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透明な彼と真っ黒な彼女  作者: 栖川 葵依
第2章 恋のきらめき
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第23話 何故か少し苦い

 映画館を出ると、表参道の風が少しだけ初夏の匂いを含んでいた。

 陽射しがやわらかくて、ガラスのビルの反射がまぶしい。


「やっぱさ、恋愛映画ってああいう展開になるよね〜」

「ねー、でもヒロインの子かわいすぎた!」

「舞台挨拶の俳優さん、写真で見るよりかっこよかったし」


 梨沙たち4人で並んで歩きながら笑い合う。

 特別なことは何もないのに、空気が軽くてあたたかい。


「ね、カフェ寄らない?近くにLumièreあるじゃん」

「賛成〜!」

「陽菜さんに会いたい〜」

「分かる〜!陽菜さん可愛くて優しいとか最高」

「それなー!陽菜さんとか美咲さんみたいなお姉さん憧れるよね〜」


 少し歩くと、白い壁に金の文字でCafé Lumièreと書かれた看板が見えてきた。

 ドアを開けると、ベルの音がやさしく鳴る。

 中は木の香りとコーヒーの香ばしさで満たされていて、まるで時間の流れがゆっくりになるみたい。


「いらっしゃいませ〜!」


 明るい声が響いて、カウンターの中に陽菜さんが立っていた。

 金髪のポニーテールがふわっと揺れる。


「わー、みんな来てくれたんだ!梨沙、久しぶり!」

「陽菜さん今日も可愛い〜!」

「ちょっと〜、そういうのやめなさいよ〜」


 笑いながら手を振る陽菜さん。その横で黒髪の少年が静かにカップを拭いていた。


「あ、もしかして……蓮くん?」


 紗月が顔を傾ける。

 少年は少し驚いたように目を上げて、柔らかく笑った。


「お久しぶりです。中学の時以来ですね」

「ほんとだ!背伸びたね〜!」

「よく言われます」


 そのやりとりを見て、あたしは少し笑った。

 葛城くんは中学の後輩。藤崎高等学校に通っていて、今は陽菜さんのバイト仲間。

 あの頃よりも少し大人っぽくなっていて、言葉の端々に落ち着きがあった。


 奥のカウンターではマスター―小鳥遊さんが静かにドリップをしていた。

 その手つきがすごく丁寧で、カップから立ちのぼる湯気まで美しく見える。

 白シャツの袖口にかすかに光る時計。

 この店の時間の流れを作っているのはこの人なんだろう。


「ねぇ、そういえばさ。佐伯くん1年生の子と仲いいらしいよ」


 ケーキを選んでいた梨沙がふと思い出したように言う。


「あ、それ聞いたことある」

「1年2組の御崎心陽ちゃんだよね。名前からして可愛いよね」

「わかるー!こはるちゃんだもんね。私とかさつきだよ?もうちょっと可愛い名前が良かった〜」

「その子、1年の女子の中でもかなり浮いてるとか」

「あ、それ聞いたことある!なんか男子にチヤホヤされてるのがムカつくとかだっけ」


 陽菜さんがケーキを運んできて、その空気をやわらげるように明るく言う。


「この前なんか蓮くんの同級生の子たちが来てたよ。宮野ちゃんと鈴音ちゃんと……あとは彩奈ちゃん?」


 陽菜さんがふと思い出したように声をかける。


「え、彩奈が!?」

「うん。あとね、天堂くんって子も一緒に来てたよ。四人で課題やる〜とか言いながら、結局ケーキ二つずつ頼んでたけどね」


 陽菜さんが笑うと、店内の空気がふわっと和んだ。


「うわ〜、想像つくわ。あのメンバーなら絶対勉強会とか言いながらおしゃべりだよ」

「確かに。鈴音ちゃんって昔からよくしゃべるしね」

「うん。あの頃からずっと元気だったよね」


 カウンター奥で葛城くんがエプロンの裾を軽く拭きながら、会話に入ってくる。


「……いやぁ、あの二人、今でもずっとそんな感じですよ。楽しそうで見てて微笑ましいです」

「え、てか蓮くん、めっちゃ優しいじゃん」

「あの2人とはもう小さい頃からの付き合いなんで。あいつらのテンションにはもう慣れました」


 紗月がからかうように言うと、葛城くんは少し頬を掻いて照れくさそうに笑った。


「青春って感じ〜!」


 梨沙が声を上げて、みんながつられて笑う。


 笑い声の余韻が落ち着いたころ、あたしはそっとカップを持ち上げて、口元に近づける。

 深煎りの苦味がゆっくり広がって、胸の奥のざわめきが少しずつ溶けていく。


 窓の外では夕陽が街をやさしく染めていた。

 光がスプーンに反射して、揺れる水面みたいなきらめきを作る。


 ……御崎心陽ちゃんか。どんな子なんだろ。もしかしたらあたしより真っ直ぐで、綺麗な笑顔をしてるのかも。


 そんなことを思いながら、フォークでケーキをひと口すくう。

 甘くてやさしい味がするのに、なぜか少し苦かった。


「また来てくれてありがとう。今度は夜のメニューも試してみてね」


 陽菜さんが笑顔で見送り、葛城くんが軽く頭を下げた。

 扉を出ると、夕方の風が頬をなでた。


「ね、次は夜カフェ来ようよ!」

「いいね〜!スイーツも増えるんだっけ?」

「うん!夜のLumièreって絶対映える!」


 笑い声が風に溶けていく。

 だけど、あたしにはさっき聞いた名前だけが静かに残っていた。


  『御崎心陽』


 きっとーーいつかあたしの心を大きく揺らすことになる。そんな確信が何故かある。

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