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透明な彼と真っ黒な彼女  作者: 栖川 葵依
第2章 恋のきらめき
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第34話 こんなに苦しいのはどうして

 放送部の声がまたマイクに乗って、グラウンドに響いた。


「次の競技は玉入れです。紅組は右側のテント前に集合してください」


 砂の上にできた足跡を避けながらテントへ向かう。

 空気がもう夏の匂いをしていた。

 遠くの校舎の窓が光って、目を細める。


「ねえ、あのカゴ。めっちゃ高くない?」

「届かない分は気合いで投げるんだよ」

「映えのためには紫外線対策が命なの」

「はいはい。じゃあ頑張ろっか」

「なんかテンション高くない?珍しいね」

「そ、そう?」

「昨日のデートがよっぽど楽しかったんだ〜」

「ちょっと!からかわないでよ!」


 うるさいと言いながら笑って、手のひらで玉を掴む。

 指先に感じる布のざらつき。

 こんな何気ない感触が懐かしかった。


 笛の音が鳴る。

 白い玉がいっせいに空へ舞う。真っ青な空の下で、赤いカゴの影が揺れている。


 どこかで「いけー!」って声が上がる。

 誰の声か分からないけど、鼓動が合うように速くなった。


 舞がよろけて転んだ瞬間、玉が頭に当たって跳ねた。


「ちょっと痛っ!」


 次の瞬間にはみんなが笑っていた。

 笑い声が波みたいに広がって、あたしもつられて笑う。


 合図の笛が鳴って、玉入れが終わる。

 結果は紅組の勝ちで終わる。


 梨沙が叫んで飛び跳ねて、紗月と美桜もハイタッチしている。


 あたしも手を上げようとしたけど、その瞬間、観客席の向こうで佑磨くんの姿が見えた。


 彼も笑っていた。

 男子たちと肩を組んで、汗を拭きながらこっちを見てる。

 少しだけ手を振った気がした。

 なんでもない動作なのに、心臓の鼓動がさっきよりも大きく聞こえた。


「なにニヤニヤしてんの?」

「べ、別にしてないし」

「してるよ〜絶対してる!」

「もう、やめてってば!」


 笑いながら逃げるようにテントの影に入る。

 日陰の涼しさが気持ちいい。

 手のひらに残る汗をタオルで拭いた。

 空を見上げたら、白い雲がひとつ流れていく。


 放送部のアナウンスがまた響く。


「続いては綱引きです。各クラス代表は準備をお願いします。」


 テントの下で水を飲んでいると、佑磨くんが少し離れた場所で同じくペットボトルを傾けていた。

 光が反射して、髪が薄い茶色に見える。

 昨日のカフェで見た横顔と同じだ。

 息をするのを忘れそうになる。


 梨沙がタオルで首を叩きながら「行くよ、瑠奈!」と呼ぶ。

 慌てて立ち上がり、綱引きが置いてあるところへ向かう。


 手に力を入れた瞬間、指に細かい砂が食い込んだ。

 笛が鳴って、一斉に引っ張る。


「いっせーのーで!」

「もっとー!」


 みんなの声がひとつになる。

 腕が震えて、足が滑っても、誰も手を離さない。

 砂が舞い上がって、風が熱を運ぶ。

 太陽が容赦なく照りつけるのにその光の中で笑ってる自分がいた。


「紅組の勝ちー!」


 アナウンスが響いて、クラス中が歓声に包まれた。

 手のひらが痛い。でも、気持ちよかった。


 梨沙が笑いながら綱の上に倒れ込んでしまう。

 その梨沙の姿に笑ってしまう。


 風が吹いて、旗がゆらゆら揺れた。

 汗が頬をつたっても今のあたしはそれを拭かない。

 この光の中にいることをちゃんと感じたかった。


 放送部の声が次の競技を告げる。


「これにて午前の部を終了します。午後の部は一時三十分から再開します」


 笛の音が遠くで鳴って、太陽がいっそう高くなった。


 クラスのみんながシートを広げて、お弁当を開き始める。

 あたしもその輪の中に腰を下ろした。

 冷たいお茶を飲むと、さっきまでの熱がゆっくり落ち着いていくのが分かった。


 指先にまだ綱の感触が残っていた。

 その痛みがなんだか愛しかった。


 笛の音が止んで、グラウンドが少し静かになった。


 空は昼の色をしていて、白い光がテントの屋根を透かしている。

 砂の匂いに混じって、いろんなお弁当の匂いがしてきた。


 卵焼き、ソーセージ、海苔の匂い。

 みんなが一斉にシートを広げて、座りこんでいく。


「はい、瑠奈の分ここね」


 梨沙が持ってきたお弁当を渡してくれた。

 彩りのいいおかずがぎっしり詰まっていて、隣では紗月と美桜がタコさんウインナーを取り合っている。


「ちょっと!それあたしの!」

「ウインナーでそんな真剣にならなくても〜」

「いやいや、美桜いつも取るじゃん!」

「だって形かわいかったんだもん!」


 笑い声が絶えない。

 フォークで卵焼きをつまみながら、あたしもつい笑ってしまう。


 去年は同じ場所で、ただ空を見上げていた気がする。

 でも今年は違う。

 同じ太陽の下でちゃんとみんなの中にいる。


「はいチーズ!」


 美桜がスマホを構えて、シャッター音が鳴る。

 画面の中にはみんなの笑顔とグラウンドの向こうの赤い旗が映っていた。


 〈#櫻庭体育祭 #紅組 #声枯れた〉


 ソルグラムのハッシュタグを打ちながら、梨沙が笑う。


「こういうの青春って感じしない?」

「……うん。する」


 心の中で小さく呟いた。


 風が吹いて、シートの端がめくれた。

 ペットボトルの水滴が陽に光る。

 視線の先、男子のテントの方では佑磨くんが友達と話していた。


 キャップを後ろ向きにかぶって、汗で前髪が少し濡れている。

 笑うたびに彼の肩が揺れる。

 その姿を見ているだけで、熱くなる。


 梨沙があたしの視線に気づいて、にやっと笑った。


「……ねえ瑠奈見すぎじゃない?」

「み、見てないし」

「顔真っ赤。バレバレ」


 紗月と美桜が顔を見合わせて笑う。


「なに〜、昨日のデートの話?」

「やめてってば!」


 笑いながら箸を握る手が少し震える。

 否定しても、心臓の鼓動は止まらなかった。


 目で追うだけでこんなに苦しくなるなんてどうしてだろう。


 風の向こうから、彼の声がした。


「午後、騎馬戦らしいぞー!」


 男子たちの笑い声が重なる。

 彼が振り返ると、ほんの一瞬目が合った。

 その瞬間、心臓が跳ねた。


 あたしは慌ててお弁当箱の蓋を閉じた。


「どしたの?」

「ううん、なんでもない」


 でも、指先が少し震えていた。


 午後の太陽が真上に昇っていく。


 校舎の白壁がまぶしくて、影がくっきりと砂の上に伸びる。

 放送部の声が響く。


「午後の部はまもなく開始します。準備をお願いします」


 梨沙が立ち上がって伸びをした。


「午後は応援合戦だっけ?」

「その前に男子の騎馬戦」

「おー、佑磨くん出るやつじゃん」

「先に借り物競走だよ」

「え、まじ?……」

「食べ過ぎたんだけど、走れるかな」


 風が吹いて、旗がゆらめいた。

 その赤い布の影の中で、太陽の光が汗を照らしてきらきらしている。

 あたしはペットボトルの残りの水を飲み干して立ち上がった。


 午後の熱気が始まる。

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