第20話 あたしは何も変わってない
昼休みのチャイムが鳴ると、教室の空気が一気にゆるんだ。
椅子を引く音、弁当箱を開ける音、友達同士の笑い声。
窓際の光が机の上に斜めに落ちて、ほのかに暖かい。
「お腹すいた〜! 今日の弁当、唐揚げ入ってるんだ〜!」
梨沙が嬉しそうにフタを開けると、紗月がツッコミを入れる。
「だって好きなんだもん!」
「好きすぎでしょ!鳥に転生するよ」
「転生とかするわけないでしょうが!それに私が鳥になるとか鳥に失礼だわ!」
「いや、鳥の方が平和そうだけどね」
「じゃあ梨沙はカラスね!」
「なんでよ!」
「朝からうるさそう」
「ちょっ!!柚菜!!」
笑い声が重なって、教室の空気が一気に明るくなる。
その中心であたしも笑ってる。
ほんとにこうやってみんなと笑ってる時間が好き。けど、この先も友達と過ごす時間がずっと続くのかなって思うと、少しだけ怖くなる。
少し離れた席では男子がふざけて紙を投げ合っていて、おい、やめろって!という声が飛び交う。
そんな他愛もない昼のざわめきがどうしようもなく愛おしく感じた。
梨沙が唐揚げをひとつ摘み、美味しそうに食べる。
「ねぇ、今日の放課後どうする?連休前だし、カフェ寄って帰らない?」
「あ、いいね。あたし、甘いの食べたい気分」
笑いながら答えたその瞬間、背後から名前を呼ばれた。
「花園さん、ちょっといい?」
振り向くとえーと確か……森下くんだよね?
その森下くんが緊張した顔つきで立っていた。
「あ、うん」
教室の空気が一瞬止まる。
梨沙がおぉ〜?と小声でニヤつく。
「……すぐ戻るね」
そう言って立ち上がると、周りの視線がなんとなく背中に集まった。
彼と一緒に向かった先は体育館裏で太陽の光がコンクリートを白く照らし、風が髪を揺らす。
遠くから聞こえるボールの音と笛の音が逆に静けさを際立たせていた。
森下くんはしばらく黙ったまま、靴のつま先で砂を蹴った。
「……ごめん、いきなり呼び出して。授業中からずっと迷ってて」
「ううん、どうしたの?」
「その……花園さんのこと前からずっと好きだった!!よかったら俺と付き合ってください」
眩しすぎる太陽の光が目に刺さる。告白されるんだろうなって彼の様子からして予測はできていた。でも正直に言えば森下くんとは教室で数回しか話したことがないからどんな人なのかよく分からない。だからこそ彼の告白には答えられない。
「……今はそういう気持ちには答えられない。だからーーごめん」
森下くんは一瞬だけ驚いた顔をして、それからゆっくり頷いた。
「そっか。……言ってくれてありがと」
その背中が遠ざかっていくのを見送る。
あたしは何となく教室へ戻るのが躊躇われ、体育館裏に設置してあるコンクリート製の階段に腰をかける。
昔のあたしだったら「いいよ」って、多分言ってたかもしれない。
接点なんてなくてもよかった。
誰かに期待されること、愛されることに逃げ場を見つけてた。
そこに自分の気持ちがなくても満たされた気がしてた。
でも今はーー軽い気持ちで誰かの想いを受け取れない。
しばらくしてから教室に戻ると、梨沙たちがすぐに詰め寄ってきた。
「ちょっと!なになに!?告白されたでしょ!?」
「うわ〜、また?さすが瑠奈!」
「まって、またって何!?」
「だって前も体育館裏で告白されてたじゃん!」
「それはそうだけど……ってか見てたの!?」
笑いながらごまかすあたしを見て、梨沙がにやっと笑う。
「まさか!見てない見てない。風の噂ってやつ。んで、返事は?」
「……断ったよ」
「うそ、断ったの!?もったいな〜い!」
「そういう問題じゃないし」
他人の好意を「もったいない」なんて言葉で片付けられるほど、今のあたしは軽くはない。
「それにしても森下くんがね。意外すぎじゃない?」
「え、それな。あの子いつも静かで、一人で過ごしてるイメージあるし」
「瑠奈、前より変わったよね」
「わかる。前の瑠奈って、告られたらとりあえず付き合う〜みたいなとこあったじゃん」
紗月が小声でつぶやいて、美桜が笑いながら重ねてくる。二人の言葉が少しだけ引っかかる。
……なにもあたしは変わってないんだから。
「佐伯くんと別れてからだよね。落ち着いたっていうか」
「なら佐伯くんのおかげ?」
「やめてよ、そういうんじゃないってば」
みんなの笑い声が昼の光に混ざって、教室の空気が少しだけ柔らかくなる。
それでも何処かに静かに疼いてるものがあった。




