第21話 GW in 原宿
渋谷駅のハチ公前は人で溢れていた。
旅行客っぽい人たちが地図を広げて、スマホを掲げながら笑ってる。
写真を撮るカップル、手を繋いだ家族。人の波が絶え間なく動いていて、渋谷の街全体が少し浮かれてるように見えた。
「おーい、瑠奈!こっちこっち!」
人の間から梨沙が手を振っていた。
白いキャミワンピにデニムジャケット。
髪もゆるく外ハネに巻いていて、いかにも連休モードって感じ。
「ごめん。ちょっと電車混んでて!」
「いいよいいよ〜。てか見て、紗月の今日の服めっちゃ女子力高くない!?」
「ちょ、やめてよ〜!今日はたまたま!」
「でも似合ってるよ。量産型の中でいちばんおしゃれ」
「それはひどくない!?」
「褒めてるんだって!」
そのやり取りにみんなが笑い出す。
気づけば柚菜たちも揃ってて、あたしたちは自然に円になってた。
「これで全員かな?」
「うん、8人集合〜!」
美羽がテンション高めに両手を上げて言う。
周りの視線が一瞬こちらに向かうけど、誰も気にしてない。
「原宿行くの久々だよね」
「ね!GWの定番って感じ〜」
「でも絶対カフェ混んでるよね」
「そのときは裏通り行こ。表参道側ならまだ空いてるかも」
あたしがスマホで地図を開くと、みんなが自然に覗き込んでくる。
「ねぇ、レインボーわたあめ食べたくない?」
「いいね!あとクレープも!」
「決まり!スイーツ巡り〜!」
「待って、プリも撮ろ!あの新しいフレームのやつ使いたい!」
みんなの声が重なって、笑い声が空に溶けていく。
「そしたら表参道のあのクレープ屋行こ。ソルグラムで見たんだけど、ハートのチョコついてて超かわいいの」
「それ!絶対行こ!」
「カロリーのことは忘れよ」
人の流れの中で春の風が髪を揺らす。
ほんの少し遅れて歩き出しながら、あたしはぎゅっと手を握った。
「瑠奈?行くよ!」
「……あ、うん!」
みんなの背中を追いかけながら、人混みの中へ歩き出した。
朝のざわめきと太陽の光が混ざって、少しだけ温かくなる。
竹下通りに足を踏み入れた瞬間、甘い香りと人の熱気が一気に押し寄せた。
クレープの焼ける匂い、ポップな音楽、カラフルな看板。
連休の真ん中のせいか歩くたびに誰かの笑い声やシャッター音が混ざり合う。
「やば、めっちゃ人いるじゃん!」
「原宿っていつもこうだよね〜!」
梨沙が人の波をかき分けながら振り返る。
白いキャミワンピの裾が風に揺れて、朝の渋谷駅よりもさらに軽やかに見えた。
「ねぇみんな見て!あのピアス可愛い!」
「ほんとだ!!ハートの形になってる!」
「え、絶対梨沙似合うじゃん」
「あたし?こういうの舞がつけてそうじゃない?」
「うちの系統はこれね〜!」
舞がすかさず反応して、みんなの笑い声が弾ける。
「写真撮ろ!はいチーズ!」
美桜がそう言った瞬間、梨沙が変な顔をして、全員吹き出した。
「ちょっと!なんで今のタイミングで顔作るの!」
「だって真面目な顔して撮るとか無理じゃん!」
「そういうとこ梨沙っぽい〜」
笑いながら肩をぶつけ合って歩く。
柚菜は一歩下がった位置で、ふとあたしの横に並んだ。
「……ねぇ、さっきの店のバッグ可愛くなかった?」
「うん。あの淡いピンクの?あたしも気になってた」
「やっぱり!あれ絶対トレンドくるよね」
自然な会話のはずなのに柚菜の笑顔にほんの少しだけ影が見えた気がして、あたしは無意識に「今度一緒に見に行こっか」と言っていた。
柚菜は一瞬目を瞬かせて、それから小さく頷いた。
人混みのざわめきの中でふと立ち止まる。
カラフルな看板、店先のクレープ、笑い声。
みんなと過ごすこの時間がどこか夢みたいに感じた。
本当はまだ小さな棘が刺さったままなのにそれを包み隠すみたいにあたしは笑う。
「ほら、行くよ〜!次は裏道!」
美羽が手を振って、みんながそれを追うようにぞろぞろとついていく。
竹下通りの喧騒を抜けた先にあるカフェは白い壁とピンクのネオンが光るSNSで話題の店だった。
