第13話 まずはプリンでしょ!
人混みのざわめき、焼きたてのお煎餅の匂い、カメラのシャッター音。
全部が重なって、まるで小町通りそのものがひとつの大きな舞台みたいに感じられた。
小町通りの入り口に立つと目の前に広がるのは色とりどりの旗や看板。焼き団子の湯気やクレープを巻く手元までが鮮やかに見えて、通り全体がカラフルな縁日のように揺れていた。
「やば!映えスポットの宝庫じゃん!」
「まずはプリンでしょ!」
梨沙が目を輝かせてスマホを構えて、柚菜が胸を張る。
「いやしらす丼だろ!」
「しらすに真剣すぎ!」
峰島くんが真剣な顔で言うと、すぐに美桜が笑いながら突っ込んだ。
「でも、ほらあれ!食べ歩き専用コロッケだって!」
「全種類制覇する気!?」
次々と声が重なって、もう議論なのか遊びなのか分からないくらい賑やかになる。笑い声が人の波に紛れても、クラスの声だけは不思議と耳に届いた。
あたしはリュックを抱え直しながら小さく息を吸った。
こんな賑やかな景色の真ん中で隣に是枝くんがいる。人混みのざわめきに混ざっても、彼の足音だけは不思議と近くて、歩幅がそろうたびに心臓の音が強く響いて聞こえた。
「最初はやっぱプリンでしょ!」
「またそれ!?」
「しつこっ!」
柚菜が胸を張った瞬間、梨沙と紗月が同時に突っ込む。通りに並ぶ看板の間から漂ってくる甘い香りに柚菜の顔は本気そのものだった。
「でもあれ、行列できるやつだよね」
「映え的には一番強い」
「……プリンなら並ぶのは早い方がいいな」
是枝くんがぽつりと口を開くと柚菜が「ほら!是枝くんも!」と勝ち誇った顔を見せた。通りの人混みに押されながらも彼女だけは戦利品を確信したように目を輝かせていた。
「いや、それ現実的に言っただけでしょ!」
「午前中はプリン、昼はしらす丼ね!」
梨沙がまとめると、美桜は異議なし!と大げさに手を挙げて、周りも笑いながら頷いた。旗を掲げて先導する観光ガイドの声や修学旅行生の笑い声が飛び交っているのにその輪の中はやけに自分たちの声が鮮明に響いていた。
列に並ぶと石畳に差す陽射しがじりじりと背中に熱を落とす。前の方からふわっと甘い香りが流れてきて思わず息がゆるむ。
やばい!匂いだけで幸せになるって誰かが呟いて、すぐに笑いが重なった。瓶のプリンを思い浮かべるだけで、もう口の中が少し甘くなる気がした。
観光客や修学旅行生がずらりと並ぶ中で制服姿の私たちもその一部になっていた。店員さんがショーケースを開け閉めするたびにカランと小さな音がして、ガラス越しに見える瓶プリンの列が宝物みたいに見えた。
手を伸ばせば届きそうなのにあと数歩が遠い。その距離にすら胸が高鳴っていた。
やっと順番が来て、手渡されたプリンは小さな瓶に入っていて、表面がきらきら揺れている。
指先にひんやりしたガラスの感触が伝わってきて、それだけで大事に抱えたくなる。スプーンを差し込むと、とろりと滑らかで、すくった瞬間にほんのりとバニラの香りが立ちのぼった。口に入れた途端、カスタードの甘さとほろ苦いカラメルが舌の上でとろけて、思わず目を閉じてしまう。
「なにこれ、溶ける!」
「映えとかじゃなくて普通に美味しすぎ!」
舞が夢中で頬張ってる横で、美羽はスマホを構えた。
「待って待って、動画で撮るから!」
「今の顔、絶対保存版だよ」
「やめろ!黒歴史になるから!」
笑い声がまた広がって、瓶を掲げて乾杯みたいに合わせる子まで出てきた。スプーンをぶつける小さな音がカランと響いて、観光客の人混みに紛れていても、その輪の中はあたしたちだけの小さな祭りみたいに感じられた。
