第38話 どうしたらいいんだろう
家に着くころには、空が茜色から群青色へと変わりかけていた。
シャワーを浴びても、髪の根元に残る砂と汗の匂いが、まだ消えない。
窓を開けると、外の空気がひやりと頬を撫でた。
街の遠くで、誰かの笑い声と花火の音が交じっている。
それが昼の続きのようにも、まるで別の世界の音にも聞こえた。
両親の会話を避けるように階段を上がり、自室のドアを閉める。
ベッドに倒れこむと、背中が柔らかい布に沈んだ。
息を吸うたび、今日一日の光景が流れ込んでくる。
紅組の旗、歓声、砂埃。
佑磨くんが帽子を取って笑った顔。
その全部がまだ胸の奥に残っている。
ナイトランプの光の中でスマホを手に取る。
LIMEの通知が止まらない。
〈#紅組最高!〉
〈声枯れた!〉
〈明日みんなで写真シェアしよ!〉
画面が光の粒みたいに点滅して、さっきまでの笑い声が浮かぶ。
けど、指は動かない。返信を打とうとして、途中で消して、また閉じた。
既読もつけずに、ただ画面をジッと見てる。
スマホケースの内側、透明なプラスチックの中でプリクラが光を返している。
今日、何度あの人の笑顔を探したんだろう。
声が聞こえるたび、心臓が跳ねて。
目が合うたびに息が止まった。
初恋でもないのに、まるで初めて恋したみたいに彼のことばっかり気になってしまう。
もっと彼と話したいし、彼と触れあいたい。佑磨くんの体温を心で感じたい。
普段はクール系で人を寄せ付けない雰囲気があるのに、二人だけの時は優しくて。たまに見せるその柔らかさが、ずるいくらいに反則で。でももう自分の気持ちには嘘はつけない。
スマホの光が頬を淡く照らす。
目を閉じても、まぶたの裏に残るのは佑磨くんの笑顔。
思い出そうとしたわけじゃないのに、彼の声の余韻だけが残って離れない。
あたしが恋をしていいわけない。
決して赦されないことをしたのに。二度と誰かを好きになんてならないと誓ったのに。
なのに……どうして。
あたしーー。
ーーまた恋しちゃったんだろう。
指先でプリクラをそっとなぞる。
薄いフィルム越しに光の粒が指に当たる。
その小さな温もりがほんの少し動かした気がした。
好きって言葉がこんなにも苦しくて、重いものだったなんてあたしは知らなかった。
ベッドの上で目を閉じたまま、息をひとつ吐いた。
夜の風がカーテンを揺らして、部屋の空気が少し動いてく。




