第32話 言葉の形
カフェを出ると、午後の日差しが街を淡く照らしていた。
ビルのガラスに反射した光が水面みたいにゆらゆらと道の上を流れている。
人の声と車の音が重なり合って、初夏の中目黒がまるでひとつのリズムを刻んでいるようだった。
「どこ行く?」
「うーん……せっかくだし、ちょっと服見たいかも」
そう言うと佑磨くんが軽く笑った。
「予想通り」
「え、なにそれ」
「朝のLIMEでワンピ着るか迷うって言ってたから、絶対ファッションモードの日だと思ってた」
「うわ、覚えてたの!?」
思わず笑ってごまかしたけど、ーーちゃんと見てくれてるんだって思った。
そんな小さなことがどうしてこんなに嬉しいんだろう。
駅近くのセレクトショップは白い壁と木目調の扉が目印の中目黒らしい店だった。
ガラス越しに見えるトルソーには麻素材のワイドパンツや淡いブラウスが並んでいる。
ドアベルが小さく鳴って、冷たい空気が頬を撫でた。
香水と新しい布の匂いが混ざり合う。
「このシャツ似合いそう」
佑磨くんがラックから白い半袖シャツを手に取った。
「自分の?」
「いや、俺こんなキレイめは似合わない」
「似合うと思うけど」
「じゃあ試す」
試着室のカーテンが揺れる音。
あたしは鏡の前で髪を直すふりをしながらガラス越しに外の光をぼんやり見ていた。
ドキドキというより、息を潜めて何かを待つような感覚だった。
カーテンが開く。白いシャツの袖を軽く折り返して出てきた佑磨くんはデニムに合わせただけなのに、映画の中から抜け出したみたいに見えた。
「……似合ってる」
声が思わず漏れる。
視線が合った瞬間、息が詰まる。
「ありがと」
彼の笑顔がやわらかく滲んで、さっきの未来の主人公よりもずっと近くにあった。
「瑠奈も着てみなよ」
「え?」
「そのワンピの上に羽織るなら、こういうカーディガンとか合いそう」
淡いアイボリーのショートカーディガン。
差し出されたそれを受け取る瞬間、指先がかすかに触れた。
「……ありがと」
「いや、別に。似合うと思っただけ」
「佑磨くんありがと」
鏡に映る自分の顔がさっきより少し赤く見えた。
頬の熱を誤魔化すように、髪を耳にかけた。
店を出ると、空はゆっくりと茜色に染まり始めていた。
ビルの屋上を越えて差し込む夕陽が川沿いの水面に反射してきらきら光る。
風が吹くたび、あたしの髪と彼のシャツの裾が同じリズムで揺れた。
「今日は楽しかった?」
「うん。……すごく楽しかった」
「よかった」
そのやりとりだけで胸が満たされていく。
沈みかけの太陽があたしと佑磨くんの影をひとつに重ねて伸ばしていく。
まるで未来という言葉が少しだけ形になったみたいだった。




