まるね」

「うん、ここなら見やすそう」


 佑磨くんが言いながら、軽く伸びをした。

 その仕草を見てるだけで、胸がドキドキする。


「……ねえ」

「ん?」

「この時間、終わってほしくないね」


 佑磨くんは少し驚いたように笑って、「同じこと思ってた」と答えた。

 その笑顔が夕暮れに溶けていくのを、あたしは息をするのも忘れて見つめた。


 パレードの前触れの音楽が流れて、人々のざわめきが少しずつ高まる。

 空気が震えて、街灯の灯りがひとつずつ点いていく。

 やがて通りの向こうから光の波がやってきた。


 金色のフロート。

 青と白の粒子が宙に舞うように瞬いて音楽が響く。

 風が動いて、光が頬に触れた。

 まるで世界が息をしてるみたいだった。


「きれい……」


 思わず漏れた声に彼は小さく頷いた。

 光が彼の瞳に反射して、まるで星みたいに光ってる。

 その横顔を見ているだけで、言葉が出てこなかった。


 佑磨くんの頬をかすめた光が淡く揺れる。

 その一瞬ごとに胸が波打つようで、あたしの世界は彼を中心にゆっくり回っていた。


「ほら、あれ猫の王様かな」

「ほんとだ。王冠かぶってる」

「……かわいいね」

「うん。なんか子どもみたいな気分になる」


 二人で笑った瞬間。

 空気の中にあたたかいものが広がって、そのまま時間が止まればいいのにと思った。


 花の形をしたランタンが流れていく。

 あたしの心臓がそれに合わせてゆっくり鳴る。

 音楽のリズムと一緒に想いが少しずつあふれ出していく。


 風が吹いて、髪が肩にかかる。

 佑磨くんが無言で手を伸ばして、それをそっと戻してくれた。

 指先が触れた瞬間、何かが弾けた。


「……ありがと」

「風、少し冷たくなってきたね」

「うん。でも、気持ちいい」

「夜のテーマパークって、なんか特別だよな」

「ね。昼とは全然違う」


 言葉にしなくても、沈黙の時間があったとしても心地良い。


 世界が光で満たされているのに、あたしの視界には彼しか映っていなかった。

 周りの歓声も音楽も全部遠くなって、彼の横顔とその温度だけが残った。


「……綺麗だね」

「うん。でも瑠奈のほうが」


 その言葉が聞こえた瞬間、息が止まった。

 笑い合うことも照れ隠しもできなくて、ただ風の音だけが耳に残った。


 光が彼の睫毛をなぞって、小さな影を頬に落とす。

 その影のゆらぎまで愛しくて、胸がきゅうっと痛くなった。


「今日、早かったね。時間」

「……うん。まだ終わってほしくない」


 視線を上げるとパレードの先にルミナキャッスルが見えた。

 淡いブルーの光をまとって、夜空の中に静かに立っている。


 目の前で光の行列がゆっくり通り過ぎていく。

 まるで時間が流れている証のように。

 あたしはその一瞬一瞬を焼き付けるように見つめていた。


 きっと今日という日は一生忘れない。

 この夜の光と彼の言葉を。


 光が消えて、夜に戻る。

 拍手の音と笑い声が混ざって、空には薄い月が浮かんでいた。

 その下であたしの心だけがまだ光っていた。


 パレードが終わると、人の波がゆっくり動き出した。

 光の粒が少しずつ消えていく。

 あたしたちはその場に残って、しばらく言葉もなく座っていた。

 余韻が体に残っていて、あたたかいのにどこか締めつけられる。


 遠くでアナウンスの声と観覧車の光がかすかに揺れている。

 風が通り抜けるたびに髪の先が頬をかすめた。

 それでも佑磨くんの隣にいるだけで、世界がまだやさしく続いている気がした。


「……もう帰る時間だね」


 そう言いながら立ち上がろうとした瞬間、彼があたしの手を取った。

 その手の温度が思ったよりも高くて、動けなくなった。

 指先から心臓まで一瞬で熱が広がる。


「瑠奈」


 名前を呼ばれただけで、世界の音が止まった気がした。

 パークの明かりが遠くで揺れていて、彼の瞳の中にそれが小さく映っていた。

 まるで夜空ごと閉じ込められたみたいに透き通っている。


「今日さ、すごく楽しかった」

「……うん、あたしも」


 声が少し震えた。

 胸の奥が波打って、呼吸が浅くなる。

 次に何が来るのか、もう分かってた。

 分かってるのに心が追いつかない。


 彼は少し間を置いて、深呼吸するみたいに息を吐いた。

 その吐息が夜気に溶けて、あたしの頬をかすめる。


 ルミナキャッスルの塔の光が、ふたりの影をゆっくり伸ばしていた。


 そしてーーまっすぐあたしを見た。


「瑠奈のことが好きだ」


 その刹那、周りの空気や喧騒が一気に鳴り止んだ。

 まるで夜そのものが息を飲んだみたいに何も動かなくなり、この世界にはあたしと佑磨くんの2人しかいないみたいに周囲は静寂に包まれている。


 風が止まり、遠くの明かりが淡く瞬く。

 彼の声だけがこの夜の真ん中に残っていた。


 その言葉が落ちていき、ゆっくり広がっていく。

 その一音一音があたしの中に焼きついていく。


「――俺と付き合ってほしい」


 心臓が大きく脈を打つ。

 涙が出そうになるのを必死でこらえた。


 嬉しいけど、とても怖い。


 そのどちらもが一気にあふれて、言葉にできない感情が渦を巻いた。


 佑磨くんの瞳がまっすぐあたしを捉えている。

 その真剣な光に視線を返すのが怖くて。

 でも逸らすこともできなかった。


 彼の顔が少し曇る。

 あたしが黙ったままだからだ。

 何か言わなきゃ。

 なのに、言葉が出てこない。


 ーー去年の冬のこと。

 止まったままの時間。

 赦されないことをした自分。

 その全部が一瞬でよみがえってきた。


 あたしに佑磨くんの告白に応える資格なんてない。


 唇を噛んで、視線を落とした。

 声を出すのに、ほんの少し勇気が必要だった。


「……ごめん、考えさせてほしい」


 その言葉を吐き出した瞬間、きゅうっと締めつけられた。

 風の音がゆっくり戻ってきて、ルミナキャッスルの塔の光が夜気の中で静かに揺れていた。


 彼はしばらく黙っていた。

 でも責めるような目はしていなかった。

 ただ小さく頷いて。


「……わかった。待ってるよ」


 その優しさが痛かった。

 嬉しいのに、泣きたくなるくらい苦しかった。

 夜風が吹いて、制服の裾が揺れた。

 遠くでパレードの残光が流れ去り、白い光が一瞬だけふたりを照らした。


 その光の中で、佑磨くんが微笑んだ。

 あたしは何も言えずに、ただその横顔を見つめていた。


 もしこの夜をもう一度やり直せるなら。

 きっと同じように笑って、同じように泣くんだろう。


 それくらい今日という日が愛しかった。



「これを拡散すればもうあいつの立場はあたしのものになる!あー!ほんとにあいつが落ちぶれる姿が今から楽しみ」


 暗闇に染まった部屋で見目のいい女の子は画面が割れたスマートフォンを机の上に雑に置き、そう愉しそうに嗤う。


 その表情は見目が良いからか何処か歪んでいるせいなのか不気味な笑顔であった。

第2章ー完ー


第3章は1月29日の20時から投稿します。


今後とも応援をどうぞよろしくお願い致します。


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