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透明な彼と真っ黒な彼女  作者: 栖川 葵依
第2章 恋のきらめき
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第42話 ほら笑って

 昼のキャットランドは人が増えて、通りを歩くたびにカラフルな風船が肩に触れそうになる。


 あたしと佑磨くんは少し離れたレストランを見つけて入った。


 外の喧騒が遠ざかって、ドアの内側はやさしい音と匂いで満たされている。

 木のテーブルとオレンジ色の照明。

 窓際の席に案内されると、外では小さな噴水がきらきら光っていた。


 制服姿のまま、向かい合って座る。

 まるで修学旅行の自由時間みたいで、胸が高鳴る。


 メニューを開くと、彼が「これ美味しそうだな」って言ってチキンオムライスを指した。


 あたしはハンバーグを選んで、「半分こしようよ」と提案すると、彼が少し照れたように頷いた。


「半分こって、なんか学生っぽいな」

「だって学生だし」

「……そうだった」

「なにその言い方」

「いや、なんか……制服だと距離近いのにデートって感じしないっていうか」

「え、それってどういう意味?」

「……そのままでいいって意味」


 あたしは思わず笑って、メニューで顔を隠した。


 料理が運ばれてくるまでの間、彼はスマホで撮った朝の写真を見せてくれた。

 プリクラ、アトラクション、笑ってるあたし。全部が夢みたいで、同じ日だなんて信じられない。


「瑠奈って、写真だとよく笑ってるね」

「……そうかな?」

「うん、なんか楽しそう。俺が撮ると、こういう顔するんだなって思って」

「……そんなこと言われたら、次から意識しちゃうじゃん」

「じゃあもう撮れないな」

「え、それは困る」


 自然と笑いが重なって、グラスの氷がカランと鳴った。


 その音が合図みたいに、静かな間が落ちる。

 外の光がテーブルの上に差し込み、影がゆっくり動いた。

 フォークを持つ指先に光が反射して、その小さな輝きさえ響いていく。


 料理が運ばれてくる。

 ソースの香りがふわっと広がって、フォークを差し入れた瞬間、外の明るさがガラス越しにやさしく反射した。


「いただきます」

「……いただきます」


 その一言さえ、いつもより少し特別に聞こえた。

 笑い合うたび、何かが少しずつ溶けていく。


「はい、こっち半分」

「ありがと。……うまっ」

「ね、美味しいね」


 二人で笑いながら皿を交換して、お互いのフォークが一瞬だけ触れた。

 その音がやけに響いて、あたしは何でもないふりをしながら少し息を飲んだ。

 テーブルの上には、食べ終わった皿とまだ湯気の残るグラスの水。

 その水面が外の光を受けて小さく揺れていた。


 食べ終わって、コップの水を飲みながら外を眺める。

 光が噴水に反射して、細かい粒が宙に舞っている。

 人の声が遠くでざわめいていて、それがゆっくり溶けていく。


「……眩しいね」

「うん。あ、あれ見て」


 彼が指さした先に白くて高い塔が見えた。

 空の青と混ざって、輪郭がゆらめいてる。

 塔の先端に飾られたガラスのような飾りが光を受けて七色に瞬いた。


「ルミナ・キャッスルだっけ。夜になると光るんだって」

「へぇ……綺麗」

「写真撮ろうぜ、あの前で」

「……うん」


 そのうんの響きが、いつもより少し小さくて、自分でも気づかないくらい笑っていた。


 レストランを出ると、午後の日差しが少し傾き始めていた。

 通りの音が戻ってきて、遠くでアトラクションの歓声が響く。


 あたしは歩幅を合わせながら、さっき彼が指さした方角に目を向けた。


 近づくにつれてルミナ・キャッスルが大きく見えてくる。

 青空の下で塔の先が光って、まるで空そのものが城を包み込んでいるみたいだった。

 陽射しの粒が風に流れて、空気まで少し甘い匂いがする。


「近くで見ると、思ってたより大きいね」

「だな。なんか映画みたい」


 白い階段を上がる途中で、風が吹いてスカートの裾がふわりと揺れた。

 石畳の上に映る影が重なって、二人の輪郭がひとつになったように見える。

 城の壁に反射した光が、指先にもやわらかく触れた。


「写真撮る?」

「うん。……一緒に」


 佑磨くんがスマホを構えて、あたしの隣に立った。

 ほんの一瞬、肩と肩が触れる。

 制服の生地が擦れて、小さな音がした。


 それだけで鼓動が跳ねて、スマホのシャッター音が遅れて聞こえた気がした。

 一瞬の風が髪を持ち上げて、光の粒の中に溶けていく。


「もう一枚。……ほら笑って」

「笑ってるよ」

「それ、ちょっと緊張してる笑顔」


 そう言いながら、彼が軽く肩を寄せた。

 視界の端に白い塔と青い空。

 その境目に彼の横顔が映っていた。

 目を細めたその表情が光を抱いたままゆっくり近づいてくる。


 シャッターが切られた瞬間、風がまた吹いて髪が彼の頬に触れた。

 何も言えないままその光景だけが心の奥に焼きついていく。

 時間の流れが少し遅れて、世界が静かに止まったように感じた。


 画面の中で笑っている自分がほんとうのあたしよりも幸せそうで。

 それを見て、少しだけ息が詰まった。


「……すごい綺麗に撮れたな」

「ほんとだ……背景、光ってる」

「夜になったらもっと綺麗らしいぞ」

「……夜も見られるかな」


 その言葉が風に溶けて、彼の横顔に淡い光が重なった。鼓動の音を彼に聞かれないように笑う。


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