「見て見て、めっちゃプルプルしてる!」
「それ倒したら終わりだから!」
「ソルグラ映えするかも」
柚菜がスプーンを揺らして得意げに見せて、梨沙がすぐ突っ込んで、横から紗月が真顔で言い出して、そこでまた笑いが広がった。
「……味が濃いな。甘いけどしつこくない」
「なんか是枝くん評論家みたい」
美桜が茶化すと、彼は普通に言っただけだろとそっけなく返していた。
でも、ほんの少し口元が緩んでいるのを見て、すこしドキッとする。プリンの甘さよりもその笑みに心がほどけていくみたいだった。
「じゃ、次はクレープでしょ!」
「は?鎌倉って言ったらしらす丼だろ!」
「え〜?甘いの食べたい!」
「腹にたまるやつ優先!」
美桜と藤井くんもすかさず参戦。両者が譲らず、声のボリュームまで上がっていく。
「じゃあさ、午前中はスイーツ系、午後はガッツリ系でよくない?」
「それナイス!遠足は一日フルコース作戦!」
「採用〜!」
その場でみんなが大きく頷いて、わあっと笑いが広がる。
「……お前ら食うことばっかだな」
是枝くんが呆れたように小声で言った。プリンの瓶を片手にしたまま、それでも声色はどこか優しい。
「でも正直それが一番楽しい」
潮風と香ばしい匂いの中でクラス全体の声が混ざり合って、小町通りが一瞬でみんなのステージみたいに感じられた。
「次は絶対クレープ!」
「しらす丼派、まだ諦めてないからな!」
小町通りの真ん中で、また言い争いが始まった。声のボリュームが完全に観光客よりも勝ってて、すぐに笑いが弾ける。
「うわっ、見て見て!やばい行列できてる」
「でもこれ絶対映えるやつでしょ!」
「チョコバナナかイチゴにするか。永遠の二択〜!」
「絶対イチゴ!リボン付きのやつ可愛すぎ!」
「いやいや、抹茶クリーム一択!」
「え〜!抹茶は大人の味じゃん!あたしたちには早いって!」
「何それ!食に年齢制限ある!?」
「はいはい、今の掛け合い動画で保存ね〜!」
「やめろ!それ黒歴史になるから!」
「逆に伸びるって!JKクレープ論争でバズる!」
声が重なるたびに空気が明るくなる。
みんなのやりとりを聞いてるだけで、じんわり温まっていく。
ただ並んでるだけなのに、こんな瞬間がすごく好き。
列が少しずつ進むとショーケースの中に色とりどりのクレープサンプルが並んでいた。イチゴの赤、抹茶の緑、チョコの濃い茶色。ガラス越しに見えるだけで、もうお腹が空いてくる。
「なに頼む?」
「全部!」
「バカ!」
「俺はチョコバナナ」
「わー出た男子の定番!」
「じゃあ私は季節限定のいちごミルフィーユ」
「いや高っ!財布死ぬやつ!」
会話が止まらなくて、列の進み方すら忘れる。
やっと順番がきて、手渡されたクレープは紙に包まれて三角形に収まっていた。温かい生地の中から甘い匂いが立ちのぼって、手のひらまでほんのり熱を伝えてくる。
「いただきまーす!」
「待って待って、写真!」
「もう食べた!あっつ!」
「うまっ!なにこれ!皮もちもち!」
「生クリーム多すぎて崩壊しそう!」
「撮らせろってば!ほんと協調性ないな!」
美羽が苦笑しながらシャッターを押す。画面に映ったのは生クリームを鼻につけた柚菜と必死に食べてる梨沙。
「ほら黒歴史確定〜!」
「やめて削除!絶対削除!」
「……思ったより甘さ控えめだな」
「また評論家モード!」
「レビュー記事書けるよ!」
茶化す声に肩をすくめながらもほんの少しだけ彼の口元が緩んだ。その笑みを横目で見た瞬間、ふわりと熱が広がって、クレープの甘さまで違う味に感じられた。