外までふわっと甘い香りが流れていて、ストロベリーソースの匂いとバターの焼ける匂いが風に混ざる。
ガラス越しに見えるショーケースには苺のショートケーキやマカロン、リボンみたいなクリームが乗ったカップスイーツ。
どれも食べるのがもったいないくらいに可愛い。
「え、やばっ!ここめっちゃかわいくない?」
「ねぇ見て、壁のハート!写真撮ろ!」
前方ではカップルがセルフィーを撮っていて、その背中越しにキラキラした午後の日差しが差し込んでいる。
「めっちゃ混んでるけど、ゴールデンウィークだし、仕方ないよね」
「これだけ並んでても入りたいと思うのすごい」
「いや、スイーツの魔力でしょ」
「分かる〜!スイーツは別腹だもん!」
あたしもつられて笑いながら、ショーウィンドウに映る自分の顔をちらっと見た。
少しだけ目の下に残る疲れの影。
でも今日はそれを忘れて笑える気がする。
ようやく順番が来て、二階席へ案内される。
螺旋階段を上がる途中、足元のライトが淡く光って、店全体がピンクベージュの華やかな色に包まれている。
席は窓際でガラスの向こうでは通りを行き交う人たちの声が小さく混ざっている。
テーブルの上には白い皿と薄桃色のナプキン。
黄色のカーネーションが一輪、光に透けている。
ふとその鮮やかな色に目を奪われた。
見ているだけで元気をもらえるような明るさなのに、なぜか胸の奥が少しだけ締めつけられる。
カーネーションの花びらの影が皿の上に落ちて、それがまるで小さな傷のように見えた。
「やば!どれも可愛すぎて決められない!」
「ほら瑠奈が好きなやつ!!原宿スフレパンケーキってあるよ!」
「えっ、ほんとだ!絶対それにする!」
「……じゃあさ、この横のやつも気にならない?期間限定って書いてあるし」
「確かに可愛いかも!」
笑い声とBGMが混ざって、店の中はまるで午後の光に包まれた映画のワンシーンみたいだった。
店員さんがプレートをそっとテーブルに置いた。
白いお皿の上でふわふわのスフレパンケーキが湯気を立ててる。上にはとろけるバターと苺のソース。そして粉砂糖が雪みたいに降りかかっていた。
「やばっ!見てこれ!」
「映えすぎじゃん!もう可愛いの暴力!」
梨沙と舞が歓声をあげる。
柚菜もスマホを構えて、角度を何度も変えながらシャッターを切った。
美桜がそれを見て笑う。
「ちょっとでも傾くと構図ズレるの。こだわりなの私」
「さすがソルグラムの女王〜」
「うるさいっ!舞の連写女王には負けるけどね!」
その横で美羽と遥がドリンクを見比べていた。
「このクリームソーダの色えぐくない?」
「ね!でも可愛い〜。あ、泡がハートになってる!」
「ちょ、飲む前に撮らせて!」
「もう撮ってばっかじゃん!」
笑い声が絶えなくて、店の空気が柔らかく弾む。
あたしも周りの空気につられてソルグラム用に一枚撮る。でも、画面越しのこの瞬間を閉じ込めるのがもったいなくて、結局すぐにナイフとフォークを手に取った。
ナイフを入れると、スフレがゆっくり沈んで、じゅわっとバターの香りが広がる。
フォークでひと口すくって口に運ぶとふわっと溶けて、甘いのにくどくない。
まるで空気を食べてるみたいな軽さ。
苺のソースがほんの少し酸っぱくて、そのあとにバターの塩気がじんわり残る。
「これ……やばい。幸せの味する」
「わかる!ふわふわすぎてずっと食べてたい!」
「はい、瑠奈の幸せの味ショット〜!」
「ちょ、撮らないでよ!」
「いいじゃん、めっちゃ可愛いし!」
「……どうせ撮るなら可愛く撮ってよね」
「もち!!!!」
紗月が笑いながらカメラを向けてくる。
「じゃ、次は全員で撮ろ!」
「待って待って!スプーン持ってポーズ!」
「ちょ、顔寄せすぎ!」
「はいチーズ!……あ、動かないで!」
そうやってみんなで笑いながらも誰かが誰かにぶつかって、あたしたちの笑い声がいっせいに広がった。
あたしはフォークを握りながら、この甘い時間がずっと続けばいいのになって思った。
ほんの少しチクッとした痛みが起きる。




