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透明な彼と真っ黒な彼女  作者: 栖川 葵依
第1章 出会いと始まり
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第2話 友達とのプリクラ

 ゲームセンターのフロアは音の層が厚い。

 クレーンゲームの電子音、メダルが落ちる金属音、太鼓ゲームのリズム。

 プリクラコーナーの一角だけ白い光が強くて別世界みたいだ。


 肌がふわっと明るく映る機種を選ぶ。

 カーテンの向こうで外の騒がしさが半歩遠ざかる。


「はい!ポーズ決めよ!」

「最初はやっぱ小顔でしょ!」


 せーのという掛け声で全員が頬を両手で包む。

 ライトが強くて目が一瞬潤む。

 画面に五人の輪郭がそろった瞬間、全員で盛れてる!と声が重なる。


「次どうする?」

「指ハートやろ。ほらこうやって」


 親指と人差し指で小さな形を作って顔を近づける。呼吸が重なる距離で笑ってしまう。


「これは絶対アイコン行き!」

「いや待って!私こっちの角度が可愛い!」


 美桜が嬉しそうにそう言い、梨沙が騒ぐ。


「おでこコツンやる?」

「やる!」


 梨沙とあたしが軽く額を合わせる。

 ひやっとした感触に思わず笑いがこぼれる。


「これ完全に青春じゃん!」

「次ほっぺ寄せ!」


 美桜の頬が柔らかくて、笑うとまつげがかすかに触れる。


 距離近すぎ〜!と柚菜が言いながらもノリノリで参加してくる。


「はい崩そう。変顔ターイム!」

「え、やだ!!」


 全員で一斉に顔を崩して思い切り笑う。


「これは公開処刑だけど好き」

「逆に盛れてる気する」


 最後はフィルターを季節モードに切り替える。

 頭上に花かんむりが浮かんで画面が春色に満ちる。


「え、これ天才的にかわいい!」

「今日勝ったわ」


 みんなのテンションが一段上がる。

 しゃがみ構図では上からのアングルに全員が揃えてポーズ。

 スカートの裾を押さえる指先までそろう。


「みんな脚長っ」


 モデルさんみたいと笑い声がこぼれる。


 ラストは後ろからピース。

 紗月が背後から肩に顎をのせると体温がふっと重なり空気が甘くなる。

 これ一番好きかもと柚菜が小声で言う。


 撮影が終わると画面に「落書きブースへ移動してください」と文字が出る。

 みんなで「はーい」と返事して、隣の小部屋に移動する。

 明るい照明に照らされた落書きブースは壁が真っ白でタッチパネルの光が虹色に揺れている。


 画面に補正バーが流れ、肌の色がふわっと整う。

 瞳が少し大きくなって光が足され髪もつややかに見える。


「おー、盛れた!」

「ちょっと鼻高くない?」

「目大きくなりすぎじゃない?」

「盛れたから良し!」


 ペンを持つ手が次々と伸びる。


「私にも描かせて!」

「どのペンにする?」

「ピンクでハートね!」

「じゃあ私はラベンダーで文字入れする〜」


 タッチペンの先がガラス面を走る音がかすかに響く。

 パステルピンク、ラベンダー、ホワイト……画面の上を小さな光が踊る。

 スタンプの候補が次々表示されて、誰が押すかで少し揉める。


「それハート多すぎじゃない?」

「多いほうが盛れるんだって!」

「じゃあ星はこれにする」

「やば、落書き増えすぎ」

「いいの、情報量多い方がかわいい」


 笑い声がブースの天井に跳ねる。

 フレームはレース調を選んで角にキラキラとハートを散らす。

 ハッシュタグを八枚分に分けて配置していく。


「できたー!」

「切る係お願い!」


 四枚を均等に切り分ける。ハサミの刃がビニールを滑る音が小気味よい。

 一枚はスクールバッグの透明ポケットへ。

 もう一枚はスマホのケースへ。


「一枚はスクバの透明ポケットね」

「私はスマホケース!」

「ねえ落としたら絶交だから!」

「落とさないって!」


 笑い声を残したまま、プリクラ機から出てきて。

 フロアの音が再び耳に押し寄せてきたけれど、あたしたちの空気はまだカーテンの内側のままだった。


 ゲームセンターの出口へ向かう途中、それぞれがスマホを取り出す。


「これストーリーあげる?」

「あとでまとめて送るわ」

「次いつ撮る?」


 今度は私服で行こうよと次の約束を重ねる。


 ビルを出ると頬を撫でる夕方の風が少し冷たい。

 渋谷の街の音が重なり、青信号が光って人波が動く。

 あたしは歩幅を合わせながら、スクールバッグのポケットに入れたばかりのプリクラを指先で確かめた。

 ビニール越しに伝わる紙の温度がさっきまでの笑い声をまだ閉じ込めているみたいで、少し寂しくなる。


「解散は駅前でいいよね」

「写真はあとで送る」

「明日も声出なさそう」


 また明日と手を振る。

 階段を上がる途中で振り返らない。

 ガラスに映る顔は昼より少し疲れているけれど、口元は笑っている。


 ちゃんと今日も一日笑えたと心でつぶやく。

 それでも胸の奥の石は完全には消えない。

 でも今日は少し軽い。

 それだけでいいと思える。


 空は藍に沈んで、ビルの窓に映る光が夜を散らしている。

 カフェからはラストオーダーを告げるベルの音がして、どこかのマンションから洗濯物の柔軟剤の匂いが流れてきた。

 住宅街に入ると車の音が遠のき自分の靴音だけがやけに大きく響く。


 玄関の鍵を回すと家の中はあたたかい匂いがした。

 スープの湯気と木の床が吸い込んだ昼間の陽射しの匂い。

 靴を脱ぐ音がやけに大きい。

 階段はひんやりしていて、リビングからかすかにテレビの音が聞こえる。

 それでも声はかからず、家の中の気配が少しだけ遠く感じた。


 自室に入って制服をハンガーにかける。

 布のしわを手のひらでならすと今日の温度が抜けていく。


 スクールバッグからプリクラを取り出し、透明ポケットに差し込む前に一度だけ見返す。

 笑い合う五人の顔。ハートで飾られた落書き。


 今日のあたしはちゃんとそこにいたんだと確認するみたいに。


 スマホを充電ケーブルにつなぎ画面は伏せたまま。

 ベッドに横になって天井を見る。

 さっきカラオケで歌ったメロディーが頭の奥で小さく続く。

 目を閉じて深く息を吐くと部屋の空気がわずかにやわらかくなる。


 明日も学校に行く。

 その考えだけで肩の力が落ちる。

 明日もたぶん笑える。

 たぶんこれで十分だと思う夜だった。


 窓の外では風がカーテンを揺らす。

 夜の深さが少しずつ濃くなり、月が雲の間から顔を出す。

 あたしは目を閉じ、次の朝が静かに近づいてくる気配を感じながら眠りに落ちた。


 どうかみんなに隠している秘密がバレませんようにと願いながら。

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