第18話 今だけは仮初でもいい
部屋の明かりを落として、スマホの画面だけが薄く光ってる。
LIMEには梨沙たちからの通知が次々と流れてきた。
〈瑠奈、今日マジで青春してたじゃん〉
〈てか名前呼んだんでしょ?進展〜!〉
〈佐伯くんのこと吹っ切れてよかったじゃん〉
画面の明るさがやけに眩しく見えた。
ーー吹っ切れた……か。なんてそんな簡単じゃない。
ごめんねも彼にはあの冬の夜にちゃんと伝えられなかった。
新汰くん……ううん、佐伯くんに謝る資格なんて、もうあの夏の時期からあたしにはないんだから。
彼を裏切った行為だけは一生消えない。
指先でスクロールしたSNSの画面の向こうにあの頃の自分の投稿が一瞬だけ映った。
2人で笑ってる。とても楽しそうに。
でもその笑顔の裏にはいつもどこか冷たい影があった。
「毎日が幸せ」なんて書いているその文章がまるで誰かに言い聞かせるようでーー。
あのとき本当は気づいていた。
佐伯くんの優しさをちゃんと受け取れなかったのはあたしのほうだって。
寂しさを埋めるために他の人を選んだ。
それを愛情のつもりで信じ込もうとしてた。
『寂しかった』
『誰もあたしを見てくれなかった』
『仕方なかった』
『彼のほうがあたしの欲しい言葉をいつでもくれた』
ーーって言い訳なんて探せばいくらでも出てくるし、多分今でもあたしがみんなに浮気をして佐伯くんと破局したことを知られてしまったらどうなるのかわからなくて、とても怖くなる。
だから今だけは仮初でも良い。どうかみんなにだけはバレないように。
そうやって自分を守るたびに心のどこかが少しずつ鈍くなっていく。
それでも前に進みたい気持ちは確かにある。
だけど前へ進むたびにあの時の自分が足首を掴んで離してくれない。
窓の外からは電車の音と風の音が混ざって聞こえる。
街の灯りがカーテンの隙間から細く差し込んで、天井の隅に淡い光の線を作っていた。
その光をぼんやり追いながら、あたしは深く息を吸う。
スマホを伏せて天井の暗がりを見つめる。
夕方の帰り道で見た佑磨くんの笑顔がふと浮かぶ。
「ーー名前で呼んでいいよ」
その優しさがあたしの中のまだ終わらない部分を静かに溶かしていく。
あの冬の夜の記憶と今日の夕方の記憶が静かに交わっていく。
どちらもあたしの一部なのに。
どちらの自分が本当のあたしなのか、まだわからない。
それでも佑磨くんの笑顔を思い出すたびに、ほんの少しだけ楽になる。
「……どうしたらいいんだろう」
声にならない呟きが薄暗い部屋の中で小さく消えていった。
窓の外では遠くの踏切の音が鳴る。
まるで誰かの帰る足音みたいにゆっくりと夜が通り過ぎていった。




