第19話 声掛けなくていいの?
ホームに入ってきた電車の風がスカートの裾をふわっと揺らした。
朝日が反射して、ガラス越しの景色がきらっと光る。アナウンスと人のざわめき。
いつもの通学路なのにどこか空気がゆるくて明るい。
「明日からゴールデンウィークとか最高すぎない?一日中寝てやる〜!」
梨沙が笑いながら両手を伸ばす。
「いや、寝るだけってもったいなくない? 出かけようよ」
「そう言うあんたもどうせ昼まで寝るでしょ」
美桜と紗月のツッコミにホームの空気が一気に弾けた。
笑い声が風に混じって、改札の上の広告まで届きそう。
あたしは少し遅れて合流して、ほんと、筋肉痛やばいと笑った。
梨沙たちが昨日の体育マジきつかったよね〜って返す。
そんな何気ない会話が胸の奥に小さなあたたかさを灯す。
電車がホームに滑り込み、風がまたふわりと通り抜ける。
扉が開くと制服のリボンがひらっと揺れた。
車内に乗り込むと、シャンプーの香りや柔軟剤の匂いが混ざって学校の朝の匂いが広がる。
「原宿行くなら、カフェ決めとこうよ!」
「いいね! 美桜がこの前ストーリー上げてたとこ、可愛かった!」
「え、あそこ? あたし映えすぎてヤバかったでしょ!」
三人の笑い声が軽やかに弾けて、あたしもつられて笑う。
窓の外では光を浴びた街が流れていく。
ガラス越しの反射の中で、自分の笑顔が少しだけ眩しく見えた。
明日から連休だ。きっと楽しい予定がたくさんあるのにまだ小さな波紋みたいな不安が残っている。
でも、それすらも今は少し甘い。
「ねえ、明日何着てく?」
「おそろで撮ろ!」
「やば、テンション上がる〜!」
笑い声が電車内を跳ねて、朝の光が頬にあたる。
そんな瞬間がまるでフィルム写真みたいに胸に残る。
「柚菜たちも誘お?」
「えー、それ絶対遅刻する人出るじゃん」
「じゃあさ、あのピンクのスイーツのお店行こうよ」
あたしがそう言うと梨沙が目を丸くする。
「それ!絶対瑠奈が好きそう!」
「え、なんで?」
「雰囲気だよ、雰囲気。ふわっとしてて、でもちゃんと可愛い感じ?」
「なにそれ。雑すぎ!」
「褒めてるってば!」
美桜がピンク背景で写真撮ろうよ!ってスマホを掲げる。
「またソルグラ映え狙い?」
「当然でしょ!」
「はいはい、映え命〜」
みんなの笑い声が電車の揺れに混じって弾んだ。
手すりに映る光が揺れて、まるで春の朝そのものみたいに眩しい。
……でも、笑ってる自分の声が一瞬だけ遠く感じた。
あたしは何もなかったふりをして笑ってるだけ。
そんな考えがふとかすめて、視線を窓の外に逃がした。
電車が代官山駅に止まる。
ドアが開くとカフェから焼きたてのパンの甘い匂い。
春の風が頬を撫でて、紗月がやば、超いい匂いする〜って嬉しそうに言う。
「連休前ってだけで、なんか世界が優しいよね」
梨沙のその一言にあたしもつられて笑う。
「ねえ瑠奈、あれ……是枝くんじゃない?」
「え、あ、ほんとだ」
視線を前に向けて、少し前を歩くグレーのパーカーの背中が見えた。
「是枝くんに声かけたら?」
「……声かけるの恥ずかしいじゃん」
「えー?そう?てか瑠奈の佑磨くんって呼び方かわいくない?」
「わかる〜!なんか距離近い感じ!」
「うるさいってば……!」
笑いながら顔を伏せると、頬のあたりがじんわり熱くなる。
前を歩いていた佑磨くんがちょうど信号で立ち止まった。
赤信号の光が彼の黒い髪に反射して、淡くきらめく。
名前を呼びかけようとして、言葉が詰まった。
「……瑠奈、行かないの?」
梨沙が小声で言う。
「……今はいい」
「もう〜、照れてるだけでしょ」
「そうそう。今はいいとか言ってほんとはドキドキしてるんでしょ」
「してない!」
「絶対してる〜!」
三人が声をそろえて笑う。青に変わって、人の流れが動き出す。
佑磨くんの背中が朝の光の中へ溶けていく。
その背を目で追いながら、あたしの心臓だけが少し速く打っていた。
「……ほんとわかりやすいな〜瑠奈って」
「ね、顔に全部出てるもん」
「もう!!梨沙たちうるさい!」
坂道を上りながら、小さく息を吐く。
明日からは連休。
梨沙たちはどこ行く?や原宿?映画?ってまた盛り上がっている。
そんな賑やかな声の中で、あたしだけの時間がほんの少しだけ遅れて流れていた。
空はやけに澄んでいる。
それでもあたしの中の季節はまだ春になりきれていなかった。




