第22話 黒が似合うよね
カフェを出て、少し歩くと竹下通りの空気がさらに熱を帯びていた。
クレープの甘い匂い、ショップのBGM、人の笑い声。
人混みの中で誰かのバッグが軽く肩に当たるたびに「ごめんね〜」って声が飛び交う。
まさに原宿の午後って感じ。
WEGAの店内は音楽と香水の匂いでぎゅっと詰まってた。
壁一面に並ぶTシャツやスカート、そして鏡の前では何組もの女子が服を合わせてる。
ライトの反射で店全体がちょっと夢の中みたいに見える。
「うわ、やば!これ見て!」
梨沙が手に取ったのはリボン付きの黒いミニスカート。可愛くて梨沙に似合いそう。
「絶対あんた似合うじゃん!」
「え、でもちょっと短くない?ほら、これ座ったらアウト系」
「それがいいの!若いうちに履いとこ!」
「ちょっと!母親かあんた!」
「これ、梨沙より舞の方が似合いそう」
「いやいや、舞はこういうの着たら量産型の最上位だって!」
「量産型の最上位ってなにそれ、褒めてる?」
「褒めてる!最高ランク!」
そのやり取りにあたしと紗月は笑ってしまう。
「それ可愛い。似合いそう」
「ほんと? でも普段の服に合わせづらいかなぁ」
「柚菜は淡い色似合うよ。前に着てた白ニットも可愛かったし」
「……ありがと」
彼女が少し照れたように笑った瞬間、店内のライトがその横顔を優しく照らした。
「このミント色のブラウスどう思う?」
紗月があたしの顔を覗き込んでくる。
「紗月に似合いそうでかわいいと思うよ」
「でしょー!ちょっと高いけど買おうかな!」
「瑠奈!こっちの黒のワンピースも絶対似合うって!」
「え、そう?」
梨沙がラックから服を取り出して、あたしの体に当てる。
黒の生地はハリのあるサテン調で、光の角度によって深い黒にも柔らかな灰にも見える。
胸元の大きなリボンが印象的で、少し甘いのにシルエットはすっきりしていて大人っぽい。
袖のフリルが手首でふわりと揺れて、歩くたびに空気を含む。
鏡に映る自分を見て、思わず息を止めた。
子どもでもなく、大人でもない。
その中間のあたしがそこに立っていた。
「……どう?」
「やば、似合いすぎ。モデルみたいじゃん」
「瑠奈って黒が特に似合うよね」
「……なら買ってみようかな」
ラックの奥で柔らかい光沢のあるダークグリーンのワンピースが目にとまった。
肩から袖にかけてゆるく広がって、腰のあたりで細く結ばれたリボン。
シンプルなのにどこか凛とした雰囲気があって、まるで今のあたしを写してるみたいだった。
「それ可愛い!絶対瑠奈っぽい!」
遥が即反応して、ハンガーを引っ張ってくる。
「黒も似合うけど、こっちの色はなんか優しい。強いより柔らかいって感じ」
あたしは鏡の前に立って、そっと服をあててみた。
布地が光を受けて淡く輝く。
深呼吸した瞬間、少し背伸びしたような気分になる。
「……これも悪くないかも」
「悪くないどころじゃないよ。めっちゃ似合ってる」
美羽のその一言にじんわり温かくなる。
黒のワンピースの大人っぽさも惹かれるけど、このグリーンには無理してない自分が映ってる気がした。
「うん、これも買おうかな」
「買いなよ!その色、絶対今年のトレンド!」
梨沙の声に背中を押されて、あたしはハンガーを握りながら、なんだか少しだけ新しい自分になれた気がする。
「よし!買い物終わったらプリね!」
「了解っ。次こそ盛れるポーズ研究しよ!」
「紗月、前回の顔の角度マジで神だったよ」
「え、そう?角度は努力よ!」
紙袋を手に外へ出ると、通りの風が頬をなでた。
新しい服の匂いと春の光が混ざってふっと温かくなる。
竹下通りを抜けた先にあるビルの地下。
ネオンピンクの文字で「#Puririn♡」と光る看板の前で、みんなが一斉に足を止めた。
「えっ!ここめっちゃ新しいとこじゃん!」
「待って、盛れ神ってタグついてたやつ!」
「この機種、目が一番キラキラになるやつだよ〜!」
梨沙と舞がすでにテンションMAXで、ブースの前に駆け寄る。
中から聞こえる撮影カウントの声が響いてきて、外まで笑い声が漏れていた。
「よし、順番来たらあたしたち行こ!」
「8人全員とか入るかな?」
「ギュッてすればいける!友情パワーで押し込もう!」
カーテンをくぐると、薄いピンクの照明とBGM。
床がふかふかしてて、鏡の中の自分たちがちょっと大人びて見えた。
あたしはさっき買ったダークグリーンのワンピースを着ていて、それが照明に映えてほんのり光っていた。
「よし!最初はハートポーズね!」
「それ定番じゃん。じゃあ次はダブルピース〜!」
「舞、顔近っ!」
「だって入らないんだもん!」
撮影カウントが始まる。
「さん、にー、いち!」
シャッター音と同時に誰かの笑い声が弾けた。
2枚目はみんなでほっぺ寄せ。紗月の髪がふわっと頬に触れてくすぐったい。
「3枚目どうする!?」
「変顔行こ!」
「うそでしょ!?」
「やるしかないでしょJKだもん!」
結局、全員でおどけた顔。
梨沙の変顔が完璧すぎて全員爆笑。
柚菜まで涙を浮かべながら笑っていた。
「はい次!紗月と瑠奈!」
「ちょ、近いって!」
「いいから〜ほら、ほっぺ寄せて!」
シャッターが切られた瞬間、二人の笑顔が重なった。
撮り終わると、落書きブースに移動する。
ピンクのペンを手にした梨沙が一番乗りで画面に「#すきぴ」って書き込む。
「え、それ書く!?」
「だって流行ってんじゃん!」
「じゃあ世界一♡追加ね〜!」
「まって、バイブス↑↑も入れよ!」
「誰だよそれ言ったの!」
「美桜〜!」
笑いながら文字やスタンプを重ねていく。
柚菜は淡い黄色のペンでしあわせとだけ静かに書き込んだ。
あたしはその文字を見て、なんとなく胸の奥がじんとした。
画面の端にはピンクのハートフレームと紙吹雪。
背景にはだいすき♡の文字。
出来上がった写真には全員の笑顔が溢れていた。
「これやばい。全員盛れてる!」
「ほんと青春って感じじゃない」
「うわ、急に照れるやつ言うな〜!」
笑いながらプリクラを分け合って、あたしは小さなシールをそっと指先でなぞった。
笑顔の中の自分がほんの少しだけ無理して笑ってるようにも見えて。でも、そんなことは誰にも言わない。
外に出ると夕方の風が竹下通りを抜けていった。
ネオンが灯り始める街の中で、ポケットに入れたプリクラがカサッと音を立てた。
あたしは小さく微笑んで、その音を確かめるように指で押さえた。
ポケットの中で今日一日の光がまだ消えずに揺れてた。




